Only The Strong Survive / Bruce Springsteen 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Only The Strong Survive』(2022年)Bruce Springsteen
(オンリー・ザ・ストロング・サバイブ/ブルース・スプリングスティーン)

 

2020年の『レター・トゥー・ユー』以来のアルバムはブルースが若かりし頃に愛聴していたというR&B、ソウル・ミュージックのカバー・アルバム。僕は元歌を全然知らないが、カバーであろうが何だろうが圧倒的なボスの声がある以上、こちらの感触としては変わらずボスのアルバムである。古き良きポップ・ソングに倣ってストリングスやホーンセクション、コーラスもふんだんにゴージャスなサウンド。と言ってもそこはボス。時折E・ストリート・バンドっぽさを覗かせることも忘れちゃいない。流石、ファンの気持ちをよく分かってらっしゃる(笑)。

それにしても73才を迎えても素晴らしい歌声。元々、3時間でも4時間でもライブができる強い体と喉を持っている人ではあるけれど、シンガーというよりシャウターというスタイルなだけに、長年の喉の疲労も相当あるはず。本作の告知を兼ねたTV出演を見ていると、流石にかつてのガタイはなく随分とほっそりとしてきたけど、声の方は相変わらず元気。昔懐かしの歌謡ショーではなく、ちゃんと今現在にフィットしているのはブルースの張りのある声があってこそ。プラスこれがアメリカのポップ・ソングの下地の強さでもあるのあろう。

あとやっぱり歌が上手い。聴いてるとこの辺りの曲はもう完全に歌が主役で、歌が前にあって演奏が後ろにあるのだけど、つまりブルースがこのアルバムに取り組んだのもなんとなく分かるというか、俺だってこれぐらい歌えるんだぞっていうかむしろ歌いたいっていうか。昔好きだった曲というのもあるだろうけど、そういう歌に対するパッションが根底にあるのがこのアルバムを前向きなものにしているのだろう。

それにしてもボーカルだけを抜き取ってもブルースは凄い。結局ソウル・ミュージックだし、歌うより叫ぶところもあったりするのだけど、声量もさることながらソウルフルなボーカルは流石。ホント、歌がリードしています。あと歌が主役とはいえ、もちろんサウンドも素晴らしいからちょっと聞き耳を立ててみると、それはそれで気持ちがいい。よいオーディオとスピーカーがあればもっと最高なんだろうな。

2023年にE・ストリート・バンドでのツアーを開始するとの公式アナウンスがあった。6年ぶりだとのこと。バンドと作った『レター・トゥー・ユー』からの曲も沢山演奏するのだろう。E・ストリート・バンドとのライブだってあとそう何回もあるものではない。ましてバンドを連れて日本に来ることはもうないのだろう。あのブルースだってちゃんと年を取るということを胸に刻みつつ、これからの作品もしっかり聴いていきたい。

Letter To You/Bruce Springsteen 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Letter To You』2020)Bruce Springsteen
(レター・トゥー・ユー/ ブルース・スプリングスティーン)
 
 
ブルース・スプリングスティーンの新作が届いた。昨年の『Western Stars』アルバムから短いインターバルでまた新作が聴けてとても嬉しい。でもEストリート・バンドの全面参加となると2012年のアルバム『Wrecking Ball』以来だから随分と久しぶりだ。
 
ここ数年ブルースの新作はいろいろな形で発表されてきたし、Eストリート・バンドと言ってもずっと昔から聴きなれたサウンドなので、特に感慨はなかったんだけど、実際CDをトレーに置いてEストリート・バンドをバックに歌うブルース・スプリングスティーンを聴くとやはりワクワクする。改めて僕はこのサウンドが好きなんだと実感する。
 
Eストリート・バンドを特徴づけているのはクラレンス・クレモンスのサックス。それにロイ・ビタンのピアノとダニー・フェデリーシのオルガンも大きなポイントだ。残念ながらビッグ・マンとダニーはもういないけど、今のチャーリー・ジョルダーノもいかにもなオルガン・プレイを聴かせてくれている。ロイ・ビタンのピアノとチャーリー・ジョルダーノのオルガンからいつものフレーズが聴こえてくると胸が高鳴る。キーボード2台ではなく、ちゃんとピアノとオルガンというのが嬉しい。
 
