キラキラ星

ポエトリー:

「キラキラ星」

 

キラキラ星に
何度も何度も手が届かずに 
楽天家のぼくは
届くような錯覚
もあったりして

何度も何度もがっかりして
それでも何日か経って
やる気を確かめては
小腹はすいてることを確認して

でもみんなはこう言うんだ
ここにあの子はいないわよ
早く帰ったら

いいや早く帰ったりしないさ
おひつにひと粒ひっついた米粒のように
粘り強く
粘り強く
彼方に
暗闇に
谷間をすり抜け
雪解けの小川をすり抜け
吹きすさぶ北風に身をよじらせ
駆け込み寺がひとつふたつ
みっつ見つけても簡単に入らないぞ
ないぞと誓ってもまぁ一度ぐらいならと
ゆっくり歩いていって
相談なんですおしょうさん
みんなあの子はいないって言うんです
どこにも

そうじゃ、そうじゃな、
そんなんもんじゃろ
って笑うなよおしょうさん

若者よ嘆くなとおしょうさん
今夜は遅いから泊まってゆけばと
ぼくはお言葉に甘えて

お母さん、
お寺の廊下から見える夜空はきれいです
今夜見えるのは
キラキラ星ではなくて
お月さんです

ここでひと休み
ひと休みしても
…..ここにはいないわよ…..
間に合う
間に合うかな
何時何分とは言えないけど
間に合うさ

だから君、ちゃんと知っててよ
そのうち
ぼくがキラキラしてそこへ行くから
そんなもんだよ
ってヘラヘラして
そこへ行くから

 

2026年2月

ひとのためにできること

ポエトリー:

「ひとのためにできること」

 

リッスン!
気丈にも
わたしは耳に
声を傾ける

だれかしら
砂混じりの声
言ったそばから
首傾ける

「カルシファー、反転するよ!」
意外と大きな声
仲間たちが振り向く
自然治癒力

強大な力に囲まれても
わたしたちは衰退しない
キャンベルのスープのように

正直に言えば言うほど嘘になるけど
わたしたちは歩みすすめるよりほかなく
今もどくどくと血が流れる

やがて羽根を広げ大きく旋回する
だって誰かしらの声
聞こえてくるからさ

生涯のうちに何度か
ひとのためにできることがあれば嬉しい
そんなこともわたしたちの自然治癒能力

さぁ、
襟ぐりのボタンをしっかり留めて
「カルシファー、反転するよ!」

 

2026年1月

健康的

ポエトリー:

「健康的」

 

健康的な体だ
健康的な頭だ
健康的な顔だ
健康的な腹だ
健康的なふくらみだ
健康的なくびれだ

健康的な川だ
健康的な流れだ
健康的な道だ
健康的な位置だ
健康的な旅だ
健康的な速度だ
健康的な渋滞だ
健康的な花と嵐だ

健康的な暑さ寒さだ
健康的な浅さ深さだ
健康的な傘とツルハシだ
健康的な汗と疲れだ
健康的な噂話だ
健康的なすれ違いだ
健康的な別れだ
健康的な驚きだ

健康的な緑だ
健康的な水色だ
健康的な華やぎだ
健康的な結ばれだ
健康的な挑戦だ
健康的な限界だ
健康的な囁きだ
健康的なお囃子だ

健康的な諦めだ
健康的な黄昏だ
健康的な戯れだ
健康的な後悔だ
健康的な終わりだ
健康的なお迎えだ
健康的な墓だ
健康的な順番だ

健康的なお祈りだ
健康的な念仏だ
健康的な生涯だ
健康的な正体だ
健康的な悟りだ
健康的な光だ
健康的な天国だ
健康的な地獄だ

つまりもう
健康的に永遠だ

 

2026年1月

かすれて

ポエトリー:

「かすれて」

 

熱心なひとびとの
事柄が届く頃には
海は荒れて
魂はすさんだ

魂はいつものように服を着て
街へ出た
傍目にはわからないけれど
憎しみをこらえて

往来は最下層の海
人恋しくとも
灯りはささず

ひとそれぞれに
母の言いつけも忘れて闊歩する
命からがら
魂はかすれて

 

