「サムシング・エクストラ!やさしい泥棒とゆかいな逃避行」(2025年)感想
フィルム・レビュー:
「A Little Something Extra」2025年
邦題:「サムシング・エクストラ!やさしい泥棒のゆかいな逃避行」
Eテレの『toi toi』で「なぜ私を怖がるのだろう」という回があった。確かに日常生活の中で健常者から見て挙動不審な障がい者が、例えば電車の中で真横に立っていればつい身構えてしまう。僕自身は割と知りたい欲がある方なので、意識的に所謂マイノリティに関するテレビを見たり本を読んだりしているけど、それでもやっぱり「怖がる」という意識は働いてしまう。
映画のストーリーを簡単に言うと、宝石泥棒の親子が、警察の追跡から逃れるなか、ひょんなことから障がい者とその介助者に間違われ、障がいのある若者たちのサマーキャンプに身を隠すことになる。そこから始まる騒動を描いたコメディだ。大きな特徴は出演者は実際の障がい者たちという点。公開初日の動員数では『最強のふたり』(2011年)を大きく上回りフランス映画史上歴代2位を記録したという。『最強のふたり』は僕も大好きな映画なので迷わず観に行くことにした。
劇中、障がい者のふりをした主人公(息子の方)がいとも簡単に障がいのある若者たちに「ふりをしている」ことを見破られる場面がある。なぜ見破られたのかは明示されないが、つまりちょっとした視線や挙動で、この人の自分に対する態度はそういうことだな、ということを彼彼女らは日常的に経験している、そんなのすぐにわかるさ、ということなんだと思う。そういう描写ひとつとっても実際の障がい者たちが演じている効果は大きい。
物語は宝石泥棒の親子だけでなく、いろんなキャラクターが入り乱れ、好いた惚れたがあったり、ちょっとした事件があったりで同時進行的にドタバタと進んでいく。一応主役はいるのだけど、あんまりそこは関係ない。施設で働く職員たちも障がい者たちもみんなキャラが立っているので、それぞれにおかしいとこばっかりでホントおもしろいコメディになっている。あとヒロインもいるのだけど、ハリウッド的なキレイどころじゃない点も好印象だ。
「サムシング・エクストラ」というのは特別な何か。ギフトなんて言葉もあるけど、そういう目に見えない良き力があるんだよ、という映画なのかなと観る前はなんとなく思っていた。これは捉え方なので人それぞれなのだろうけど、僕は皆の壁が取っ払われたら、皆が「サムシング・エクストラ」になるし、つまり「サムシング・エクストラ」なんて言葉も必要なくなるよ、そんな風に受け取った。
演者の障がい者たちは本当にチャーミングだ。映画だから演じているわけで実際はそうもいかないだろうけど、それは健常者とて同じこと。少なくともこうやって愉快な映画を観ることで僕の認識はポジティブな方へ傾く。実際に接してすることが出来れば一番良いのだろうけど、映画を観たり、テレビを見たり、本を読んだりすることで少しずつほぐれていくことはある。好奇心でも何でもいいからその行動は続けていきたい。
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『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のこと
フイルム:レビュー
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のこと
僕の実家はおばあちゃんが住んでいた平屋に、おばあちゃんの死後そのまま移り住んだもので、その頃でもすでに築50年以上は経ってたと思う。僕が中学生の頃だったか、姉がお年玉で小さなテレビを買った。リビングの横にある6畳ほどの和室にそのテレビは置かれた。リビングにあるメインのテレビと隣の部屋の小さなテレビの音声はいつも混じっていた。
