I See You

ポエトリー:

『I See You』

 

人は生きているうちに何度か真実に触れる。

女に会ったとき、男にはわかった。
太陽が昇るのと同じぐらい自然なことだった。
男に会ったとき、勘のいい女はわかった。
私はこの人にとって特別なのだと。

ふたりの知り合いに美しい人がいた。
あの子フリーだよ。
女は男が自分に気があることを知ってわざとそんなことを言ったりした。
ある年の冬、最初に扉を叩いたのは女だった。

ふたりで旅行の計画を立てた。
暖かい春の日、知らない街を歩いた。
知らない人に写真を撮ってもらった。
夜、月の光がふたりを照らした。

男はまだきちんと自分の気持ちを伝えてはいなかった。
ある日女は言った。
ふたりはもう始まっているのかと。
男は言った。素直な気持ちままを。

ふたりは駅でよく待ち合わせをした。
男はいつも階段で少し斜めになりながら待っていた。
女はいつも小走りで少し遅れてやってきた。
夏の営みみたいに光が満ちていた。

新しい季節が始まろうとしていた。
夢と現実の波がふたりを襲った。
困難に立ち向かうために必要なことは何だったのか。
秋の深まる夜、最初に切り出したのは男だった。

I See You.

ふたりは永遠に友達でいようと誓い合った。
いつも待ち合わせをしたその階段で、
ふたりは永遠のさよならをした。

初めて会ったときふたりにはわかった。
太陽が昇るのと同じぐらい自然なことだった。

 

2017年3月

The Bomb Sheltes Sessions/Vintage Trouble 感想レビュー

洋楽レビュー:

『The Bomb Sheltes Sessions』(2012)Vintage Trouble
(ザ・ボム・シェルターズ・セッションズ/ヴィンテージ・トラブル)

 

このアルバムが店頭に並んだ当時、結構試聴した記憶がある。結局買わなかったのは、派手なのが1曲目だけだったから。ま、試聴レベルじゃそんなもん。で時を経て2014年、サマソニである。もう圧倒的なパフォーマンス。これだけの人たちが作ったアルバムなんだから、おかしなはずはない。ということで即購入。といきたかったが、当時そう思った人が結構いたみたいで、Amazonやなんかでは全て売り切れ。唯一タワレコに国内盤があったので、急ぎ購入した記憶がある。ホントはDVD付きの限定盤が欲しかったんだよな~。

ここで鳴らされるのはいたってオーソドックスなロックンロール。いや、というより、もっとベーシックなR&Bとかソウルとかを基調としたロックンロールというべきか。確かに#1『Blues Hand Me Down』のようなシャウトするロックンロールも恰好いいが、このアルバムの売りは#4『Gracefully』や#7『Nobody Told Me』といったスロー・ソングにもある。ゆったりとばっちりツボを突いてくるバンドの演奏と、ソウルフルなタイ・テイラーのボーカル。生き物のように命が宿っている感じがとてもいい。#7『Nobody Told Me』の詞がまたいいんだな。

この手の音楽の場合、どうしても聴き手を選ぶというか間口が狭くなってしまうきらいがあるけど、ライナーノーツを読むと彼らのフェイバリットはキャロル・キングの『つづれおり』やU2の『ヨシュアトリー』やダニー・ハサウェイの『ライブ』やジェフ・バックリーの『グレース』といった超有名盤ばかり。名うてのプレーヤーたちだけど、そう聞くと親近感が湧いてくるでしょ。マニアックな人たちかと思いきや、大衆性があるのはこうした嗜好があるからかも。

難しい顔してややこしい音楽聴いてんのもいいですが、たまにはこーゆー身も蓋もないロックンロールもいいんじゃないでしょうか。ちょっとお疲れのあなた、#1『Blues Hand Me Down』を聴いて熱くなりましょう!

