儚くも美しき12の変奏 / くるり 感想レビュー

邦楽レビュー:
 
『儚くも美しき12の変奏』(2026年)くるり
 
 
聴きだして2週間ぐらいが経ち、ようやく本作の聴くコツが掴めてきたような気がしている。簡単に言うと今回は言葉とかメロディーとかサウンドをちゃんと聴いた方が楽めるんじゃないかということ。当たり前だろというツッコミは横に置いといて、このところサブスクになったせいかザクッと聴いてしまうクセが付いてしまっている。バンド回帰の前作『感覚は道標』(2023年)なんかはそれでもよかったのだけど、今回の場合はそうしちゃうと曲の全体像がよく分からなくなる現象が少なくとも僕の場合は起こってしまう。前みたいにちゃんと聴く姿勢が必要だということを再確認した。
 
本作に関わるインタビューで岸田繁は、放っておけばインストばかり作ってしまうから今回は歌のアルバムにしようと心掛けた、と面白いことを言っていた。いつも歌ってるんだからいつも歌のアルバムなわけで今回は何が違うのよ、とその真意をもうちょっと深く突っ込んでほしかったのだけど、とは言いながら心構えどおり言葉とかメロディーとかサウンドを慎重に聴いてみると、やっぱり個別に集中した方が楽しめる仕様になっている。
 
インタビューでもうひとつ興味深かったのは、流行りのJ-POPからは距離の置いた、つまりあのAメロ、Bメロ、サビ以外にCメロがあったり、大サビがあったりする複雑な曲展開に反するように(インタビューでは反しますとは言わなかったけど)今回はAメロBメロだけの二部構成で行きます発言。とはいえ、飽きないように、ぱっと見は分からない転調をそこらじゅうで行っているとかで、数年後にこのアルバムの面白さに気付いてくれたらと言っている。この辺の反抗具合がよいなぁと思いつつ、実際それが上手くいっているかというと、つまり僕視点ではあるけど単調に感じないかどうか、飽きないかどうかで言うと、そうでない曲もあるしそうかもって曲もある。そういう実験をくるりはいつもやっているから、そういうこれはどうなんだろう、というのも楽しみ方のひとつ、というのもくるりを聴くうえで最近分かってきた。
 
くるりの歌詞の情景をスケッチしていくみたいなところが僕には合っていて、年齢的にも同世代なので、分かるような分からないような歌詞であっても聴き心地はいい。ただ今回は岸田繫の独白みたいな曲が2曲ある。岸田のnoteはたまに読んだりするがそこには近況報告以外にも今思うところが述べられていて、その2曲もまぁそういう内容にはなるのだろうけど、その辺の雑感的なものを歌にするのはどうやら難しいようで割とユーモアで済ませているようなところはある。とはいえ岸田の個人的な見解であってもどこかのおじさんのひとり言みたいな所在なさが出ているので面白い。これも実験のひとつなのだろう。
 
今回は特にサウンドデザインが聴いてて心地よいので、放っておけばインストばかり作ってしまうのならいっそのこと全部インストにして、そこに1曲目のような朗読を載せる全編ポエトリーリーディング・スタイルでアルバム1枚やってみるのも聴いてみたいと思ったけど実験の多いくるりでもそういう変な振り方はしないバランス感覚は持っている気はする。
 
いろいろと工夫を凝らしているそうなので、なにかひっかりを感じて改めて言葉とかメロディーとかサウンドをちゃんと聴こうとした僕の心構えはくるりの思惑通りなのかもしれないと思いつつ、最終曲の『Wandering』のせーのでジャ~ンみたいなノリを聴くと、そんなん別にええやん感に包まれた。アルバム・タイトルは『儚くも美しき12の変奏』。タイトルどおりいろいろな聴き方ができるアルバムだと思った。

もう終わりだろ

ポエトリー:

「もう終わりだろ」

 

なるようにはなるのか
すべては眠るようにはいかない
やがてわたしたちは
倒れ込むようにうずくまる

すべてのつらさを
業績のように語るなら
こんなにも瞼の裏
暴れたりしない

うるさいな
タイミング的にはもう終わりだろ
ほんとうにもう眠れたら

夜明けに咲く花と
透けて見える月は
太陽に向かって

 

