Cousin / Wilco 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Cousin』(2023年)Wilco

(カズン/ウィルコ)

 

このところウィルコは多作だ。2022年に2枚組の『Cruel Country』があったし、ジェフ・トウィーディーはソロでも活動している。パンデミックがあって戦争があってというところが影響しているのだろうか。だとしたらあまりよいきっかけではないような気はするが、とりあえず沢山聴けるのは嬉しい。でもこのアルバムは少しシリアス。

前作『Cruel Country』はいわゆるオルタナ・カントリーに回帰したようなアルバム。ダブル・アルバムだったので曲数も沢山あったが、バラエティーに富んでいたので退屈することはなかったし、勿論沈みこんだ印象は全くなかった。今回は音を歪ませたりして、久しぶりにこれも本来の持ち味である不思議なサウンドのウィルコに戻っているが、どうも快活というわけにはいかない。外部のプロデューサーを迎えているので、きっと凝り固まったサウンドをほぐしてまた変なこと、新しいことをやりたかったのだろう。このキャリアでそれをするのはとてもカッコいい。

でも正直言って今回のタッグは今一つのような気はする。やっぱり閉塞感を感じてしまうんだなぁ。一言で言うと暗い。これはアルバムの出来不出来ではなくて僕の好みなんだろうけど、なんか重苦しいなと。最終曲の『Meant to Be』でようやく開放感を感じるものの全体の印象としてはやっぱイマイチかな。ウィルコならではのユーモアというか親密感が今回はちょっと薄いかなと。

と言ってもあくまでも僕の印象です、世間の評判はいいみたいだから。とか言いながら、これはCDでも買っているし、僕の2023年のSpotifyのよく聴いたランキングにも入っている。なんだかんだ言いながら聴いていたってことか。

Cruel Country / Wilco 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Cruel Country』(2022年)Wilco
(クルエル・カントリー/ウィルコ)
 
 
もし、一人もしくは一組のアーティストのカタログしか所持してはいけないという法律が出来たら、僕はやっぱり佐野元春かなと思いつつ、よくよく考えてみると、常にBGMとして傍に置いておきたいのはウィルコもしれないなと思い返した。なんてありもしないことを考えてしまったが、そもそも時折ありもしないことを妄想する僕の傾向自体がウィルコっぽいなと思いつつ、その根拠を聞かれても答えようはない。ただそういう妄想を許容してくれるのがウィルコの音楽。
 
そんなくだらないことを考えたのはこのアルバムを聴いたことが原因だと思うが、とにかくジェフ・トゥイーディのリアルなのか半ば夢見がちなのか、いつものことながら分かるようで分からないながら、どっちかというと分かる寄りの歌を聴いて、何事も白黒ハッキリつけたくない、というかハッキリつけられない性質の人間としては、このぐらいのスタンスがやっぱり落ち着く。
 
今回、その落ち着きをより顕著なものにしているのはカントリー色の強いサウンド。元々、オルタナ・カントリーと呼ばれるところから出発して(ちなみにこのオルタナ・カントリーというのも分かるようで分からないが、それもまたウィルコっぽくてよい)、途中実験的な音響であったり、エレキギターで変態的な音をギャイーンと鳴らすこともあったけど、ここ最近は、というか2016年の『シュミルコ』アルバムあたりから割とアコースティック寄りにはなってきた。
 
なんでそうなってきたのかは知る由もないが、なんにせよこの歌心と予想通りにはならないがなぜか安心感のあるサウンドはウィルコ以外の何ものでもない。しかし相変わらず大きく盛り上がることもなく地味な曲が21曲も続くのにずっと聴いていられる、あぁやっぱりウィルコはいいなぁと思わせるこの力はなんなんだ。
 
そこで考えてみる。音楽というのは非日常を楽しむものでもある。ダンス音楽に体を揺らすこともあれば、時には悲しい音楽で思いっきり悲しんでみたりもする。そうすることで心が晴れればいいじゃないかと。てことで普段私たちが耳にする音楽は感情の揺れ幅の大きいところめがけて奏でられている向きはあるかもしれない。それに対し、素のまんま、普段の調子の私たちに並走するのがウィルコの音楽ではないか。
 
