Mr. Morale & The Big Steppers / Kendrick Lamar 感想レビュー

洋楽レビュー:
『Mr. Morale & The Big Steppers』(2022)Kendrick Lamar
(ミスター・モラル・アンド・ザ・ビッグ・ステッパーズ/ケンドリック・ラマー)
 
 

このアルバムは前後半、Volume1(Big Steppers)とVolume 2(Mr.Morale)に分かれているんですね。だから長いアルバムでもあるので思い切って前後半と分けて聴いていたんです。でVolume 1 の方から何回か繰り返し聴き続けて、あぁ今回は聴きやすいなぁなんて思っていました。もちろん、ケンドリックの作品ですからそんな単純に聴きやすいってこともないんですけど、割と重くないというか、急にセレブになってATM2台分ぐらいどうってことなくなってしまった自分や周りに対する違和感とか、昔ながらの男らしさを徹底的に叩き込まれた父親との関係とか、あとこれは4文字言葉連発という意味で聴くのしんどいので僕は時々飛ばしますけど(笑)、痴話ゲンカの一部始終とか、まぁこれまでの作品でこっちが免疫付いたのかもしれないですけど、割と負荷なく聴けるんです。

 
加えて音がべらぼうに恰好いいし、中には歌モノもあるしサウンド的な面白さもあってキャッチーな要素も結構ある。だからリリックはさておき、部屋で流して聴いても全然イケるなっていう感覚があった。ていう流れでじゃあそろそろVolume 2 を聴こうかってことでこっちも最初は音だけを聴いていたんです。でやっぱり恰好いいなぁと、ヒップホップ分かんなくても全然恰好ええわぁと。
 
まぁこれは、ケンドリックのアルバムを聴く時の僕のいつものやり方ではあるんです。やっぱリリックが強烈なのでシンドイ、後回しにしちゃえ、と。あと、いつも和訳付きの国内盤を買うんですけど、和訳片手に目で追ってくの大変なので、音まで気にしちゃいられないというのがある。でもそれも勿体ない、だから先ずは耳で楽しみたいなと。ケンドリックは勿論リリックだけの人ではないので、音楽的なところで先ずは楽しみたいというのがあって今回も先ずは訳を読まないでいました。とは言え、Volume 1 があったので、そこまでキツイものではないのだろうと高を括ってたんですけど、Volume 2 の和訳を片手に聴き始めたらですね、これはかなりヤバい、辛い内容がそこにはありました。
 
ずっとケンドリックが描いてきたことなんですけど、アフロアメリカンとしての歴史ですよね。特に性的なところ、レイプされレイプさせられてきたという事実。そういう中々消えない歴史、トラウマがアフロアメリカンにはあって、そしてケンドリック自身も幼いころに性的被害に関するゴタゴタにあっている、そして性的虐待や恐喝をした罪で服役しているR.ケリーも傷を負っていると。この辺のくだりは訳詞を読んでて本当にキツイです。
 
そしてケンドリックの告白ですよね、セックス依存症であるという。でケンドリックのパートナーであるホイットニーが登場して、彼女はすべてを包み込む聖母のようなんですね、でも実際はどうなんだろう、他の女の人とそういうことがあって、理由はあるのだろうけどそんな受け入れられるのかなとか、いやいやホイットニーも受け入れることができるぐらいアフロアメリカンにとってのトラウマ自体が深いものなのかとか、はたまたケンドリックぐらいになるとそれこそ女の人がヤバいぐらい寄ってきてもうまともな奴でもそうなってしまうのかな、でもなんでそうなっちゃうんだとか他にもいろいろ考え込んでしまう。
 
更に話は飛んで、日本だと在日2世とか部落の問題とかいろいろあるわけで、僕はEテレの『バリバラ』をたまに見るぐらいの知識しかないけど、じゃあ在日とか部落でもまだまだ言えないことがあるのだろうかとか、このアルバムはアフロアメリカンについてではあるので関係ないのかもしれないけど、こっちはそんなことまで考えてしまってまぁホントに重たい。あと、自分が子供の頃の記憶をたどりながら性転換をした親戚の話があったりもするし、曲自体は全体を通して聴きやすいし恰好いいんですけど、リリック含めた音楽としては気楽には聴けないなかなかしんどいアルバムではあります。
 
なのでVolume 2 も何回か聴いてますけどVolume 1 ほどじゃない、しかも和訳読みながらっていうのはそんなにないですね。アルバム買って2か月ぐらい経ちますけどまだ2回です、無理です(笑)。でも英語圏の人はこのアルバムを聴く度このヘビーなリリックが耳に入ってくるわけですよね、ちょっとそれは耐えられないなぁ(笑)。
 