本作は昨年の秋にたった5日間でライブ・レコーディングされたらしい。それでこれだけの完成度なんだから流石のキャリアと言うしかない。ただスケジュールの都合でビッグ・マンの甥、ジェイク・クレモンズのサックスが少ないというのが本作で唯一の残念なところ。5曲目の「Last Man Standing」でようやく聴けるジェイクのサックスは「よっ、待ってました!」と思わず言いたくなる。続く#6「The Power of Prayer」でのブロウ・アップも最高。やっぱりEストリート・バンドはこれがないとな。
 
前作の『Western Stars』もそうだったけど、ブルースのソングライティングはこのところシンプルでメロディアスなものになっている。新しいことをしようという力みもなく素直なメロディで、このアルバムもよい曲ばかりだ。うん、ホントどれもいい曲。実はここ数年バンド用の曲が書けなくなったという問題を抱えていたらしいけど、齢71才にして創作はまた新たな山を迎えている。
 
全12曲のうち、3曲が初期に書かれたものだそうだ。その3曲は初期感がありあり。特にリリックはあの頃のエネルギッシュで雑多な感じが出ていて「そうそうこんな感じだった」と思わずニヤけてしまう。#4「Janey Needs a Shooter」なんてまんま1978年の『闇に吠える街』に入ってそうだし、#9「If I Was the Priest」はディラン風ボーカルをめいっぱい楽しんでいるようだ。当時を思い出してかブルースの熱量も幾分か上がっている気がする。3曲ともゆったりとした曲で、Eストリート・バンドぽさ全開だ。
 
ブルースももう71才。ビッグ・マンはいなくなったし、ダニーもそう。最近はデビュー前に地元で組んでいたバンド仲間との別れもあったそうだ。心が引き裂かれただろう。落ち込んだだろう。もしかしたら今もまだそうかもしれない。けどブルースはここでこう歌っている。彼らは心の中にいる、いつもそばにいる、そこに実態はなくても呼べばまたいつものようにセッションできる。そういう心境の中で初期に作った曲を今改めて披露するというのはやはりブルースなりの意味があるのだと思う。
 
その手掛かりになるのはオープニング曲の「One Minute You’re Here」ではないか。「 One minute you’re here / Next minute you’re gone」。自らを育んだ大切な出会い。今ここにいると思ったら、次の瞬間もういない。逆に言えばこの感慨があるからこそ、まだ傍にいると感じられるのかもしれない。自然な態度としてそういう感覚がブルースの元にやってきて、それを自然に受け入れている、そういうことなんだと思う。
 
ルバム屈指のロック・チューン#10「Ghosts」ではこんな風に歌っている。「 I hear the sound of your guitar(あなたのギターが聞こえてくる)」、「It’s your ghost / Moving through the night(それは夜を突き抜けるゴースト)」「I need,need you by my side(あなたが必要、私のそばに)」。そして「I can feel the blood shiver in my bones(骨の中で血が震えるのを感じる)」。そして感動的なのは最後のライン、「I’m alive and I’m comin’ home(私は生きている、そして家に帰る)」。そしてそれは#1「One Minute You’re Here」の「Baby baby baby / I’m coming home」にも繋がっていく。
 
このアルバムはブルースから僕たちへの手紙だ。サヨナラは寂しいことじゃない。大切な人はいつまでも心に生き続ける。サヨナラが来たとしてもまた夢の中で会えばいいのだ。でも今はまだ「 I’m alive 」、これほど心強いことはない。

「カセットテープ・ダイアリーズ」感想レビュー

 

フイルム・レビュー:

「カセットテープ・ダイアリーズ」(2020年)感想レビュー

 

「カセットテープ・ダイアリーズ」を観ました。先ずは久しぶりの映画館、僕は平日の朝イチの回を見に行きまして、予想通り人はまばら、ていうかほぼ空席でした(笑)。ま、この時期ですから、みんな外に出るのを控えてるんだと思います。とはいえ映画館ではマスクをして大人しくしているわけですから、朝晩の通勤電車に比べればよほど安全ではないかなと(笑)。なんにしてもやっぱり映画館で観るのはいいですね。しかも僕にとっても特別な人、ブルース・スプリングスティーンを題材にした映画ですから尚のこと素晴らしい時間となりました。ありがたや、ありがたや。