2025年12月

古い時代の陶器のように

ポエトリー:

「古い時代の陶器のように」

 

今、僕の中で
できることと
できないことが
こんにちはしている

できないことは過去から来たと言う
できることは未来から来たと言う
そりゃそうだ過去のことはできないから

ひるがえって
未来のことはできるのだろうか

未来がこんにちはしてきたとき
過去は言うだろう
できやしないよ
結局ぼくはなにもできなかった

そうだろうか
未来はこたえる
できたから君がいるんじゃないのか
できなかったら過去はいないよ

過去は言う
でもぼくは野球選手になれなかったし
好きなひとと一緒になれなかった
ぼくは過去だから できたこともある かもしれないけど
できないこと はできなかったんだ

 未来:でもきみはちゃんと答えてくれている
    大切なことはできてるじゃないか

 過去:それはぼくときみはひとつだからだよ

 未来:そうか
    ひとつか

自分でそう言っておいて過去はうれしそうだった
未来もうれしそうだった

それはまるで古い時代の陶器のように
自然な様子だった

いつのまにか過去と未来は
もうそんなにもすんなりとしていた

 

2025年9月

ようやくに

ポエトリー:

「ようやくに」

 

歌がはじまってまもなく
滝の音が出でて
すべては覆われた

かなしみは
空に吸い込まれることなく
彼らの頭上は
重く立ちこめたまま

われらの空は待ち望む
ようやくに
かなしみの歌が歌われんことを
かなしみが吹き上がらんことを

 

2025年11月

「私たちの話し方~The Way We Talk」(2026年)感想

フィルム・レビュー:

「私たちの話し方 ~The Way We Talk」(2026年)

 

3才の時に聴覚を失ったソフィーは人工内耳を装用し、’普通の人’と同じような生活を送ろうとしている。ジーソンはろう者として、手話話者であることに誇りを持って生きている。アランは人工内耳を装用しつつも、手話を行うバイリンガルだ。同じろう者でありながら背景の異なる3人の若者が互いに影響を受け合いながら、それぞれの道を選ぶ。

劇中、ジーソンは「手話がオレの母国語なんだ!」と声を大にして言った。そうだ、手話話者にとって手話は母国語なのだ。例えば、日本語を母国語とする日本人は日本語でものを考え、日本語でモノを伝える。言語は思考を司る。言語はアイデンティティーであり、文化である。つまり今現在のジーソンの思考や行動は手話があってこそ生まれたもの。言葉は単なる道具ではないのだ。

人工内耳により、’普通の人’と同じように生きることを選択したように見えるソフィーは、ジーソンやアランたちとの交流を経て、自分の生き方を見直し始める。人工内耳を装着しても到底聴者ほどには聞こえないし、たとえ問題なく会話できたとしても聴者に合わせたそれがソフィーにとって自然な行為なのか。人が人として自然にふるまえるにはどうしたらよいのか。ソフィーにはそれさえ、ままならない。

この映画に結論めいたものはない。ソフィー、アラン、ジーソンも迷いながらそれぞれの選択をしてこの先も生きていく。もちろんその中には、人に合わせなくちゃならないことも絶えず出てくる。それは聴者もろう者も変わらない。ただ願わくば、ソフィーたちが借り物の道具ではない自分の自然な発露としての言葉で思考し、交流し、自己を定義することができればと思う。

映画はほぼ発話による音声が無い状態で上映された。BGMもほぼない。字幕だけを追って理解するのは頭が疲れそうだったが、それも次第に慣れてきた。また会話やBGMを含めた音声の強弱は感情を表現する大事な要素であると思っていたので、エンタメとしてエモーショナルな部分が不足するのではと懸念していたが、そこはよいストーリーや演者の好演により、まったく杞憂に終わった。音は無くてもエモーショナルなとても良い場面がいくつもあった。

