The Car / Arctic Monkeys 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『The Car』(2022年)Arctic Monkeys
(ザ・カー/アークティック・モンキーズ)
 
 
アークティックと言えば長らく1st、2ndのガレージ・ロックというイメージだったが、今ではすっかり5作目『AM』(2013年)で示した重心が低く艶っぽいロックバンド、というイメージが定着している。加えて6作目の『Tranquility Base Hotel & Casino』(2018年)からはロックバンドの可動域を更に広めようとする野心的な取り組みで、もはや好きとか嫌いとかではなくちゃんと見ておかないといけないバンドの一員になった。
 
とはいえ、じゃお前はちゃんと見ていたのかというといささか心許なく、僕としては世間的には大評判な1st、2ndや『AM』よりも3作目『Humbug』(2009年)、とりわけ4作目の『Suck It And See』(2011年)が一番好きだったりするひねくれもので、その観点から言うと今作は割と好き。要するに、アレックスの奏でる風変わりなメロディによる歌モノが好きなのです。
 
前作『Tranquility~』は変わった作品で、もうあれぐらい突き抜けちゃうと好み云々ではなく姿勢として格好いいのだけど、歌モノ好きとしては随分とメロディが遠のいたなぁと。それとやっぱバンド感うすっ!っていう部分が印象としてはある。ただ『Tranquility~』はそれを補うだけのラジカルな姿勢があったればこそなわけで、とはいえそれが2作続くとなると流石にシンドイ。というところでリリースされた今作はというと、メロディは戻ってきています。メロディは戻ってきたうえで、ラジカルさはそのままにバンド感も上昇、てのが割と好きな理由です。アルバム・タイトルが『The Car』って、なんやそれ!やけど。
 
全体的なイメージは映画「コッドファーザー」。宇宙から戻ってきたとはいえ、マフィア(笑)。庶民感はなし。映画音楽、というか映画のような音楽。ゴージャスでしかもアレックスはアルバムを重ねる毎に歌が上手くなっている。2010年前後の作品が好きな身としては#1『There’d Better Be A Mirrorball』とか#7『Big Ideas』みたいな美しい曲が好み。彼らはもう過去作の延長線上のアルバムを作るという考えはないのだろうけど、時折こうしたメロウさが顔を覗かせるのが嬉しい。
 
彼らはロック・バンドとしての新しい表現を求めている。このアルバムからもそれはひしひしと伝わってくる。だから聞き手が戸惑うのは当然と言えば当然。しかし今作には『Tranquility~』ほどの戸惑いはない。つまり彼らは進化しているということ。新しい表現、新しいサウンドを求める権化となったアークティック・モンキーズは’アークティックと言えば’をこれからも更新し続ける。しかし彼らがレディオヘッドみたいになるとは思わなかったな。
 
今時珍しい’男の世界’を行く’男のバンド’。こういうのもたまにはいいね。とはいえやっぱ「ゴッドファーザー」、マフィアやん。

Tranquility Base Hotel & Casino/Arctic Monkeys 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Tranquility Base Hotel & Casino』(2018)Arctic Monkeys
(トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ/アークティック・モンキーズ)

よい音楽を聴くと語りたくなるというか、それが一筋縄ではいかない音楽であれば尚のこと自分なりの視点、私はこういう風に思うんですっ、てのを語りたくなる。例えて言うと、レディオヘッドなんて正にそんな感じ。このアークティック・モンキーズの新作もそんな語りたくなる作品で、もしグラミーに「語りたくなるアルバム賞」なんてのがあれば、間違いなくノミネートされるのではないでしょうか。

トランクイリティ・ベースというのはアポロ11号の月着陸船が着陸した場所である月面の“静かの海=トランクイリティ・ベース”のことで、このアルバムはその名前を冠した‘ここではない何処か’にある架空のホテルでの群像劇。もうこれだけで語りたくなる度満載ですな(笑)。

タイトルに「カジノ&ホテル」と付いているようにやっぱ只のホテルではないんですね~。ある種、ギャンブル依存症とでもいうような、或いはドラッグを思わせる現実と幻想のはざまを行き来する、正気とジョージ・オーウェルの『1984』(もしくは歌詞に「頭蓋骨に直接パーティーを接続している」とあるように映画『マトリックス』)を思わせるディストピア、かえってその心地よさに足を踏み入れる、いや正気に戻る、そのような不穏な世界へ行き来する様、その境界線上を漂う世界とでもいうようなアルバム、ていうか、もうこうやって書いてるだけでトリップしそうです(笑)。