映画の主人公ジャビドと同じく多感な頃にブルースの音楽に出会った身としては、もう涙腺緩みっぱなしでした。ブルースのあの声とE ストリート・バンドの演奏と、そしてジャビドを奮い立たせるかのように視覚化されたリリック、僕は40後半ですけど、もう年齢は関係ないです。よい音楽というのは時代を越えてしまうものなのです。

そしてこのことは僕にとっても新しい発見でした。ブルースの歌は今の僕にとっても有効であると。あの頃心を震わせた音楽というのは単なるノスタルジーではなく現在進行形でもあるのだということ。やっぱりブルース・スプリングスティーンの歌は成長の歌なんですね。

と随分映画の本題からは離れてしまいましたが、ジャビドはブルースの音楽を聴いて音楽がただの音楽ではなくなります。印象的なシーンはカセットテープをセットするところ。ジャビドはポータブル・テープレコーダー(ウォークマンって言っていいのかな)をベルトの腰の辺りに装着していて、真正面のバックルの位置ではないのですけど、そこにカセットテープをガシャっと押し込むんですね。すると気持ちに変化が起きる。ブルースの歌の力が装填されるんです。言ってみれば変身ベルトです。てことで仮面ライダー(笑)。ほら、平成ライダーはベルトにUSBとかカプセルとか差し込みますからね、僕はまさにあれを思い出しました。

そうやって、ジャビドはブルースの力を借りて変身をする。だから映画の序盤から中盤にかけてはジャビドがカセットを装填するシーンが沢山出てきます。好きな子に告白する時なんかまさにそう。ブルースの言葉を借りて力に変えていくのです。

それが中盤から最後にかけては少し様子が違ってきます。徐々にジャビド自身に変化が起きてくるのです。それがはっきりと分かるのはスピーチのシーン。ここに至ってはもうブルースのカセットを装填する必要はないんですね。ジャビドはブルースの言葉を借りることなくジャビド自身の言葉で話します。彼は単なる憧れからブルースをきっかけに自分を変えていくんです。翻って僕はどうだろうか。単なる憧れで終えてしまってないだろうか。やっぱり好きなら尚のこと憧れで終わりたくない。そんなことを思いました。ジャビドを見て大事なことを学べたような気がします。

この映画にはジャビド以外にも魅力的な人物が沢山登場します。ジャビドの家族、お父さんだけではなくお母さんや姉妹たちとのエピソードも心に残ります。ガールフレンドや学校の先生、カッコいいですよね。そんな中、特に印象的だったのはジャビドの親友、マットとループスです。

映画はジャビドとマットの子供時代から始まるんですね。小高い丘で二人は永遠の友情を誓います。そうですね、映画では激しいレイシズムもそこかしこに描かれています。パキスタン移民であるジャビドたちは随分とつらい目に合う。けれどマットはそんなことは気にしない。すごくシンプルにジャビドは友達なんです。で途中、ジャビドとマットが仲違いをする場面がある。けれどここで原因を作るのはジャビドの方だし、最後の方で夢に向かって順調に歩み出すジャビドに対し嫉妬とか距離を置くとかもなく、子供時代と変わらずずっとマットは同じトーンなんですね。なんかマット、素敵だなって思いました。あと関係ないけどマット、ピート・ドハーティにそっくりや(笑)。

そしてループス。ジャビドと同じパキスタン移民の彼がジャビドにブルースの存在を教えることになります。だからループスはジャビドにとって運命の人でもあるわけですが、例えば僕も十代の多感な頃にブルース・スプリングスティーンを知りました。それは雑誌だったんですけど、その文面というか紙面は今でもちゃんと覚えています。レンタルCD屋でブルースのCDを探している時のことも。大切な何かを知ったとき、出会ったとき、そこには必ずきっかけがあると思います。だからループスというのはそのメタファーというか、自分と大切な何かを結びつけた象徴でもあるわけです。

