Wall of Eyes / The Smile 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Wall of Eyes』The Smile(2024年)
(ウォール・オブ・アイズ/ザ・スマイル)

 

レディオ・ヘッドのツートップであるトム・ヨークとジョニー・グリーンウッドがジャズ・ドラマーのトム・スキナーと組んだ2作目。レディオヘッドは全く音沙汰なしなのに、こっちは2022年の1作目からわずか2年で新作を出すなんて、いったいどういう料簡だいトム・ヨークにジョニー・グリーンウッド。創作意欲が無いわけではなく単にレディオヘッドだとやる気が起きないということなのか。

このアルバムはそりゃあいいです。1枚目の初ユニットゆえのウキウキ感から一歩進んで、更に深化しています。目につくのはストリングスですね。1作目でも一緒にやったロンドン・コンテンポラリー・オーケストラが更に重要な役割を果たしていて、特に8分の大作、#7『Bending Hectic』なんて、そこにジョニーがいつ以来かっていうぐらいギターをギャンギャンかき鳴らしてますから、不思議な音階の序盤も含めてここがやっぱりハイライトですね。

1作目にあったテンポの速い曲は#4『Under our Pillows』ぐらいですけど、代わりにゆったりとしたよいメロディが目立ちます。ということで最後の美しい#8『You Know Me!』なんて普通にレディオヘッドですけど、一体レディオヘッドと何がどう違うのか分からなくなってきた。

ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラはレディオヘッドの最新作(って言っても2016年ですけど)『A Moon Shaped Pool』でも大々的に参加していて、てことはつまりこのアルバムは『A Moon ~』からコリンとエドとフィルの3名が抜けただけということになりますな。これだけいい曲あるんだったらレディオヘッドでやってもええ感じになると思うんやけど、そういうわけにもいかんのだろうか。ていうかThe smile はレディオヘッドを差し置くほど心地いいのか。『A Moon ~』の延長線のように思うんだけどなぁ。

A Light for Attracting Attention / The Smile 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『A Light for Attracting Attention』(2022年)The Smile
(ア・ライト・フォー・アトラクティング・アテンション/ザ・スマイル)
 
 
レディオヘッドのトム・ヨークとジョニー・グリーンウッドとジャズ・ドラマーであるトム・スキナーからなる新バンドのデビュー作。トムとジョニーってことはほぼレディオヘッドやんという世界的ツッコミに溢れているだろうこのアルバムは、一聴するとレディオヘッドでええやんだが、聴けば聴くほどレディオヘッドとの距離感は大きくなっていく。
 
つまりもう一人のトムさんです。手数が多く何拍子か分からない独特のリズム感に全体が覆われ、最初から最後までふわふわとした所在なさが続く。曲的には、あ、もしかしてこれレディオヘッドでやったら『In Rainbows』(2007年)かもという、トム・ヨーク久しぶりのポップな曲調ではある。ではあるが、もう一人のトムさんがそれを許さない。というかヨーク氏の方がそれを拒んだのか。故のスキナー氏。
 
てことで、『In Rainbows』収録の『Bodysnatchers』のようなスピード・ナンバーが3曲も入ってる(#3『You Will Never Work In Television Again』とか#7『Thin Thing』とか#12『We Don’t Know What Tomorrow Brings』)のは素直に嬉しいし、#6『Speech Bubbles』や#9『Free In The Knowledge』のような美しい曲もしっかり収録されている。ので、今はそういうモードなのかトム・ヨークとも思うが、ならば何故それをレディオヘッドでやらない、というツッコミはやはり入れたくなる。
 
というかそういうことはしたくないのだろう。アーティストにとって同じことをすること程苦痛なことはない。今のこのムードでポップな曲が生まれたのならば、そこは何も否定することはない。但し、それをそのまま出しても面白くないでしょということか。うん、確かに面白くない。でも逆に言うと、レディオヘッドじゃこのポップな曲で新しいことはできないということなのかなぁ。
 
なんじゃこれはという格好いい曲もあるし、うっとりする美しい曲もある。このアルバム好きかと問われれば、好きと答えればいいのだろうけど、うん、でも、という迷いが生じるのも確か。それはやっぱりトム・スキナーのドラムがロックじゃないからだろう。『Kid A』(2000年)や『Amnesiac』(2001年)やはたまた『King of Limbs』(2011年)だってロックじゃないだろうにと言われるかもしれないが、本当にジャズ・ドラマーが叩いてしまうとなんか落ち着かないということを今回は発見しました。
 
あと、オーケストラが大々的に使われているのはレディオヘッドでの前作『A Moon Shaped Pool』(2016年)から引き続き、ということになるのだが、こっちもどうもガッツリしてるはずがガッツリ感はなし。全体に漂うはっきりしない感、というか今回は物事のはざま、あわいの音楽、ってことでよろしいでしょうか?

