Black Rainbows / Corinne Bailey Lae 感想レビュー

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『Black Rainbows』(2023年)Corinne Bailey Lae
(ブラック・レインボウズ/コリーヌ・ベイリー・レイ)

 

どうしちゃったんだいコリーヌ・ベイリー・レイ!ということで7年ぶりの新作でまたまたやってくれました。前作の『The Heart Speaks in Whispers』(2016年)もそれまでのオーガニックなサウンドからの急展開がありましたが、今回はその比じゃないですね。またまたやりたいようにぶっ飛んでます。いいぞ、コリーヌ・ベイリー・レイ!!

元々ソングライティングには長けた人なので、恐らく初期のようなソファに寝っ転がってギターをポロロンな穏やかなアルバムは作ろうと思えば作れるはず。なのにこうもグイッと舵を切るのはなんなんでしょうか。チャーミンングな見た目に騙されますが、コリーヌさん、やるときゃやります。それにしても刺激的なアルバムや!

まぁ7年の間にはそりゃいろいろありますから、世間的にもBLM運動があったり#Me Too運動があったり、そういう中で、特にブラック・カルチャーに関しては芸術家チームとも関わりがあったりで随分と影響を受けた、そこでの活動が今回のアルバムに繋がったとのアナウンスもありますから、そう考えると今回の振り幅も合点がいきますけど、なんてったってギターかき鳴らしてのシャウトもありますから。可憐なコリーヌさんがここまでするとはさすがに想定外です。。。

彼女の一番のストロング・ポイント、いいメロディと甘い声というところはちょっと横に置いといて、サウンドでもって、世界観でもって、音楽全体で勝負していく、その心意気がビシビシ伝わってきます。タイトル曲の『Black Rainbows』なんて彼女、歌ってないですから(笑)。それでもいーんです!これがコリーヌ・ベイリー・レイの作品だという強さがこのアルバムには焼き付いていますから。

#9『Peach Velvet Sky』でのローラ・ニーロのような変幻自在のボーカルを聴いていると、あれだけの声を持っていながら彼女にとってそれは音楽を構成する要素の一つに過ぎないのだと。最終曲『Before the Throne of the Invisible God』に至っては音楽の中で混じりあい、完全に楽器の一部と化している。忘れかけていたが、アーティストにとって創作とは全身全霊をかけた芸術作品なのだ。いや~、それにしてもコリーヌさん、音楽を楽しんでますな~。

Guts / Olivia Rodrigo 感想レビュー

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『Guts』(2023年)Olivia Rodrigo
(ガッツ/オリヴィア・ロドリゴ)

 

評判がいいのは知っていた。でも二十歳の女の子ですから、聴くこともないかなと思っていたのですが、各媒体による2023年のベスト・アルバムに出てくるわ出てくるわで、日本の『ロッキンオン』誌ではなんと1位。ということで、じゃあちょっと聴いてみるかと。で、ビックリしました。タイトルどおりガッツ溢れる作品で、昔のパラモアを彷彿させるエモいロック・アルバムでした。

基本的に彼女のファン層は多くがティーンエイジャーなのだと思うのですが、評価も高く年配にも好まれているというのは、僕もそうですけど90年代を思わせるオルタナティブ・ロックですね、アラフィフ世代にとっては親しみのあるガッツリとしたロック音楽が基盤にあるからです。若い世代にとっては新鮮なのだろうし、それに彼女が世に出た『Driver’s License』のようないわゆるサッド・ガールな曲もちゃんと入っていますから、単調にはならずちゃんと強弱のついた、年間ベストに選ばれるのも分かる、ポップでありつつ彼女の哲学が詰まったいいアルバムだと思います。

驚くのはソングライティングをダニエル・ニグロって人と二人だけで行っている点。ビリー・アイリッシュの兄妹コンビじゃないですが、彼女自身にもその能力があるっていうことですからどんだけ凄いねんという話です。特にリリックですよね。勿論恋バナがメインになるのですが、同世代だけでなく幅広く支持されるということは、ただ単にそれだけではとどまらない何かがあるということ。

この辺は彼女が愛するテイラー・スウィフトにも通じますが、’私の話’が’皆の話’になってしまう歌詞の奥行、恋バナに収まらない普遍性でしょうね。いい年をした僕でもこの歌詞にはグッときます。パラモアのヘイリー・ウィリアムスやテイラーなどの系譜に連なる、新しい世代を代表する語り手でもあります。

Cousin / Wilco 感想レビュー

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『Cousin』(2023年)Wilco

(カズン/ウィルコ)

 

