Evermore / Taylor Swift 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Evermore』(2020年)Taylor Swift
(エヴァーモア/テイラー・スウィフト)
 
 
 
『フォークロア』に続くサプライズ第2弾。『フォークロア』とほぼ同じメンツによる続編です。なんにしても『フォークロア』全17曲、『エヴァーモア』全17曲、短い期間にこれだけの曲を作り上げる旺盛な創造力が凄まじい。しかも全部ちゃんとシングル切れるぐらいの完成度なんだもんなぁ。今更ながら、テイラー・スウィフト恐るべし。
 
つまり彼女は純然たるソングライターだということで、デビューは育った環境のせいかカントリーという船出だったけど、作品を重ねるごとに新しいサウンドに取り組んで、ていうか彼女ぐらい巨大になると自分の意向だけでは済まないだろうから、レーベルとのすり合わせもあるだろうし、ただ今となって思うのは、その中でサウンド云々というのは特別なこだわりというのは無かったんじゃないかな。
 
もちろんそんな簡単は話ではないだろうけど、彼女にはやっぱりこの圧倒的なソングライティングがある。ソングライター・チームと組んで何人かで、っていうことも時にはあるだろうけどそこは彼女が絶対的な主導権を取る、譲れない線としてあったのはそっちだったのかなとは思います。
 
だから『フォークロア』と『エヴァーモア』の2部作というのは、もちろんアーロン・デスナーを中心にしたザ・ナショナル周辺とのコラボレーションというのが大きなトピックではあるけれど、後年に彼女のキャリアを眺めた時に、ここはテイラー・スウィフトのソングライティングの爆発期というべき見方もできるんじゃないかとは思います。しかもどんどん深化していくという。
 
つまり『フォークロア』は初めに聴いた時はその新鮮さに驚いた。けど、やっぱりそれまでの彼女のソングライティングの流れではあったと思うんです。『エヴァーモア』と比べると明らかにキャッチーだし、ストリングスでの盛り上げであったり、今聴くとやっぱりマーケットを賑わせてきたテイラーの作品だなという感じはある。それが『エヴァーモア』になると純化していく、キャッチー云々とは違うところでソングライティングしている、ウケるウケないという雑念とは関係のないところで曲が出来てあがったんじゃないかなという気はします。
 
そして『フォークロア』はやっぱりアーロン・デスナーとタッグを組んだ、ボン・イヴェールを招いた、という個々が組み合わさったという印象がある。けれど『エヴァーモア』に至っては混ぜ合わさっている、コラボレーションというより一体化している、もっと言うとテイラーが完全に取り込んだ、テイラー印のサウンドになっているということだと思うんです。だから『フォークロア』でグラミー賞は獲りましたけど、実際のこのコラボレーションでの達成は『エヴァーモア』にあると僕は思います。だからどっちかと言われると僕はこっちが好きですね。
 
このアルバムは通勤時にSpotifyでよく聴いていたんですけど、僕はCDも買っていたので後からCDで聴くとですね、家のしょぼいコンポですけど、全然CDの方がいいんです。やっぱり端末だと聴こえない音がちゃんと聞こえるし、空気感というか空気の泡だとかがちゃんと感じられる。サウンドがサウンドなので、端末を通してでしか聴いていない人がいたら、是非CDでも聴いてもらいたい。このアルバムがまた違う形で見えてくると思います。

CATCH / Peter Cottontale 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『CATCH』(2020年)Peter Cottontale
(キャッチ/ピーター・コットンテイル)
 
 
久しぶりにピーター・コットンテイルの『Forever Always』が聴きたくなってSpotifyで検索したら、このアルバムが引っ掛かりました。出てたんですねアルバムが。こんなことも分かるんですから大したものですSpotifyは。
 
ピーター・コットンテイル、本名はピーター・ウィルキンスという人です。シカゴを拠点に活動するプロデューサー兼アーティストで、ザ・ソーシャル・エクスペリメントのメンバーです。ザ・ソーシャル・エクスペリメントというのはこれもシカゴを拠点に活躍するチャンス・ザ・ラッパーが中心となったバンドで、チャンスさんの曲を聴いたことある人なら分かると思いますけど、あのポジティブで寛容な空気がこのアルバムにも流れています。
 