Track List:
1. Blues Hand Me Down
2. Still And Always Will
3. Nancy Lee
4. Gracefully
5. You Better Believe It
6. Not Alright By Me
7. Nobody Told Me
8. Jezzebella
9. Total Strangers
10. Run Outta You
(ボーナストラック)
11. Love With Me
12. Nancy Lee(LIVE)
13. Come On By
14. Total Stranger(Round2)
15. World Is Gonne Have To Take A Turn Aroud
16. Nobody Told Me(LIVE)

「カモン、ベイビー、アメリカ」とは思えない

その他雑感:

「カモン、ベイビー、アメリカ」とは思えない

 

別に水を差す訳じゃないですが、僕はやっぱり今の状況に対し、「カモン、ベイビー、アメリカ」とは思えない。

基地問題があって、どう考えたって民主的とは言えないトランプがいて、それでも僕たちは「アメリカ、サイコー!」と歌いながら平成最後の大晦日を過ごすのだ。なんだかタチの悪いジョークみたい。僕たちはもう少し批評的になってもいいんじゃないだろうか。

沖縄出身の歌手が「カモン、ベイビー、アメリカ」と陽気に歌うことに対して、沖縄の人たちはどう捉えているのだろうか。夏に沖縄知事選があって、件の歌手にだって思うところはあったはず。彼はこの歌にどのような意味を込めているのだろう。

ただの歌なんだし、そんな目くじらを立てるようなことじゃないと言う人もいるだろうけど、僕はやっぱりスッキリとしない。僕だってアメリカの文学や音楽や映画が大好きだ。けど今は素直に「カモン、ベイビー、アメリカ」とは思えない。

『「10.19」~7時間33分の追憶~』 ABCラジオ 2018.11.18放送 感想

野球のこと:

『「10.19」~7時間33分の追憶~』 ABCラジオ 2018.11.18放送

 

最近はRadikoを聴いとります。主に落語ですね。落語好きの友達から、日曜朝にABCラジオで落語やってるよ(←「なみはや亭」のことです)って聞いて、それ以来Radikoを利用しています。先日はラジオ好きの別の友達から、こんなんどうってまた別の連絡が来ました。それが『「10.19」~7時間33分の追憶~』です。

「10.19」と聞いてピンと来ない方もいらっしゃると思いますが、これは1988年10月19日に行われたプロ野球の試合のこと。当時、首位を走っていた西武ライオンズに、天候不順の影響で13日間で15試合という強行軍の中、猛然と肉薄する近鉄バッファローズの最後の2戦。2連勝すれば優勝する川崎球場で行われたロッテ・オリオンズとのダブルヘッダーのことです(←当時はドーム球場なんてなかったから、ダブルヘッダーが結構あったのです)。ABCラジオの番宣ツイッターにはこんな文句が。「昭和最後にして最高の名勝負、ロッテ×近鉄のダブルヘッダーを30年後の今、伝説のテレビ実況と当時の主役たちのインタビューで振り返ります。」

まず進行役の伊藤史隆アナの落ち着いた語り口がいいですね。妙に盛り上げようとせず、事実だけを積み上げていく語り口。折角の素材があるのだからというスタンスでしょうか。テレビだとこうはいきませんから、この辺はラジオならではですね。

インタビューが行われた当時の近鉄メンバーは、コーチの中西太。選手は吹石徳一(←吹石一恵のお父さんです)、梨田 昌崇、大石第二朗、村上隆行、阿波野 秀幸。インタビューはそれぞれのキャラが明確に出ていて凄く面白かったです。結局1試合目は何とか勝つものの、2試合目に引き分けて近鉄は優勝を逃します。もう勝ちが無くなった最後の守備に就いた時のことを振り返って、奇しくもこの試合が現役最後の試合となった梨田さんや吹石さんが、あんなむなしい事はなかったと答えるのに対し、当時のチーム・リーダー大石さんは気持ちを切り替えて、さぁ行こう!と声を挙げて守備に就いたとのこと。

この辺りの対比が面白かったですね。大石さんはこの年のシーズン中にドラゴンズから移籍してきた陽気なブライアントの面白エピソードなんかも笑いながら話していて、この方は随分とポジティブな方なんだなと。こんな明るい人なら、ちょっと我がタイガースの監督になってもらえないかなと思ったりもしました(笑)。

インタビューで印象的だったのは阿波野さんですね。エースだった阿波野さんは完投した日から中1日でこの日の試合に挑み、2試合ともリリーフで登板します。インタビューは至って真面目そのもの。エースとしての役割を全うしようとした阿波野さんの人柄が如実に表れていました。