このところウィルコは多作だ。2022年に2枚組の『Cruel Country』があったし、ジェフ・トウィーディーはソロでも活動している。パンデミックがあって戦争があってというところが影響しているのだろうか。だとしたらあまりよいきっかけではないような気はするが、とりあえず沢山聴けるのは嬉しい。でもこのアルバムは少しシリアス。

前作『Cruel Country』はいわゆるオルタナ・カントリーに回帰したようなアルバム。ダブル・アルバムだったので曲数も沢山あったが、バラエティーに富んでいたので退屈することはなかったし、勿論沈みこんだ印象は全くなかった。今回は音を歪ませたりして、久しぶりにこれも本来の持ち味である不思議なサウンドのウィルコに戻っているが、どうも快活というわけにはいかない。外部のプロデューサーを迎えているので、きっと凝り固まったサウンドをほぐしてまた変なこと、新しいことをやりたかったのだろう。このキャリアでそれをするのはとてもカッコいい。

でも正直言って今回のタッグは今一つのような気はする。やっぱり閉塞感を感じてしまうんだなぁ。一言で言うと暗い。これはアルバムの出来不出来ではなくて僕の好みなんだろうけど、なんか重苦しいなと。最終曲の『Meant to Be』でようやく開放感を感じるものの全体の印象としてはやっぱイマイチかな。ウィルコならではのユーモアというか親密感が今回はちょっと薄いかなと。

と言ってもあくまでも僕の印象です、世間の評判はいいみたいだから。とか言いながら、これはCDでも買っているし、僕の2023年のSpotifyのよく聴いたランキングにも入っている。なんだかんだ言いながら聴いていたってことか。

Exorcism of Youth / The View 感想レビュー

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『Exorcism of Youth』(2023年)The View
(エクソシスム・オブ・ユース/ザ・ビュー)

8年ぶりだそうです。前作『Rope Walk』(2015年)も悪くなかったんですけど、迷いというかもやっとした感じはありましたから、そこから長い沈黙があったのも頷けるかなと。もともと音楽的な野心というより、勢いでやってきたという印象なので、その初期衝動というか、もちろん才能はあるので手癖でよい曲は書けるんだろうけど、一番大事な気を込めることが難しくなっていたのかなと想像します。

というわけで8年ぶりの新作です。流石に初期の『Wasted Little DJ』や『5Rebeccas』みたいな爆発力はないけど、各々の曲の出来というか、全体としてのレベルの高さやまとまりは彼らのキャリアでも屈指だと思います。

プロデューサーは3作目にあたる『Bread And Circuses』(2011年)で組んだユースを再び迎えたそうですが、それが良い方向に出ていて、どっちかというととっちらかってしまう彼らの特性、それが魅力でもあるわけですけど度が過ぎないように交通整理するというか、特に3作目はとても洗練されていて受けも良かったと思うので、復帰作がそっち寄りになったのは良かったと思います。

それにしてもカイル・ファルコナーのソングライティングは変わりませんね。12曲ありますけど、全部特色があって工夫があって単調なところが少しもない。それでいて英国ロックの伝統を感じさせる雰囲気もあるし、やっぱこの人はアークティックのアレックスとかクークスのルークと並ぶ、この世代を代表するソングライターだと思います。

あとカイルと言えば終始シャウト気味に歌うボーカルですよね。久しぶりの新作でも変わらぬシャウターぶりでめっちゃカッコええです。アルバム屈指のポップ・チューン、#10『Woman of the Year』の声を張り上げるミドルエイトも最高です。そうですね、ザ・ビューと言えばミドルエイトですけど、復帰作でもそこの魅力は変わりません。

本作の気に入らないところは曲順ぐらいかな。#1『Exorcism of Youth』のいい曲だけどオープニングじゃない感とか、彼らのキャリアにおいても随一のスローソング#7『Black Mirror』の置き場所はもっとええとこあるやろとか、#6『Allergic To Mornings』の後は#9『Dixie』みたいなポップチューンがええやろとか、もうちょっとええ感じにでけたやろ感ありありです(笑)。

バンドの休止中にカイルのソロ作はありましたけど、あれはやっぱ元気なかったですから、やっぱ一人じゃ楽しくないのだと思います。演奏力とか表現力云々じゃなく、カイル・ファルコナーはやっぱこのバンドが良いのかもしれませんね。

In the End It Always Does / The Jananese House 感想レビュー

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『In the End It Always Does』(2023年)The Jananese House
(イン・ジ・エンド・イット・オールウェイズ・ダズ/ザ・ジャパニーズ・ハウス)

