自由の岸辺/佐野元春 感想レビュー

 

『自由の岸辺』(2018年)佐野元春

 

僕は割と物持ちのいい方で、幸い体型も若い頃とさほど変わらないから、10年以上前に買ったジーンズを未だに穿いたりしている。流石にデザイン的に古くなったものは処分するが、世間には仕立て直して代々引き継ぐなんてのもあって、まぁそういうものはそれなりの価値があるものだろう。そういえば姉が成人式で着た振袖は母のものを仕立て直したものだし、うちの娘が着た七五三の晴れ着も確か姪っ子のものを仕立て直したものだった。

この『自由の岸辺も』も言ってみればそのようなイメージで、年月を重ねた今の体型にそぐう形に仕立て直されたアルバムだ。したがってカバー・アルバムにありがちな、昔のアレンジはちょっとアレだから今風のサウンドに手直ししましたというのとは異なる。アーシーでより直接性を帯びたサウンドを聴けば、本作が現代の解釈で練り直されたリ・クリエイト・アルバムだというのが分かってもらえるだろう。

芸術とはまだ起きていない事を形にするものだとは誰が言った言葉だったか。優れた作品というものは時代を超える。本作にも今の時代に照らし合わせても、いや年月を経た今だからこそかえって真実味を帯びている曲がある。例えば『メッセージ』。2000年の曲だが、不穏な時代の今にこそよく響く。原曲では快活に「How you going to read this message? (君ならこのメッセージをどう読み取る?)」と歌われる歌詞は、よりテンポを落とした落ち着いたトーンで「本当の君のメッセージ / 本当の君が知りたいだけ」と視点を変え、日本語に変えて歌われている。この視点の入れ替わりは何を意味するのか。それは非寛容な現代における他者への耳のそばだてを意味するというのは考え過ぎだろうか。

また、1989年の作品『ブルーの見解』は、分かったような口を聞く「放課後の教師」のような存在に対し、「俺は君からはみ出している」と辛辣に言い放つ曲。これこそSNS時代の今ならではのリアリティーを感じる曲だ。曲調はファンクでアップテンポ。性急さと共に、「俺は君からはみ出している」のはもう当然だろ?とでも言うような居住まいはやはり2018年だ。

前回のリ・クリエイト・アルバム『月と専制君主』(2011年)は‘君の不在’がテーマだったが、本作は‘そばにいるよ’という優しいメッセージがテーマとなっている。オープニングを飾る『ハッピーエンド』はその典型。新しくラテン調のリズムを纏ったこの曲は原曲の溌剌さではなく、優しく語りかけるように「そばにいるよ」と歌う。続く『僕にできること』もそうだし、基本的には最終曲の『グッドタイムス&バッドタイムス』まで穏やかなトーンで占められている。このアルバムはやはり、「一緒にランチ食べよう」と歌う『エンジェル・フライ』でも顕著なようにコミュニティの中で好むと好まざるに関わらずアウトサイダーになってしまう人々の存在が強く意識されているのではないか。それが全体としての優しいトーンに繋がっているようにも思うし、2018年という時代性とも繋がっているように思う。

しかし全体としてはそのような優しいトーンであるにもかかわらず、アルバム・タイトル曲として、80年代に作られどのオリジナル・アルバムにも収録されていない隠れた曲、『自由の岸辺』を持ってきたというのにはわけがある。優しいだけではなく、時代への危機感や明確な意思が働いていることも聴き手には訴えかけてくるだろう。

このアルバムは原曲では英語になっている箇所が日本語に置き換えられていたり、歌詞そのものが変更されている箇所がある。原曲に馴染んだ手前、変更された歌詞に異物感を感じてしまうところもあるが、勿論作者はそれも織り込み済みであろう。そうした遺物感から生まれる揺らぎを作者は提示しているのかもしれない。

僕は物持ちがいい方だ。出来れば気に入った服は長く愛用したい。中には長く着ていないけど、気に入っているので処分できずにずっと仕舞われたままのものもある。ところが何を思ったか、今の時代にぴったりそぐう時があって再び袖を通す時が訪れる。それはやはり嬉しいことだし、少しだけ誇らしい気分にもなる。音楽家だって同じこと。過去に書いた曲であっても今の空気に触れさせたいと思うのは当然だ。新しい空気に触れて、その音楽はまた新しい色艶を手に入れる。そういう音楽の在り方は素敵だと思うし、聴く方も勿論楽しい。

 

Track List:
1. ハッピーエンド
2. 僕にできることは
3. 夜に揺れて
4. メッセージ
5. ブルーの見解
6. エンジェル・フライ
7. ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
8. 自由の岸辺
9. 最新マシンを手にした子供たち
10. ふたりの理由~その後
11. グッドタイムス&バッドタイムス

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