このアルバムにはチャンスさんもラップで参加していますが、全体としてはラップだけじゃなくソウル、R&B、ゴスペル、そういったものが混ぜ合わさったアルバムで、特にゴスペル、こっちの要素が強めですね。ゴスペルといえばということで、あのカーク・フランクリンも登場するし、ま、ピースフルでグレイシーなアルバムですね。個人的にはこちらもシカゴ関連のジャミラ・ウッズのボーカルが2曲聴けるのが嬉しいです。
 
チャンスさんをはじめこの手のサウンドには随分聴きなれてきた感があるので、特に目新しいものがあるというわけではないんですけど、曲の良さ、トラックの良さ、幸福なムード、そうしたものはやっぱり何度聴いても心地よいです。もちろんポジティブ一辺倒ではなく、『Don’t Leave』という切ない曲もあるし、なによりこうしたプロジェクトによくあるようにゲストが多彩ですから、アルバム通していろいろな表情を楽しめます。しかしピーターさん、えぇ曲書きますなぁ。
 
残念なのはシカゴ一派特有のフィジカル盤は出さないというやつで、このアルバムもネットを介してしか聴けません。折角いいバンドが心地よいサウンドを鳴らしているのだから、ま、うちのミニコンポも大したことないですけど圧縮されたものよりずっといいし、スピーカーを通したなるべくいいサウンドで聴きたいなと思うんですけど、連中はフィジカル盤出す気にならんもんですかね(笑)。

2020年 洋楽ベストアルバム

洋楽レビュー:

『2020年 洋楽ベストアルバム』

 

コロナ禍に見舞われた2020年はライブにも行けず寂しい思いをしたのだが、こんな状況でも音楽は沢山生まれていて、逆にこの機を利用しこれまでと違った音楽を届けてくれるアーティストもいた。昔と違って、圧倒的な作品というのは生まれにくくはなっているのかもしれないが、その分全体のレベルは高く、つまりデビューアルバムであろうがベテランの作品であろうが横一線で評価されるサブスク時代で、ていうか2020年はBTSはじめ韓国勢が海外のチャートを賑わしたり、音楽においてはますますボーダレス化が進み、日本のアーティストだって普通にチャンスがあるという非常に進歩的に世界になっている。勿論それはmetoo であったりBLM というところで顕著で、アーティストというのは’炭鉱のカナリア’なんて言葉もあるが、まさに文化が僕たちをリードしていくというのを実感する年でもあった。

そんな中コロナ禍というのを逆手にとったテイラー・スウィフトのまさかの2作連続リリースは音楽界にとって非常に心強いものだったろうし、彼女に限らず2020年は女性陣の活躍が大いに目立った。フィオナ・アップル、フィービー・ブリジャーズ、ビッグ・シーフのエイドレアン・レンカー等々、みんな流行り廃りや商業ベースから一歩離れたシンガーソングライターたち。僕は元々ウィルコとかボン・イヴェールとかUSインディ・フォークが好きだっていうのもあるけど、女性においても個人の声が世界の声につながるようなシンガーが好きなんだと改めて実感した。そう見ると、どメジャーからそれをやってのけたテイラー・スウィフトは異端とも言える。

その中でハイムというのはオルタナティブな存在であっても、インディ感はないし、テイラーほどメジャーでもない。どちらにも足を突っ込めそうで突っ込まない独自のスタンスが今回出たアルバムで更に確固たるものになった気はする。自然体(本人たちはそうではないかもしれないが)でここまで意見を申しつつ、一方でポップで一方で辛辣、このアルバムで一気に海外でもあまり例のない女性ロッカーとしてのヘッドライナーになってもおかしくないと思いつつ、そうなるとやはりコンサートが軒並みキャンセルとなったコロナ禍は残念極まりない。ていうか彼女たちはそんなもの求めてないか。

この1年、自粛自粛で出歩かなかったせいか、もうお正月かと1年の速さを実感しつつも、ストロークスの新作が出たのが4月かと思えば、それもえらく遠くに感じる。やはり年は取ったのだ。そして僕たちは目に見えない傷を沢山負った。という自覚がないことを自覚しつつ、今年も音楽に随分とよい気分にさせてもらった。聴きたいけど聴けてない2020年の音楽はまだまだある。嬉しいことです。

 

 極私的2020年ベスト・アルバム 『Women in Music Pt. III 』 Haim

 極私的2020年ベスト・トラック 『人間だった 』 羊文学

Untitled(rise)/Sault 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Untitled(rise)』(2020)Sault
(アンタイトルド(ライズ)/ソー)
 
