洋楽レビュー:
『Colors』(2017)Beck
(カラーズ/ベック)
『100分de名著』という番組をほぼ毎週観ている。今月の名著はラッセル『幸福論』。哲学というほど堅苦しくはなく、哲学エッセーとでもいうような実生活に根差した幸福論で、現代に生きる我々にもピンと来る実践を踏まえた哲学書だそうだ。ラッセルの幸福論の大きな特徴は究極のポジティブ思考。例えて言うと、自分の欠点なんて忘れてしまえとか、自分の事より外に目を向けろ、てな具合。
っていうのを観てるとつい最近聴いているベックの新譜『カラーズ』を思い出した。もしかしたら『カラーズ』はベックの幸福論なんじゃないかって。
ベック、通算10枚目のアルバム。びっくりするぐらいポップなアルバムだ。まるでどこかのフランス・バンドみたいな多幸感。フレンドリーな曲のオンパレード。どうしちゃったのベック、って感じ(笑)。
今回のアルバムは前作の制作時、2013年から創作を進めていたようで、何度も練り直したすえにようやく出来上がったアルバムだそうだ。ということはこの1、2年の世界の動きどうこうということではなく、もう少し前からのベックの世の中に対する認識が含まれているということになる。
ベックなら上手くいっているとは言えない僕らの世界についていくらでもそれらしい言葉を紡ぐことが出来るだろう。けれど彼はそうしなかった。90年代を通してずっとメインストリームではなく、オルタナティブな視点で歌を歌ってきた彼の経験、思索が導き出した答えは眉間にシワを寄せて憂いを憂いとして歌うとこではなく、世界はもっと上手くいくはずなのに、僕たちはもっと仲良く出来るはずなのにっていう一見バカみたいな幸福論。けどそれはバカに出来るものではない。ずっとメインストリームに対するカウンターとして戦ってきたベックの生きこし方に裏打ちされた生硬な幸福論なのだ。
このアルバムを初めて聴いたとき、僕は優しいアルバムだなと思った。彼はインタビューでマイケル・ジャクソンやスティービー・ワンダーのような全てを包み込むアルバムを作りたかったと答えている。誰も排除しない、聴き手を選ばない開かれた音楽。聴いているとそんな彼の意図がはっきりと伝わってくる。
今回のアルバムは優しい。もちろん優しさだけでは何も解決しない。そんなことは誰だって分かっている。けれど本当の自由を手探りで求め続けてきたベックが、今はみんなの音楽が作りたいと欲したその勘に僕らは耳を傾けてみてもいいのではないか。信じてもいいのではないか。
僕はアジアのあの人もヨーロッパのあの人もアメリカ大陸のあの人もアフリカのあの人も僕も友達も知らない人も知ってる人もみんな一緒になって語り合い『セブンス・ヘブン』や『ノー・ディストラクション』を聴きながらダンスするのを夢想する。そしてこのアルバムを聴いた多くの人たちもまた、僕と同じではないかもしれないけれど、人種や思想や宗教を越え共に踊る姿を夢想するだろう。それは愚かなことだろうか。
これはベックの『幸福論』だ。楽観的過ぎると言う人もいるかもしれないが、僕たちはもう内に籠って憂いてばかりではいられない。いいことを考えよう。それは決して意味のないことではないはずだ。人生にはいいことも悪いこともある。いたずらに自己に没頭することなく、逆に殊更アッパーになり過ぎることもなく、いいことは素直にいいと祝福する。これはそんな地に足の着いた『幸福論』に裏打ちされた、時の風化も肯んじえない全く正統で強固な全方位型ポップ・ソング集だ。
1. Colors
2. Seventh Heaven
3. I’m So Free
4. Dear Life
5. No Distraction
6. Dreams
7. Wow
8. Up All Night
9. Square One
10. Fix Me