12 hugs (like butterflies) / 羊文学 感想レビュー

邦楽レビュー:

『12 hugs (like butterflies)』(2023年)羊文学

 

アニメのエンディングテーマとなった#2『more than words』はJ-POPらしい複雑なメロディとなにより今求められるエモさをこれでもかと詰め込んだ力作だ。しかしそれはかつて「聴き飽きたラブ・ソングを僕に歌わせないで」と歌ったオルタナティブな精神と矛盾しない。彼女たちはそのうえでメインストリームの大多数に訴えかけるロック・バンドを目指してきたのだから。

そして遂にそこへ到達した。というより順調に段階を踏んでここまでやって来たと言うべきか。#2『more than words』が目立つが、#4『GO!!!』や#8『honestly』も別次元へ進んだ羊文学ならではのしなやかさと強さを併せ持つ曲だ。それこそアニメの主人公が一番大事なところは心に残したままパワーアップしたかのように、羊文学は次のステップへ歩みを進めた。

もうこれで、儚さが魅力ではあったけど、次世代のトップ・ランナーとしての力強さという点ではどうなのかというところを完全に払拭したのではないか。ロック・バンドというと日本ではまだまだ男のものというイメージから逃れ出ないけど、羊文学には性別を超えた存在として最前線に立ってほしい。海外で新しい価値観を持った新しいロックが次々と生まれている中にあって日本には羊文学がいる、そして彼女たちは世界に向けて全く引けを取らない対等な存在であると。そのための新しい強さや覚悟がこのアルバムには込められていると思う。

女性アーティストが大活躍をした2023年の暮れに羊文学が決定的なアルバムを出したことが嬉しい。さあ、次は世界だ。

OOPARTS / 羊文学 感想レビュー

邦楽レビュー:

『our hope』(2022年) 羊文学

 

聴いて一番に思うことは塩塚モエカの声が力強くなったということ。いや、力強くなったというだけじゃないな。彼女はきっと語り部になったのだと思う。物語があって、そこに自分自身の喜怒哀楽は立ち入らせない。表現者としてまた一歩、前へ進んだのだと思う。

ではあるけれど、音楽というのはボーカルだけじゃない。彼女が歌わなくてもバンドが表現してくれることがある。その取捨選択が見事だなと思う。つまりバンドとしてもまた一つ、ステージが上がったということ。サブスク時代にあって歌以外の部分は飛ばされることが多いけど、こと羊文学の音楽の聴き手に関してはそんなことしないかもしれない。

リズム隊であったり、コーラスであったり。ボーカルであったり、ギターであったり、3ピースではあるけれどこれだけ音がまとまってガッと届いてくるバンドはそうはいない。いくら塩塚モエカの才能が素晴らしくとも彼女一人ではここまでの音楽にはならなかった。突出した塩塚モエカのバンドではなく、どこからどう見ても羊文学というバンドでしかないというのが清々しい。

その清々しさはやはり3人の曲に向かうアプローチから来るのだと思う。よい意味で淡々としているというか、勿論実際はそんなことはないのだろうけど、入れ込まなさ、というのが背後にあるのではないかと。メロディーありき言葉ありき曲ありき。そこにどうアプローチしていくかしかなくて、ああしてやろうとかこうしてやろうといった気負いがない。それは恐らく前作やコロナ禍であってもライブを続けてきたことの成果であり、曲に向かっていればよいのだという自信の表れなのかもしれない。#7『くだらない』での深刻でありながらも淡々とした疾走感と、だからこそのやるせなさはそれを端的に表している。

オープニングの『hopi』は暗い夜更けを朝へ向かってゆっくりと進む船になぞらえた曲。その後、何気ない日常を描いた#6『ラッキー』から宇宙規模の#10『OOPARTS』(この曲はイントロがThe1975を思わせるね)まで、様々な世界をめぐりつつ、けれど最後の#12『予感』では結局「おやすみ」としか言えないというのがたまらない。

POWERS/羊文学 感想レビュー

邦楽レビュー:
 
『POWERS』(2020)羊文学
 
 
メジャーでの初アルバムだそうで、その前に出たミニ・アルバムもなんとなく聴いていたんですけど、格段にスケール・アップしています。ドシッとした重量感というかがっしりとした手ごたえ、これで一気に売れて欲しいですね。
 
ドラム、ベース、ギター/ボーカルの3ピースなんですけど、頼んなさがない、音がキレてますよね。録音は3人だけだったのか他にミュージシャンが参加していたのかその辺りは気になりますけど、ドラム、ベース、ギター/ボーカルの顔がはっきりと見えるサウンドで、つまり確信を持って鳴らされてるってことなんだと思うんですけど、言ってみれば初期衝動ってやつですね。シンプルでありながらアイデアに溢れていて相当カッコイイです。全曲フェイドアウトじゃなく、ちゃんと演奏で終わるのも彼女たちの強い意志を感じます。
 
てことでバンド全体での記名性もばっちりなんですけど、このバンドの個性を一層際立たせているのは塩塚モエカのボーカルです。独特の浮遊感があって性別を超えちゃってるというか、ただそれも現実離れしているわけではなく、エモーショナルなサウンドを支えるにはこの声かなっていう、そういうリアルな力強さがあります。物事にリアリティを与えるには現実的なだけでは駄目で、一方で非現実的な部分、フィクションも必要で、そういう架空と現実を行き来できる強い声だと思います。
 
あと#2『Girls』での「コンクリート蹴った」の語尾を潔く言葉を切って歌うところがあるんですけど、ここ、ロックっぽくていいです。彼女の場合コーラスも含めどこまで行くんだいという高音ファルセットが魅力ではあるんですけど、「蹴ったっ!」みたいなロックっぽさがあれば尚のこと最高だなと。ここにウルフ・アリスのエリー・ロウゼルばりのシャウトが加われば最強ですね。
 
また彼女の発音ですけど、すごく母音を英語っぽく発音するんですね。’i’をイとエの間の中間音で発音したり、’a’をアとエの中間音で発音したり。例えば#『変身』のサビで歌う「大変身よ」の’だいへんしん’の部分なんか分かりやすいですよね。多分無意識なんじゃないかと思うんですけどこの辺りも独特でロック的なアタックに一役買ってます。
 
そういう意味でも非常にボーダレスな雰囲気がありますね。3人の佇まいもなんか性別云々という感じじゃないですし、日本のというよりユニバーサルな機軸に立っている気はします。このまま洋楽の中に混じっても違和感ないんじゃないですか。昨今アジアンなミュージシャンが世界レベルでブレイクしていますけど、その並びにいても全然不思議じゃない頼もしいバンドですね。
 
ちょっとボーカルへの言及が多くなりましたが、羊文学っていうぐらいだからリリックもいきなり「嘘つくな!」で始まる曲があったり、「きみは砂漠の真ん中 ユーモアじゃ雨はふらない」といったキラー・フレーズもあったりで、あんまりクドクドと書いてもアレなんでこのぐらいで止めておきますが(笑)、心に響く言葉が沢山あると思います。繰り返しますが、是非売れて欲しいですね。