『荒木飛呂彦原画展 JOJO 冒険の波紋』in 大阪 感想
大阪は天保山、大阪文化館で開催中の『荒木飛呂彦原画展 JOJO 冒険の波紋』へ行きました。ジョジョと言っても僕は第5部までしか読んでないので、いっぱしのジョジョラーとは言えない半端者なのですが、いやいや半端者こそジョジョラー、こりゃ行かにゃならんだろと。大阪での開催は2018年11月25日~2019年1月14日なので、グズグズしてると学生さんたちが冬休みに入ってしまう。たださえ混んでそうなので、慌てて行くことにしました。
行って思ったこと。想像以上のボリュームでした。大阪文化館には行ったことがなかったのですが、海遊館の横だしどうせ小ぢんまりした会場での小ぢんまりした展覧会だろうと高を括っていたら意外や意外。見どころ満載で、そんなにゆっくり観ていた覚えはないのですが全部観るのに2時間以上はかかりました。素直に行って良かったです。
とにかく原画がいっぱい置いてあって、荒木先生は原画展なのでライブ感を楽しんで欲しいと仰ってましたが、実にその通り。例えばジャンプ掲載時の原画には下描きが透けて見えてそのまま。僕は漫画の世界に疎いのでよく分かりませんが、薄い青の色鉛筆のようなもので、下描きをしていて(青だと印刷時に写らないからかな?)、そのラフな幾つかの線が躍動感を醸し出していて、で近づいて見ると結構修正液で修正してるんですね。これがかえってリアリティーを出していて、やっぱり躍動感、絵が生まれていく生々しさが表れていました。
展示の流れも良かったですね。導入部があって、ジャンプ掲載時の原画があって、カラー原画があって。ジョジョ漫画の論理的な解説もあり、最後にクライマックスというかドカンと縦2メートルぐらいの描き下ろしカラー原画が部屋を囲むようになんと12枚!!流石偉大な漫画家というか、起承転結がちゃんとあって飽きさせない趣向が凝らされているなと。荒木先生が今回はベスト・オブ・ベストを出したと語っていたようにホントにずっしりとしたボリュームの展覧会でした。
で今言ったように始めに導入部があって、そこで先ず我々は「ドドドド~、ジョジョ展に来たぜぇ~」てテンションが上がるわけですが、色んなパターンの原画を観て最終的には「荒木先生スゲェ!」ってなる。恐らく多少なりとも絵が好きな人であれば、ジョジョ自体を知らなくても圧倒的な画力にひれ伏してしまう。やっぱ荒木先生の絵の力は相当なものなんだと。色彩感覚は相当なものなんだと。そこは改めて思いましたね。
だからジョジョの世界というか、ここはもう荒木先生の世界と言うべきでしょうね。大衆漫画ですから面白くてナンボなんですが、そういうコマーシャルな部分よりもむしろ作家性がバーンッ!と来る。石の塊みたいな物量でゴゴゴ~ッとこれが荒木・ザ・ワールドッ!みたいに来る。荒木飛呂彦という作家の個性が全面に表れていて、でもこれ、実は作家として当たり前のことですよね。僕は詩が好きですから詩人で例えますが、茨木のり子さんにしても吉増剛三さんにしてもその言葉は圧倒的に茨木さんで圧倒的に吉増さんですから、そこは僕個人としても凄く刺激になりました。
あと、さっきも言ったように下描きなんかの展示もありますから、創作の一端が垣間見える部分もありまして、そこは非常に興味深かったです。有料ですが荒木先生の音声ガイドもあり、裏話も聞けたりするのでなかなか面白いです。ガイドの中身はネタバレになるから書きませんが(笑)。
とにかく初めから最後までジョジョ、ジョジョ、ジョジョ。ジョジョ展なんで当たり前ですが、僕としてはジョジョ展というより荒木飛呂彦という一人のアーティストの絵画展という印象を強く持ちました。単純ながら「オレも絵を描きてー!」と思わせるような圧倒的な波紋のエネルギーというか刺激を与えてくれる展覧会で、荒木先生がライブ感を楽しんで欲しいって言ってたのはそういうことだったのかもしれないですね。人に何かしらの意欲をかき立たせる、触発させるっていうのは優れたアートの一つ条件ではないかなと。そこは改めて感じました。