主人公3人の個性を描き過ぎない点も好印象だった。それぞれに異なるソフィー、ジーソン、アランの物事に対するアプローチを殊更強調せず、変にドラマっぽ人物にはしない。くどい台詞も無いし、ドラマチックな展開もない。いいとか間違っているという判断はせず、ただ3人のその時々の選択をカメラが追っていくだけという姿勢。それに応える俳優たちの自然さがとてもよかった。静かだけど、とても雄弁な映画であったと思う。

映画は聴者でもろう者の’聴こえ方’、例えば雑音や耳に残る重い感じが想像できるような音像の工夫がなされていた。それがどこまで実際のろう者の聴こえ方に近いのか分からないが、ひとくちにろう者と言っても様々で、人によっては全くの無音ではないのかもしれない。

最後にもうひとつ。手話は手や表情で表現するのだから、日本の手話も海外の手話も例えば日本語と英語ほどには異ならないんじゃないかと思った。もしそうだとしたら、日本人も外国人も手話話者同士のコミュニケーションの方がよっぽどスムーズなのかもしれない。少なくとも日本語と外国語ほど別ものではないような気がした。

それにしても上映時間134分はちょっと長かったかな。

第21回さがの映画祭 感想

フィルム・レビュー:

京阪の祇園四条駅を少し上がったところにあるヒューリックホール京都で開催された第21回さがの映画祭に行ってきた。

「さがの映像祭は、ろう者・難聴者が制作した映像作品を全国から募集・上映し、多様な映像表現を社会に発信する映画祭です。映像作品コンクールや特別上映、関連企画を通して、手話・ろう文化への理解を深めるとともに、映像制作の可能性を広げることを目指しています。」(さがの映像ホームページより)

背景を少し記述すると、国際的な流れとして1880年ごろから「口話法(発声・読唇)は手話法よりも優れている」として、手話は禁止されていた。つまり手話文化が無きものにされていた。日本でも1933年から手話は発語の妨げになるとして、ろう学校で禁止されていた。もちろん今は手話も言語として認められている。 2025年には手話施策推進法が施行され、手話が重要な意思疎通の手段であることが位置づけられ、手話を使って暮らせる環境整備等を国や自治体の責務であることが明記された。

先ず始まったのはろうの映画の開拓者である深川勝三監督の紹介。現在では障がい者自身が俳優として出演している映画が特に欧米では幾つもあり、日本でもようやく動きだした印象があるが、驚くのは1961年の段階で世界に先駆け、すでにそれが日本で行われていたということ。さらには監督自身がろう者であったということには驚くしかない。この日は深川監督が演技指導をしている当時の映像が流されたが、身振り手振りでエネルギッシュに演技指導をする姿には本当に驚いた。

当時出演していたろうの俳優がゲストとして呼ばれ、ステージでその時の思い出を語ってくれた(もちろん手話で)。そのうちの一人は100才!しっかりと歩き、話をするその姿に会場から大きな手話の拍手が起きた。ちなみにお年寄りの手話はEテレの手話ニュースのようにキレキレではなく、おっとりとしていた。健常者のお年寄りの言葉が聞き取りにくくなるのと同じに、年配者の手話もあいまいにある。考えてみりゃ当たり前の話だけど、そういうひとつひとつが新鮮だった。

ろうに関するイベントなので、ろう者の方がたくさん参加していた。あちこちで会話をし、笑い声をあげている。笑い声は声として発話されていたことも、そりゃ当然のことかもしれないが、僕にとっては新鮮な驚きだった。ところで静かにしなきゃいけない場であっても手話は静かに話すことが出来る。例えば美術館には「お静かに」というような表示があったりするが、手話話者は声を立てずに会話をすることが出来るのだ。スキューバダイビング中だって話ができる(この後、上映された映画でそのような場面がある)。僕の周りには職場にも友人関係にもろう者はいない。この日のあらゆる光景がとても新鮮だった。

その後は香港映画「私たちの話し方」が全国ロードショーに先駆けて公開され、上映後にははるばる香港からアランを演じたマルコ・ンをゲストに迎え、アフタートークも実施された。映画の感想は改めて書くつもり。入場料は1200円(映画代も込み!)。この安さは京都市の協力があってこそだと思うが、これだけ安いと、多くの人が参加することが出来る。本当によいイベントだった。参加してよかったと思う。