阿波野さんはこの時入団して2年目。翌年は最多勝を獲得します。調べてみると最初の3年間で90試合に出場。うち58試合で完投。計705.2回を投げている。4年目は190イニングを投げ何とか10勝をするものの、以降は一度も規定投球回数をクリアすることなく現役を全うします。元々丈夫な方ではなかったのかもしれませんが、この時の登板過多がその後のキャリアに何らかの影響を与えたとすれば、それも昭和の野球のひとつの側面だったのかもしれません。

阿波野さんはその後、巨人、横浜ベイスターズと渡り歩き、横浜では貴重な中継ぎ投手として日本一を経験します。その時の横浜ベイスターズの監督が10.19当時の近鉄のピッチング・コーチ、権藤博。余談ながら、権藤さんも現役時代は最初の2年間で130試合に登板。イニングにして791.2回!チーム総イニングの7割近くを一人で投げた結果、僅か5年で現役を引退しています。横浜ベイスターズの日本一の瞬間、恐らく二人には10.19を経験した二人にしか分からない感慨があったのではないでしょうか。

あと中西太さんの元気な声が聞けたのが嬉しかったですね。御年85才。偉大な打者であるとともに、名伯楽として多くのバッターを育てた名コーチですが、いかつい風貌とは裏腹に相手を思いやる気持ちの強い方なんだなと。この日のインタビューではそのことが強く心に残りました。これからも多くの話を聞かせてほしいです。

あれから30年。今や超一流選手はメジャー・リーグにまで行こうかという時代。そうした選手は科学的なトレーニングをし、自己管理を徹底し、野球選手というよりはアスリートと言っていいかもしれません。どちらがいいということではなく、昭和には昭和の野球があり、平成には平成の、来たるべき新時代には新時代のプロ野球があるということなのだと思います。

そういえば大石さんが、あんな試合はこれからも起きるでしょうかという問いに、きっぱりと「ある」、と答えていました。ていうかもう既に人それぞれにあるんじゃないですか、勿論これからもありますよって朗らかに応えていたのが印象的でした。

Time/Louis Cole 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Time』(2018)Louis Cole
(タイム/ルイス・コール)

 

ルイス・コールです。カール・ルイスではございません。コール・ルイスでもございません。へぇ~、ルイスって苗字と名前、どっちでも使えるんやー。ま、そんなこたぁどーでもいいですね。しかしこのルイスさん、相当なお方のようでして、全ての楽器は勿論のこと、オーケストラのスコアまで書いちゃうらしく、しかもミックスやマスタリングといった最終工程まで自分でやっちゃうとのこと。ドラムに至っては元々はジャズ畑でかなりの腕前らしく、そう言われるとこのアルバムでも正確なドラムがものすんごく印象に残ります。カール・ルイスが幾つ金メダルを持っているかは知りませんが、こっちのルイスさんも相当なもんですな。私はミュージシャンを志したことはないですが、そっち方面を目指している方が聴いたらもうやる気なくしちゃうんじゃないかと。まぁそれぐらい圧倒的な才能の持ち主です。オレも名前をルイスに変えよーかな。

サウンド的にはやっぱドラムが目を引きます。テクニックをひけらかすっていうのではなく、機械のように正確にリズムを刻むっていうんですか。で叩くとこは叩くと。あとベースラインも耳に残りますね。この辺は超絶ベースと言われるサンダーキャットっていう名前が出てくるくらいですから(#10『After The Load is Blown』で作詞曲とボーカル取ってます)こっちもやっぱ意識的なんやと思ってしまいますが、ベースもルイスさんが弾いてんのかね?それとも打ち込み音でしょうか?