最後にこういう事書いているとこのアルバムはじゃあどうなんだということになりますが、勿論素晴らしいです。先ずは当たり前のことして音楽として恰好いいかどうか、やっぱこれが大前提になりますけど、この点は流石ケンドリックの恰好よさです。あとやっぱリリックをね、何ラップしてるのか分からなくて音楽としてのみ楽しむ、勿論それもありですけど、リリックを読んでいろいろなこと、聴くのしんどい時はあるかもしれないけど、ケンドリックはやっぱ大事ことラップしてますから、日本人だから関係ないとかじゃなく、こういうことを知っておくというのも大事なんじゃないかなと、これは僕がケンドリックを聴き続けている理由でもあります。

Damn/Kendrick Lamar 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Damn』(2017) Kendrick Lamar
(ダム/ケンドリック・ラマー)

僕は音楽を聴く時に勿論音楽としてカッコいいかどうかというのが一番前に来るんだけど、言葉についての優先順位も割と高い。そんなこと言ったっておめえ、英語喋れねぇじゃねぇかって言われたらそりゃそうなんだけど、やっぱ詩がいいとその音楽は一段も二段も良くなってくる。とはいえ、まず最初にメロディがあってそっからリリックだったりサウンドだったりってとこに目が行くわけだから、最初のメロディのところで引っ掛かってこないと、手に取ることはあまりないのかもしれない。多分僕がヒップ・ホップ音楽を聴かないのはそんなところに理由があるのだと思う。

僕はたまたまケンドリック・ラマーの前作、『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』をタワレコで試聴して、あまりのカッコよさにしびれて思わず購入。リリックを読んでまたそこでぶったまげたって経緯がある。だから今回の新作もほぼオートマティックに購入した。ただ聴く前から分かっていた。楽しい音楽ではないって。それでも彼の音楽は聴く必要があるっていう気持ちは消すことは出来なかった。

僕は音楽に何を求めているのか。それは楽しいということ。こう書くと馬鹿みたいだけど、いい気分になりたいだけだ。もしかしたら日々の上手くいかないこと、くだらないことへの埋め合わせを音楽に求めているだけかもしれないけど、でもやっぱりそうじゃない。いいものに触れたい。美術館へ行って絵画を見るように僕はいい音楽を聴いてその素晴らしさにうっとりしたり、刺激を受けたり、新しい何かを知ったり、大前提としてそういうポジティブな要素が僕の中にある古いものを上書きしていく、それを心のどこかで求めている、だから音楽を聴いているのだと思う。なんかわざわざ書くとめんどくさい理由になってしまうけど、単純に好きだから、いい気分になるから聴いているのだ。

決して愉快な音楽ではない。でも普段ラップを聴かない僕にまで惹きつける理由は何なのだろう。それはきっとケンドリックは本当のことしか歌っていないからだ。ファンタジーや夢や理想のような何かにくるまれた世界の事を遠くから優しく歌っているのではなく、彼が目にしたそこにある危うい現実をありのまま、直接ナイフで切るように切られるように歌っているからだ。勿論そこに描かれている世界は僕に共感できる代物ではない。僕は平和な日本でのん気に育ったただの中年だ。僕の生活にはドラッグのドの字も出てこないし、友達が銃で撃たれたりはしない。それでもケンドリックの声は聴く必要があるのだ。膨大な歌詞カードを追うのが大変だし、ネガティブなリリックがあるし、決して楽な音楽ではないにも関わらず、お前ちゃんと聴いとけよって声が僕の体のどっかから聞こえてくるのだ。

そして彼の歌もそんな僕を拒否らない。彼の歌は万人に開かれているのだ。オレの言ってることが分からなくてもいいよ。オレのラップとかオレの態度とかオレのライムとか何でもいいからを楽しんでくれよって。だから僕は楽しんでる。彼の早口でまくりたてるラップに、転がってく韻律に、膨大なリリックに。僕はここに歌われている世界のリアリティを僕のリアリティとして受け取ることは出来ないけど、彼の歌い手としての心意気をちゃんと分かっているつもりだ。だからこそ僕には彼の音楽が開かれていると感じるのだろうし、彼もまた僕のような部外者にも扉を開いてくれるのだろう。

僕にはケンドリックのコンサートで『Humble』を大合唱する連中のような感情は持ち合せていないけれど、そういう事実を理解するし、それは本当に素晴らしい光景だと想像できる。僕はそれでいいと思っている。僕にとってケンドリックの音楽は僕の中の古いものを押しやる新しいもの以外の何物でもないのだから。

 

1. Blood
2. DNA
3. Yah
4. Element
5. Feel
6. Loyalty (featuring Rihanna)
7. Pride
8. Humble
9. Lust
10. Love (featuring Zacari)
11. XXX (featuring U2)
12. Fear
13. God
14. Duckworth