寺尾紗穂コンサート 2026年2月7日 大阪市立阿倍野区民センター小ホール 感想

ライブ・レビュー:
 
寺尾紗穂コンサート
大阪市立阿倍野区民センター小ホール 2026年2月7日
 
 
会場は阿倍野ベルタと広い道路を挟んだ向かい側にあった。初めて行ったが、まだ新しいホールのようだ。こじんまりとしていたがとても立派なホールだった。僕の務め先は天王寺近辺にあるので、ベルタ辺りまでなら飲みに行くこともあるのだが、その裏側にこんな立派なホールがあるなんて知らなかった。
 
寺尾の歌はグッとくるものが多いので、ライブが始まる前、一緒に行った友人に「泣いてしまうかもしれんわ」と話していたのだが、実際始まってみると情緒的なことではなく、音楽的な広がりの中に身を浸していたという感覚で、純粋に今夜はとてもよい音楽を聴いたぞという気持ちの方が圧倒的に強いライブだった。
 
寺尾によるピアノの弾き語りは最初の数曲のみで、後はサポート・メンバー計4名によるバンド・スタイル。そのスタイルで演奏したほとんどが労働歌やわらべ歌だった。労働歌はもともと独特のメロディがあるうえに、ドラムスとウッドベースによるジャズをベースとしたサウンドに韓国の太鼓を抱えサブ・ボーカルも務めたチェ・ジェチョルが加わることでさらにビートの効いた歌となり、加えてアコーディオンや笛などいろんな楽器を操る人もいて、とても雄大な音楽となっていた。
 
雄大に感じたのは、地方に伝わる日本の古い歌をそれらしく演奏するのではなく、ジャズを基調にしていたからだろうし、チェ・ジェチョルの存在も大きいだろう。本編のラストではチェが帯状の紐が付いた帽子をくるくる回しながら踊る場面もあったりで(農楽(ノンア)と言うらしい)、当初想像していたものとは全く異なる光景がステージに現れていたもちろんどこまでも届きそうな寺尾の声もその奥行を感じさせた要因だろう。湿り気の無い声はとても澄んでいた。とにかく何かいろんなものが混ざっているけど継ぎ目のない世界を僕たちは体験した。
 
2026年2月7日、阿倍野の中心部から少し離れた小さなホールで素晴らしい音楽が奏でられていた。音楽が人々に行き渡るというのはこういうことを言うのかもしれない。一般的にはあまり知られていない音楽家たちであるけど、どの音楽がどうという事ではない、音楽本来のありようが等しく広がる地平の中に僕たちはいたように思う。
 
本編からものの数分で始まったアンコールも含めちょうど2時間。MCも少なく、寺尾はずっと歌いっぱなしだったが、ずっと素晴らしい歌声をキープしていた。『しゅーしゃいん』や土方のおじさんの歌をテレビ・メディアで聴きたいと思った。

「サムシング・エクストラ!やさしい泥棒とゆかいな逃避行」(2025年)感想

フィルム・レビュー:

「A Little Something Extra」2025年

邦題:「サムシング・エクストラ!やさしい泥棒のゆかいな逃避行」

Eテレの『toi toi』で「なぜ私を怖がるのだろう」という回があった。確かに日常生活の中で健常者から見て挙動不審な障がい者が、例えば電車の中で真横に立っていればつい身構えてしまう。僕自身は割と知りたい欲がある方なので、意識的に所謂マイノリティに関するテレビを見たり本を読んだりしているけど、それでもやっぱり「怖がる」という意識は働いてしまう。

映画のストーリーを簡単に言うと、宝石泥棒の親子が、警察の追跡から逃れるなか、ひょんなことから障がい者とその介助者に間違われ、障がいのある若者たちのサマーキャンプに身を隠すことになる。そこから始まる騒動を描いたコメディだ。大きな特徴は出演者は実際の障がい者たちという点。公開初日の動員数では『最強のふたり』(2011年)を大きく上回りフランス映画史上歴代2位を記録したという。『最強のふたり』は僕も大好きな映画なので迷わず観に行くことにした。