初めて見たのは土曜ロードショー。姉が小さなテレビで見ていたのを途中から一緒に見た。場面はちょうどマーティが1955年のドクの屋敷に訪れるところ。僕の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』はそこが始まりだった。
その後、幾度となくテレビ放送はあり、『2』は高校の時友だち何人かで観に行き、『3』は『2』の時にもいた映画好きの友人と二人で行った。当時は席予約や入れ替えなんてなかったから、席の離れた友人と顔を見合わせ、続けざまに2回観た。
後に『2』と『3』のVHSのビデオソフトを購入した。1作目は何度目かの土曜ロードショーを録画したものを繰り返し見た。10回?20回?いや、もっと見ているだろう。なので僕の頭の中に入っている台詞は土曜ロードショー版だ。例えば有名な最後のシーンのドクの台詞は「道など必要、、、ない」だし、マーティが”Johnny B Good”を演奏した後に言うのは「次の世代に流行るよ」だ。
この時の声優はマーティ役が三ツ矢雄三でドク役は穂積隆信。ドクは青野武や山寺宏一も演じているが、ちゃんとした科学者な感じがしないでもない。やっぱり穂積隆信の頭の上から出てくる狂気じみた声の方が僕は好きだ。それで育ってしまったからね。
ついでに言うと一番好きなシーンは、ジョージがビフをのばして一件落着と思いきや、変なやつにロレインを奪われジョージはロレインから手を放してしまう。するとマーティの手は透明になり額には冷や汗、存在が消えかかってしまうが、ジョージの再びの勇気によりマーティは復活!それに合わせるようにバンドの演奏も盛り上がり、「I falling love with you♬」のリリックと共に二人は初めてのキス。アウトロにバック・トゥ・ザ・フューチャーのBGMのフレーズがかぶさる。天使が降り立ったかのような素敵なシーンだと思う。皆はどんな場面が好きなのだろうか。
今日、IMAXの復活上映を観てきた。数え切れないほどビデオテープで見た『バック・トゥ・ザ・フューチャー』をまさか映画館で観れるとは思わなかった。いろんな感情が入り混じり、僕は何度も涙を拭った。十代の僕はマーティの走り方を真似して、マーティのジェスチャーを真似して、マーティの喋り方を真似した。マーティ(やドクやジョージ)の勇気は真似出来なかったけど。。。とにかくマーティは僕の憧れだった。
今でもその気持ちは変わらないけど、今思うのはジョージはなんと人間味のある素晴らしいキャラクターだということ。マーティと同じくらい僕はジョージが好きになった。今回、スクリーンでマーティやドクやジョージやロレインを観て、なんだか昔の友だちに会ったような気がした。僕はとても嬉しい気持ちになった。
2025年 ベスト・アルバム
2025年 ベスト・アルバム
2025年に新しく聴いたアルバムは約40枚ぐらいか。月平均で3枚ちょい。1、2回聴いただけでやめたものを含めればもっとあるだろうが、その辺はよく分からない。けっこうな枚数だがそんなに忙しく聴いた覚えもなく、要するにSpotifyでの聴き方がすっかり馴染んできたのだろう。歌詞も音楽の魅力の一つなんて偉そうに言ってきたのが恥ずかしい。。。結局そこまで理解しようと思う僕自身の体力が無くなってきたのもあるかもしれない。今までなら必ずCDで買っていたハイムやビッグ・シーフですら、買わなくなった。
音楽を通して学んできたことはけっこうある。ケンドリック・ラマーなんかはその際たるものだし、音楽家は総じてリベラルな人が多いので人権や社会問題、環境問題などに対してもしっかりと声を挙げ作品の中へも反映している。僕の女性に対する考え方なんてハイムからの影響がかなり大きい。Spotifyで聴く間口は格段に広がったが、歌詞を読まなくなった分、抜け落ちているものは多いかも。この辺は僕にとって課題かもしれない。
どちらにせよ、2025年はこれまで以上に様々なジャンルの音楽を聴いた。ウルフペックやエル・マイケル・アフェア、はたまた南米のカンデラブロなど。恐らくこれらはSpotify以前なら僕の選択肢には入ってこなかっただろう。他にも流行りのオリビア・ディーンや大評判のディジョンや風変わりなエセル・ケインなどもしっかり聴いたし、僕もジャンルなんか気にせず単純にええのん聴いたらええやん、という現代人らしい体になりつつあるようだ。