映画『シェイプ・オブ・ウォーター』 感想レビュー
フィルム・レビュー:
『The Shape Of Water/シェイプ・オブ・ウォーター』〈2018年)
なんだか試されているような映画だ。僕は全てに等しくありたいと
具体的に考えてみる。もし、僕の子供たちが大きくなって、身体に
折りもおり。僕はアジアのとある地域にいた。たかが3日ほど
この映画には人間ではない生き物が出てくるが、それは単に生き物
この映画でも主人公たちは一瞬たじろぐ。けれど主人公とその友人
しかしこの映画にはそうではないない人たちも登場する。心安いパ
僕は全ての人に等しくありたいと思う。けれど今のところはそうい
僕たちは想像する。一方で想像しきれないこともある
人と人とは本来そういうものなのだとリセットしつつ、分からない
綻び
ポエトリー:
『綻び』
君は明日をつかまえた
僕はこころなしか遠くなった
手首には跡が残った
言葉は行ったり来たりして声が残った
冷たい空気に気付いたから
ここに来てからの日々を想う
意味は昨日からやって来た
答えを用意していた
大人しく黙って見ていた
瞼が重くて仕方がなかったが
明け方、用意した答えをそのままに
贅沢なワインの口を開けた
で、どうする?
君は人生の意味を問いかける
形を正確になぞれるか
感受性は試される
神経質な縫い目を合わせたがっているな
2015年4月
この世界の片隅に/こうの史代 再読 感想
ブック・レビュー:
『この世界の片隅に』 こうの史代 再読 感想
『この世界の片隅に』をもう一度読みまして。もう一度って言っても前読んだ時からまだ1ヶ月ぐらいしか経ってないんですけど、まぁそれでも1度目ではよく分からなかったところがなんとなく、あ~そうなんかねぇ~ぐらいにはなったような気もして、やはり2度目だと落ち着いて読めたのかなぁなどと思ったりもしています。
1つ目。これは皆もそう思ったかもしれないですけど、やっぱ哲さんのくだり。よく分からないですよね~。ちょっと説明しますと、すずさんの幼馴染に哲さんて方がいて、この人は水兵さんなんですけど、休暇ということですずさんの嫁ぎ先にふらっとやって来て、ていうか確信犯的にやって来るんですけど、この人が子供時代以上に馴れ馴れしくてですね、「すず、すず」って呼び捨てにするぐらいなんですけど、じゃあ今日はすずの家に泊めてもらおうか、なんて言うわけです。そこですずさんの夫である周作さんがですね、「今日は父がおらんですけぇ、私が主です。あなたをお泊めするわけにはいきません」みたいなことを言いまして。ここで読者は、おぉよう言うた周作さん、それでこそ周作や、なんて思うんですが、ところが周作さん、離れというか物置に追いやった哲さんとこへすずさんに行火なんか持たせて、あっちは寒いから持って行ってやれなんて言うんです。あかんっあかんっ、そんなん離れに二人きりにしたらあかんやんか!なんてこっちは思うわけですけど案の定哲さんはすずさんに言い寄りまして、おぉ~っ、お前ら何しよんね~ん!って展開になるわけです。結局すずさんが、うちは周作さんが好きですけぇみたいなことを言って事なきを得るんですが、それにしてもですよ。おい、周作!あんた何で大好きなすずさんを差し出すような真似やったんやって思うわけです。