Amnesiac/Radiohead 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Amnesiac』(2001)Radiohead
(アムニージアック/レディオヘッド)

 

今こうやって聴いてみると、さして違和感はない。メロディアスな曲が多いからだろうか。生の楽器がちゃんと聴こえるからだろうか。恐らくもう、2019年に至って、トム・ヨークのブルースに僕たちが追い付いたからだろう。憂いに満ちた世界がデフォルトとして横たわっている。当たり前のこととして暮らしている。そういうことかもしれない。

ブルース。エレクトロニカだったり、ジャズであったり、ストリングスであったり、音の背景は色々あるだろうが、これはもうトム・ヨークのブルースだ。ここに『KID A』の攻撃性はない。ただ地を這って横に広がってゆくのみ。トム・ヨークが憂いている。そういうアルバムだ。

だからはっきり言って、アルバム全体の印象は散漫な感じは否めない。どれもが独立して立っていて全体としてのバランスは考えてられないようだ。それはこのアルバムの背景、あの『KID A』からこぼれ落ちたもの、と考えれば合点がいく。しかし何事もつまり、こぼれ落ちたものにこそ大切なものはあるのだ。

僕はこのアルバムを聴いて嫌な感じはしない(←この表現もおかしな話だが)。ていうか心地よい。アルバム・ジャケットが物語るように『KID A』で剥かれた牙はここにはない。それになんだかんだ言って、トム・ヨークはポップな人だ。でないとあんな服装はしない。

『KID A』~『Amnesiac』期というのはテンションが振り切ったまんまのかなりのストレス状態で作られたわけだが、そうは言っても常に中指を立てていたわけではないだろう。時に憂いが吐き出されることがある。そうやって吐き出されたブルースが綺麗なメロディや豊かな音楽性によって語られる。

たまには地を這うのも悪くない。そうやって僕たちは日々のブルースをやり過ごす。

 

Tracklist:
1. Packt Like Sardines In A Crushd Tin Box
2. Pyramid Song
3. Pulk/Pull Revolving Doors
4. You And Whose Army?
5. I Might Be Wrong
6. Knives Out
7. Morning Bell/Amnesiac
8. Dollars & Cents
9. Hunting Bears
10. Like Spinning Plates
11. Life In a Glasshouse

A Moon Shaped Pool/Radiohead 感想レビュー

洋楽レビュー:

『A Moon Shaped Pool』 (2016) Radiohead
(ア・ムーン・シェイプド・プール/レディオヘッド)

ここで歌われるのは祈りだ。ところどころ感じさせる宗教的なサウンドが落ち着きを与える一方、不穏さを与えている。緊迫感と平穏さの同時進行もまた聴き手の感情を不安にさせ、安心させる。相反する動きがそれが自然な形だと言わんばかりに同居している。当然それらを許容する器が必要だ。

言葉やメロディ、そしてそれらを運ぶサウンドがぎこちないままだと聴き手への伝播力は半減される。ここでの言葉とメロディやエレクトロニカ、オーケストレーションの緩やかな結合は人の手が加わったことも忘れてしまうほどにあまりにも自然だ。そこに外界のどんなウィルスも受け付けない声が降り注ぎゆっくりと同化してゆく。このアルバムでは声であるとかベースであるとかギターであるとかストリングスであるとかという区分は意味を持たない。全てがひとつの音という意識として人々の耳へ飛び込んでくる。耳から入った音もまた、耳とか脳とか心とかの分別なく、体の四隅へゆっくりと溶けてゆく。或いは衰弱し、或いは回復してゆく。それはまるでサイケデリア。現実のようで夢のようで、意識は明瞭のようで幻覚のようで。境界線も曖昧なまま、美しく、ざわめきは抑えようもない。

1. Burn The Witch(魔女を燃やせ)
落ち着きのないサウンド。最後の止まれなくて微かに残る余韻が不穏さを醸し出している。

2. Daydreaming(白日夢)
チベットか何処かを想起させる宗教的な音階。最後のコントラバスが不安をかき立てる。

3. Decks Dark(甲板の闇)
幻覚ではない。意識は明瞭だ。しかし女性コーラスが入ることで幻想的になってゆく。

4. Desert Island Disk
主人公は移動をしている。しかしそれは白昼夢。目覚め、更新される。

5. Ful Stop
ちょっと待って。一旦止めてくれ。元に戻してくれ。

6. Glass Eyes(義眼)
リアルにやばい曲。最後にフッと浮き上がるのは良い兆候かそれとも、、、。

7. Identikit(モンタージュ作成装置)
肉体的なビートが「broken hearts make it rain」という言葉を補完する。

8. The Numbers
ラストのダムが決壊したかのようなオーケストラに押し流されてしまいそう。

9. Present Tense(現在形)
フラメンコ。踊るのには理由がある。

10. Tinker Tailor Soldier Sailor Rich Man Poor Man Beggar Man Thief
(いかけや したてや へいたいさん ふなのり おかねもち びんぼう こじき どろぼう)
エレクトロニカからバンドを経由しオーケストラへ。意識の境もなくなってゆく。