2025年11月

儚くも美しき12の変奏 / くるり 感想レビュー

邦楽レビュー:
 
『儚くも美しき12の変奏』(2026年)くるり
 
 
聴きだして2週間ぐらいが経ち、ようやく本作の聴くコツが掴めてきたような気がしている。簡単に言うと今回は言葉とかメロディーとかサウンドをちゃんと聴いた方が楽めるんじゃないかということ。当たり前だろというツッコミは横に置いといて、このところサブスクになったせいかザクッと聴いてしまうクセが付いてしまっている。バンド回帰の前作『感覚は道標』(2023年)なんかはそれでもよかったのだけど、今回の場合はそうしちゃうと曲の全体像がよく分からなくなる現象が少なくとも僕の場合は起こってしまう。前みたいにちゃんと聴く姿勢が必要だということを再確認した。
 
本作に関わるインタビューで岸田繁は、放っておけばインストばかり作ってしまうから今回は歌のアルバムにしようと心掛けた、と面白いことを言っていた。いつも歌ってるんだからいつも歌のアルバムなわけで今回は何が違うのよ、とその真意をもうちょっと深く突っ込んでほしかったのだけど、とは言いながら心構えどおり言葉とかメロディーとかサウンドを慎重に聴いてみると、やっぱり個別に集中した方が楽しめる仕様になっている。
 
インタビューでもうひとつ興味深かったのは、流行りのJ-POPからは距離の置いた、つまりあのAメロ、Bメロ、サビ以外にCメロがあったり、大サビがあったりする複雑な曲展開に反するように(インタビューでは反しますとは言わなかったけど)今回はAメロBメロだけの二部構成で行きます発言。とはいえ、飽きないように、ぱっと見は分からない転調をそこらじゅうで行っているとかで、数年後にこのアルバムの面白さに気付いてくれたらと言っている。この辺の反抗具合がよいなぁと思いつつ、実際それが上手くいっているかというと、つまり僕視点ではあるけど単調に感じないかどうか、飽きないかどうかで言うと、そうでない曲もあるしそうかもって曲もある。そういう実験をくるりはいつもやっているから、そういうこれはどうなんだろう、というのも楽しみ方のひとつ、というのもくるりを聴くうえで最近分かってきた。
 
くるりの歌詞の情景をスケッチしていくみたいなところが僕には合っていて、年齢的にも同世代なので、分かるような分からないような歌詞であっても聴き心地はいい。ただ今回は岸田繫の独白みたいな曲が2曲ある。岸田のnoteはたまに読んだりするがそこには近況報告以外にも今思うところが述べられていて、その2曲もまぁそういう内容にはなるのだろうけど、その辺の雑感的なものを歌にするのはどうやら難しいようで割とユーモアで済ませているようなところはある。とはいえ岸田の個人的な見解であってもどこかのおじさんのひとり言みたいな所在なさが出ているので面白い。これも実験のひとつなのだろう。
 
今回は特にサウンドデザインが聴いてて心地よいので、放っておけばインストばかり作ってしまうのならいっそのこと全部インストにして、そこに1曲目のような朗読を載せる全編ポエトリーリーディング・スタイルでアルバム1枚やってみるのも聴いてみたいと思ったけど実験の多いくるりでもそういう変な振り方はしないバランス感覚は持っている気はする。
 
いろいろと工夫を凝らしているそうなので、なにかひっかりを感じて改めて言葉とかメロディーとかサウンドをちゃんと聴こうとした僕の心構えはくるりの思惑通りなのかもしれないと思いつつ、最終曲の『Wandering』のせーのでジャ~ンみたいなノリを聴くと、そんなん別にええやん感に包まれた。アルバム・タイトルは『儚くも美しき12の変奏』。タイトルどおりいろいろな聴き方ができるアルバムだと思った。

もう終わりだろ

ポエトリー:

「もう終わりだろ」

 

なるようにはなるのか
すべては眠るようにはいかない
やがてわたしたちは
倒れ込むようにうずくまる

すべてのつらさを
業績のように語るなら
こんなにも瞼の裏
暴れたりしない

うるさいな
タイミング的にはもう終わりだろ
ほんとうにもう眠れたら

夜明けに咲く花と
透けて見える月は
太陽に向かって

 