ただこれがですね、読み返してみるとなんか分かるような気がしてきまして。だって周作さんにしたってすずさんが好きで、何も知らんすずさんを無理やりって言ったらあれですけど、もしかしたらすずさんにいい人がおったかもしれんけど、それを嫁に貰ったわけで、そういう意味じゃ周作さんには負い目みたいなのがあるわけです。で哲さんとすずさんは幼馴染で傍で見てたら仲がいいのは分かるし、哲さんは水兵だからいつ死ぬか分からんし、わざわざすずさんのところに来たってのは今生の別れを言いに来たんだというのはそりゃ誰にだって分かるし。それが周作さんの優しさって言ったらそんなの優しさじゃねぇなんて言われそうだけど、自分の負い目もあるだろうけど、すずさんと哲さんのこと考えたら周作さんは人の気持ちに敏感な人だからついそうするのが一番いいんだなんて。他人から見たら絶対いいわけないんですけど、当事者はですね、周作さんはすずさんが好きだからそういう時はそう考えてしまうもんなんですよ。
ていうかこの行ったり来たりな頼りない男の微妙な心情をこうの史代さんはよく描けるなと。表情もそうですけど、微妙な心の動きをホントに丁寧に描くんですね。だからやっぱこうの史代さん自身も他人の感情に敏感な人なんだろうな~と勝手ながら偉そうに思ったりしました。
あと終盤の方で義姉の径子さんがすずさんに、あんたの居場所はここなんやからここにおったらええ、みたいなことを言うのですが、2度目読んだ時にはここが凄く印象に残りました。すずさんなりに思い悩むところがあって、でもそれは夫である周作さんにも十分に分かってもらえずに、そこでキツイ性格の径子さんがすっとすずさんに吐くセリフがね、全然ドラマチックじゃないところがまたええですよねぇ。
でまぁそういうところを見ていくと、こうの史代さんはやっぱり詩人だなぁと。これは中盤の話だったか、土手ですずさんが海というか軍用艦を見ていて、そこへ周作さんが仕事から帰ってきて、落ち込んでいるすずさんの頭を撫でようとするんですね。でもすずさんは周作さんの手を振り払う。周作さんは撫でようとする、すずさんは振り払う、そんなことを繰り返す描写があって。で後で分かることなんですが、実はすずさんの頭には10円禿げができていたっていうオチがつくんですけど、でも本当はね、もしかしたらすずさんが周作さんの手を振り払ったのは10円禿げがバレるのが嫌だったというよりも、別の意味があったんじゃないかって、そういう行間があるんです。
だからあらゆる場面でそうなんですけど、こうのさんはこの辺をクドクドと説明したりしない。絵でもって、前後の動きでもって表現するんですね。だから読む人によって色んな解釈が出来る。読む場所や時によって違う見え方がする。つまりはポエジーなんです。世の中には言葉で説明できないものがあって、それを言葉で説明するのではなく、ポエジーという目には見えないものを立ち上がらせることで過去にあった情感や思いを現出させるやり方がある。言葉では説明できないものを表現するのが詩人であるならば、こうのさんも詩人なのだと僕は思いました。
てことで2回も続けざまに読んだんで、まぁしばらくは読まないかなと。といいながら、来年には映画の再編集版が上映されるそうで、僕は「片隅」ビギナーなんでスクリーンではまだ一度も観たことがなく、再編集版であろうと何であろうと今から楽しみで仕方がないんだけど、そん時にはまたこの原作を読み返すかもしれないなぁと。そんな具合にして、結局この物語はいつまでも終わらないものなんだと思います。
Love Me/ Love Me Not Honne 感想レビュー
洋楽レビュー:
『Love Me/ Love Me Not 』(2018)Honne
(ラブ・ミー/ラブ・ミー・ノット /ホンネ)
ホンネ、2枚目のアルバム。ロンドン出身のエレクトロ・デュオです。そうです。ホンネとは日本語の‘本音’のことです。自身のレーベルが‘Tatemae Record’だそうで、インナースリーブには‘recorded at Tokidoki Studio’なんて文字もあったりして、随分と日本をご贔屓にしていただいているようです。有り難いことですな。まぁ日本に限らず、シングルの#2『Me & You』のPVでは韓国を舞台にしているぐらいですから、東アジア全般が好きなんでございましょうなぁ。