日常とは基本的には平坦なものである。しかしその平坦な中にもドラマはある。そのドラマの中で小さくうごめく何か。つまりそれが#13『Hearts Hard To Find』。人生が起伏激しくやたらめったら盛り上がったり盛り下がったりするものではないならば、音楽も平坦でいい。僕はやっぱりウィルコの音楽を傍に置いておきたい。

Ode to Joy/Wilco 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Ode to Joy』(2019)Wilco
(オード・トゥ・ジョイ/ウィルコ)

 

ジェフの声に元気がない。元々声を張り上げるタイプではないけど心なしか元気がない。#10『Hold Me Anyway』では何度も「オーケィ」と歌っているけど、それほどオーケィ感がないのは何故なんだ。

全体に漂う倦怠感。諦念感と言ってもいい。ウィルコはもう諦めたのか。人々が分かり合うことや人々が喜び合うことを。では何故タイトルに『Ode To Joy』と付けたのだろう。

分かり合えなさ。このアルバムを貫いているものを一言で言えばそんなところか。#1『Bright Leafs』では何度も「僕は決して変わらない / 君は決して変わらない」と歌われる。オープニングを飾る1曲目から「変わらない」なんて。ジェフさん、せつないよ。

例えば長く一緒に暮らした人がいたとする。この人だって決めた人。けれど暮らしているとやっぱり他人だから重ならないところはボチボチ出てきて、それが少しずつ積み重なっていく。でもこのアルバムの主人公はきっと努力したんだな。二人が上手くいくように寄り添ったり話し合ったり。

けどもう分かり合えないかもしれない。主人公はすっかり参ってしまっている。2曲目の『Before Us』での虚無感なんてどうだ。「玄関のベルがギターに響く / 空っぽで壁に突き当たって」だって。あげく分かり合えないから、ありもしない古き佳き人(Before Us:先人)、見ず知らずの先人、何も言わない先人に想いを馳せたりなんかして。しかも自分ひとりハイになって。でもなんかこの感じ、分かるなぁ。

#8『We Were Lucky』辺りではどん底かもしれない。今までの僕はラッキーに過ぎなかったって。これは相当参ってる。#9『Love is Everywhere(Beware)』なんてラブリーなリフに乗って「今、この瞬間、愛はどこにでもある」って繰り返すんだけど、その割になんか全面的にそうは思えないというか、ホントに愛はどこにでもあるのだろうかって。

で冒頭で触れた#10『Hold Me Anyway』。軽快な歌なんだけどこれもやっぱり「うまくいく」感を感じられない。くぐもった感じ。最後の#11『An Empty Corner』なんて「無用になった僕」だの「君が無関心だと信じられなくて」だの。結局君は僕とは別に「家族を持った」ってことなる。あーあ。

でもねぇ、だからと言って辛いアルバムじゃないんですよ。分かり合えないのは悲しい。けど、そこできっと大丈夫とかいずれなんとかっていうのではなくて。ここには悲しいのはやっぱり悲しくて、無理にベクトルを上に上げようなんてのはなく、あーあ悲しいなぁって。切ない感じでそのまんま。でもそこに彼らは『Ode To Joy』、喜びの歌と名付けた。チャーミングなメロディを付けて。

分かり合えないことをいつか分かり合える日が来るとは言わない。あぁ分かり合えないって終わる。切ないことをいつかうまくいくとは言わない。あぁ切ないって終わる。それを諦めと言ってしまえばそれまでだけど、彼らはそこを喜びの歌とする。僕はそんなウィルコのセンスが好きだ。

バントの演奏がとても優しい。励ますとか、肩を叩くとかそういうことではないけれど、平熱のまますっと進んでそれが僕の体の中にある何処かに優しく触れる。そういうとっても優しいアルバムなんだと思う。

 

Tracklist:
1. Bright Leaves
2. Before Us
3. One and a Half Stars
4. Quiet Amplifier
5. Everyone Hides
6. White Wooden Cross
7. Citizens
8. We Were Lucky
9. Love Is Everywhere (Beware)
10. Hold Me Anyway
11. An Empty Corner

(Bonus track)
12.All Lives,You Say?