2025年12月

古い時代の陶器のように

ポエトリー:

「古い時代の陶器のように」

 

今、僕の中で
できることと
できないことが
こんにちはしている

できないことは過去から来たと言う
できることは未来から来たと言う
そりゃそうだ過去のことはできないから

ひるがえって
未来のことはできるのだろうか

未来がこんにちはしてきたとき
過去は言うだろう
できやしないよ
結局ぼくはなにもできなかった

そうだろうか
未来はこたえる
できたから君がいるんじゃないのか
できなかったら過去はいないよ

過去は言う
でもぼくは野球選手になれなかったし
好きなひとと一緒になれなかった
ぼくは過去だから できたこともある かもしれないけど
できないこと はできなかったんだ

 未来:でもきみはちゃんと答えてくれている
    大切なことはできてるじゃないか

 過去:それはぼくときみはひとつだからだよ

 未来:そうか
    ひとつか

自分でそう言っておいて過去はうれしそうだった
未来もうれしそうだった

それはまるで古い時代の陶器のように
自然な様子だった

いつのまにか過去と未来は
もうそんなにもすんなりとしていた

 

2025年9月

ようやくに

ポエトリー:

「ようやくに」

 

歌がはじまってまもなく
滝の音が出でて
すべては覆われた

かなしみは
空に吸い込まれることなく
彼らの頭上は
重く立ちこめたまま

われらの空は待ち望む
ようやくに
かなしみの歌が歌われんことを
かなしみが吹き上がらんことを

 

2025年11月

「私たちの話し方~The Way We Talk」(2026年)感想

フィルム・レビュー:

「私たちの話し方 ~The Way We Talk」(2026年)

 

3才の時に聴覚を失ったソフィーは人工内耳を装用し、’普通の人’と同じような生活を送ろうとしている。ジーソンはろう者として、手話話者であることに誇りを持って生きている。アランは人工内耳を装用しつつも、手話を行うバイリンガルだ。同じろう者でありながら背景の異なる3人の若者が互いに影響を受け合いながら、それぞれの道を選ぶ。

劇中、ジーソンは「手話がオレの母国語なんだ!」と声を大にして言った。そうだ、手話話者にとって手話は母国語なのだ。例えば、日本語を母国語とする日本人は日本語でものを考え、日本語でモノを伝える。言語は思考を司る。言語はアイデンティティーであり、文化である。つまり今現在のジーソンの思考や行動は手話があってこそ生まれたもの。言葉は単なる道具ではないのだ。

人工内耳により、’普通の人’と同じように生きることを選択したように見えるソフィーは、ジーソンやアランたちとの交流を経て、自分の生き方を見直し始める。人工内耳を装着しても到底聴者ほどには聞こえないし、たとえ問題なく会話できたとしても聴者に合わせたそれがソフィーにとって自然な行為なのか。人が人として自然にふるまえるにはどうしたらよいのか。ソフィーにはそれさえ、ままならない。

この映画に結論めいたものはない。ソフィー、アラン、ジーソンも迷いながらそれぞれの選択をしてこの先も生きていく。もちろんその中には、人に合わせなくちゃならないことも絶えず出てくる。それは聴者もろう者も変わらない。ただ願わくば、ソフィーたちが借り物の道具ではない自分の自然な発露としての言葉で思考し、交流し、自己を定義することができればと思う。

映画はほぼ発話による音声が無い状態で上映された。BGMもほぼない。字幕だけを追って理解するのは頭が疲れそうだったが、それも次第に慣れてきた。また会話やBGMを含めた音声の強弱は感情を表現する大事な要素であると思っていたので、エンタメとしてエモーショナルな部分が不足するのではと懸念していたが、そこはよいストーリーや演者の好演により、まったく杞憂に終わった。音は無くてもエモーショナルなとても良い場面がいくつもあった。