いつも変わらない非常にリアルな存在のマットと、放送室に忍び込んだり街中で一緒に歌い踊るファンタジーなループス、もちろんエンドロールに登場したようにループスも実在の人物なのですが、イメージとしてはユージュアルなマットとアンユージュアルなループスという対極にある人間関係がジャビドには存在したというのも大きな要素であったような気はします。

そして最後の場面。ジャビドが助手席に父親を乗せて旅立ちます。ここでかかるのが「Born To Run」。始めに言ったように僕はブルースの曲が流れると条件反射的にウルウルしちゃったんですけど、ここではそうはならなかったんですね。すごく清々しい気分で「Born To Run」を聴けた。それはブルースの映画だということで幾分興奮していた僕が劇中のジャビドと同じように曲に対して、ブルースに対してちゃんと距離が取れていったということだと思います。そしてジャビドと父親の乗る車が俯瞰で描かれます。ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロードですよね。そして丘の上の見知らぬ少年のカットになる。ここですよね、バトンが繋がっていくという。

最初にも言いましたが、この映画で描かれるブルース・スプリングスティーンの音楽は単なるノスタルジーではないんですね。ここはすごく大事なところ、グリンダ・チャーダ監督の思いなんだとを思います。いろいろな出来事があってジャビドは旅立つ。ジャビドには過去があって今があって未だ見ぬ未来がある。そして丘の上に立つ少年もまたそうなんだと。更にはそれだけではない。助手席に座る父親だってそして映画を観ている僕たちにも過去があって今があって未来がある。この場面から僕はそんなメッセージを受け取ったような気がしました。

ジャビドが特別な経験をしたのは音楽でしたけど似たような経験、誰しもあると思います。音楽でなくても文学であったり映画であったり。そうではなく実際の人との出会いがそうだったかもしれないし、具体的な何かの体験がそうだったかもしれない。人にはきっと多かれ少なかれそうした経験があるのだと思います。

でも時が経ち、あの気付きは、あれは若気の至り、勘違いだったのかもしれないと思うときがある。あれは目が眩んだ戯言だったんだと。でもきっとそうじゃないんです。若気の至りだろうとなんだろうとそう感じたのは紛れもない事実で、それは今も心のどこかにちゃんと残っている、今の自分を形作っている大切な要素なんです。そのことをも思い出させてくれた。僕にはそんな映画でもありました。

最後にもうひとつ。グリンダ・チャーダ監督のユーモア、素敵ですよね。僕も沢山笑いました。マットのお父さんとか、ブルースの曲をバックに踊るマイケル・ジャクソン男とかめちゃくちゃ面白かったー!

Western Stars/Bruce Springsteen 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Western Stars』(2019)Bruce Springsteen
(ウェスタン・スターズ/ブルース・スプリングスティーン)

 

13のちょっとした、けれども大切な物語の中で僕が最も心を奪われたのは最後に収められた「Moonlight Motel」だ。主人公はかつて恋人と過ごした古びたモーテルを一人で訪れる。その愛すべき人はもういない。すれ違いによるものなのか、或いは永遠の別れがあったのか。いずれにせよもう若くない男は昔よく停めた駐車場の同じ場所に車を停め、自分自身に、愛した人に、そしてこの場所そのものに祝杯を上げる。

こう書くとなんかチープなストーリーだが、これがブルースの情景描写とスティール・ギターに奏でられた優しいメロディにより何とも言えない風景が目の前に立ち上がる。まるで自分がかつて経験したかのように切ない気持ちが蜃気楼のような立ち現われるのだ。

この曲は時系列が複雑で訳すのが難しかったとの訳者の弁がライナーノーツには記されている。前半の昔の出来事は現在形で、後半の今現在は過去形で書かれているそうだ。こういう書き方をすることによってかえってリアリティは立ち上がるのかもしれない。あまり語られないがブルースの音楽表現の確かさを見て取ることが出来る。

音楽表現と言えばライミングも見事で、内容もさることながらライムやアクセントの強弱でリリック自体にリズムを持たせているところは流石。個人的には「The Wayfarer」での言葉の転がり方が好きだ。

