瞬間の荒野

ポエトリー:

「瞬間の荒野」

 

身体を左右にひらき
空気の流れる音や
光の反れる粒を
感覚的に捉えられたとき
瞬間の荒野は
間もなく現れる

わたしたちの持っている
伝達や連絡手段を後ろ手にして
彷徨うことをよしとする
あの瞬間の荒野が現れると知り
わたしの心は
すっかり晴れた

何故ならそれは
もう人に憚ることなく
自由に抽斗を開けたり閉めたりできることや
靴を揃えて仕舞わなくてもいいことを
意味していたから

 誰も知らない始まり

諦めかけていたことや
言ってはならないことが平らになる
あの一瞬の振り出しを
わたしはきっと捉えられる
瞬間の荒野

 

2026年6月

『Reflactions』(2026年)コーネリアス 感想レビュー

邦楽レビュー:

『Reflactions』(2026年)Cornelius

 

僕がコーネリアスを再び聴くようになったのは2023年からで、再びと言っても聴いていたのは『ファースト・クエスチョン・アワード』までなので、なんだソロ1作目だけじゃないかと言われるとそれまでなのだが、2023年に思うところがありおもむろに再び聴きだし、なので慌ててブックオフなどで旧譜を漁ったりしていて今もそれは続いている。

ただ2作目の『69/96』がなかなか手に入らなくて、そんなことを娘に話していたら「メルカリやとあるんちゃう」と言われ、娘のスマホで検索すると難なく手に入った。スゴイなメルカリは。そしてありがとう娘よ。ということでつい1カ月ほど前から改めて『69/96』を聴いている。ちなみに以前はSpotifyにはないので、Youtubeで聴いていました。

前置きが長くなったが、そういう流れで今作『Reflactions』を聴き始めた。最初の感想はコーネリアスにしては騒がしくガチャガチャしている、なんか『69/96』みたいだなというもの。つい最近『69/96』を聴いたせいか。

『Reflactions』は思わず身体が揺れてしまうほどリズム感に溢れていて、ファンクの要素もあるし踊れるコーネリアス。いつも以上にギターを弾きまくるのも嬉しい、どこまでが生演奏かは分からないけど。いずれにしても家族のいるリビングで聴いていると遠慮してしまうほどのラウド。部屋に一人で心置きなく聴くのがいい。

ダンサブルでバンド感があるから肉体的ではあるのだろうけど、ただなんとなく気色悪さというか嘘っぽさもありつつ、なんなんだこの異物感はと思っていたらふとデヴィッド・クローネンバーグを思い出した。このところチャーリーXCXの新作を気に入って聴いていたし(その新作にデヴィッド・クローネンバーグがスポークンワーズで参加)、昨日WOWOWのテレビ欄で『グライムズ・オブ・ザ・フューチャー』を見つけたからその印象のせいかもしれない。

今作に伴うコーネリアスのインタビュー記事によると、大きなトピックとして本格的に創作にAIを導入しだしたということ。プロンプトを何度も繰り返して、出てきたのもを分解したりくっつけたり、またそれをAIに投げ返したり、あるいは自分で演奏して再現してみたりってことだろうか。わからんけど。とにかく新しいおもちゃを手にして楽しんでいるコーネリアス、の絵が浮かぶ。てことはサンプリングしまくって今や再発出来ない『69/96』と同じっちゃあ同じか。思わず『69/96』みたいやなと思ったのは僕の気のせいではなかったということで。

もちろんAIには沢山の水が必要だとか、バカみたいに電気を食うとかの環境問題、または倫理的な問題もある。つまりこのトライアルが次回でも引き継がれるかどうかは分からない。後で振り返ると、まだAIがシリアスになる前の記録、ということになるのかもしれないが、まだ無邪気に遊んでしまえる今はそんな貴重なひと時、と踏まえたうえでコーネリアスは遊んでいるのかもしれない。

カッティングギターもふんだんにダンサブルなソングライティング。そしてショーン・レノンをはじめ旧知の友人たちにボーカルや作詞をお願いしたりといつになく外向きなコーネリアス。そのままいけば陽性なアルバムかと思いつつ、そこに非人間的な要素を組み込ませ、デヴィッド・クローネンバーグを想起させる不穏さも。この奇妙な感覚を僕は持て余している。

ところで‘Reflections‘ではなく、‘Reflactions‘と表記するのはなんでだ?