主人公3人の個性を描き過ぎない点も好印象だった。それぞれに異なるソフィー、ジーソン、アランの物事に対するアプローチを殊更強調せず、変にドラマっぽ人物にはしない。くどい台詞も無いし、ドラマチックな展開もない。いいとか間違っているという判断はせず、ただ3人のその時々の選択をカメラが追っていくだけという姿勢。それに応える俳優たちの自然さがとてもよかった。静かだけど、とても雄弁な映画であったと思う。

映画は聴者でもろう者の’聴こえ方’、例えば雑音や耳に残る重い感じが想像できるような音像の工夫がなされていた。それがどこまで実際のろう者の聴こえ方に近いのか分からないが、ひとくちにろう者と言っても様々で、人によっては全くの無音ではないのかもしれない。

最後にもうひとつ。手話は手や表情で表現するのだから、日本の手話も海外の手話も例えば日本語と英語ほどには異ならないんじゃないかと思った。もしそうだとしたら、日本人も外国人も手話話者同士のコミュニケーションの方がよっぽどスムーズなのかもしれない。少なくとも日本語と外国語ほど別ものではないような気がした。

それにしても上映時間134分はちょっと長かったかな。

第21回さがの映画祭 感想

フィルム・レビュー:

京阪の祇園四条駅を少し上がったところにあるヒューリックホール京都で開催された第21回さがの映画祭に行ってきた。

「さがの映像祭は、ろう者・難聴者が制作した映像作品を全国から募集・上映し、多様な映像表現を社会に発信する映画祭です。映像作品コンクールや特別上映、関連企画を通して、手話・ろう文化への理解を深めるとともに、映像制作の可能性を広げることを目指しています。」(さがの映像ホームページより)

背景を少し記述すると、国際的な流れとして1880年ごろから「口話法(発声・読唇)は手話法よりも優れている」として、手話は禁止されていた。つまり手話文化が無きものにされていた。日本でも1933年から手話は発語の妨げになるとして、ろう学校で禁止されていた。もちろん今は手話も言語として認められている。 2025年には手話施策推進法が施行され、手話が重要な意思疎通の手段であることが位置づけられ、手話を使って暮らせる環境整備等を国や自治体の責務であることが明記された。

先ず始まったのはろうの映画の開拓者である深川勝三監督の紹介。現在では障がい者自身が俳優として出演している映画が特に欧米では幾つもあり、日本でもようやく動きだした印象があるが、驚くのは1961年の段階で世界に先駆け、すでにそれが日本で行われていたということ。さらには監督自身がろう者であったということには驚くしかない。この日は深川監督が演技指導をしている当時の映像が流されたが、身振り手振りでエネルギッシュに演技指導をする姿には本当に驚いた。

当時出演していたろうの俳優がゲストとして呼ばれ、ステージでその時の思い出を語ってくれた(もちろん手話で)。そのうちの一人は100才!しっかりと歩き、話をするその姿に会場から大きな手話の拍手が起きた。ちなみにお年寄りの手話はEテレの手話ニュースのようにキレキレではなく、おっとりとしていた。健常者のお年寄りの言葉が聞き取りにくくなるのと同じに、年配者の手話もあいまいにある。考えてみりゃ当たり前の話だけど、そういうひとつひとつが新鮮だった。

ろうに関するイベントなので、ろう者の方がたくさん参加していた。あちこちで会話をし、笑い声をあげている。笑い声は声として発話されていたことも、そりゃ当然のことかもしれないが、僕にとっては新鮮な驚きだった。ところで静かにしなきゃいけない場であっても手話は静かに話すことが出来る。例えば美術館には「お静かに」というような表示があったりするが、手話話者は声を立てずに会話をすることが出来るのだ。スキューバダイビング中だって話ができる(この後、上映された映画でそのような場面がある)。僕の周りには職場にも友人関係にもろう者はいない。この日のあらゆる光景がとても新鮮だった。

その後は香港映画「私たちの話し方」が全国ロードショーに先駆けて公開され、上映後にははるばる香港からアランを演じたマルコ・ンをゲストに迎え、アフタートークも実施された。映画の感想は改めて書くつもり。入場料は1200円(映画代も込み!)。この安さは京都市の協力があってこそだと思うが、これだけ安いと、多くの人が参加することが出来る。本当によいイベントだった。参加してよかったと思う。