劇中、障がい者のふりをした主人公(息子の方)がいとも簡単に障がいのある若者たちに「ふりをしている」ことを見破られる場面がある。なぜ見破られたのかは明示されないが、つまりちょっとした視線や挙動で、この人の自分に対する態度はそういうことだな、ということを彼彼女らは日常的に経験している、そんなのすぐにわかるさ、ということなんだと思う。そういう描写ひとつとっても実際の障がい者たちが演じている効果は大きい。

物語は宝石泥棒の親子だけでなく、いろんなキャラクターが入り乱れ、好いた惚れたがあったり、ちょっとした事件があったりで同時進行的にドタバタと進んでいく。一応主役はいるのだけど、あんまりそこは関係ない。施設で働く職員たちも障がい者たちもみんなキャラが立っているので、それぞれにおかしいとこばっかりでホントおもしろいコメディになっている。あとヒロインもいるのだけど、ハリウッド的なキレイどころじゃない点も好印象だ。

「サムシング・エクストラ」というのは特別な何か。ギフトなんて言葉もあるけど、そういう目に見えない良き力があるんだよ、という映画なのかなと観る前はなんとなく思っていた。これは捉え方なので人それぞれなのだろうけど、僕は皆の壁が取っ払われたら、皆が「サムシング・エクストラ」になるし、つまり「サムシング・エクストラ」なんて言葉も必要なくなるよ、そんな風に受け取った。

演者の障がい者たちは本当にチャーミングだ。映画だから演じているわけで実際はそうもいかないだろうけど、それは健常者とて同じこと。少なくともこうやって愉快な映画を観ることで僕の認識はポジティブな方へ傾く。実際に接してすることが出来れば一番良いのだろうけど、映画を観たり、テレビを見たり、本を読んだりすることで少しずつほぐれていくことはある。好奇心でも何でもいいからその行動は続けていきたい。

合歓るーBridges / Laura Day Romance 感想レビュー

邦楽レビュー:
 
『合歓るーBridges』(2025年)Laura Day Romance
 
 
2018年デビュー、女性ボーカルにギターとドラムスの3人組。ソングライティングはギターのひとがメインのようだ。2025年初にリリースした『合歓る-walls』と本作が対になり、二作で3rdアルバムということらしい。僕は年末に読んだミュージック・マガジン誌で本作を知り聴き始めた。なので『-walls』の方は未聴。
 
若いが演奏は達者で、複雑なリズムで曲は進む。最近の若いミュージシャンはみんな普通に上手いから驚く。これまでの作品がどういったものかよく知らないが、言葉の載せ方選び方、アクセント、曲の展開、時折挟まれる印象的な音のフレーズ、どれをとっても秀逸だ。そこらじゅうで韻が踏まれているが、ちゃんと意味が通っていてしかもオシャレ。
 
近頃は邦楽オンリーで育ったミュージシャンが多いような気がするが、彼らは海外の音楽にも精通しているのではないか。#3『分かってる知ってる|yes, I know』はなんかThe1975っぽいぞ。ボーカリストはとても印象的な声の持ち主だけど、もうちょっと我儘に歌ってほしいかな。YouTubeでライブ映像を見たけど、バンド表現においてもまだまだ迫力不足な感じはする。ていうか連中はそんなこと求めてないのかも。
 
歌う対象との距離感も考えられていてしっかりと物語として表現している。#4『プラトニック|platonic』など情緒的な歌かと思いきやキチンと対象化されていて、アウトロでの着地のさせ方、そのまま5曲目のキラー・チューンへ向かう流れなんかホントによく考えられている。情緒でごまかさない丁寧なサウンド・デザインに好印象だ。
 
その#5『ランニング・イン・ザ・ダーク|running in the dark』はシンプルな曲なのに畳みかける言葉とアレンジを含めた全体で異様な疾走感と切迫感を表現していて、イントロのノイズからアウトロのピアノ・ソロに至るまで完璧。決め台詞の「あいにく雨だが 乾くよりマシか」がまた最高だ。他の曲もアイデア満載で素晴らしいけど、ちょっと神がかっているんじゃないかこの曲は。
 