Warm/Jeff Tweedy 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Warm』(2018)Jeff Tweedy
(ウォーム/ジェフ・トゥイーディー)

 

そう言えばウィルコの『Schmilco』アルバムが2016年だから、そろそろウィルコの新しいアルバムが出るんじゃないかとネットでウィルコの新譜を探していたら、ウィルコじゃなくてジェフ・トゥイーディーの新作を発見しました。

なんでもウィルコは現在活動休止中だそうで、その理由はドラマーのグレン・コッチェの奥さんがフルブライト奨学金とかいう学者や研究者といった各種専門家を対象とした国際交流プログラムを受けることとなり、夫婦そろって暫く北欧に滞在することになったためということらしいが、このいかにもウィルコっぽい真っ当な理由の前では、よく分からないながらも納得してしまうしかないわけで。とは言いつつそれはそれでウィルコの新しい音楽は聴けないのかと、僕としてはちょっと困った気持ちになったりもしている。

その埋め合わせってわけでもないでしょうが、ジェフが初のソロでのオリジナル・アルバム『Warm』をリリースした。でもこのアルバムには件のグレン・コッチェが参加しているようなので、ウィルコが活動休止しているのにはもっと他の理由があるのかもしれないとそれはそれで心配になるが、とりあえず今はこのアルバムを聴いてぼんやりしておこう。ちなみに2017年にもソロで自作を含めたアコースティック・カバー・アルバム『Together At Last』ってのを出していたらしいけど、それも僕は全く知らなかった。どっちにしてもジェフのソロが初ってのは意外だな。

音楽の方はいつものウィルコ節がいつものジェフのぼそぼそっとした声で歌われている。サウンドはアコースティック・ギター主体の穏やかなサウンドに時折エレキ・ギターが印象的なフレーズを挟んでくる。曲によっては2本のエレキ・ギターの別のフレーズが両耳から流れてきて(イヤホンで聴くことが多いので)気持ちいいったらありゃしない。穏やかなメロディに穏やかなサウンド。耳障りはタイトルどおりの穏やかなアルバムだけど、ジェフのことだからやっぱ歌詞は穏やかじゃない。和訳がないから正確には分かってないけど。

こういう心地よい音楽はぼんやり聴くに限る。僕はウィルコの、ボーカルに全く寄り添おうとしないバンドの演奏が醸し出す微妙な違和感が好きなんだけど、勿論ジェフのいつものウィルコ節とぼそぼそっとした声が好きだから、今はこれで満足している。ていうか今回もあんまり寄り添ってないか。だから心地よいのだろう。ジェフさん、間を開けずにちゃんとアルバムを出してくれてありがとう。ウィルコのアルバムもそのうち出してね。

 

Tracklist:
1. Bombs Above
2. Some Birds
3. Don’t Forget
4. How Hard It Is for a Desert to Die
5. Let’s Go Rain
6. From Far Away
7. I Know What It’s Like
8. Having Been Is No Way to Be
9. The Red Brick
10. Warm (When the Sun Has Died)
11. How Will I Find You?

Star Wars/wilco 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Star Wars』(2015)wilco
(スター・ウォーズ/ウィルコ)

 

ウィルコ、通算10枚目のスタジオ・アルバム。前作から4年ぶりということでデビュー以来コンスタントにアルバムをリリースしてきたウィルコにしては随分と長いインターバル。前作の大ボリューム作からは一転してコンパクトなアルバムだけど、これが結構キャッチー。ん?キャッチーか?と疑わしげな方もいらっしゃると思いますが、いやいや、何度も聴いてると確かに派手さは無いですが粒ぞろいの良曲ばかり。僕はウィルコ史上でもかなりポップなアルバムだと思います。