サウンドはとってもクールでオシャレなエレクトロ・サウンド。ソウル・テイストな曲に平熱感のボーカル。けれどしっかりフックが効いているから耳にすご~く残ります。それでも巷のヤングメンみたいにやたら盛り上げることはありませんから、私のようなクールな大人にぴったり。と行きたいところですが、夜の東京、ホテルのバーでオシャレに夜景を眺めるなんてしたことねー。
しかしまぁ、アレンジが絶妙やね。#1『I Might』にしても#9『Shrink』にしても、さぁここからサビだってとこで逆にクール・ダウン。でもそれがかえって心地よくって疲れないというか、ほら、すっごくキャッチーな曲でも強調され過ぎると疲れるでしょ?日常生活ってそんなしょっちゅうテンション高くないし。だからこうやって地味~なサウンドで大きな起伏なくすうっと来られるのが一番落ち着くし、変化のない毎日でもずーっと聴いていられるのです。
と言ってもただひたすら地味にって訳じゃなくちゃんとアクセントを効かせていて、背後で控えめにいいフレーズが流れているんですね。だから目をつむって耳を澄ませて、ゆったりしながら聴くってのがホントに決まるっていうか、やっぱ静かな夜の音楽なんやね。それはサビの「ガラッガラッゲッ、バックトゥユー♪(gotta gotta get back to you)」が耳に付いて離れないアルバム随一のキャッチーな曲、#7『Location Unknown』でも変わりません。背後でずっとオシャレなリフが鳴っているのもツボやね。だからいい気分になる。やっぱ日本好きといい、この人達はニッチなところを突いてくるのが好きなんやね。
そうそう、#6『306』なんてエレピ好きの私にとっちゃたまりません。中盤でのフェンダー・ローズかな?との独唱パートは最高やね。全編通してフィーチャーされているのはハモンド・オルガンでしょうか?引き算が得意の彼らではありますが、ここはオレのためにもっとエレピをグイングイン言わせてくれ~。
ほんと、控えめな落ち着いた音楽ですから、聴く場所を選びません。てことで、大人の夜の音楽と言いながら、私、休日の真昼間からリビングで流しているので、このところ「ガラッガラッゲッ、バックトゥユー♪」が脳内をループしまくっているマイ・ファミリーでございます。
tracklist:
1. I Might
2. Me & You
3. Day 1
4. I Got You
5. Feels So Good
6. 306
7. Location Unknown
8. Crying Over You
9. Shrink
10. Just Wanna Go Back
11. Sometimes
12. Forget Me Not
日本盤ボーナス・トラック
13. Just Dance
14. Day1 (Late Night Version)
15. Sometimes (Light Night Version)
映画『ボヘミアン・ラプソディー』感想レビュー
フィルム・レビュー:
『Bohemian Rhapsody/ボヘミアン・ラプソディー』(2018年)感想
クイーンとはフレディ・マーキュリーのことだと思っていたが、そ
圧巻は巷の噂どおり、ラスト21分のライブ・エイドの再現。CG
ただ通常のライブ映像のように単純にオーッ!となったかというと
難点というか、ひとつ気になったのは、ホントにフレディは普段か
映画でも契約の前にお前たちはどんなバンドかと聞かれて、フレデ
その辺は時間の制約もあるし、なんだかんだ言ってフレディはスー
あとちょっと駈け足になってしまうけど、彼のパーソナリティーは
