CORNELIUS REFLACTION TOUR 2026 感想

CORNELIUS REFLACTION TOUR 2026  in  Zepp Namba 2026年9月23日

 

『Reflactions』が音を詰め込んだ割と騒がしいアルバムだったので、これがライブでどう表現されるか興味深く臨んだ。正直、『Reflactions』はAIを使用したということが影響しているのかどうかは分からないが、僕には耳に負担のかかるアルバムだった(特にイヤホンでは顕著)。結論から言えば、ライブにおいても硬質な音、特に新曲でのギターは金属的な音がして、アルバムよりも軽減されてはいたが、少し音があり過ぎるとは思った。

コーネリアスはこんなにも音がデカかったろうかと思うほど大音量だったせいもあるかもしれない。いや、音が大きく感じたのは今回のサウンドのせいなのかもしれない。そこは分からない。ただ背景の映像も含めて情報量が過剰で、今回のライブはリラックスして聴けるものではなかったようには思う。

新曲の映像はAIで作られたものだろうが、新曲群と同じにやり込んでやり込んだ末の過剰さがあった。もちろんこれはコーネリアスの意図したものだろうが、しかしそこに目が固定されて肝心のステージをどれだけ僕は見ていたのか。まるで流れるSNSを無意識に没頭してしまうように。肝心なものを忘れてしまうように。

もちろんコンサートは他のライブではなかなか体験できないような圧倒的なものだった。しかしほとんどがアップテンポで、ギターをかき鳴らし、大音量で吐き出されるサウンドにはなにかしらの怖さを感じもした。多分、色鮮やかなAI映像もその一因だったと思う。何故今回はこんなにも激しく荒々しいのか。AIを多用した映像や金属的な音を出すギターの向こうで、人間小山田圭吾の中では何が渦巻いていたのだろうか。

近未来SF。サイバーパンク。来たるべきディストピア。ライブを見て僕が思ったイメージだ。何故今回はこんなにも過剰なのか分からない。分からないけど、どうも楽観的なものではないような気はする。言ってみれば半ばヤケクソのような。

これは僕の考えすぎかもしれない。世界は悲惨なことばかり。そこに対し何か抗っているような、本来は楽しいことが優先されるライブの場で隠しきれない、表現せざるを得ない何かがある、そんな意志が僕には伝わってきた。

「まざりたい」のイントロでコーネリアスは着席していた僕らにスタンダップを促した。そんなことはかつてあったのだろうか。何が彼をそうさせるのか分からないまま、2時間弱のステージは過剰でハイパーなまま最後までフルパワーで突っ切った。

ライブとはどうあるべきか。もちろん人によって様々だろう。けれど最も優先されることは表現者が表現したいように表現すること。その点で言えば、今回のライブもまた、コーネリアスはコーネリアスが今表現したいことを思うように表現したライブだった。その圧倒的なアーティスト・ファーストを僕らは堪能した。

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