それとシンセによる電子音。本人がインタビューで語るところによると、子供時代はゲームばっかしていたそうで、特にスーパーファミコン!そこで流れるゲーム音楽にも夢中だったとか(インタビューでマリオカートやスターフォックスといった名前を挙げています)。んでもってスコアも書きますから曲によってはストリングス。でジャズから始めた方なので、そういう知り合いも何人か参加されているようでジャズっぽさもあったりして、#12『Trying Not To Die (feat. Dennis Hamm)』なんかがまさにそうですね。でそういうのがジャンルに縛られることなく混ぜこぜになっていて、その自由な感じがまたいいんですが、やっぱ基本はベースとドラムがぐいぐいビートを引っ張っていきますから、やっぱファンキーなんですね。凄くファンキー。なのでグルーヴ感がすんごいです。

あと大事なのがボーカルですね。元々ルイスさんはKnower(ノウアー)っていうバンドでドラムを担当しているらしいのですが、そこにはちゃんとボーカリストさんがいて(#2『When You’re Ugly』にも参加している女性の方です)ルイスさんは歌わないらしいのですが、それはなんと勿体無い!だってこんなに歌お上手なんですから。もうファルセットが素敵です。マイケル・ジャクソンです。マイケル並みに小刻みなシャウト入れてきます。でまたマイケル並みにファルセットで歌うスローソングが格別です。

でもそうは言っても基本は曲ですから、曲が悪けりゃここまで名盤にならないわけで、その点ルイスさんはソングライティングの腕前も相当なもの。ホントにスゴイ才能をお持ちなんですが、名曲揃いのこのアルバムの中でも特に目を引くのが、#13『Things』です。ちょうどこの季節にピッタリ。雪がちらつく夜にポッと灯りがともるようなアレンジで、歌詞がちょっと切ないというかグッと来ますね。サビはこんな感じです。「Things may not work out how you thought (物事は君の思ったとおりにはいかない)」。このドキっとするコーラスが時にクリスマスっぽい暖かなサウンドで何度も繰り返されるわけです。メロディを変えながら何度も何度も繰り返されるわけです。そりゃあもうこちとら思い通りにいかねーよって、しんみりしちゃうわけですよ。でそのしんみり感をフォローする次曲、#14『Night』が優しくってまたいいんですよ。

全体として醸し出す雰囲気はファンキーでスーファミでマイケルですから、やっぱ80年代でしょうか。そんなルイスさん、この年末に来日されるそうですが、参加される皆さん、間違ってもミスターみたいに「ヘイ、コール!」と呼ばないように(注.1)。コールは苗字ですからね!

注.1:1991年に東京で行われた世界陸上で、100m9秒86という当時の世界記録を樹立して優勝したカール・ルイスに、同大会でレポーターを務めていたミスターこと長嶋茂雄はスタンドから「ヘイ! カール!」とカール・ルイスが気付くまで呼びかけ続けた。この場面、私もリアルタイムでテレビを観ていましたが、テレビの前でありながら何故かハズい思いをした記憶が…。ミスター語録の一つです。

ちなみにこっちのルイスさん、手作り感満載のYoutube動画も評判だそうで、ひとつ貼り付けときます。面白いです。

Track List:
1. Weird Part of The Night
2. When You’re Ugly (feat. Genevieve Artadi)
3. Everytime
4. Phone
5. Real Life (feat. Brad Mehldau)
6. More Love Less Hate
7. Tunnels in The Air (feat. Thundercat)
8. Last Time You Went Away
9. Freaky Times
10. After The Load is Blown
11. A Little Bit More Time
12. Trying Not To Die (feat. Dennis Hamm)
13. Things
14. Night
(日本盤ボーナストラック)
15. They Find You

2019年もヴィンテージ・トラブルが来日するそうだ

 

2019年もヴィンテージ・トラブルが来日するそうだ

 

来春にヴィンテージ・トラブルが来日するそうだ。ヴィンテージ・トラブルというのはその名のとおりヴィンテージなソウル・ロックを奏でるアメリカの4人組バンドで、泥臭いくせに洗練されていて、ヴィンテージなくせにモダンで、田舎の酒場で歌ってそうなくせに都会的という、何言ってるかよく分からないだろうけど、ある意味1周回ってオシャレ感満載のソウル・ロック・バンドだ。

ヴィンテージっていうぐらいだから、真夏であろうと基本は全員スーツ・スタイル。汗水流しながら、ドンッドド、ドンッドドってグイグイ押してくエンターテイメント精神溢れるライブ・バンドで、僕は2014年のサマソニで初めて彼らを観たんだけど、確か13時ごろのクソ暑っつくて、人もまだまばらな時間帯に登場した彼らはそんなことお構いなしにどんどんヒート・アップ。照明用の塔に登るわ、シャウトしまくるわ、踊りまくるわで僕もいっぺんに虜になった覚えがあります。