と言っても世間一般で言うポップとはちょっと異なるのがウィルコならではというか。それを端的に表すのがアルバム・タイトルで、ちょうど2015年というと映画『スター・ウォーズ』の新作が久しぶりに公開されるって時期で随分と盛り上がってたんだけど、そこに『スター・ウォーズ』ってアルバム・タイトルを持ってくるこのセンス。冗談か本気かよく分からないこの感じがまたウィルコらしくていいというか、そのくせアルバム・ジャケットがどっかのお金持ちの家に飾ってあるような猫の絵っていう訳の分からなさ(笑)。この人を食ったようなポップネスこそがこのアルバムのポップネスですと言うと、なんとなく分かってもらえるだろうか。

ウィルコが一躍有名になったのは2002年の『ヤンキ-・ホテル・フォックストロット』というアルバムでノイズの混じった実験的なサウンドだったんだけど、今回は割とそれに近いというか、歪んだギターやサイケデリアなどトリッキーなサウンドが展開されている。前作、前々作の(ウィルコにしては)割とオーソドックスなサウンドのアルバムとは違い、変態的なサウンドが復活しているので、早速1曲目からニヤニヤしているウィルコのファンもいるんじゃないでしょうか。

その1曲目『EKG』はネルス・クラインを筆頭にした変則的なギター・サウンドがリードするインストルメンタル。そこに呼応するベースとドラムのリズム隊のうねり具合がまた最高です。3曲目の『ランダム・ネーム・ジェネレイター』でもアップテンポな曲をギターが引っ張っていくし、8曲目の『ウェア・ドゥ・アイ・ビギン』のようにギターとボーカルのみで進んでいく曲もあったりするので、このアルバムはひょっとしてギター・アルバムと言ってもいいのかもしれない。ウィルコはボーカルのジェフ・トゥイーディを含めたギタリスト3人体制だからギター・バンドといえばそうかもしれないけど、ここまでギターがドライブしていくってのも珍しいかも。穏やかなジェフの歌心に鬼才ネルスのおかしなギターが割り込んでくる違和感はいつもながら最高です。そういやレディオヘッドもギタリスト3人で、ジョニー・グリーンウッドっていうぶっ飛んだギタリストがいる。出てくるものは全然違うけど、何か急に近しいものを感じてきたぞ。

今回のアルバムは#5『ユー・サテライト』を除いて全て2、3分で終わる。全体としてサッと始まりサッと終わる印象だ。#3『ランダム・ネーム・ジェネレイター』や#7『ピクルド・ジンジャー』のようなスピード感もカッコイイけど、今回の山場は後半に続くスローな曲群。ジェフのぼそっとした声が穏やかなメロディと上手く溶け合ってて綺麗だ。バンドの演奏がそこに寄せてこないからこそのちょっとしたぎこちなさがかえって心地いい。やっぱ不思議なバンドだ。

 

1. EKG
2. More…
3. Random Name Generator
4. The Joke Explained
5. You Satellite
6. Taste the Ceiling
7. Pickled Ginger
8. Where Do I Begin
9. Cold Slope
10.King Of You
11.Magnetized

The Whole Love/Wilco 感想レビュー

洋楽レビュー:

『The Whole Love』(2011)Wilco
(ホール・ラヴ/ウィルコ)

 

いつも思うんだけど、ウィルコの魅力って何なのだろう。ボーカルにしてもバンドにしても曲にしても、決してインパクトのあるものではないのだが、何か引っ掛かるんだよなあ。ということで、改めて1曲目から順に何か書いていこうと思う。そうすることで、何故僕はウィルコの音楽に惹かれているのかが見えてくるかもしれない。