「The Wayfarer」は曲構成も素晴らしく、ブルースの真骨頂であるウォール・オブ・サウンドな曲で、時折聴こえてくるビブラフォンも効果的だ。最後のコーラス部分でいかにもダニー・フェデリーシなEストリート・バンド的オルガンの音色が聞こえてくるのが嬉しい。このアルバムはEストリート・バンドによるものではないが、ライナーノーツによると初代Eストリート・バンドのキーボーディスト、デイヴィッド・サンシャスが参加しているらしいので、そういうことなのかもしれない。ついでに言うと「The Wayfarer」の次に収められた「Tucson Train」にはいかにもロイ・ビタンなピアノのフレーズも出てくる。

ブルースの言によるとこのアルバムは「宝石箱のようなサウンド」だそうで、60年代~70年代の良質なポップ・ミュージックにオマージュを捧げたものになっているらしい。僕にはどのあたりがそうなのかよく分からないが、大掛かりなストリングスとホーン・セクションを配したサウンドは、ブルースの横に広がるソングライティングに奥行きを与え、情景をより立体的なものにしているが、何より手を添える感じのさりげなさがよい。陰影の濃いリリックと対照的なポップなサウンド。これもブルースが意図してのことだろう。

ブルース・スプリングスティーンは世間的には世界へ向けて力強いメッセージを歌うマッチョな人というイメージかもしれないが、実際はその真逆で名も無い人々の暮らしを綴るストーリー・テラーというのが本当のところ。僕にとっても初期のころからずっと変わらないブルースの大きな魅力のひとつだ。

ブルース自身もどれだけ巨大になろうと自分は1949年生まれの労働者階級の端くれで、自分もいつどうなるか分からないという漠とした不安を抱えたどこにでもいる一人の男という認識を持ち続けているようにも思う。

その年配の白人労働者階級というとトランプ大統領の支持層ということになるのだが、当然ブルースはトランプの支持者ではない。ブルースはただ自分とよく似た人々の生活を描いただけで、自分がたまたま白人労働者階級の出だったというだけだ。つまりブルースはそこを分け隔てていないのだ。

今トランプを糾弾するのは容易いかもしれない。ブルースにそれを期待する人も大勢いるかと思う。しかしブルースは一人のアメリカ人としての視点で言葉を紡いでいるだけだ。そこに他意はないと思う。

我々は何処から来て何処へ向かうのか。多くの人と同じく一人の孤独な男として、トランプ支持者であろうがなかろうが、白人であろうが黒人であろうが、若者であろうが年寄りであろうが、移民であろうがなかろうが、お前はそうだお前は違うではなく、一人一人にゆっくりと語りかけている。

このアルバムは僕の心を打ってやまない。それは他ならぬ僕たち自身も漠とした不安を抱える孤独な人間だから。いくら巨大になろうと、ブルースが僕たちから離れていかないのはブルースも同じだからなのかもしれない。

 

Tracklist:
1. Hitch Hikin’
2. The Wayfarer
3. Tucson Train
4. Western Stars
5. Sleepy Joe’s Café
6. Drive Fast (The Stuntman)
7. Chasin’ Wild Horses
8. Sundown
9. Somewhere North of Nashville
10. Stones
11. There Goes My Miracle
12. Hello Sunshine
13. Moonlight Motel

High Hopes/Bruce Springsteen 感想レビュー

洋楽レビュー:

『High Hopes』 (2014)  Bruce Springsteen

 

14枚目のオリジナル・アルバム。この時点で65歳くらいだと思うけどこの人はホント多作。90年代は創作自体も少なく名前をあまり聞かなくなっていたが、2002年の『ライジング』以降はほぼ2年おきに新作をリリース。それがまたどれも話題作になっちゃうんだから凄い。

このアルバムはライブの定番曲を改めて録音したものや、ツアーの合間にインスピレーションが湧いて録音したもの、そして過去の未発表曲から成る。以前『トラックス』という膨大な未発表曲集をリリースしたけど、そういうのが今も増え続けているということか。で近年のものを集めたところひとつのオリジナル・アルバムとし成立したというような格好だ。

なかにはカバーがあったりするし、勿論新譜もいくつかある。そこで思うのはこの人はとことん音楽が好きなんだなということ。古い曲でも新しい曲でも、思いついたらEストリート・バンドのみんなを集めて録音したくなっちゃう。勿論シリアスな曲も書くけど、基本は「ロックンロールしたい」ってことなんだろう。表題曲の『ハイ・ホープス』なんてほんとそんな感じがする。