そんな連中なので、ライブはもう間違いない。集客もバッチリなようで毎年来日しているような気もしますが、来年も来るってんで、そういや2015年のアルバム『華麗なるトラブル(1 Hopeful RD.)』にDVD付いてたなと。久しぶりに観てみたらこれがやっぱりカッコいいのなんのって。一緒に観てた小学4年の息子もえらい気に入ったご様子で、見よう見まねでシャウト。その日は思い出してはまねをして、二人で笑い転げてました(笑)。

つーことで調べると、今月末に2枚組EP盤が出るんですね。なんでアルバムじゃなくて2枚組EPなのかよく分かりませんが、とりあえずそれは買うとして、ライブのチケットも買っちゃうだろうなと(笑)。まぁ、来るのは来年の4月みたいだし、チケット買うのはちょっと気持ちを落ち着かせてからにしよーかな。つーかチケットすぐ売れ切れるんだろうか?毎年来るぐらいやからな~。

自由の岸辺/佐野元春 感想レビュー

 

『自由の岸辺』(2018年)佐野元春

 

僕は割と物持ちのいい方で、幸い体型も若い頃とさほど変わらないから、10年以上前に買ったジーンズを未だに穿いたりしている。流石にデザイン的に古くなったものは処分するが、世間には仕立て直して代々引き継ぐなんてのもあって、まぁそういうものはそれなりの価値があるものだろう。そういえば姉が成人式で着た振袖は母のものを仕立て直したものだし、うちの娘が着た七五三の晴れ着も確か姪っ子のものを仕立て直したものだった。

この『自由の岸辺も』も言ってみればそのようなイメージで、年月を重ねた今の体型にそぐう形に仕立て直されたアルバムだ。したがってカバー・アルバムにありがちな、昔のアレンジはちょっとアレだから今風のサウンドに手直ししましたというのとは異なる。アーシーでより直接性を帯びたサウンドを聴けば、本作が現代の解釈で練り直されたリ・クリエイト・アルバムだというのが分かってもらえるだろう。

芸術とはまだ起きていない事を形にするものだとは誰が言った言葉だったか。優れた作品というものは時代を超える。本作にも今の時代に照らし合わせても、いや年月を経た今だからこそかえって真実味を帯びている曲がある。例えば『メッセージ』。2000年の曲だが、不穏な時代の今にこそよく響く。原曲では快活に「How you going to read this message? (君ならこのメッセージをどう読み取る?)」と歌われる歌詞は、よりテンポを落とした落ち着いたトーンで「本当の君のメッセージ / 本当の君が知りたいだけ」と視点を変え、日本語に変えて歌われている。この視点の入れ替わりは何を意味するのか。それは非寛容な現代における他者への耳のそばだてを意味するというのは考え過ぎだろうか。

また、1989年の作品『ブルーの見解』は、分かったような口を聞く「放課後の教師」のような存在に対し、「俺は君からはみ出している」と辛辣に言い放つ曲。これこそSNS時代の今ならではのリアリティーを感じる曲だ。曲調はファンクでアップテンポ。性急さと共に、「俺は君からはみ出している」のはもう当然だろ?とでも言うような居住まいはやはり2018年だ。

前回のリ・クリエイト・アルバム『月と専制君主』(2011年)は‘君の不在’がテーマだったが、本作は‘そばにいるよ’という優しいメッセージがテーマとなっている。オープニングを飾る『ハッピーエンド』はその典型。新しくラテン調のリズムを纏ったこの曲は原曲の溌剌さではなく、優しく語りかけるように「そばにいるよ」と歌う。続く『僕にできること』もそうだし、基本的には最終曲の『グッドタイムス&バッドタイムス』まで穏やかなトーンで占められている。このアルバムはやはり、「一緒にランチ食べよう」と歌う『エンジェル・フライ』でも顕著なようにコミュニティの中で好むと好まざるに関わらずアウトサイダーになってしまう人々の存在が強く意識されているのではないか。それが全体としての優しいトーンに繋がっているようにも思うし、2018年という時代性とも繋がっているように思う。