1.  Art Of Almost
冒頭からSEも交えあちこちに飛び回るサウンドで、7分の大作。後半に向け、次第に激しくなってゆく演奏は、抑えつけていた感情が放たれるかのよう。

2. I Might
シングル向けのポップ・ナンバー。とはいえ詩は結構アイロニーが含まれたもので、ジェフ・トゥイー ディの特徴的なソングライティングと言える。キーボードが印象的。

3. Sunloathe
メランコリィ。太陽が嫌いだと言う。ここで言う太陽とは何なのだろう。砂漠でジリジリと太陽に照りつ けられながらも持ちこたえている。敵は誰かであり、自分である。

4. Dawned On Me
シングル向けのポップ・チューン。タイトルがいい。ちょっと直訳しにくいが、ここでいう気配とは良い兆候なのか、悪い兆候なのか。快活なサウンドはやっぱりいい兆候なのだろう。

5. Black Moon
カントリーに属する曲。とはいえ、後半に掛かるとストリングスが待ち受けており、意外と盛り上がる。が、基本的には気だるい曲。

6. Born Alone
「人はひとりで生まれて、一人で死んでいく」、なんて陳腐な言い回しは、普段なら屁にも思わない。でも、素晴らしいメロディと素晴らしいサウンドが伴えば言葉以上の意味が現れ、静かに満ちてくる。

7. Open Mind
実はジェフ・トゥイーディは内気なんじゃないかと思わせる声がとてもいい。好きなんだけど、「君の心を開く人になりたい」としか言えない控えめな態度が僕は好きだ。

8. Capitol City
「此処は君に似合わないよ」って。これも結局自分に言ってるようにも聞こえる。結構厳しい現実認識の唄だが、ユーモア=優しさがある。転調がいい塩梅。

9. Standing O
ゴキゲンなロック・ナンバー。詩は辛辣で小気味良い。何をぐずぐず言ってるんだと誰かに言っているようだが、実は自分に言っている。

10. Rising Red Lung
フォーク調の曲。6弦、及び12弦のエレキ・ギターがとてもいい。こうして聴いていると、単調な曲でもバンド力できっちり聴かせるところもウィルコの魅力なんだな。再認識。

11. Whole Love
個人的には本作のベスト・トラック。タイトルどおりの愛に溢れたサウンドで、このバンドの一体感を強く感じることができる。ラストのコーラスの幸福感はとにかく素晴らしい。

12. One Sunday Morning(Song For Jane Smiley’s Boyfriend)
「ひとりの息子が死んだ」って、これは自分自身のことなのか。ジェフ・トゥイーディの独白のようにも聞こえる。起伏の少ない12分の大作だが、アレンジに感情のうねりがあり聴き応えあり。比較的ポップな本作においても、オープニングとエンディングにこうした長尺の曲を持ってくる辺りはいかにも彼らのスタンスを示しているようだ。

ボーナストラック「Sometimes It Happens」が追加されて全13曲。全ての曲にユーモアと優しさ、そして何より反逆の精神がある。そしてそのいずれもにラブ・ソング、あるいはポリティカルなメッセージ、そして人生についての深い洞察が含まれている。曲によってその比重は違えど、どうとでも取れるその重層性こそがウィルコの魅力なんじゃないだろうか。誰かに言っているようであり、自分に言ってるよう。皮肉と思いきや、正直な言葉とも思わせる。「物事はどちらか一方ということはないんだよ」。ここにはそんなメッセージが見え隠れする。そしてそれらのメッセージがゴキゲンなサウンドにくるまれている。最高じゃないか。

Schmilco/Wilco 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Schmilco』(2016) Wilco
~『シュミルコ』、ウィルコのいいとこ~

サリンジャーとかカポーティーといった海外文学が割と好きで、思い出しては時折読んでいる。勿論全てを理解している訳ではないが、この辺りの作家の言い回し、特に比喩表現が大好きで、その世界観や言わんとしていることも僕にはとてもしっくりくる。日本人だから日本の作家の方がしっくりくる思いきや、そうとはならないところがなかなか面白い。音楽で言えば、このウィルコなんかはその最たるもの。お世辞にもキャッチーとは言えない彼らの音楽が何故か僕にはしっくりくるのだ。

前作から僅か1年でリリースされたこの新作はいつもどおり、いやいつも以上に派手さはなく、ちょっとすりゃあ盛り上がりそうな原曲なんだけど、そういう風には一切ならず、クセのあるメロディが淡々と(淡々と呼ぶにはヘンテコ過ぎるけど)奏でられ、歌われている。このバンドのどこがいいって人に分かってもらうのはとても難しくて、音楽なんて一期一会。人に薦めてもらったからどうこうなるというものでもなく、ふだん着ている洋服の様に自分にそぐうかどうかは本人にしか分からないのだ。