今も尚、ブライアン・メイとロジャー・テイラーの二人はゲスト・
映画にもあったように、始まりはブライアン・メイとロジャー・テイラーの二
とまぁ、観る人によって感じるところは色々あるとは思いますが
Fairytale of New York/Pogues 感想レビュー
洋楽レビュー:
『Fairytale of New York』(1987年)The Pogues
(ニューヨークの夢/ザ・ポーグス)
12月です。クリスマスです。皆さんはクリスマス・ソングと聞いて思い浮かべるものはありますか?僕が真っ先に思い浮かぶのは「レリッ、スノ~、レリッ、スノ~、レリッ、スノ~♪」ですね。映画『ダイハード2』のラスト、ジョン・マクレーンとホリーが再会する印象的な場面でかかるこの曲の正式名称は『Let It Snow』。歌詞の内容は恋人との別れを惜しむ気持ちを、文字通り「Let it snow, Let it snow, Let it snow(雪よ降り続いて」という言葉で表現しています。1946年に米国で作られ、以来多くの歌手により歌い継がれています。『ダイハード2』ではフランク・シナトラだったかと思います。
日本で言うとやはり山下達郎の『クリスマス・イブ』でしょうか。「きっと君は来ない~」ですよ(笑)。でもこの歌はここがミソ。最後に「叶えられそうにない」と歌うように恐らく君は来ないのでしょう。でももしかしたら来るかもしれない。君に会えるんじゃないかと。そういう期待を微かに持っている。そういう弱々しい歌なのだと思います(笑)。でもみんな、そういう経験ありますよね?この微妙なニュアンスを言葉で説明せずに曲全体の雰囲気で響かせる山下達郎さんは流石です。
世界的に最も有名なのはやはりジョン・レノンの『Happy Cristmas(War Is Over)』かもしれません。お金持ちにも貧しい人にも、どんな人種の人にも、もっと言えばクリスマスなんて知らない人にも等しくクリスマスは訪れる。だからもう戦いなんてやめようよ。そんな歌ではないでしょうか。「Marry Cristmas」の後に「and Happy New Year」と続くところがいいですね。この言葉が加わることで肯定感や希望が増してくる。光がポッと射してくるような気がします。
今お話しした3曲はいずれも超有名曲。けれど今から紹介する曲をご存知の方はいらっしゃるでしょうか。ザ・ポーグス(Pogues)の『ニューヨークの夢(原題 Fairytale of New York)』です。ザ・ポーグスはアイルランド人ボーカリスト、シェイン・マガウアン(Shane MacGowan)を中心にロンドンで結成された、アイルランド民族音楽とパンクロックを融合したアイリッシュ・ロック・バンド。なんのこっちゃ分からないと思いますが、北欧やなんかの酒場でアコーディオンとかフィドル(バイオリンのこと)とか首から下げた太鼓なんかで賑やかに音楽を奏でる場面ってのをたま~にテレビで見かけませんか?あれですあれ。通常のバンド編成プラス、あーゆう感じという具合に想像していただければよいのですが、ま、この曲を聴いてもらうのが一番ですね(笑)。
さっきわざわざアイルランド人ボーカリストって述べましたが、それには理由がありまして、この歌は所謂ストーリーテリングの手法が用いられているんですね。で登場人物がニューヨークへやって来たアイルランド移民なわけです。冒頭、酔っぱらって留置場へ入れられた男はそこにいる先客の老人が「The Rare Old Mountain Dew」を歌っているのを耳にします。これはアイルランドの地名が沢山出てくる歌で、男は、あぁこの泥酔してぶち込まれた老人もアイルランド人だなと悟るわけです。そして「あれはクリスマス・イヴだったな」とちょっとばかり昔を思い出すのです。
