今、何処 / 佐野元春(2022年)全曲レビュー

『今、何処 / Where Are You Now 』(2022年)全曲レビュー
 
 
1. オープニング / Opening
不穏なシンセとピアノの重い響きは私たちの心象風景。ラストに微かに聴こえるピアノの律動はよい予感?それとも悪い予感?このアルバムの特徴である両義性を端的に示す曲。クレジットを見ると唯一2022年にレコーディングされたものであるが、この曲がここに入ることでこのアルバムは完成したのだと強く感じさせる曲。
 
2. さよならメランコリア / Soul Garden
オープニングでの律動をドラムが雷のような推進力に変換する。沈みゆくこの国。私たちだっていつ坂を転げ落ちるか分からない。その憂いを反動にして佐野は言う、「ぶち上げろ魂」と。それでも最後には「愛してもいい事」や「信じてもいい事」をこの胸にと歌うのはまさしくブルース。最後まで落雷のようにぶっ叩くドラムが最高だ。
 
3. 銀の月 / Silver Moon
「そのシナリオは悲観的すぎるよ」とは誰に向けられたものか。当然、この認識は「さよならメランコリア」と通底する。難しい顔をしたところで何も変わらない。ひたすら時は流れ、私たちは歩いていく。銀の月とはこのアルバムで幾度も言及される魂であり涙。とは言え、アルバム屈指のロック・チューン、ここはただラウドに聴きたい。
 
4. クロエ / Chloé
Aメロを飛ばしていきなりBメロのような「彼女が恋をしている瞬間」で始まる不思議な曲。それはさておき、今回のアルバムはそれとしか言いようがない言葉が並び、解説するのが野暮なぐらいだが、この曲も言葉がすべてを言い含んでいる。「彼女が恋をしている瞬間」、「時はため息の中に止まる」が逆もまた然り。
 
5. 植民地の夜 / Once Upon A Time
このアルバムはその両義性を象徴するように、全ての曲に英語のタイトルが付けられている。この曲には「Once Upon A Time」と付けられているが、果たしてそれは本当に「昔、昔」か。一見、不作為に取り付けられた定点観測。これからに思いを馳せ空を見上げる私たちに自由は残されているのか。遠い昔のことではない。
 
6. 斜陽 / Don’t Waste Your Tears
ここで歌われる下り坂とは僕たちが住むこの世界であると同時に私たち自身でもある。あらゆることを知ってしまった今、もう以前のようには踊れない。結局私たちが手に入れたものは何だったのか。その中で「少しずつ過激になってゆく」狂気。それでも、ここで佐野が言いたいのはたった一つのこと。「君の魂 無駄にしないでくれ」。
 
7. 冬の雑踏 / Where Are You Now
今はもう会わなくなった人、会えなくなった人。遠くにいる人、連絡が途絶えてしまった人。街を歩いていると、ふと思い出す。あいつは今、元気にやってるだろうか。つまりそれは、自分も知らない何処かでそんな風に思われているかもしれないってこと。行き交う誰かと誰かの「Where are you now?」。それは生の記憶。
 
8. エデンの海 / White Light
「何もかも溶かしてしまう」閃光とは広島と長崎に落ちた原子爆弾のことか。それは大切なものを一瞬で破壊する悪魔の光。しかしそれは過去の出来事ではない。「私たちの幸運はきっと永遠には続かない」のだから。そのためには私たち自身が光を放ち闇を照らすしかない。「White Light」というリフレインは性急さの表れだ。
 
9. 君の宙 / Love and Justice
あらゆるものが情緒的で、エモいに流されてしまう現代にあって、「国を守れるほどの力はないよ」という言葉にハッとする。ヒロイックな行為も大げさな物言いも要らない。そうだ、佐野はいつでも個と個の関係について言及してきたのだ。「君を守りたい」という思いは個人のもの。そこに余計なものは立ち入らせたくはない。
 
10. 水のように / The Water Song
「ここまでなんとなくやってきた」「死なないように頑張った」とは冒頭の『さよならメランコリア』での言葉。そう、私たちはここまでなんとか生き残ってきた。しかし、生き残れなかった者たちもいる。これから先も何があるのか分からないけど、お互いかける言葉などないのは知っている。言えることはひとつだけ。次に会える日まで、「元気で」。
 
11. 永遠のコメディ / The Perfect Comedy
同じ毎日を繰り返しているようで同じ毎日じゃない私たち。満たされぬ思いを埋めようにも最初からそんなものあったのかどうか。ありもしないものに囚われること自体が生きることかもしれないが、そんなことすら気にしちゃいられない。というのはある意味喜劇。それでもお構いなしに「新しい日がやってくる」。
 
12. 大人のくせに / Growing Up Blue
サビもなく、Aメロだけの曲ではあるが、妙に盛り上がる不思議な曲。これは躍動する佐野の視点とバンドの力だろう。グイグイ押し寄せるアウトロはこの曲の聴き所。佐野の「カモンッ!」が未だ新鮮味を失わないのが素直に嬉しい。大人だってブルーになる。時折、気持ちのいいことを言う人に惹かれるけれど、そんなものはやっぱり要らない。
 
13. 明日の誓い / Better Tomorrow
朝が来たからってすべてがリセットされるわけではない。今日と明日は切り離せるものではない。「夜明けを迎える前にあの人の手を放してしまった」としても夜明けは待ってくれないのだ。今日の喜びと悲しみを道連れに僕たちは歩いていく。たとえ悲しみや苦しみの方が多くとも。そのことが人生に彩を与えてくれると信じて。
 
14. 今、何処 / Where Are We Now
人は何処から来て、何処へ向かうのか。この社会はこの地球は長い歴史の中で今はどの季節にいるのか?生まれてから死ぬまでの二度とない道のり。私たちの命は今、どこら辺り?

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