経緯もあってか本作は軽い物からシリアスなものまで多種多様。歌詞を見ると深刻なものもあるが、あまりそうした印象は残らない。このアルバムは大きく取り上げられたトム・モレロのギターが影響しているとのことだが、僕にはそのことよりもメロディの良さに目が行ってしまう。#5『ダウン・イン・ザ・ホール』や#9『ハンター・オブ・インヴィジブル・ゲーム』なんかは歌詞だけをみるとかなりヘビーだが、メロディの力とそれに伴うサウンド・デザインが全てを包み込んでいる。中でも『ハンター・オブ・インヴィジブル・ゲーム』の美しさは白眉だ。

これだけの名声があっても根はローカル・ヒーローのままというか、実際ふらりと地元のライブ・ハウスに現れるみたいだし、どれだけ巨大になろうと本質的には近所のロックンロールおやじに過ぎないということ。僕がスプリングスティーンを好きなのもただそれだけのことだ。

そしてその近所のおやじは近所のうまくいかないひとが放っておけないたちで、だけど強引に何かをするっていう人でもなく意外とシャイだったりするし。だから具体的に何かするわけではないんだけど、目線がどうしてもそっちにいっちゃうんだな。政治的な歌を歌う人という捉えられ方をしがちだが、実際は身の回りの人々から目が離れないというだけ。いくら暑苦しく歌おうが、うさん臭くならず皆に支持され続けているというのはそういうことなんだと思う。本作を代表する#3『アメリカン・スキン(41ショット)』が心を打つのも、国に対する異議申し立てではなく、身近な人たちへの深い眼差しがあるからだ。

未発表曲の中には他界したダニー・フェデリーシやクラレンス・クラモンズの演奏も含まれている。そういう理由でセレクトした訳ではないんだろうけど、ここにスプリングスティーンの思いを感じることも出来る。

このアルバムをひと言で言うと、『ハイ・ホープス』で始まり、『ドリーム・ベイビー・ドリーム』で終わるとということ。このこと自体がこのアルバムを象徴している気がする。

追記:初回限定盤には2013年に行われた『ボーン・イン・ザ・USA』の全曲再現ライブのDVDが特典として付いている。ちゃんと字幕付きなのが嬉しい。やっぱりスプリングスティーンの音楽は歌詞も魅力のひとつだから。中身の方は言わずもがな。もう凄いとしか言いようがない。こんなの見ると他のも欲しくなるよなぁ。

 

Tracklist:
1. High Hopes
2. Harry’s Place
3. American Skin (41 Shots)
4. Just Like Fire Would
5. Down in the Hole
6. Heaven’s Wall
7. Frankie Fell in Love
8. This Is Your Sword
9. Hunter of Invisible Game
10. The Ghost of Tom Joad
11. The Wall
12. Dream Baby Dream

Wrecking Ball/Bruce Springsteen 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Wrecking Ball』(2012)Bruce Springsteen
(レッキング・ボール/ブルース・スプリングスティーン)

 

僕は十代の頃からブルース・スプリングスティーンの音楽を聴いている。以来、色々なジャンルの音楽を聴いているがここに来てやっぱ思う。スプリングスティーンの音楽はやっぱすげえ。

詩、メロディ、サウンド、ボーカル、どれをとっても超一流である。一時期、若干のスランプがあったものの、ほぼ40年間ずっとメイン・ストリームで活躍しているのは、彼が労働者階級の代弁者だとか、米国の良心だからなんていう生ぬるい感情からではない。間違いなく、他を圧倒する無尽蔵の音楽的才能が備わっているからだ。

本作においても、その音楽的才能は如何なく発揮されており、十八番の大編成バンド・サウンドからゴスペル、民族音楽、はたしてラップまで(こちらは本人ではないが)、多岐に渡る音楽性を見せており、しかもニクイことに、どこをどう切ってもスプリングスティーンとしか言いようがないサウンドとなっているのだ。