なんだかんだ言って、基本はロック好きだから世間の評価とは関係なく、結局いつものステレオフォニックスやクークスやシェイムを聴いて、やっぱええなぁと思いつつ、さぁ2025年に最も印象に残ったアルバムはなんだっけと記憶を遡ってみると、2025年も変わらず女性アーティストが多いことに気付く。先に述べたハイムやビッグ・シーフだけでなく、ウルフ・アリスも何気にいいアルバムだったし、年末にはザ・ベルエアー・リップ・ボムズという活きのいいバンドも知った。優雅なレイフェイもよかったなぁ。邦楽では寺尾沙穂やローラ・デイ・ロマンスを気に入って聴いていた。2月にはさっそく寺尾のライブに行く予定だ。
そんな中、決定的なロック・バンドに出くわした。ギースである。こっちのフロントマンは男だが、ギタリストは女でその並びが新鮮。何しろバンドの佇まいからして只者ではない感満載だ。もう古いんだか新しいんだかよく分からないし、次にどう転ぶかも全く予想できない得体の知れなさだが、とにかくかっこええのは間違いない。ということで、2025年の僕のベスト・アルバムはギースの『Gettng Killed』ということになる。普通過ぎて面白くないけどね。ベスト・トラックはハイムの『Relationship』。Spotifyの年末まとめによると僕が2025年に最も聴いたのはこの曲だそうなので、素直に従うことにしよう。
せっかくなのでもう少し順位をつけてみるのもいいかもしれない。Spotify年末まとめだと最も聴いたアーティストもハイムだったので2位は文句なしでハイムの『I Quit』だ。最も聴いた曲のランキングにはリトル・シムズも入っていたので、3位はリトル・シムズ『Lotus』にする。聴いてて楽しいアルバムだった。うん、確かによく聴いた。続いてはビッグ・シーフの『Double Infinity』。前作の2枚組とは打って変わってシンプルなアルバムだったけど、今までで一番スッと体に入って来た。5位はウルフ・アリスの『Clearing』。70年代風の爽やかなサウンドが心地よかった。それにしても安定感が抜群だな。
自由や平和や平等といった、これまで当たり前のように良きものとされていたものがいとも簡単に無きものとされることを知ってしまった現在。けれど、だからといって悪しきものがもの良きものになるわけではない。僕たちに出来ることは大なるものに振り回されずに、目の前の些細な日常の中でささやかな自由と平和と平等を繰り返すことしかない。その助けとしてアートはきっと有効だ。アートはずっと時代を越えてきた。この先、どんな時代が待っているのか分からないけど、僕はこれからもアートに目を耳を傾けていきたい。
荒地
ポエトリー:
「荒地」
今日の音楽は
生身でグラグラしているから
リズムがとれない
脳内で型にはめ
補正する
フェイク
弦が切れた
裸足の感度が
ひとびとから剥がれ
今焼け野原
いいや
ガレキを足場にして
また歌を唄いはじめれば
2025年10月
新年によせて
ポエトリー:
「新年によせて」
新しい夢を見て
新しい街へ出た
わたしたちは毎日
新しいに手をかける
ただの、あるいは特別な
生命あるものとしての営み
新しい労働をし
新しい食事をし
新しく学び
新しい嘘をついて
新しい諍いをし
新しい和解をする
わたしたちは今日も新しいに手をかける
それは人類史上初めての経験
間違いもクソもない
2026年1月
Gettng Killed / Geese 感想レビュー
秋風
ポエトリー:
「秋風」
秋風
あなたの目はもう死んでるね
疑いようがなく晴れわたる空
間違っても
人のそばに寄ることはないだろう
この先
それぐらい
傷ついたことを知って
あなたは許してくれるだろうか
それとも
ひとりぼっちでいることに慣れたのか
秋風よ
2025年10月