『吉村芳生 超絶技巧を超えて』美術館「えき」KYOTO 2019年6月2日
結局、最後まで吉村さんはなんで描いてるのか分からなかった。当たり前だけど。吉村さんは実物を見て描くのではなく、わざわざ写真に撮ったものを描く。自分というものを放っぽって数学的に、機械的に描く。だから吉村さんの意図とか感情が見えないのはそれでいい。多分。
吉村さんは自画像を描く。新聞紙上に描く。ある年には365枚描いた。パリ留学の時にはパリに居るのに部屋に籠ってパリの新聞紙に自画像だけを描き続けた。展覧会ではその自画像の山が辺り一面に貼り出され、たくさん居る吉村さんに僕たちは囲まれる。吉村さんの居ないところで一人ぼっちの吉村さんが描いたたくさんの自画像にたくさんの人々が感嘆の声を上げる。ここでは一人ではなくたくさんの人々に囲まれる吉村さん。なんか意味分からない。
毎日の新聞紙面。その日の一面に掲載されたその日一番のニュースを背景に描かれた自画像。つまり吉村さんのインスタグラム。今たくさんの人々が`いいね´を押す矛盾。自分というものを放っぽって描くことに執念を燃やしたクセに自画像ばかりを描く矛盾。本当に分からない。
吉村さんが次に選んだのは色鉛筆による表現。ん?表現?吉村さんが表現したかったのかはさておき、観ている人々は一様に驚きの声。わぁ!写真みたい!でもどうかな。写真とは違う。
変な違和感。素直に写真とは言えない得も言われなさ。吉村さんも感じていたのか色鉛筆画には色々な試行錯誤の後が見える。なんか違うなー、なんか違うなーって。鉛筆画の変態としか言えないような細かな作業に比べればやはり物足りなかったのでしょうか。わざわざ写真みたいに描いた色鉛筆画にダメージを付けるなんて。やっぱり吉村さんは変態です。
表現するというよりむしろ。ある一定の作業量があって、作業がある一定量まで来ないと気持ちが落ち着かない、描いた気にならない感じ。そこにある程度の労働が組み込まれていないと満足出来なかったのでしょうか。
結局、最後まで吉村さんは何をしたかったのか、何を描きたかったのか分からず仕舞い。それはつまり吉村さんのミッションが完遂された証。元々そんなもの分かるべくもないけれど、いつも分かったような気になる僕たちを横目に、そんなものは鼻からないんだとか、そういう表情すら見せない吉村さん。吉村さんは何て言われるのが一番嬉しかったんですか?
という感想をその日の内に書いて、今なんとはなしにスマホの写真を見ると、展覧会の出口で撮った、壁に書かれていた吉村さんの言葉がありました。
「退屈だとして切り捨てられる日常のひとこまから、非日常な新鮮味を発掘してみせる。それが芸術の力でしょう。一輪の花に、それを見いだしたいんです」
僕がその日のうちに書いた感想は、これらの言葉に打たれ、成す術もなく崩れ去っていきました。分かったような愚かな感想ではありますが、その日のうちに書いたそれも事実ですから、それはそれとして、赤っ恥を承知でそのままにしておきます。

←続いて駅を上がった歩道橋にある立体物B。こちらはロダン作「考える人」×「島耕作」。
←こちらはその歩道橋を図書館やイベントホールなどがあるシティプラザへ向かう途中にあります。作品No.1です。
←こちらもその歩道橋沿い。
←階段にはこんなんもございます。


←でもってそのシティプラザには幾つか展示されています。
←そしてシティプラザから桃山学院大学へ向かいますが、その道中にあるのがこちら。
←トンネルの中にもございます。
←ここからちょっと道を外れて、和泉中央駅の裏手。水道局にあるのがこちら。ちょっと遠目ですが。
←拡大するとこんな感じ。
←その向かいの石尾中学校の校舎にも。
←少し離れた のぞみ野自治会館。
←こちらは桃山学院大学へ向かう橋。
←左右それぞれこんな感じですね。
←橋をさらに進んだ橋の下。というか橋の裏。
←桃山学院大学の校舎にもありますね。これは見つけるのに苦労しました。











←最後は宮ノ上公園から見える桃山学院大学の校舎に。これが№30です!
最後は久保惣美術館。KUBOSOの文字のオブジェが立体物Aです。宮ノ上公園に案内板がありますから、久保惣美術館へは迷わずに行けます。最後にこの美術館に入って元ネタである絵画を観る、というのが本来の流れでしょうか。