この人の場合、常に政治への異議申し立てだとか社会の闇を切り取るだとか、妙にメッセージ色の強い言われ方をするが、そんなことは芸術家と呼ばれる人たちなら当たり前で、言いたいことがあるから何かを創るわけで、スプリングスティーンにしても政治の歌だけじゃなく、実に他愛のないラブ・ソングだってたくさんある。米国の世相を反映してなんて言われても、芸術家なんだから時代と関わってくるのは当たり前なんじゃないかな。それに昔から、『ネブラスカ』みたいのを作ったり、スタイルとしてはなんら変わっちゃいないと思うのだけど、どうもこのアルバムのレビューを見ていると、怒りだとかなんとかそんな形容がやたら目に付き、世相とやたら結び付けられるので、僕なんかは、ちょっと待ってよ、こんな素晴らしいサウンドがあるのに!なんて思ってしまう。

もう純粋に音楽として素晴らしくて、長くやってるのに回顧趣味なんて一切ない一級品のロック音楽。『ウィ・シャル・オーバーカム』で取り組んだアイリッシュ・サウンドが新たな風合いを加えており、実に表情豊かなサウンドに仕上がっている。また、今回はソロ名義ということでE・ストリート・バンドだけではなく非常に多くのミュージシャンが参加しているのも特徴で、そのこともこのアルバムの印象に幅を持たせている一因だろう。

で、やっぱりスプリングスティーンのボーカル。これが実に素晴らしい。どんな素晴らしいバンドがどんな素晴らしい演奏を奏でようとも全てを統べてしまう。改めて素晴らしいロック・ボーカリストだなとしみじみ思った。

とにかく、詩の内容は横に置いといて(勿論、素晴らしいのだけど)、サウンド的にここ数年の活動を総括するような、一点の曇りもない素晴らしいロック・アルバムだ。特に表題曲の#7『Wrecking Ball』と#10『Land of Hope and Dreams』は必須です!

 

追悼:
このアルバムがリリースされる前、クラレンス・クラモンズが他界した。僕はきっとクラレンス・クレモンズ(通称ビッグ・マン)がいなければ、スプリングティーンの音楽にこれほど夢中にならなかっただろう。もちろん、ダニー・フェデリーシのオルガンだってそう。とにかくE・ストリート・バンドと共にステージを縦横無尽に駆け回る若き日のスプリングティーンに僕は心を奪われた。いつも最後にビッグ・マンを嬉しそうに紹介するスプリングティーンを見て、この人達はなんて素敵な人達だろうって、そう思った。
20才くらいのときに『明日なき暴走』のジャケットを部屋に飾りたくて、大学の図書館で拡大コピーしようとしてうまくいかなかったことがある。今回のアルバムのインナー・スリーブの最後の方にスプリングティーンとビッグ・マンのバック・ショットがあるが、1975年の『明日なき暴走』のジャケットと長い年月を経たこのバック・ショットを見て、僕は改めて素敵だな、って思った。
今回のアルバムに収められた『ランド・オブ・ホープ・アンド・ドリーム』。ここ何年か見た目にも分かるほど衰弱していたが、長年ファンの間で親しまれてきたE・ストリート・バンドそのものとも言えるこの曲では、ビッグ・マンの昔と変わらぬ素晴らしいソロ・パートを聴くことができる。今回の録音がいつのもので、どのような形でなされたのかは知らないが、とにかくあの力強く鼓舞するような、そして温かくて全てを包み込むようなビッグ・マンのサキソフォンがいつもと同じように聴こえてくる。だからこの曲が最後だからだとかそんな余計な感傷など一切持たずに聴くことができるし、きっとこれからも同じようにこの曲を聴くことができるだろう。
ビッグ・マン、たくさんの素晴らしい音楽をありがとう。僕はあなたの音楽に随分励まされました。遠い極東の島国からお礼を言います。

 

1. We Take Care of Our Own
2. Easy Money
3. Shackled And Drawn
4. Jack Of All Trades
5. Death To My Hometown
6. This Depression
7. Wrecking Ball
8. You’ve Got It
9. Rocky Ground
10.Land of Hope and Dreams
11.We Are Alive