11. True Love Waits
背後に軋む音が残された意味とは。成熟とはより純化されるということ。

一見感情的なように見えて実はそうではない。仮に実体験が下地にあったとしても作者と言葉は一定の距離を保っている。そこのところの冷静さや知性が彼らの魅力だと言えるし、もしかしたらトム・ヨークから出てくる言葉はどうあってもそうなってゆかざるを得ない性質のものなのかもしれない。人の心を揺さぶる声を持っていながらも基礎体温の低さはぬぐい切れない。その奇妙なバランスが美しい。

In Rainbows/Radiohead 感想レビュー

洋楽レビュー:
『In Rainbows』 (2007) Radiohead
(イン・レインボウズ/レディオヘッド)
 
レディオヘッドを聴いている時の感覚は他では得られない。楽しいわけでもないし、癒されるわけでもない。ただ聴いていると気分がいい。きっと彼らの音楽には押しつけがましい主義主張がないからだろう。いや、主義主張がないわけじゃない。押しつけがましくないというだけ。
 
珍しくメロディ主体の曲が多い。かといって歌ものと言えるかどうか。もうボーカルはボーカルでなくていいのだろう。ただの楽器か。明確な意思か。どちらにしても声と楽器が共鳴していることは間違いない。曲ひとつひとつについても同じだ。恐ろしく完成度の高い曲はそれひとつで完結している。緩やかに結び付けられているだけだ。
 
今回の曲は統一感がある。同じ美意識に則っている。詞はシンプルなものが多い。後半に向けてスッと畳み掛けていく展開の曲が多い。突き詰めてそうなったのか、自然とそうなったのか。この時の彼らの美意識とはつまりこんな感じだったのか。バッキンガム宮殿の衛兵交代式とか、日本で言う横綱の土俵入りとかそんなような様式美。レディオヘッドにもこんな時期があるんだな。押しつけがましくないぶん余計うっとりしてしまう。ただそれを鵜呑みにしていいのかどうか。
 
レディオヘッドを聴いていると気分がいいが、このアルバムは特に気分がいい。彼らの様式美が僕にはしっくりくる。メフィストの甘いメロディだ。
 
 
 1. 15 ステップ
☆2. ボディスナッチャーズ
 3. ヌード
 4. ウィアード・フィッシズ/アルペッジ
 5. オール・アイ・ニード
 6. ファウスト・アープ
☆7. レコナー
 8. ハウス・オブ・カーズ
★9. ジグソー・フォーリング・イントゥ・プレイス
 10. ヴィデオテープ

Kid A/Radiohead 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Kid A』(2000) Radiohead
(キッドA/レディオヘッド)
 
インターネットが高度に発達した現代ではコミュニケーションのあり方も以前の物差しでは測れない。とすれば4ピースのロックンロールが肉体を激しくビートした時代とは異なる方法論でないとやりきれないというのは、至極真っ当なことではないか。今必要なのはそれでもいいさと8ビートに腰をくねらせる楽天性か。それともワインと睡眠薬による終焉か。レディオヘッドが選んだのはそのどちらでもなく、音楽と人の心の奥を直に繋げる試み。周りに馬鹿だと言われようが、新しいあり方を切り開かんとす生真面目な取り組みに他ならない。
 

それが成功したのかどうかは分からない。ただ、ここにあるロックンロール音楽は、未だかつて誰にも触れられたことの無い体の一部分をタッチする。いやこれが音楽であるかさえ僕には分からない。それどころか、僕には世界中の多くの人がこのような音楽を支持しているというのが信じられない。しかし信じられないけれど、その事実はとても楽しいことだ。それはつまりは我々の体の中にはまだそのような回路が存在するということなのだから。

彼らの音楽は我々の中に眠る新たな回路を起動させた。と同時にロック音楽の可動域を広げた。

 
☆1. エヴリシング・イン・イッツ・ライト・プレイス
 2. キッド A
 3. ザ・ナショナル・アンセム
 4. ハウ・トゥ・ディサピア・コンプリートリー
 5. トゥリーフィンガーズ
☆6. オプティミスティック
 7. イン・リンボー
★8. イディオテック
 9. モーニング・ベル
 10. モーション・ピクチャー・サウンドトラック