 
今月からようやく Spotify premium を始めまして、随分迷ったんですけどやっぱこれ、便利です(笑)。気になる曲とかすぐ聴けるし、アルバム単位も10秒ほどでサクッとダウンロードできちゃう。外でもギガ使わずに聴けるんだもんなぁ。今までYoutubeだなんだって面倒くさく視聴してたの、なんだったんだろ(笑)。ということで始めて2週間ほどですけどダウンロードしまくりで聴く方が全然追い付けていないんですけど、一番最初にダウンロードしたアルバムについてそろそろ何か書けそうかなと。それがこの Sault の4枚目のアルバム『Untitled(rise)』です。
 
Saultというのはプロデューサーであるディーン・ジョサイアが中心となったプロジェクトらしいんですけど、あんまり詳しくは明らかにされていないみたい。2019年に立て続けに2枚のアルバムで世に現れて、2020年もこれが2枚目。一気呵成に出てきたチームです。このディーン・ジョサイアって人は Inflo という名前で活躍されているんですけど、どっかで聞いた名前だなぁと思っていたら、The Kooks の4枚目ですね、『Listen』というアルバムをプロデュースしています。
 
この『Listen』アルバムは The Kooks がそれまでのギターロックからファンクなサウンドへ舵を切った意欲作で、世間的にはあんまりだったみたいですけど僕はこれぞクークス!って凄く好きで聴いていました。というのもあって、今年大評判な Sault ってどんなんだと興味を持ったわけですけど、これ、凄くかっこいい。何がいいって、ブラック・ミュージックに疎い僕でもすんなり入っていけて、つまり非常にポップ、大衆向けなんです。
 
恐らくこのSaultってプロジェクトは時代を反映して、要するに不寛容な時代と定義される現在に物申す形で作られたんだと思うんです。この2年でガッツリとしたアルバムを4枚も出したわけですから、ここでやっぱ何か言いたいんだと。で名うてのプロデューサーですから、それこそ凝ったサウンドでマニアックなことを幾らでも出来たと思うんですね。それがうちの子供が聴いても踊りだすようなワクワクするサウンドで構成されている。でワクワクする要素、何かなというとこれはやっぱり随所で鳴らされるアフリカン・ビートです。
 
よくテレビとかでアフリカの演奏家たちの映像があったりすると、股に太鼓を挟んでドコドコ叩くってやつあるじゃないですか、しかも大勢で。ああいう大地と直結したビートというんですかね、せりあがる太鼓のリズムがところどころにあって、でも民族的な、ローカルな響きではなく、現代的なソウルとかクールなファンク・ミュージックとして昇華されている。これはやっぱアジアンな僕でも心地いいですよ。しかもリズムに乗って「go back to Africa~♪」なんてコーラスされた日にゃそりゃテンション上がります。
 
あとリリックが非常に簡潔。洋楽の歌詞って響き優先で文法を気にしない面があるから、なかなか難しいんですけど、このアルバムに関しては学校で習った英語程度で解せるというか、勿論単語レベルでは分からないことあったりするんですけど、それも少なくてスマホですぐ調べられる程度だし、文法的には凄くシンプルなんです。だから簡潔で分かりやすいリリックをポンと置くことでメッセージがより鮮明になるというのはあるんですね、しかもリフレインが多い。だからこれ、一部の音楽好きの人ってことじゃなく全方位に向けられたものなんだと思います。極端な言い方すると音楽によるデモ行進、そんな見方もできるんじゃないでしょうか。
 
ポップなゴスペルもあるし、スポークンワーズもある。ラップじゃなくスポークンワーズっていうのがいいですね。個人的には日本人にはラップよりこっちの方がとっつきやすいと思っていますし。だから黒人音楽バリバリってわけじゃなく、根っこの部分は保持しつつも、ブラック・ミュージックが苦手って人でも非常に楽しめる大衆に向けた音楽、言ってみれば音楽版、『ブラック・パンサー』という感じかもしれません。

Letter To You/Bruce Springsteen 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Letter To You』2020)Bruce Springsteen
(レター・トゥー・ユー/ ブルース・スプリングスティーン)
 
 
ブルース・スプリングスティーンの新作が届いた。昨年の『Western Stars』アルバムから短いインターバルでまた新作が聴けてとても嬉しい。でもEストリート・バンドの全面参加となると2012年のアルバム『Wrecking Ball』以来だから随分と久しぶりだ。
 