しかし全体としてはそのような優しいトーンであるにもかかわらず、アルバム・タイトル曲として、80年代に作られどのオリジナル・アルバムにも収録されていない隠れた曲、『自由の岸辺』を持ってきたというのにはわけがある。優しいだけではなく、時代への危機感や明確な意思が働いていることも聴き手には訴えかけてくるだろう。

このアルバムは原曲では英語になっている箇所が日本語に置き換えられていたり、歌詞そのものが変更されている箇所がある。原曲に馴染んだ手前、変更された歌詞に異物感を感じてしまうところもあるが、勿論作者はそれも織り込み済みであろう。そうした遺物感から生まれる揺らぎを作者は提示しているのかもしれない。

僕は物持ちがいい方だ。出来れば気に入った服は長く愛用したい。中には長く着ていないけど、気に入っているので処分できずにずっと仕舞われたままのものもある。ところが何を思ったか、今の時代にぴったりそぐう時があって再び袖を通す時が訪れる。それはやはり嬉しいことだし、少しだけ誇らしい気分にもなる。音楽家だって同じこと。過去に書いた曲であっても今の空気に触れさせたいと思うのは当然だ。新しい空気に触れて、その音楽はまた新しい色艶を手に入れる。そういう音楽の在り方は素敵だと思うし、聴く方も勿論楽しい。

 

Track List:
1. ハッピーエンド
2. 僕にできることは
3. 夜に揺れて
4. メッセージ
5. ブルーの見解
6. エンジェル・フライ
7. ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
8. 自由の岸辺
9. 最新マシンを手にした子供たち
10. ふたりの理由~その後
11. グッドタイムス&バッドタイムス

カエデ

ポエトリー:

『カエデ』

夢の暮らしをしたいと願う
桜並木のカゲロウはカエデ
日々の暮らしを数えて
時折風に大きく
指一本触れただけで
形は崩れ遠退いていく

調べ
床の間に飾れ
萎れた花を流れ
行き倒れの彼方
熱く光れ

災いは振り返り
新たな声を呼び戻す
支えのない価値に
一人聳え立つカエデ

知らないことを知らないままに
知ったことを知ったままに
降り注く雨の最中
信号機の
明滅する時の中で
ひどいこと言うんだなお前
たくさん乱反射して
朝になるのかお前

2018年8月

Big Red Machine/Big Red Machine 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Big Red Machine』(2018)Big Red Machine
(ビッグ・レッド・マシーン/ビッグ・レッド・マシーン)

 

ビッグ・レッド・マシーンとはボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンとザ・ナショナルのアーロン・デスナーによるコラボ・プロジェクト。ボーカルがジャスティン・ヴァーノンなので、聴けば、あぁボン・イヴェールだということで、僕はあの静謐な狂気とでも言うような世界が好きなので迷わず購入した。ザ・ナショナルのことはアーロン・デスナーのことも含めて知らない。

ソングライティングは共同で行っているようだが、恐らく歌詞はジャスティン・ヴァーノン。ていうかあんなヘンテコな歌詞は彼にしか書けないだろう。サウンド的にもほぼボン・イヴェールの延長線上にあると考えていい。その点、僕はザ・ナショナルのことは知らないので詳しくは聴き分けられない。でも1曲目の電子音にはちょっと身構えた。『KID A』やんって(笑)。

でもそれは最初だけ。参加ミュージシャンは50名!ほどいるらしいからいろんな音が聴こえてくる。ストリングスもあるからそれぐらいの人数にはなるのかもしれないが、それにしても多い!っていうかボン・イヴェールもそうだなと思いつつ、このいろんな音がチクチクと聴こえてくるのはやっぱ病みつきになる。体の中の手薄なところをいちいち突いてくる感じが心地よいのは僕もヘンテコなのか。

ボン・イヴェールの時もそうだけど、沢山のミュージシャンがいて、沢山の音が奏でられて、その上コンピュータ音もあって、にもかかわらず賑やかな感じがしないというのは不思議。つまりはお行儀がいいということか。けれど全体として飛び込んでくる印象は狂気。イメージも都会の喧騒と言うより、緑豊かな、或いは湖があってっていう景色が広がるんだけど、そこからはみ出るような、いや、はみ出さずにはいられないという狂気がある。それでもやっぱり行儀の良さを感じてしまうのは、周りに迷惑を掛けたくないというごく普通の感情と他者へのいたわり。しかしそのちゃんとした人の狂気は、我々が持っているごく普通の狂気とも言える。だからこそ我々の体の中の無防備なところをチクチクと突いてくるが心地よいのだ。つまり僕たちは人である以上ヘンテコなのだ。という僕たちのごく当たり前の狂気をごく当たり前に表したアルバム。

それにしてもなんでビッグ・レッド・マシンて名だ?シンシナティ・レッズとは関係あるのだろうか?