例えば、『Normal American Kids』なんて1曲目からなんでこんな朴訥としてるのって歌だけど、「僕は普通のアメリカの子供がいつも嫌だった」って歌ってる。僕は日本人だけど、そう言われても不思議と違和感がない。逆にそうだよ、そうだよなあ、ってなる。別にアメリカの子供そのものってことじゃなく、何かのメタファーみたいなもんで、それが何かって言われても困るけど、まあなんだっていい。とにかく微妙にヘンテコなサウンドでぼそぼそっとジェフ・トゥイーディーが歌うと、それでしっくりきちゃうんだからしょうがない。

2曲目の『If I Ever Was A Child』だってそう。「ひとりぼっちの時間があまりなかったから分からない/僕に子供時代があったのか」って歌ってて、ウィルコはありがちに「僕は孤独だった」なんて言い方はしない。そりゃそうさ。そういう子もいるかもしれないけど、そんな映画みたいなキャラの子って滅多に居るもんじゃない。でもふとした時にひとりを感じることは誰しもあって、それは何も特別な事じゃない。普通に生活しててもそういう事は感じるし、それは大人だって子供だってそう。別に現代病なんて大層なもんでもなく、もしかしたら電気の無い時代、もっと古い時代だってそうだったかもしれない。こういう感覚をそのまま言葉に変換したら、「ひとりぼっちの時間があまりなかったから・・・」みたいな言い回しになっただけで、でその言い回しがそれ以上でもそれ以下でもなくそうとしか言えないってのが僕にはちゃんと合点がいくからそれでいいのだ。それに3曲目の「cry all day」とか最後の「Just say goodbye」みたいな常套句だってウィルコが歌えば、違った響きを帯びてきて、どこか通り一遍の言葉ではなくちゃんと僕の傍に寄ってきてくれる。多分それはジェフにしてもジョンにしてもネルスにしてもグレンにしてもパットにしてもマイケルにしてもホントのことを言っているからなんだろう。

今、歌詞について言及しているからついでに言うと、ウィルコの歌詞って使っている言葉は平易なんだけど、分かるんだか分からないんだかよく分からないところが何故か心地よい。ライナーノーツによるとジェフは、僕は長い詩が書けない、なんてこぼしたらしいけど、この短さもまた丁度よくて、僕は1ページか2ページぐらいの現代詩が好きで、なんでかって言うと集中力が途切れることなく全体としてと捉えることが出来るからで(それ以上になると僕の脳みそがパンクしてしまう)、要するに身の丈にぴったり収まる長さということだ。

話は変わるけど、先頃ノーベル賞を獲ったボブ・ディラン。あの声と風貌がたまらなくかっこいいから、時折アルバムを買ってチャレンジしてみるんだけど、手を出すと途端に跳ね返されてしまう。好きになりたいんだけどなかなか気に入らせてもらえない。まあそういうジレンマが心地よかったりもするんだけど、ウィルコってディランぽいところもあって、ジェフも時々放り投げるような歌い方をするし、歌詞だってディランばりに訳の分からないことがあったりする。サウンドだって好き勝手やってそうだし、何かどっかで繋がっているような気がしないでもない。僕はこれからも思い出したようにディランを聴いては跳ね返されたり、分かったような気になったりするんだろうけど、そういう意味ではウィルコの場合は手に負えるというか、手に負えるって言うと変な言い方だけど、なんだか分からないにしてもやっぱり自分の肩幅にすっぽり収まるんだな。