ここ数年ブルースの新作はいろいろな形で発表されてきたし、Eストリート・バンドと言ってもずっと昔から聴きなれたサウンドなので、特に感慨はなかったんだけど、実際CDをトレーに置いてEストリート・バンドをバックに歌うブルース・スプリングスティーンを聴くとやはりワクワクする。改めて僕はこのサウンドが好きなんだと実感する。
 
Eストリート・バンドを特徴づけているのはクラレンス・クレモンスのサックス。それにロイ・ビタンのピアノとダニー・フェデリーシのオルガンも大きなポイントだ。残念ながらビッグ・マンとダニーはもういないけど、今のチャーリー・ジョルダーノもいかにもなオルガン・プレイを聴かせてくれている。ロイ・ビタンのピアノとチャーリー・ジョルダーノのオルガンからいつものフレーズが聴こえてくると胸が高鳴る。キーボード2台ではなく、ちゃんとピアノとオルガンというのが嬉しい。
 
本作は昨年の秋にたった5日間でライブ・レコーディングされたらしい。それでこれだけの完成度なんだから流石のキャリアと言うしかない。ただスケジュールの都合でビッグ・マンの甥、ジェイク・クレモンズのサックスが少ないというのが本作で唯一の残念なところ。5曲目の「Last Man Standing」でようやく聴けるジェイクのサックスは「よっ、待ってました!」と思わず言いたくなる。続く#6「The Power of Prayer」でのブロウ・アップも最高。やっぱりEストリート・バンドはこれがないとな。
 
前作の『Western Stars』もそうだったけど、ブルースのソングライティングはこのところシンプルでメロディアスなものになっている。新しいことをしようという力みもなく素直なメロディで、このアルバムもよい曲ばかりだ。うん、ホントどれもいい曲。実はここ数年バンド用の曲が書けなくなったという問題を抱えていたらしいけど、齢71才にして創作はまた新たな山を迎えている。
 
全12曲のうち、3曲が初期に書かれたものだそうだ。その3曲は初期感がありあり。特にリリックはあの頃のエネルギッシュで雑多な感じが出ていて「そうそうこんな感じだった」と思わずニヤけてしまう。#4「Janey Needs a Shooter」なんてまんま1978年の『闇に吠える街』に入ってそうだし、#9「If I Was the Priest」はディラン風ボーカルをめいっぱい楽しんでいるようだ。当時を思い出してかブルースの熱量も幾分か上がっている気がする。3曲ともゆったりとした曲で、Eストリート・バンドぽさ全開だ。
 
ブルースももう71才。ビッグ・マンはいなくなったし、ダニーもそう。最近はデビュー前に地元で組んでいたバンド仲間との別れもあったそうだ。心が引き裂かれただろう。落ち込んだだろう。もしかしたら今もまだそうかもしれない。けどブルースはここでこう歌っている。彼らは心の中にいる、いつもそばにいる、そこに実態はなくても呼べばまたいつものようにセッションできる。そういう心境の中で初期に作った曲を今改めて披露するというのはやはりブルースなりの意味があるのだと思う。
 
その手掛かりになるのはオープニング曲の「One Minute You’re Here」ではないか。「 One minute you’re here / Next minute you’re gone」。自らを育んだ大切な出会い。今ここにいると思ったら、次の瞬間もういない。逆に言えばこの感慨があるからこそ、まだ傍にいると感じられるのかもしれない。自然な態度としてそういう感覚がブルースの元にやってきて、それを自然に受け入れている、そういうことなんだと思う。
 
ルバム屈指のロック・チューン#10「Ghosts」ではこんな風に歌っている。「 I hear the sound of your guitar(あなたのギターが聞こえてくる)」、「It’s your ghost / Moving through the night(それは夜を突き抜けるゴースト)」「I need,need you by my side(あなたが必要、私のそばに)」。そして「I can feel the blood shiver in my bones(骨の中で血が震えるのを感じる)」。そして感動的なのは最後のライン、「I’m alive and I’m comin’ home(私は生きている、そして家に帰る)」。そしてそれは#1「One Minute You’re Here」の「Baby baby baby / I’m coming home」にも繋がっていく。
 
このアルバムはブルースから僕たちへの手紙だ。サヨナラは寂しいことじゃない。大切な人はいつまでも心に生き続ける。サヨナラが来たとしてもまた夢の中で会えばいいのだ。でも今はまだ「 I’m alive 」、これほど心強いことはない。