ケガするよ

ポエトリー:

「ケガするよ」

 

星欠けて
ケガするよ
あたいらの町
眼をこらしなよ

そこいらの気配に
一斉にふりむくしか
一目散に拾いに行くしか
なくなっちまう

だから一緒に
不思議なことがおさまるまで
確かなことがわかるまで

眼をこらしなよ
さもないとけつまづくよ
ケガするよ

 

2026年7月

役目

ポエトリー:

 

「役目」

あと少し、ひと煮立ちすれば
幕間の中から
名も知らぬ若者が現れて
新しい台詞を吐くだろう

私たちは
何事もなかったように
その後に従えばいいというのは無責任
とも言えない

つまりせっせと薪をくべたのは
他ならぬ
私たちで

焦るな
新しい台詞が吐かれたとして
私たちの役目はある

 

2026年6月

インフラストラクチャー

ポエトリー:

「インフラストラクチャー」

 

今から歩くよ
座標軸ってのがあるなら海の上
意味の上で

定まらず
足音たてて
へりくだる君の気分をよく知っている
知っているものだけが織りなす道
ってのがあるのだ

実際には
入って出てこられぬものとして
よくあるものではないけど
きっと大事な道

それを紐解いてあげるのは
ぼくかもしれないし
違うひとかもしれないし
結局誰でもいいから
きっかけを
きっかけを橋渡しする

インフラストラクチャー

そういうものにぼくはしていく
だから安心して
遠いうちか
近いうちか
ぼくはほぐしていく

 

2026年5月

そういうこともあらぁな

ポエトリー:

 

「そういうこともあらぁな」

日差しが照らすから
煤までもが光って見えた
思わず触ってしまったから
指の腹が煤だらけになった
煤がほくそ笑んでいた

夕方、散歩していたら
昔からある溜まり場のようなところで
古い友人に会った
懐かしくて二人とも声を上げた
「おおぉ」

しばらくして
なんでこんな時間に、という話になって
友人は職を無くしたらしい
「そりゃ大変やなぁ」
そこにはいない誰かのことのように僕は言った

友人は煙草を取り出し火をつけた
少し嫌悪した
そしてそのことに嫌悪した自分に嫌悪した

日差しは変わらず強く照っていた
服につかないように上に向けていた指の煤がまた光った
「ほんま、大変やなぁ」

 

2026年6月

序文

ポエトリー:

「序文」

ひまなことがいくつもあって、一般的には忙しいというのでしょうけど、わたしはそれをいっこうに忙しいとは言えないのはいったいどういうことでしょうか。

今は梅雨時ですから、雨もひっきりなしに降っています。雨にしたって皆さんが学校や会社に行く頃合いになりましたらあそこに少し降らして、また昼前になったらあそこにはこれぐらい降らしましょうと、たとえあちらこちらに降ったとしても、そんなに忙しくしているつもりはないように思えます。

私たちで考えてみれば、空気を吸う時にはそんなに忙しくしていないのと同じかもしれませんが、いつぽうで忙しく空気を吸うことしかできないときもあるわけで、これはずいぶんと心持ちが大変な時でありますが、いつも私が真似事のように何かしらの詩のようなものを書き留めていますのは、そうした代わる代わる心持ちの門を開けたり閉めたりするしかできないような日の出来事だとも言えます。

 

2026年7月

ずっと忘れられねえんなら愛せよ

ポエトリー:

「ずっと忘れられねえんなら愛せよ」

 

そして渡せよお前の左手の
手紙
二十一歳の栄光は
二十億光年前の
オレの知らないお前の最高

携帯電話で逆らうきみの
コダマのような着信音をそのままにすることが
一番いい
一番いいのは知っている

知っているけれど
その裏側にある骨格をなめることすらできない脳ミソには
逆恨みするばかりの映像で
今日もロジックの反対ばかりがウロウロする

状態がいかばかりかマシになって
朝の波打ち際とか夜の水平線を鮮やかに眺められるようになったら
孤独とかネリリを理解できるようになるのかねぇ

だからといって
そのまんまにはできねぇよ
着信音はブチッと切って
お前の最高を拒否してやるしか

忘れらんねぇのはこっちだから
いつまでたっても
砂浜には綺麗な歩幅しか残らないから

 

2026年4月

汗を拭け!

ポエトリー:

「汗を拭け!」

 

和やかに話してくださいって言ったのに
君たちの手拭いは汗を拭くばっかりで
ちっとも和やかじゃない

そら、その手拭いの
縦糸の記憶がほつれてるぜ
君たちはもっと
正直さを繰り返さなくちゃ
さぁ、地軸の運動に合わせて回転するんだ!

そして回り、回り、回りまくって最高記録を叩き出したら
案外、気に入るだろう
横糸がじゅうぶんに張った
絶対の藍
けれど自由な檻

それで今度は君たちが
誰かの汗を拭いてやる番だ
わかるだろ

 

2026年5月

白黒

ポエトリー:

「白黒」

 

もしも
あの子がいなくなっちゃ
着ていく服もなくなるよと
まぁ、そんなものかねぇ

だったらこうしてみては?
つらことは半分こにして
貝がらのこっちとこっちみたいに
君とぼくとでわけわけして

静かにすると反響
なんか聴こえてくるわけ
ねぇ?

とある企み
いいかげん
白黒はっきりさせなくちゃあなぁ

 

2026年6月