話が逸れちゃったけど、ウィルコは音にせよ言葉にせよちょっとしたズレとか、矛盾するけど「当たり前のこと」に注目してるのかもしれなくて、でもこういう感覚って言葉では説明しずらいもの。でも実は世の多くの人たちが違和感というと大げさだけどそういう感覚を持っていて、ただそれもレディオヘッドやオアシスみたいだと割と分かり易く共感を得られるんだけど、こういうウィルコの感覚というのは明確にコブシを挙げてオレもそうだよ、ってなる類のものではない。勿論僕もレディオヘッドやオアシスは大好きだけど、僕みたいなセンシティブでもなく、心ん中に熱いもの持ってるって訳でもなく、宙ぶらりんな奴、でも少しだけ居心地の悪さを感じている奴って(要するに「当たり前のこと」でいたい)のは世界中にたくさんいる訳で。でももしかしたらそっちの方が多数派なのかもしれないななんて思うのは、明確なつかみが無いくせに、ウィルコの音楽がこれだけ支持されているという事実があるからだろう。

ただ考えてみればオアシスだってレディオヘッドだって「当たり前のこと」を歌ってきたわけで、僕たちは度々そのことに気付かされてきたんだけど、ウィルコの場合はオアシスみたいにやたらテンション上がっちゃってイェエーイってことではなく、うん、いいなあ、ってなるぐらい。要するになんか体温に近い、そんな感じかな。

今回の『シュミルコ』アルバムは先に述べたように地味に淡々と進んでいくアルバムだ。前作の『スター・ウォーズ』は2002年の『ヤンキ-・ホテル・フォックストロット』に割と近い感じで、歪んだギターやサイケデリアといったトリッキーなサウンドで、当時からのファンはニヤリとするようなアルバム。その前の『ホール・ラブ』(2011年)は色んな種類の曲が入った幕の内弁当みたいだったし、更にその前『ウィルコ(ジ・アルバム)』(2009年)は歌ものだったかな。でもどの作品も聴いた後には、ああウィルコらしいなあ、と妙に納得してしまっているから不思議だ。ということで何をやっても結局は、ああウィルコだなあ、といい気分になってしまうんだけど、この変わったことをやっても似たようなことをやってもやっぱりウィルコはウィルコだなあと思わせてしまうところも彼らの魅力のひとつ。『シュミルコ』にしても最初は地味だなあと思いつつもいつの間にやら馴染んじゃって、今ではやっぱウィルコらしいいいアルバムだなあなんて結局いい気分になっている。

今回のアルバムはどの曲もほぼ3、4分で終わるものばかり。全体としてサッと始まりサッと終わる印象だ。それでも色んな種類の曲があって、派手さはないけど意外とバラエティ豊か。#3『Cry All Day』のような疾走感があるのもあるし、#4『Common Sense』のようなヘンテコなのもある。うんうんと頷いてしまう#7『Happiness』もあるし、地べたを這うような#9『Locator』もある。#6『Someone To Lose』なんて結構キャッチーだ。そんな中、僕が今一番気に入っているのは最後の『Just Say Goodbye』。ジェフのぼそっとした声が穏やかなメロディと上手く溶け合ってて、サヨナラって歌なのにとても綺麗だ。そうそう、サヨナラって歌なのにサヨナラっていう感じがしなくて、でもサヨナラとしか言えない気もする。ウィルコにはいつもそういう反語的な響きがあって、でもシニカルな感じはしないし、受ける印象は親密さとかユーモアの感覚。やっぱり不思議なバンドだ。バンドの演奏が必要以上に言葉やメロディに寄せてこないところもまたよくて、こっちが情緒に依りかかりそうなところをひっぺがえしてくれるのもいい。

バンドの演奏とジェフの声がすっと体のそこかしこにある、でも自分では分からない隙間にスッと入り込んできて、それがかつて失くしたピースのように居心地良く馴染んでいく。でまたこれがクセになる。会ったこともないアメリカ人の歌がそう思えてしまうから不思議だけど、きっと世界中にそんな人、たくさんいるんだな。

 

1. Normal American Kids
2. If I Ever Was A Child
3. Cry All Day
4. Common Sense
5. Nope
6. Someone To Lose
7. Happiness
8. Quarters
9. Locator
10. Shrug And Destroy
11. We Aren’t The World (Safety Girl)
12. Just Say Goodbye

※上記の文章は、rockin’on presents 第3回 音楽文 ONGAKU-BUN大賞 にて入賞作に選ばれました。