若い頃に男は愛する女とアメリカに移民してきます。男には夢があり、女にも夢があった。男は格好よく女は可愛らしかった。この辺りがさっき言ったアイルランド音楽っぽい賑やかな雰囲気で奏でられます。しかし現実はそう上手くは行かない。2番の歌詞では年老いた二人が、こんなになったのはお前のせいだと互いに口汚く罵り合います。そうそうこの歌はデュエットです。シェイン・マガウアンとこの時のポーグスのプロデューサー、スティーヴ・リリー・ホワイト(←U2やデイブ・マシューズ・バンドなんかを手掛けた当時の敏腕プロデューサーです)の奥さん、カースティー・マッコールが女性部分のボーカルを担当しています。このデュエットというか掛け合いが素晴らしいんですね。二人とも登場人物にぴったりの声。ミュージカルみたいでテンポよく、ちょっと芝居がかった感じがとてもいいのです。で最後のヴァースでは落ち着きを取り戻した二人がぽつりと本音を語り合う。語り合うって言ってもそんなハッピーな話じゃないんですけど、老境にさしかかった二人の関係がね、決して感動するとかっていうんじゃなく、でも心に響くんですね。まぁこの辺は実際に聴いてもらって人それぞれ、年代によって、性別によって、環境によって思うところは色々あるんだと思います。
ところで、この曲はコーラスのところでもアイルランドの有名な曲が出てきます。ニューヨーク市警の聖歌隊が歌う『Galway Bay』です。だからこの人達もアイリッシュなんだというのが分かるわけです。要するに、多くのアイルランド人が新天地を求めてアメリカ大陸にやって来るものの、実際にはそんな簡単にいい職にありつける訳じゃなく、あるとすれば危険な仕事ばかり。だから警察官もアイリッシュが多かったらしいのです。僕たち日本人にはなかなか分かりにくい所かもしれませんが、日本でも入管法の議論がなされていて、まぁはっきり言って移民ですよね。そういう意味では今後この曲の世界は僕たちにとっても真実味のある曲になっていくのかもしれません。
少し話が逸れましたが、本当に素晴らしいクリスマス・ソングです。ちなみにこの曲はイギリスでは国民的なクリスマス・ソングらしく、毎年この時期になるとチャートに上がってくるそうです。まるで達郎さんの『クリスマス・イブ』ですね。日本でもこの歌を好きな人はたくさんいて、グーグルで検索すると僕みたいに、というか僕以上に上手に語っている人が沢山いて、ホントに愛されている歌なんだなと。僕は何年か前にラジオでこの曲を聴いて、以来、毎年この時期になると必ず聴いています。もっと多くの人にこの歌が行き渡っていくといいなと思っています。
I See You
ポエトリー:
『I See You』
人は生きているうちに何度か真実に触れる。
女に会ったとき、男にはわかった。
太陽が昇るのと同じぐらい自然なことだった。
男に会ったとき、勘のいい女はわかった。
私はこの人にとって特別なのだと。
ふたりの知り合いに美しい人がいた。
あの子フリーだよ。
女は男が自分に気があることを知ってわざとそんなことを言ったりした。
ある年の冬、最初に扉を叩いたのは女だった。
ふたりで旅行の計画を立てた。
暖かい春の日、知らない街を歩いた。
知らない人に写真を撮ってもらった。
夜、月の光がふたりを照らした。
男はまだきちんと自分の気持ちを伝えてはいなかった。
ある日女は言った。
ふたりはもう始まっているのかと。
男は言った。素直な気持ちままを。
ふたりは駅でよく待ち合わせをした。
男はいつも階段で少し斜めになりながら待っていた。
女はいつも小走りで少し遅れてやってきた。
夏の営みみたいに光が満ちていた。
新しい季節が始まろうとしていた。
夢と現実の波がふたりを襲った。
困難に立ち向かうために必要なことは何だったのか。
秋の深まる夜、最初に切り出したのは男だった。
I See You.