 

Track List:
1. Deep Green
2. Gratitude
3. Lyla
4. Air Stryp
5. Hymnostic
6. Forest Green
7. Omdb
8. People Lullaby
9. I Won’t Run From It
10. Melt

この世界の片隅に/こうの史代 感想

ブック・レビュー:

『この世界の片隅に』 こうの史代

 

ずっと前から気になっていた『この世界の片隅に』。友達が買ったってんで、そいじゃあオレにも貸してよってことで幸運にも読むことが出来ました。マンガだし上・中・下、さらーっと読めちゃうかなと思っていたけど、そうはいかんよね。読んでは戻り、戻っては読む、なんかすずさんみたいにゆ~っくりとページ開いていくのが、この本の読み方なのかなぁと。映画もドラマも観てなかったけど、今さらどっちも観たくなりました。遅いっちゅうねん(笑)。

冒頭からしばらくは日常の風景が流れてゆくだけなんだけど、僕たちの日常が淡々としていそうで実はそうではないのと同じで、いつも心が少しずつ動いていくような、でも勿論そんな堅苦しいものではなくて、それは本っ当に素晴らしい絵を描くこうの史代さんの絵の柔らかさもあると思うんだけど、そういうものに優しく導かれて自分もその中に入っていくような、柔らかいんだけど力強いとでもいうような、慌ただしく波風は立たないんだけど、大きく濃くゆっくりと柔らかい波が進んでいくみたいな感じで、共に読みすすんでいるような気はします。

だから、とりあえず最後までゆ~っくりと読みはしたけど、決して読み終えたって感じはしなくて、またしばらくしたら読みたいな~と思うだろうし、それでもやっぱり何回読んでも読み終えたなぁとは思わないだろうし、いつ読んでも途中からお邪魔しま~すっていうか、この物語はそうやっていつまでも続いていくものだと思います。

それはやっぱ地続きだからで、地続きなんて言うとあの時代と今は全然違うんだから同じように考えないでくださいとピシャッと言われそうだけど、僕にはそうは思えなくて、確かに時代背景は違うけど、僕たちだって一応はちゃんと真面目に生きているし、そういうささやかな営みがある以上はそれを守りたいっていうか、守りたいって言うと大げさだけど、悲しい出来事はそういうささやかな日常にすっと滑り込んでくる訳だから、そこのところはやっぱ同じなのかもしれないって。

だから玉音放送の後、すずさんの印象的な場面があって、それは急にエネルギーが立ち上がるような強烈な場面なんだけど、それも割となんかすぅっと入ってくる感じで、恐らくこの漫画を読む前にそのセリフだけを聞いていたら、いまひとつ飲み込めなかったかもしれないけど、上巻中巻下巻と読む進む中で表れるすずさんの言葉というのは自然に入ってくるのだな。でも自然に入ってくるからといって理解したとか軽く流れてしまうってことではなくて、重い言葉なんだけど、ていうか重い言葉とは言いたくはなくて、それは僕たちへと続いていく言葉でもあるわけだから、そこを情緒的に捉えるのはヤダなっていう。肯定するとか否定するとかってんでもなく、そこはちゃんと落ち着いて飲み込みたいというか、そこはこのこうの史代さんの絵とストーリーの力で多分ちゃんと飲み込ませてもらえたと思います。

とまぁもっともらしいことを言っていますが、またしばらくして読んだら違った感想も出てくるだろうし、これはこうだということではなく、その折々に頷きながら長く読んでいくものなのかなぁとは思います。

僕にも片隅があって、皆にも片隅があって。人の片隅に触れたいなんて図々しい話だけど、たまにはね、すずさん、またあんた達の片隅に触れさせてくれんさいね、って(笑)。