The Ascension / Sufjan Stevens 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『The Ascension』(2020)Sufjan Stevens
(ジ・アセンション/スフィアン・スティーヴンス)
 
 
前作の評判が良かったので名前は知っていたのですが、ちゃんと聴いたのは映画『君の名前で僕を呼んで』が初めてでした。あの映画はとても美しかったんですけど、とても印象的なシーンで流れていたのがスフィアン・スティーヴンスの曲でした。その後の最新アルバムということで期待をして聴いたんですけど、違いましたね、サウンドが(笑)。このアルバムはかなりエレクトロニカです。
 
調べてみるとスフィアンさんは元々そういう人らしく、アコースティックとエレクトロニカを交互にリリースされているようで、今回はエレクトロニカの番だったようです。ただクレジットを見ているとほぼ全曲で生楽器が使用されているんですね。確かドラムとギターは全ての曲にクレジットされてたんじゃないかな。
 
でも聴いているとそんな感じは受けないです。やっぱ冷えた感じというか硬質感は否めない。恐らくそれはアルバム全体を覆うムードですよね。全体としてのディストピア感がそうさせるんだと思います。最近の映画は詳しくないんですけど昔で言うとリュック・ベッソンの『フィフス・エレメント』みたいな近未来の監視社会。そこに暮らす青年がそれこそ『フィフス・エレメント』でブルース・ウィリスが住んでいたような小さなアパートで密かに制作をしてできたレコード(記録)。そんなイメージです。
 
だからそれはレジスタンスのレコードですよね。それも社会的な強いメッセージを出しているということではなく、かつての人類は緩やかな連帯の中で人々はそれぞれに必要で必要とされていたんじゃなかったっけ、そんな人類の記憶を掘り起こしている、この閉塞感ってなんなんだって、そんな人間らしさを求めるレコードなんじゃないか、そんな気もしてきます。
 
だからこれ15曲、80分以上もあるんですけど、そんな疲れないですね。ある意味リアリティが希薄だから。夢うつつというか白昼夢みたいな。まぁ実際80分も集中力は持たないですから、半分に分けて聴いたりはしているんですけど、それでもやっぱ聴いてても興奮したり逆に悲しくなったりしない、体温は保たれたまま、という感じですかね。
 
アルバムの最後は『America』という曲で、これ12分30秒ありますからタイトルといい大作感めっちゃありますけど、実際、レビューでよく取り上げられていますね。ただこのアルバムの核はその前のアルバム・タイトル曲『 The Ascension』なんじゃないかなと思います。
 
コーラスの対訳をそのまま載せますと「なのに今、手遅れながらもこの心に突き刺さる/僕はあまりに多くを周りの人たち皆に頼みすぎていたということが/そして今、手遅れながらもこの心に突き刺さる/僕は自分自身の責任を取るべきだということが/昇天の日が訪れたら」。
 
これが非常に抑えたサウンドで独白のように歌われるんですね。まるで教会のなかでひっそりと聴こえてくるかのように。だから贖罪の歌に聴こえます。社会に違和感や閉塞感を感じながらも最後は自分自身でごめんなさいと言わざるを得ない。なんか切ない話になってきましたけど(笑)、これってやっぱりリアルな話ですよ。
 
まぁそんなアルバムではありますけど、基本、スフィアンさんのメロディは美しいですから、そんな暗いアルバムではないですよ(笑)。こういうテーマでもメロディの美しさは消せない、そんなアルバムです。

Woman In Music Pt.III / Haim 感想レビュー

洋楽レビュー:

「Woman In Music Pt.III 」 (2020年) Haim
(ウーマン・イン・ミュージック Pt.III / ハイム)

 

ハイム三姉妹、安定の三作目。とはいえ前作から三年のインターバルだから、本人たちにとっては安定なんて生易しいものではなかったのだろう。けれどここで第一期というか彼女たちの音楽が一息ついた感じはする。

僕はハイムの言語感覚が好きだ。独特のリズムに乗せて畳み掛けていくリリック、今回で言うと「I Know Alone」とか「Now I ´m In It」なんてすごく分かりやすいハイム節。こういうのを聴くと思わずにやけてしまう。歌詞の中身はヘビーなんだけどね。

てことでハイムはデビューの時からもうソングライティングは完成されている。それぞれが曲を書けてボーカルを取れて色々な楽器を演奏できる中、それぞれに特徴はあって、でも姉妹だからやっぱり同じ方向に顔が向く。この阿吽の呼吸感とさっき言ったリズム感がハイム最大のオリジナリティー。