Working On A Dream/Bruce Springsteen 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Working On A Dream』(2009) Bruce Springsteen
(ウォーキング・オン・ア・ドリーム/ブルース・スプリングスティーン)

 

詳しくは知らないけれど1950年代に生まれたロックンロールは、チャック・ベリーが‘sweet 16’と歌ったように若者のための音楽であった。大人に「なんだあのジャカジャカやかましい音楽は」と思われたかもしれないが、そんなことはお構いなしにウィルスのようにどんどん伝播していった。ヒップ・ホップがあっという間に世を席巻していったことを思えば、僕らにも何となく想像がつく。

以来、様々なミュージシャンの登場で現在に至るわけだが、何も変わらないことがあるとすればそれは‘若者の音楽’である、という一点ではないだろうか。いや、ロック音楽の誕生から数十年経った今では、大人が聞くロック音楽もたくさんあるじゃないか、と言われるかもしれない。この辺は議論が尽きないところだけれども、例えば誰かをを好きになる、友達とうまくいかない、或いは理想の自分と現実の自分とのギャップに苦しむ、でもどうしたらいいか分からない。そんな多感な頃に初めて経験するナイーブな問題に直面したとき、そっと肩を叩いてくれる、時にはケツを引っぱたいてくれる。それがロックン・ロール音楽ではないだろうか。

なんか話が随分それたが、僕が言いたいのはロック音楽というのは‘成長’というテーマを抜きには語れないということ。かつては年老いたロック・ミュージシャンなんて考えられなかった。なんせジョン・レノンは40才でいなくなったんだから。でも現実はロック・ミュージシャンも年をとる。‘成熟’というロックンロールとは相反する事態に直面するのである。

このアルバムはラブ・ソング集とも言える。スプリングスティーンがここで歌うのは他愛もない愛の歌。稀代のストーリー・テラーがなんのてらいもなく真っ直ぐなラブ・ソングを紡いでいる。そんな中、このアルバムの冒頭に据えられたのは9分の大作、『Outlaw Pete』。80年代のアルバム『ネブラスカ』を思い起こさせる、生まれながらの無法者、通称‘アウトロー・ピート’の物語である。

勿論、CDをトレーに乗せて真っ先に聞くのがこの曲なので、この後の展開は知る由もないのだが、2曲目3曲目と続くうちにこのオープニング・ナンバーが本作において、異色な存在であることに気付く。何故、人肌を感じさせるミニマムな‘愛の歌集’とも言える本作のオープニングに、このような深い影のある曲を持ってきたのだろうか?このアルバムを幾度が聞き、僕はふと思った。我々もこのアルバムの登場人物も、アウトロー・ピートとなんら変わらないのではないか、と。

この曲では何度も‘Can you hear me ?’と繰り返される。しかし‘Can you hear me ?’と叫ぶのはアウトロー・ピートだけではない。ときには彼を狙う賞金稼ぎであり、ときには彼の妻でもある。すなわち、こう言い換えることは出来ないだろうか。聞こえてくるのは、アウトロー・ピート自身の声であり、決して消すことの出来ない過去からの呼び声であり、そして新しい自分を呼ぶ声であると。そしてその何れもが紛れもないアウトロー・ピート自身であるのだ。

本作の登場人物は意識的にせよ無意識的にせよ、このことを理解している。ここに出てくる人生の折り返し地点を過ぎた人々は、何も知らなかった自分も、知ってしまった自分も、何かを乗り越えた自分も、何かを乗り越えられなかった自分も全てが自分自身であり、過去も現在も、そしてやがて来る未来も、全てが自分自身なのだという認識に立っている。それは経験であり、成熟ではないだろうか。にもかかわらず彼らは今も尚、一途に希望を歌う。ここに及んでは年齢など関係ない。ここにあるのは成長のしるしであり、現在進行形の成長の歌である。だからこそ僕はたまらなく心が揺さぶられるのだ。

 

1. Outlaw Pete
2. My Lucky Day
3. Working On a Dream
4. Queen of the Supermarket
5. What Love Can Do
6. This Life
7. Good Eye
8. Tomorrow Never Knows
9. Life Itself
10. Kingdom of Days
11. Surprise, Surprise
12. The Last Carnival
13. The Wrestler (Bonus Track)