 

英国の女性シンガーソングライター、アンバー・ベインによるプロジェクト。デビュー作から4年ぶりの2ndアルバムです。僕は2019年にリリースされたシングル『Something HasTo Change』で彼女を知った口です。この曲はほんと大好きで何度も何度も聴いたので、今回のアルバムは凄く期待していました。ちなみに『Something HasTo Change』が納められた4曲入りのEP盤『Chewing Cotton Wool』もジャスティン・ヴァーノン参加曲があったりしてなかなかよいです。

でこのアルバム、オープニング曲の『Spot Dog』からイイ感じです。と言ってもこの曲は大半がピアノのインストですけど、この短い曲にジャパニーズ・ハウスらしさがしっかりと出ていると思います。風合いとしてはアコースティックでアナログなサウンドにエレクトリカルな部分が混ざってくるんですけど、最大の特徴は穏やかな口調ながら心の奥に熱を秘めている部分が見え隠れする点です。淡々と演奏されてはいるんだけど焦点が明確に定まっている、そんなタイプの曲なんだと思います。余談ですが、リリックの「I think I know you best」っていう部分が「行~かな~いで~」って聴こえます。空耳的なもんだと思いますけど、なんかイイ感じです。

製作には同じレーベルのThe 1975 からダニエルとマット・ヒーリーが参加しています。なのでそれっぽい要素もあったりはしますが、他にも多くの協力者が名前を連ねていますので、特にどうということではないです。むしろ彼女の紡ぐメロディと声とサウンドは他にはない独特の雰囲気があるので、誰がどう関わろうとザ・ジャパニーズ・ハウスという根幹は変わらないのだと思います。

あと彼女の場合はリリックも重要ですね。自身も同性愛者でもあるというところでの恋愛体験を素直に表現しています。英国は日本とは違い社会の理解も進んでいるとは思いますが、まだまだ偏見はあると思います。けれどもこうして表現していく姿勢というのは、同じくそうである人にもそうでない人にもきっと良い影響を与えるもの。アートの役割とも言えます。そこに正面を向いて歩いていくアンバー・ベイン、とても強い意志を感じるソングライターです。

My Soft Machine / Arlo Parks 感想レビュー

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『My Soft Machine』(2023年)Arlo Parks
(マイ・ソフト・マシーン/アーロ・パークス)

2021年のデビュー・アルバムでいきなりブレイクした英国のシンガーの2nd。僕も割と好きですが、正直どこがどういいっていうのはなかなか難しい人ですね。一言で言うと雰囲気がいいということになるのかもしれませんね。あいまいな言い方ですが。

それとこれは恐らくですが、歌詞がやっぱり共感を集めるそれなのだと思います。僕はそこまで英語を理解できませんが、彼女はセクシャルマイノリティでもあるし、そこのところの言及も勿論あるのですが、ただそういった部分が強めに出てくるということではなく、ごく普通の20代前半の女性の等身大の悩みと直結するような表現に落とし込んでいるというところがね、元々詩を読むのも書くのも好きだという傾向もあるせいか、自身のことを書いていても俯瞰でみんなの物語として書けるっていう、ここは自覚的にそうなのかどうかは知りませんが、そういう才能はあるのだと思います。

あとやっぱり雰囲気がいいと言いましたが、聴いててすごく心地いいですね。彼女の声、なんて表現したらいいのか分かりませんが、単に愛らしいということではなく、やっぱりここも自分自身を前面にということではなく、何かフワフワとした実存の無さというか、つまり優しさというか、私の歌を聴いてよではなく、この歌を必要な人に向かって歌うという感じはあります。

今回は時流に沿ってかロックな表現も多いです。特徴的なのは#3『Devotion』ですね。ベースが引っ張っていって間奏でギターをギュイーンと鳴らすみたいな。全体としてはプログラミングによるサウンドだと思うのですが、この曲とかもそうですし、バンドで音を出しているのも何曲かありそうですね。#7『Pegasus』ではフィービー・ブリジャーズも参加してますし、ロック方面への接近は感じますね。ただこの辺はその時々の傾向によるのだと思いますし、全体としての印象は前作とさほど乖離するほどではないです。

ところで歌詞は本人なんでしょうけど、曲はどうなんでしょう。ここのところがちょっと分かりませんね。曲も彼女が手掛けているとしたら、これは相当なものだと思います。

The Record / Boygenius 感想レビュー

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『The Record』(2023年)Boygenius
(ザ・レコード/ボーイジーニアス)

 