OK Computer/Radiohead 感想レビュー

洋楽レビュー:
『OK Computer』(1997) Radiohead
(OK コンピューター/レディオヘッド)
 

『ザ・ベンズ』 の時に僕はこれは死の直前のほんの数秒の物語と書いたが、『OK コンピューター』はそこから更に天空を漂っているイメージ。 歌詞にも great height なんて言葉が出てくる。 主人公は黄泉の国をさまよっているかのよう。
 

『ザ・ベンズ』と『キッド A』の間に位置するアルバムであり、アルバム・ タイトルからも想起されるイメージとしてはその中間期に当たるサ ウンド。しかしここではまだギター・メインでどちらかと言えば『 ザ・ベンズ』寄り。やはり『キッド A』は相当特異なアルバムのようだ。とはいえ『ザ・ベンズ』 が純粋なギター・ロックの極致なら、『OK コンピューター』はそこを更に突き破った新しいギター・ ロックの世界。もう美しいという言葉は妥当ではない。 成層圏のギター・ロックと言っていいだろう。

そのイントロダクションとなる『エアバック』と中盤で曲調が飛躍する『パラノイド・アンドロイド』で得られるカタルシスは格別だ。ここでグッと『OKコンピュータ』の世界に引き込まれてしまう。『レット・ダウン』や『イレクショニアリング』のような伝導率の早い曲もあるが、押しなべて言葉の方はかなり込み入っている。が、僕はそこまで読み込めない。まあ、それでいい。僕はトム・ヨークの言葉は話半分で聞くことにしている。『フィッター・ハッピアー』なんてホント馬鹿馬鹿しい詩だ。物知り顔で分析する類のものじゃないだろう。

そんなことより『ノー・サプライゼズ』のアルペジオを聴いていると此処はどこだか自分は誰だか分からなくなる。そんな風にして思考力が停止した僕はあらゆるものを無条件で受け入れてゆく。そこがユートピアなのかディストピアなのかは分からない。

☆1.エアバッグ
★2.パラノイド・アンドロイド
  3.サブタレニアン・ホームシック・エイリアン
  4.イグジット・ミュージック
  5.レット・ダウン
  6.カーマ・ポリス
  7.フィッター・ハピアー
  8.イレクショニアリング
  9.クライミング・アップ・ザ・ウォールズ
☆10.ノー・サプライゼズ
  11.ラッキー
  12.ザ・トゥーリスト

The Bends/Radiohead 感想レビュー

洋楽レビュー:

『The Bends』(1995) Radiohead
(ザ・ベンズ/レディオヘッド)


レディオヘッドというのは不思議なバンドだ。 陰鬱そうに見えて希望を覗かせるし、 悲痛そうに見えてユーモアをほのめかせるし、 案外悲観的ではなく楽観的な気持ちの方が強いような気もする。 但しそれはあくまでも僕の意見。人によって見方は様々だろう。 しかし彼らの言葉や声、メロディはそれら全てを許容する。 そもそも言葉自身が、メロディ自身が、 サウンド自身が力を持っている、両面を持っているから。 あらゆる見方を全て飲み込んでしまえる度量を持つ音楽こそがロッ ク音楽だとしたら、これは間違いなくロック・アルバムだ。 それにしてもこんなエモーショナルで美しいギター・ ロックにはそうお目にかかれるもんじゃない。

行き場のない言葉。しかし悲痛さとはユーモアを伴うものだ。 美しいメロディ。エモーショナルなギター。トム・ ヨークは人間的でプラスチックな声で歌う。 ひどく感傷的でありながら、 感情に浸れない無機質な手触りの向こうにあるのは正しさ。 それはやはり憂鬱さと不可思議な可笑しみだ。これは死の直前、 スローモーションになるほんの数秒の物語。意識は明瞭となり、 全ては正しく網膜に映写される。

これだけ正しくギター・ロックを奏でてしまったからには、 もう後へは引けない。『キッドA』という被膜をめくると『 OKコンピューター』があり、『OKコンピューター』 という被膜をめくると『ザ・ベンズ』がある。

  1. プラネット・テレックス
  2. ザ・ベンズ
3. ハイ・アンド・ドライ
  4. フェイク・プラスティック・トゥリーズ
  5. ボーンズ
  6. ナイス・ドリーム
☆7. ジャスト(ユー・ドゥー・イット・トゥ・ユアセルフ)
☆8. マイ・アイアン・ラング
  9. ブレットプルーフ…アイ・ウィッシュ・アイ・ワズ
 10. ブラック・スター
 11. サルク
 12. ストリート・スピリット
 13. ハウ・キャン・ユー・ビー・シュアー
 14. キラー・カーズ