つまり今回のロック音楽の仕様とはそれこそ宇宙的にかけ離れたゴージャスでサントラめいたサウンド、あちこちでこんなのロックじゃねぇなどと言われたりもしているそうですが(そうですが、って周りに洋楽談義出来る人がいないので、あくまでのネット上での話です…)、これはその設定に則ったサウンドであり、ありうべくして鳴らされたサウンドなのでございます!

このアルバムでのアレックス・ターナーのボーカルは演劇的だ。一部ポエトリー・リーディングを思わせるものもあって、正直とっつきにくいです(笑)。しかも演劇ですから粘っこいです。吉本新喜劇でいうところの末成由美並みの粘っこさでございます。ただまあこれが逆に言うと異様にメロディが立っているとも言える訳で、非常にメロウ!人体と同期したようなメロディとでもいうか、恐らくそう感じるのはそれが言葉、或いはフレーズ、或いは物語自体に元々備わったメロディだからということで、つまりは言葉に内包されたメロディを引き出してゆく、素直に身を委ねていくことが、今回のギターではなくピアノのみで行われたアレックスのソングライティングだったのではないでしょうか。これはもう作曲とは言わないかも。ある意味ボブ・ディラン的といいますか、完全に言葉に憑依してますね(←言葉とメロディが同期しているという意味で)。

それに対してバンドはどうしていくか?バンドもまた、素直にアレックスの紡いだ物語の進行に沿ってそれに見合う音を当てていく。もう派手なリフで曲全体をリードしていく必要は無くって、それこそ演劇の第1幕、第2幕とでもいうように物語に光と影を当てる。このアルバムのサントラめいた余韻は恐らくそういうことではないかなと。

しかしそれは単に曲に柔順という意味ではなく、時に荒々しく、時にはみ出そうとする演奏はバンド・メンバーそれぞれが独立した詩人であり、それぞれがそれぞれの思うところを朗読しているからこそ。音の壁(=ウォール・オブ・サウンド)。言ってみれば、スペース・ポエトリー・カフェ。ここにあるのは紛れてしまわない自立したサウンドなのです。ボーカルは物語り、バンドも物語る。もうそこに境界線はないのです!

架空のホテルで繰り広げられる群像劇は最後の11幕、『The Ultracheese』で‘いつもの場所’に戻る。そこは古きよきアメリカ。しかし命のともしびはもう残りわずかだ。主人公は壁にかかった友人の写真を見上げる。しかしそこに映っているのは果たして友人の姿なのか或いは…。ひぇ~、これ完全にSFや~ん。

アレックス・ターナーはかつて「ロックンロールは死なない」と発言した。2018年にもなって、ロックンロール音楽を前に押しやろうとするバンドがいる。こんなに嬉しいことはない。レディオヘッドがそうであったように、この訳の分からない音楽は圧倒的にスケールがデカく、圧倒的に正しい!!

 

1. Star Treatment
2. One Point Perspective
3. American Sports
4. Tranquility Base Hotel & Casino
5. Golden Trunks
6. Four Out Of Five
7. The World’s First Ever Monster Truck Front Flip
8. Science Fiction
9. She Looks Like Fun
10.Batphone
11.The Ultracheese

アークティック・モンキーズの『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』が素晴らしい

その他雑感:

アークティック・モンキーズの新作、『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』が素晴らしい。最初聴いた時はこりゃまた厄介なのが来たぞ、しょーがねぇなという感じだったんだけど、何回か聴いてるとこれは凄い作品だなと。もうしばらく聴いてからちゃんとレビューを書くつもりですが、とりあえず今の感想を。

この作品、あまりにも一般的なロックンロールのフォーマットから離れているから賛否両論のようだけど、理屈は抜きにしてカッコいいんだからそれで済ませてしまえばいいんじゃないだろうか。

ヴィンテージSFというか古いんだか新しいんだか分からないサウンドと、これまた近未来小説か歴史小説かとでも言うような相反する要素を詰め込んだブッ飛んだ歌詞。これがとんでもなく素晴らしい。