ふたりは永遠に友達でいようと誓い合った。
いつも待ち合わせをしたその階段で、
ふたりは永遠のさよならをした。
初めて会ったときふたりにはわかった。
太陽が昇るのと同じぐらい自然なことだった。
2017年3月
The Bomb Sheltes Sessions/Vintage Trouble 感想レビュー
洋楽レビュー:
『The Bomb Sheltes Sessions』(2012)Vintage Trouble
(ザ・ボム・シェルターズ・セッションズ/ヴィンテージ・トラブル)
このアルバムが店頭に並んだ当時、結構試聴した記憶がある。結局買わなかったのは、派手なのが1曲目だけだったから。ま、試聴レベルじゃそんなもん。で時を経て2014年、サマソニである。もう圧倒的なパフォーマンス。これだけの人たちが作ったアルバムなんだから、おかしなはずはない。ということで即購入。といきたかったが、当時そう思った人が結構いたみたいで、Amazonやなんかでは全て売り切れ。唯一タワレコに国内盤があったので、急ぎ購入した記憶がある。ホントはDVD付きの限定盤が欲しかったんだよな~。
ここで鳴らされるのはいたってオーソドックスなロックンロール。いや、というより、もっとベーシックなR&Bとかソウルとかを基調としたロックンロールというべきか。確かに#1『Blues Hand Me Down』のようなシャウトするロックンロールも恰好いいが、このアルバムの売りは#4『Gracefully』や#7『Nobody Told Me』といったスロー・ソングにもある。ゆったりとばっちりツボを突いてくるバンドの演奏と、ソウルフルなタイ・テイラーのボーカル。生き物のように命が宿っている感じがとてもいい。#7『Nobody Told Me』の詞がまたいいんだな。
この手の音楽の場合、どうしても聴き手を選ぶというか間口が狭くなってしまうきらいがあるけど、ライナーノーツを読むと彼らのフェイバリットはキャロル・キングの『つづれおり』やU2の『ヨシュアトリー』やダニー・ハサウェイの『ライブ』やジェフ・バックリーの『グレース』といった超有名盤ばかり。名うてのプレーヤーたちだけど、そう聞くと親近感が湧いてくるでしょ。マニアックな人たちかと思いきや、大衆性があるのはこうした嗜好があるからかも。
難しい顔してややこしい音楽聴いてんのもいいですが、たまにはこーゆー身も蓋もないロックンロールもいいんじゃないでしょうか。ちょっとお疲れのあなた、#1『Blues Hand Me Down』を聴いて熱くなりましょう!
Track List:
1. Blues Hand Me Down
2. Still And Always Will
3. Nancy Lee
4. Gracefully
5. You Better Believe It
6. Not Alright By Me
7. Nobody Told Me
8. Jezzebella
9. Total Strangers
10. Run Outta You
(ボーナストラック)
11. Love With Me
12. Nancy Lee(LIVE)
13. Come On By
14. Total Stranger(Round2)
15. World Is Gonne Have To Take A Turn Aroud
16. Nobody Told Me(LIVE)
「カモン、ベイビー、アメリカ」とは思えない
その他雑感:
「カモン、ベイビー、アメリカ」とは思えない
別に水を差す訳じゃないですが、僕はやっぱり今の状況に対し、「カモン、ベイビー、アメリカ」とは思えない。
基地問題があって、どう考えたって民主的とは言えないトランプがいて、それでも僕たちは「アメリカ、サイコー!」と歌いながら平成最後の大晦日を過ごすのだ。なんだかタチの悪いジョークみたい。僕たちはもう少し批評的になってもいいんじゃないだろうか。
沖縄出身の歌手が「カモン、ベイビー、アメリカ」と陽気に歌うことに対して、沖縄の人たちはどう捉えているのだろうか。夏に沖縄知事選があって、件の歌手にだって思うところはあったはず。彼はこの歌にどのような意味を込めているのだろう。
ただの歌なんだし、そんな目くじらを立てるようなことじゃないと言う人もいるだろうけど、僕はやっぱりスッキリとしない。僕だってアメリカの文学や音楽や映画が大好きだ。けど今は素直に「カモン、ベイビー、アメリカ」とは思えない。