ジュリアン・ベイカー、フィービー・ブリジャーズ、ルーシー・ダッカスという女性シンガーソングライターによるユニット。ロックの復権が叫ばれて久しいが、過去のロックと異なるのは活きのいいのがほとんど女性ということ。特にこの3人はインディー好きにはたまらない組み合わせのようです。僕はフィービー・ブリジャーズぐらいしかまともに聴いたことがありませんが、このアルバムを聴いていると他の二人のソロ作も気になってきます。

まずもってシンプルにアカペラで歌われるオープニングのコーラスがよいです。そこからロック・チューンの『$20』への流れもいいですね。最後の咆哮はブリジャーズでしょうか。YouTubeを見ていると、1番2番3番と順番に歌うパターンが多いです。曲作りを行った人が1番を歌っているような印象ですね。いずれにしても誰かが突出してということではなく、まんべんなく。この辺りの民主的な態度は世代観が現れているのかもしれません。

3曲目からの3曲はそれぞれのソロ作ですね。『Emily I’m Sorry』がフィービー・ブリジャーズ。『True Blue』がルーシー・ダッカス。『Cool About It』はジュリアン・ベイカー作で順番に歌っています。彼女たち3人の最大の魅力はこの辺りのしっとりとした曲でしょうか。個人的には『True Blue』が一番好きです。この曲はミュージック・ビデオも素晴らしいですね。ダッカスの落ち着いた声がぴったりハマってます。そうですね、ブリジャーズの意味深な声、ベイカーの幼さの残る声、ダッカスの少しくぐもった声。一聴すると近いんだけど微妙に異なる3人の声質が順番に流れてくるのもこのアルバムの魅力です。

YouTubeには彼女たちのライブが幾つかアップされています。音源のみを聴くのもいいですが、それぞれ別個の立ち居振る舞いと互いの信頼感が伝わる絶妙な距離感を映像で見るのは何とも言えずよい気分になります。勿論、それぞれが優れたソングライターなので曲自体も素晴らしいのですが、ボーイジーニアスは3人の佇まいも含めての魅力なのだと思います。なので、ミュージック・ビデオやライブ映像も是非見てほしいですね。

音楽をする理由というのが明確にあって、それを理解し支持する人たちがいる。そういう様子を見るのは単純に素晴らしいです。日本で言うと、あいみょんみたいな作家性のあるソングライターが3人横に並んでいる感じでしょうか。そりゃ素晴らしいに決まってますね(笑)。

Food for Worms / Shame 感想レビュー

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『Food for Worms』(2023年)Shame
(フード・フォー・ワームズ/シェイム)
 
 
3rdアルバム。近年の英国ポスト・パンク勢で真っ先に名前が挙がるのはファウンテンズD.C.やアイドルズかもしれないが、僕はあんまりピンと来ませんでした。どっちかというとシェイムの方が馴染みがありますね。そこそこ真面目だと自認している僕が一番やんちゃそうでやさぐれたシェイムを好きだったりするのは不思議な話ですけど。ヤバそうだしライブに行こうとは思いませんが(笑)。
 
結局はロックンロールの衝動とかそんなものよりも音楽としてよいメロディが鳴っているかどうかが僕にとっては重要なのかもしれない。絵に描いたように悪そうなシェイムを聴くといつもそのことを再確認するのが面白いけど、つまりシェイムの一番の強みはメロディだと思うのです。
 
このアルバムは時間をかけずにライブ録音したようで、歌っている内容も社会的なことよりも仲間のことを歌っているらしい。僕はそこまで歌詞を読み込めていないけど確かに全体としての雰囲気は穏やか。今回はそんな激しい曲もなく落ち着いた曲が多いけど、不思議と似たような曲ばっかだなという印象もない。この辺は流石のバンド力、つーかメンバーの曲への理解力が抜群なのだろう。
 
僕はやっぱりセックス・ピストルズよりも断然クラッシュが好きだし、ジョー・ストラマーに声質とか歌い方が似ているシェイムのチャーリー・スティーンもジョー・ストラマーと同じでぶっきらぼうだけどちゃんと歌心があると思っている。でもそれはバンド全体にも言えることで、彼らの場合は単にソングライティングにおいてよいメロディを書くということよりむしろ、サウンド全体のバンドとしてのアレンジに歌心が内包している感じがある。だから曲だけを抜き取って、アコースティックギターで弾き語り、なんてものよりバンドでガッとやった方が歌心が出る、そんなバンドなんだと思います。

Cuts & Bruises / Inhaler 感想レビュー

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『Cuts & Bruises』(2023年)Inhaler
(カッツ&ブルーゼス/インヘイラー)