この訳の分からなさを正しいと思わせる説得力はどこから来ているのか。こういう訳の分からないラジカルな音楽が王道を行くロック・バンドから出て来たのが嬉しい。

AM/Arctic Monkeys 感想レビュー

洋楽レビュー:

『AM』(2013) Arctic Monkeys
(AM/アークティック・モンキーズ)

 

地を這う重厚な作品。まるでコールタールのように流れくる。アークティック・モンキーズ、4枚目のアルバムの登場である。まさしく登場という言葉に相応しい王者の風格。ヘビーなリフに引きずられるようなビートで始まるのっけの#1から物凄い臨場感だ。デビュー時のスピード感はもうここにはない。いや、正確に言うとあるかもしれない。つまりは重々しくとも密度が半端ないのだ。

アークティックは何と言ってもアレックス・ターナーのソングライティングと歌唱だが、僕はこのバンドの肝はやっぱりバンドの技量だと思う。手数はうんと減っているが、こちらに迫る情報量はかつてのもの以上。視覚的に言うとギターの太さが違う、ドラムの重みが違う、ベースの濃さが違う。でまた隠し味的に使われる鍵盤類が最高だ。

指折りのテクニカルな集団なので、思わず手数を増やしたくなるところだろうけど、派手な自己主張はなし。それでも際立つサウンドは彼らはもうそんな領域にいるということだ。ただそれができるのもアレックス・ターナーが作る楽曲の強靭さがあってのこと。色んな要素はあるだろうが、彼の作り出す曲が磁場となってこの傑作を作り上げているのは間違いない。

メロディの決まりごとから離れていても何の違和感もないどしっとした安定感。前作辺りから続く、この一見何気ないメロディを作り出す才能は他に比肩しうる存在がない。加えて、今や若手№1どころか業界トップクラスのボーカリスト。前作も良かったけど、今回は輪をかけていい。でまた詩がいいんだ。だんだん凄いことになってきたぞ。

#6、#7と続くスロー・ソングは本作のハイライト。ここは素直にロマンティックなメロディにうっとりしてしまおう。そのまま続く#8への流れがまたいいんだこれが。

サウンドといいメロディといいこれまでの蓄積の上に、アークティックのオリジナリティが一気に花開いたという感じ。セルフ・タイトルが示す通り、彼らの代表作と言っていいんじゃないだろうか。今までもそうだったけど、今回は特にいつ聴いてもOK。艶々としたヴィンテージ感も最高な普遍的なロックンロール・アルバムだ。

 

1. Do I Wanna Know?
2. R U Mine?
3. One For The Road
4. Arabella
5. I Want It All
6. No. 1 Party Anthem
7. Mad Sounds
8. Fireside
9. Why’d You Only Call Me When You’re High?
10. Snap Out Of It
11. Knee Socks
12. I Wanna Be Yours

Suck It And See/Arctic Monkeys 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Suck It And See』(2011) Arctic Monkeys
(サック・イット・アンド・シー/アークティック・モンキーズ)

クークス、ザ・ビュー、アークティック・モンキーズを僕は勝手にUKギターロック御三家などと呼んでいるのだが、その筆頭各にあたるのがアークティック・モンキーズ。アークティックはクークスやザ・ビューよりも一般的な評価も高く、その雰囲気も王道というか王者の風格があり、個人的な好みはさておき、一歩抜きん出ている感がある。そのアークティックの4thアルバム。重たい印象のあった前作とは一転、全体的に肯定感あふれる作品だ。曲そのものの精度がこれだけある以上、もはやデビュー当初のスピード感は必要ないのだろう。本作を聴いて僕の中でのアークティック好き度ランキングはかなり上がった。

初期の猛烈なスピートや、彼らを世に知らしめた独自のビート感はかなり後退し、むしろゆったりとしたリズムに覆われている。これまでになく爽やかな印象も相まって、聴いた当初は面食らうところがあるかもしれないが、聴き込むほどに味わい深く、ついに彼らがここまで来たかという印象。今思えば、デビュー当初のあの勢いもこの基礎体力故だったのかもしれない。