だから後はどう肉付けしていくかということ。そこを担うのがアリエル・リヒトシェイドとロスタム・バトマングリで、もうこのコラボは五人でハイムと言っていいぐらい親密なもの。だからちょっとヴァンパイア・ウィークエンドぽい、というか昨年の『Father of The Bride』の流れを感じてしまうところも所々。次女のダニエルも参加してたしね。

思えばハイムの1stからは随分と洗練されてきました。バックに流れるちょっとしたサウンドは流石アリエルにロスタムで超何気なく超オシャレ。今回はラッパの音が印象的かな。そして時おり前に出てくるダニエルのギター・ソロ。そうそう今回はフィーチャリング彼女のギターってところもあってこれが物凄くカッコいい。いかにもなマッチョなギターじゃなくて自然体で鳴らされるダニエルのギターも本作の聴きどころ。

そうそうここ数年、#MeTooとかジェンダーに関する動きが活発でしょ?彼女たちはやっぱし三姉妹ロッカーですから、色々とね、デビュー以来やな事はあったみたいです。でそのことを自分たちの日常に即して表現している。例えば「The Steps」では「私は自分のお金を稼ぐために毎朝起きてる」、「同じベッドで一緒に寝てるからってあなたの助けは要らないわ」、「そこんとこ、ちゃんと分かってる?分かってないでしょベイビー」って。

同時期にリリースされたフィオナ・アップルの『Fetch The Bolt Cutters』があちこちで絶賛されてますけど、あっちが誰が聴いても分かる化け物みたいな作品だとすれば、こっちの『Woman In Music Pt.III』は誰が聴いても革新性を感じないと思うんです。でも僕はフィオナに負けないぐらいこの作品が好きです。何故ならここにも彼女たちのリアルがあるから。

彼女たちは声高に叫ばない。でもいつも変わらないトーンで身の回りの大事なことを歌っている。個人的なことを歌うことが世界を歌うことになる。誰かがそんな事を言っていたけど、それは一番難しいこと。彼女たちの歌には彼女たちの顔がちゃんと見えて、その向こうに世界が写っている。ごく自然体でこういうことが出来るのがハイムの凄みではないでしょうか。

このアルバムでは特に「Gasoline」と「Summer Girl」が好きです。ちょっと気が早いけど、次のアルバムではアリエルとロスタムには少し控えてもらって、三姉妹だけで作ったアルバムを聴きたいな。三姉妹で作ったミニマルな歌を通して聴こえる世界の声を感じ取りたい。

全国紙に派手なヘッドラインを出していくということではなく、言ってみれば地方紙というか、けれどその方がかえって真実を照らし出しているという側面もある。そしてそれはとても大切なこと。僕にとってハイムはそんなイメージです。

テイラー・スウィフトからのサプライズ!急遽、新作「フォークロア」をリリース!!

その他雑感:

テイラー・スウィフトからのサプライズ!
急遽、新作「フォークロア」をリリース!!

テイラー・スウィフトのアルバムがサプライズでリリースされましたね。こんな時だからと、逆に今できることを積極的にトライして楽しんでいく。さすがテイラーさん、ポジティブですねぇ。

なんでもほぼリモートで作られたとのこと。それだけでもちょっとした驚きなんですが主要プロデューサーがなんとThe National のアーロン・デスナー、しかもBon Iverのジャスティン・バーノンも参加していてボーカルをとっている曲もある!タイトルが「フォークロア」というのも気を引かれます。

アーロン・デスナーとジャスティン・バーノンのコンビと言えばビッグ・レッド・マシンですよね。2年前でしたか、二人のコラボ・アルバムが出たの。このアルバムは僕も大好きで、このブログにもレビュー書きましたけど、ホントに素晴らしくって、その二人が参加するとあっちゃこれはもう聴かずにはいられないです。

僕はテイラー・スウィフトの熱心なリスナーではなく、手元にあるのは彼女が大ブレイクした「フィアレス」だけ。ミーハーですね(笑)。これは結構聴きましたけどただその後はね、どんどんセレブ化していって音楽の方までがっつりメインストリームに浸かっていきましたから、僕の興味は薄れていったんですけど、ここに来ておやおや、っていう力強さを感じてます。というのもジョージ・フロイドさんの事件後、ブラック・ライブス・マター運動をテロ呼ばわりするトランプ大統領に対し、「次の選挙では必ず落選させる」と発言したんですね。あぁ、彼女はそういう一面もあるのだなと。そこへ来てこのコロナ禍にも負けない創作ですから、これは俄然彼女に興味が沸いてきました。