 

1stアルバムが全英1位になって、この2ndもとてもよい評判。何の変哲もなくグッド・メロディで聴かせる王道ギター・ロックがこれだけ売れてこれだけ注目されるのもホント久しぶりな気がする。フロントマンはU2のボノの息子という派手な出自ですが、音楽の方は実直そのもの。このまますくすく伸びてほしい。

耳目を集めるような強烈な個性はないですが、よいメロディとよいボーカルとよい演奏。これに勝るものはなし。それでいて押さえるところはきちっと押さえる。#1『Just to Keep You Satisfied』の間奏で聴けるギターの鳴りとか、#4『These Are the Days』のラスト近くで畳みかけるところなんて王道そのもの。

ボノの息子ではあるが、雰囲気はU2というよりブルース・スプリングスティーン寄り。#7『Dublin in Ecstasy』なんて若々しくてフレッシュなウォー・オン・ドラッグスみたいな感じ(笑)。というところでキーボードだとは思うが、ピアノやオルガン、シンセのフレーズを効果的に使う柔軟性もあり、今後まだまだ良くなっていく予感大である。

一方でシンプルな#8『When I Have Her on My Mind』も最高にカッコよく、いわゆる誰にもできそうで誰にもできないリフで最後まで押し切れてしまえるのはセンス以外の何ものでもない。ソングライティングは誰かメインの人がいるのだろうが、クレジット的には全員となっていて、この辺りの実直さも好感度は大きい。プロデュースは外部ではなく、バンドのドラマーのようだし、これからもバンド全体でいろいろ学んで着実に成長していきそう。

レディオヘッドやアークティックモンキーズみたいな独自路線へ向かうわけでもなさそうだし、The1975のように派手なところへ振れるわけでもない。アイルランド出身ということですが、同じ英国という括りで見れば、英国ならではの少しの湿り気とグッド・メロディが持ち味の、ウェールズ出身の国民的バンド、こちらも実直なステレオフォニックスに近いのかなと思います。フォニックスのように息の長い活躍を期待したい。

This Is Why / Paramore 感想レビュー

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『This Is Why』(2023年)Paramore
(ディス・イズ・ホワイ/パラモア)
 
 
6年ぶりの新作。振り返れば、バンド名を冠した2013年のアルバム『パラモア』は全米1位になり、そこからのシングルでグラミーも獲り、さぁしばらくはこの調子でと思いきや、そこに安住せずサウンドを一新。その次の『アフター・ラフター』(2017年)ではカラフルなポップ路線へ舵を切り、さらにヘイリー・ウィリアムスの2020年のソロ作『ペタルズ・フォー・アーマー』では更に目一杯方向転換。実験的でミツキばりのダークな世界観という極端な振れ幅でしたが、そうした取り組みを経ての本作は、キャリアを総括する現時点での最高傑作と言ってよいのではないでしょうか。
 
特にソロとはいえ、メンバーがほぼ参加した『ペタルズ・フォー・アーマー』での成果が大きいかなとは思います。あそこでそれこそビッグ・シーフがやりそうなレディオヘッドばりのサウンドとか、ビリー・アイリッシュやミツキのようなダークさ。初期からのファンには不評だったとは思いますけど、ああいう挑戦をやり切ったことで、新しいパラモアとしての骨格が再構築されていったのかなと思います。
 
もともと良いメロディーを書く人たちでしたけど、パラモアにしか出せないオリジナリティ、例えば、#4『C’est Comme Ça』はポップなフックで耳に残るインパクトを残しつつ、ヴァースの部分は低いトーンのリーディングという、普通ならいびつな構成をごく自然な形で落とし込める能力を得たというのは非常に大きいです。その上で、音楽性云々には言及しなさそうな普通の音楽リスナーが喜ぶキャッチーさはちゃんと保持したままというのは理想的な進化ですね。
 
言葉もうまい具合に転がっていて、今まではこんなに韻を踏んでた印象はないのですが、言葉の載せ方ひとつとっても練度が上がっているような気はします。切ない#5『Big Man, Little Dignity』もホントいい曲でそのまま終わってもよいのでしょうけど、アウトロで冴えたアレンジが何気なくサッと入ってくる。ホント、隅々まで目の行き届いた丹念なアレンジだと思います。
 
若くして人気が出たバンド故にいろいろな苦労があったようですけど、へこたれずに前を向き続けた、何かにおもねることなく探求心を持ち続けた。バンドのアイデンティティーもしっかり積みあがって、いいバンドの一つから、他に比類のないバンドになったのではないでしょうか。