前作から向かいつつある普遍的なメロディへのアプローチも、堅苦しさが消え随分と身軽に。前作とは対照的に明るく開放的なのはアルバム・ジャケットのせいだけではあるまい。ドラム、ベース、ギターの音が明確で、立体的なサウンド。一曲一曲の輪郭がしっかりと色づけされているのはここに迷いはないということ。これはもうアレックス・ターナーの作曲能力もさることながら、バンドとしてのムードが良い方向に振れている証しであり、派手なインパクトはないものの、今や彼らはそんじょそこらのギターバンドには真似できない領域にあるということを示している。

4作目ともなると、ストリングスやエレクトリカルなど新しい表現方法を取り入れたりもするのだが、彼らはデビュー時以来のシンプルな編成のまま。それでいてこうも印象を変えてしまうのだから恐れ入る。にもかかわらず、初期も今もロックンロールとしか言いようのないサウンド。正々堂々、ストロング・スタイルの傑作である。

 

1. She’s Thunderstorms
2. Black Treacle
3. Brick by Brick
4. The Hellcat Spangled Shalalala
5. Don’t Sit Down `Cause I’ve Moved Your Chair
6. Library Pictures
7. All My Own Stunts
8. Reckless Serenade
9. Piledriver Waltz
10. Love is a Laserquest
11. Suck It and See
12. That’s Where You’re Wrong

 

3作目と同じアプローチでありながら僅か1作でこれだけ印象を変えてしまえるのは流石と言うしかない。アークティックのキャリアからすれば、まるで何かのスポットに落ちたかのようなメロウで爽やかな作品だ。

Whatever People Say I Am, That’s What I’m Not/Arctic Monkeys 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Whatever People Say I Am, That’s What I’m Not』(2006) Arctic Monkeys
(ホワットエバー・ピープル・セイ・アイ・アム ザット・ホワット・アイム・ノット/アークティック・モンキーズ)

僕の印象ではもっとイケイケな感じかと思っていた。勿論、代表的な#1や#2なんてのは思いっ切りアガルんだけど、クークスやザ・ヴューの1stを聴いた後だとアークティックの1stはより落ち着いて聴こえる。前述の2組のバンドはどっちかっていうとガレージ色が強く、ガチャガチャしててギアが入ったら止まらなくなる感じ。それでいてUKロックの香りがフッとしてくる。一方のアークティックはヘビーでよりダーク、夜のイメージだ。同じシンプルなバンド構成だけど、こっちは得体の知れなさというか、無国籍な感じがする。アークティックはこの後、ずっとヘビーなサウンドを指向してゆくんだけど、こうして聴いてみると黒っぽい要素もあって最初からその萌芽があったんだなあ。

意味なんてどうでもいいよ、というクークスやザ・ヴューと比べてもちょっと奥歯にものが挟まった感じというかシニカルな感じはする。そういう意味でもアレックス・ターナーの立ち位置というのはやっぱ時代を映しているというか、00年代のバンドだなあと。今や世代を代表する巨大なバンドになった訳だけど、その辺が喧しい近所の腕の立つ職人といった風のクークスやザ・ヴューとは決定的に違うとこなのかもしれない。それになんかこう書いててもアークティックの方は真面目な文章になってしまうから不思議。

あとアークティックを記名づけているのがリリック。直近のアルバムも凄かったが、この1stは溢れんばかりの言葉数。アレックスはきっと詩人としてもやっていけそうだ。

キャリアを重ねたバンドが原点回帰ってのはよくあるが、結局初期衝動は1stだけのもの。ザ・ヴューにしてもザ・クークスにしてもアークティックにしても今もいい音楽を作っているが、スピード感で言えばやはり1枚目。アクセル踏んだら止まれないスピード感が欲しければ、この00年代UKギター・ロック御三家だ!

 

1. The View from the Afternoon
2. I Bet You Look Good on the Dancefloor
3. Fake Tales of San Francisco
4. Dancing Shoes
5. You Probably Couldn’t See for the Lights But You Were Staring Straight at Me
6. Still Take You Home
7. Riot Van
8. Red Light Indicates Doors are Secured
9. Mardy Bum
10. Perhaps Vampires is a Bit Strong But…
11. When the Sun Goes Down
12. From the Ritz to the Rubble
13. A Certain Romance

何と言っても冒頭2曲の破壊力。お尻に火が付いてるみたいだ。