さっそく今はSportifyで聴いてますけど、かなり良いですね。元々透明感のある切ない声の持ち主ですから静謐なサウンドがよく似合います。彼女はやっぱアコースティックな感じがいいですね。まだちらっとしか聴けてませんが愛聴盤になりそうな予感満載です。

さすがに急なリリースのせいかSportifyにリリックまだ載ってません。それに日本国内盤が出るのはまだしばらく先になりそうですね。僕は英語力が頼りないのでいつも和訳が記載されてる国内盤を買うのですが、これも間違いなくそうなりそう。それまではSportifyで楽しみたいと思います。

それにしても今年の僕の購入履歴、女性アーティストの割合が多くなってます。へイリー・ウィリアムズにフィオナ・アップル(←やっと国内盤が出て購入しました)にフィービィー・ブリジャーズ。ハイムも良かったです。世の動きを見てもこういう時は女性の方が柔軟なのかもしれませんね。

2019年 洋楽ベスト・アルバム

洋楽レビュー:

『2019年 洋楽ベスト・アルバム』

 

2019年も色々な音楽を聴きました。大した数ではないけれど、その年のベスト・アルバムを考えるのも楽しみの一つなので、今回も選んでみました。

買い物リストを眺めていると2019年はずっと聴き続けている人たちが多くだいぶ落ち着いた印象。とはいえ、ビリー・アイリッシュやビッグ・シーフや折坂悠太といった新しい音楽も聴いていて、それがまた理解できないというのではなく、ちゃんと心にに響いてきているし、僕の感受性もまだまだ捨てたもんじゃないなと我ながら思ったりもしています。

さて僕の2019年ベストアルバムですが、もうこれは何回か聴いた時点で今年はこれだろうと半ば決めておりました。世間のベスト・アルバム選にはほぼ載ってこないのですが、久しぶりにグッときたというか、ボスらしい直接的なメッセージは無いのですが、ていうかボスの場合むしろこちらだろうというような名も無い人たちのストーリー。僕もこういうのが分かる大人になりました(笑)。てことで2019年の私的ベスト・アルバムはブルース・スプリングスティーンの『ウェスタン・スターズ』です。

ホントに映画を観ているようでしたね、このアルバムは。登場人物はアメリカ人だし年食った人たちだし、全く自分とはかけ離れた世界ではあるんだけど、それでも目の前に景色が立ちあがって、深い皺を刻んだ人たちの人生が胸に迫ってくる。それこそ名も無いひとつひとつの小さな星たちの一瞬の輝きのようなアルバムでしたね。米国ではスプリングスティーンがこのアルバムを全編フルオーケストラで歌う映画が公開されたそうですが、是非日本でも公開してほしいです。

次点はヴァンパイア・ウィークエンドの『ファーザーズ・オブ・ザ・ブライド』。このアルバムもよく聴きました。彼らから全てを引き受けるようなこれほど開けっぴろげなアルバムが出てくるとは思いませんでした。どうも頭のいいインテリみたいなイメージがあったのですが、もうそんなところにはいないんですね彼らは。持ち味である明るさは損なわれずに、けれど苦味もちゃんとある。且つ大通りを胸張って歩く。そんなアルバムだと思います。

あと、なんじゃかんじゃ言って僕はやっぱりウィルコが好きですね。今回の『オード・トゥ・ジョイ』も素晴らしかったです。絶望を歌うビリー・アイリッシュにティーンネイジャーが希望を見出すように、僕たち大人は分かり合えなさを歌うウィルコに歓喜の歌を見出す。ちょっと気取った言い方ですけど、そんなアルバムではないでしょうか。

おまけのベスト・トラックはビリー・アイリッシュの『アイ・ラブ・ユー』にしようかなと。別に流行に流されている訳ではありません(笑)。世間的には他の曲かもしれませんが、僕はこの歌で聴こえる「う~うう~うう~」が大好きです。人工的でありながら人間的で、ひんやりとしているけど温かい。こんな「う~うう~うう~」を聴いたのはトム・ヨーク以来かもしれない。