音楽家にはクリエイターに限らず、アイデアが湧いて仕方がない時期がある。いわゆる初期衝動と経験値が合致してクリエイティビティがスパークするわけだが、それはどんな才能のあるアーティストでもあっても一時期にしか訪れない。もしかしたらローラ・デイ・ロマンスにとってこの作品がそれにあたるのかもしれない。ていうか僕が知らないだけで、他のアルバムもこのレベルにあるかも。だとしたら驚く。ちょっと他のアルバムも聴いてみよう。

HAYABUSA JET Ⅱ / 佐野元春 感想レビュー

『HAYABUSA JET Ⅱ』(2025年)
 
 
正直、『Ⅱ』があると聞いた時、僕はもういいだろうと思った。実際にリリースされて聴いてみると、確かにCoyote Bandらしくギターが騒がしく鳴る『君を想えば』、ダンスチューンに変貌した『太陽』、全く別物と言っていい『吠える』など、楽しい再定義はあった。けれど『Ⅱ』でもあり新鮮味は薄れていたし、『Ⅰ』ほどの興奮はなかった。僕の印象が変わったのはスピーカーで聴いてからだった。
 
『The Circle』(1994年)でThe Heartlandを解散したように、『The Sun』(2003年)を最後にThe Hobo King Bandでの新作が途絶えたように、2023年の『今、何処』以降Coyote Bandでの活動は活発ではなくなるのではないかと僕は勝手に想像していた。それぐらい『今、何処』アルバムは圧倒的だったし、上記2つのバンドの時のようにピークを迎えた後のCoyote Band としても次へ向かう道を見つけるのは難しいだろうなと勝手に思ってていた。
 
『HAYABUSA JET』シリーズは佐野自身が何度も語っていたように、佐野を知らない新しい世代に対するプレゼンテーションが主な目的だったろうし、『Ⅰ』は全くそのとおりだったと思う。しかし結局それはCoyote Band との関係をリフレッシュさせることにもなり、計算通りだったのかどうかは分からないけど、『Ⅱ』での更なるCoyote Band仕様への振り切りようを思えば、 ざっくり言ってしまえばそうした勘が当初から働いていたのだと思う。
 
つまり今回の『HAYABUSA JET Ⅱ』はまだまだCoyote Bandとの活動を終えるつもりはないという佐野の宣言なのではと僕は感じ始めている。今のバンドでこれ以上望むべくもないと思える作品があったとしても、かつてのように活動をやめてしまう必要はない。その答えが『HAYABUSA JET』シリーズ、いや『Ⅱ』にあるのかもしれないと。
 
イヤホンで聴くのをやめ、スピーカーで可能なそれなりの音量で聴いた時、それはまさしくCoyote Bandだった。過去曲に手を加えましたではなく、大袈裟に言うとライブを全身で浴びるようだった。当たり前だけど、The HeartlandでもないThe Hobo King BandでもないCoyote Bandとしか言いようがないサウンド。もしかしたら『Ⅰ』は新しい世代にという主眼が強く、曲そのものの若さを維持することに気が向けられていた部分があったのかもしれない。しかし『Ⅱ』ではそこはもう完全に吹っ切られているような気がした。Coyote Bandフルスロットルで行くんだと。
 
およそ1年をかけて行われた45周年を冠した一連の活動もまもなく終わる。次のアルバムがいつになるかは分からない。でも作り手にも僕たち聴き手にももうあの『今、何処』を越えなくては、という余計な気負いはすっかり剥がれているような気がする。あれはあれ、次は次、とばかりに。『HAYABUSA JET Ⅱ』はそういう役割を果たしたのではないか。
 
この一年の活動でおなか一杯になったコヨーテ達はしばしの休息に入るかもしれない。けどいずれ腹を空かせる。僕は気長に待とうと思う。キャリアの終盤にさしかかった佐野がCoyote Bandとともに再び走り出すのを。