てことでビリー・アイリッシュにしかけましたが、大事な人を忘れていました。ザ・ジャパニーズ・ハウスです。あまり馴染みのない名前だと思いますけど、英国のインディー・バンドです。あのThe1975所属のレーベル、ダーティ・ヒットのニューカマーと言えば何となく雰囲気分かってもらえるでしょうか?毎年ベスト・トラックは単純にその年に一番聴いた曲にしているのですが、そういや聴いた回数は彼女らの『サムシング・ハズ・トゥ・チェンジ』が断トツだったなと(笑)。なので2019年の僕のベスト・トラックはザ・ジャパニーズ・ハウスの『サムシング・ハズ・トゥ・チェンジ』となりました。

2018年 洋楽ベスト・アルバム

 

『2018年 洋楽ベスト・アルバム』

 

年末恒例の各メディアのベスト・アルバム選。年も明けてほぼ出揃った感じでしょうか。こういうの、眺めてるだけでも楽しいですよね。2018年の傾向としては、2017年のケンドリック・ラマー『Damn』のようなこれが今年の1枚だ、みたいな作品が無くて、そういう意味では各メディアそれぞれの個性が出て、逆に面白い年間ベスト・アルバム選になっているんじゃないでしょうか。でしょうかって言っておきながら知らん作品ばかりなんやけどね。

僕個人で言えば、2018年はYouTubeをかなり利用しました。タダでアルバム聴くなんざ不届き者っー!!(笑)。ていうかチャンス・ザ・ラッパーがフィジカル盤出さんからや~。てことで、あれっ?YouTubeでアルバム結構聴けるんやってことに気付いて、ついついこれ買うか迷うな~ってのをYouTubeで済ましてしまう1年となってしまいました。ま、懐事情もございますから(笑)。今後はほどほどに致します…。

で2018年の僕のベスト・アルバムはなんだっけかなと考えてみると、先ず年明けのスーパーオーガニズム。気の抜けたようなサウンドもいいし、オロノさんの声もいいし、なんつっても曲がいい。これからどう変容していくのか分からないけど、彼女たちの先には未来しか見えません。それとアークティック・モンキーズ。サウンドとしてはロックじゃないかもしれないけど、このわけの分からなさを納得させる腕力は流石と言うか、ロック・バンドも負けちゃいねぇぞっていう爽快感がありましたね。

あと世間的なベスト選には引っ掛かって来ないかもしれませんが、ボン・イヴェール好きとしてはビッグ・レッド・マシンのアルバムが2018年の世の中の気分とマッチしていてすっごく良かったです。同じく変化球だとルイス・コールも。この人の才能にはぶったまげました。それと個人的に大好きなクークスの新作もキャリア史上ベストなんじゃないかっていうぐらいメロディが映えるいいアルバムでした。

でこの中から今年のベストはどれかな~なんて考えてたら、最後にドカンと来ました。The1975です。12月に出たばっかなので、どうしてもテンションが上がり気味になってしまいますが、このサウンドとリリックは時代を象徴するアルバムなんじゃないかと。日常の些細な出来事こそが真実であり、その15編の小さな物語がThe1975という端末に収束されていくという手腕は見事と言うしかない。

正直、このバンドがここまで来るとは思っていませんでした。『OKコンピューター』によってレディオヘッドが幾つかあるいいバンドのうちの一つからオンリーワンの存在になったように、The1975も今回のアルバムで唯一無二の存在になったような気がします。

てことで、2018年、僕のベスト・アルバムはThe1975の『A Brief Inquiry Into Online Relationships(ネット上の人間関係についての簡単な調査)』に決定です!!次点でアークティック・モンキーズ『Tranquility Base Hotel & Casino』とザ・クークス『Let’s Go Sunshine』。一応新譜は聴くたび毎に点数を付けておりまして、2018年に満点を付けたのはこの3作品でした。やっぱオレ、UK好きやな…。

おまけでベスト・トラックも。やっぱ2018年はこのバンドを外すわけにはいかんでしょう。てことで、スーパーオーガニズム『Everybody Wants To Be Famous』に決定です。「みんな有名になりたい」って歌詞を眉ひとつ動かさず歌うオロノさんがカッコええ。

※2019.2.1追記:
大事な人たちを忘れていました。ピーター・コットン・テールの『Forever Always』。フィーチャリング Chance The Rapper,Daniel Caesar,Rex Orange County, Madison Ryann Ward, Yebbaっていう沢山のミュージシャンが参加してますが、もの凄く幸せになれる曲です。この曲も僕のベスト・トラックですね。2曲になってしまいました(笑)。