Beatopia / Beabadoobee 感想レビュー 

洋楽レビュー:

『Beatopia』(2022年)Beabadoobee

フィリピン出身の英国人、ビーバドゥービーの2作目です。これ聴くと、デビュー・アルバムの90年代を思わせるオルタナティブ・ロックは意図的にそちらへ寄せていたのではと思ってしまいますね。これを『Beatopia』を聴いていると本来の彼女は純粋に良い曲を書くシンガーソングライターなんだという事がよく分かります。

なので、ギターをジャカジャカ、ドラムをドカドカ鳴らす必要がもうないというか、なんだこの人は曲の力だけで十分勝負できる人じゃんて。1曲目はイントロダクションでもあるので、実質的なオープニング曲である2曲目の『10:36』は1作目を踏襲したギター・チューンですが、2曲目から7曲目まではゆったりとした曲で占められているんですね。でも全然退屈じゃない。彼女、ほんとに素晴らしいメロディー・メイカーで似たような、ではなくそれぞれ個性豊かでアイデアに溢れたミディアム・テンポの曲が書ける。プラス編曲が抜群ですね。サウンドがすっごいオシャレでセンスがいいというか、#6『the perfect pair』なんてボサノバですよ。曲も含めアレンジはバンドのギタリストでもあるJacob Bugdenって人と一緒にやってるみたいですけど、このチームはもしかしたらかなり最強なんじゃないかと思います。

あと彼女はThe1975と同じDirty Hit レーベルで、少し前に出たEPでは彼らと何曲か一緒に作品を作ってるんですね。そういう稀代のオシャレ・サウンド・メイカーと一緒にやってきた成果というのが出てるのかなと、それも彼女独自の形で進化しているというのがいいですね。今作では#10『Pictures of Us』がマティの提供曲だそうで、聴いてると思いっきりThe1975なんですけど(笑)、この辺のThe1975の面倒見の良さもなんかイイ感じです。

The1975からはダニエルも#12『Don’t get the deal』に参加してるようで、この曲では割とギターをギャンギャン鳴らしているんですけど、後半のシンセかな、この辺の意表を突いた展開も流石に聴かせますね。と思ったら続く#13『tinkerbell is overrated feat. PinkPantheress』はTwiceみたいなチャーミングなポップ・チューンで、この辺の流れなんてすごくセンスを感じます。ラスト付近でこういう見せ場を作ってくるところなんか、本人も今回はかなり自信があるんじゃないかなと想像しますね。

とまぁ、1stから格段に進化した素晴らしいアルバムなんですけど、ひとつ気になるのは今回はずっとウィスパーボイスというか喋り口調に近いトーンなんですね。1stでは声を張り上げるところもあって、そういう激しさも魅力だったんですけど、ずっと囁き声というのは今回だけなのかそれとも今後もこういうスタイルで行くのか、ちょっと気にはなりますね。

運がよければ

ポエトリー:

「運がよければ」

あれだけ辛い思いをしたのだから
時々ドキドキするかもしれないけれど
長い目でみれば
いつかきっと忘れるだろうよ
コップの底が見えるだろうよ

明日になって
新しいことを始めれば
やさしいひとにも出会えるだろうよ
明日になって
天気がよければ
芝生の犬も駆け出すだろうよ

ドキュメンタリー
あとは道なり
前に進む物語
時々ドキドキするかもしれないけれど
運がよければ
大事なひとにも出会えるだろうよ

 

2022年7月

A Light for Attracting Attention / The Smile 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『A Light for Attracting Attention』(2022年)The Smile
(ア・ライト・フォー・アトラクティング・アテンション/ザ・スマイル)
 
 
レディオヘッドのトム・ヨークとジョニー・グリーンウッドとジャズ・ドラマーであるトム・スキナーからなる新バンドのデビュー作。トムとジョニーってことはほぼレディオヘッドやんという世界的ツッコミに溢れているだろうこのアルバムは、一聴するとレディオヘッドでええやんだが、聴けば聴くほどレディオヘッドとの距離感は大きくなっていく。
 
つまりもう一人のトムさんです。手数が多く何拍子か分からない独特のリズム感に全体が覆われ、最初から最後までふわふわとした所在なさが続く。曲的には、あ、もしかしてこれレディオヘッドでやったら『In Rainbows』(2007年)かもという、トム・ヨーク久しぶりのポップな曲調ではある。ではあるが、もう一人のトムさんがそれを許さない。というかヨーク氏の方がそれを拒んだのか。故のスキナー氏。
 
てことで、『In Rainbows』収録の『Bodysnatchers』のようなスピード・ナンバーが3曲も入ってる(#3『You Will Never Work In Television Again』とか#7『Thin Thing』とか#12『We Don’t Know What Tomorrow Brings』)のは素直に嬉しいし、#6『Speech Bubbles』や#9『Free In The Knowledge』のような美しい曲もしっかり収録されている。ので、今はそういうモードなのかトム・ヨークとも思うが、ならば何故それをレディオヘッドでやらない、というツッコミはやはり入れたくなる。
 
というかそういうことはしたくないのだろう。アーティストにとって同じことをすること程苦痛なことはない。今のこのムードでポップな曲が生まれたのならば、そこは何も否定することはない。但し、それをそのまま出しても面白くないでしょということか。うん、確かに面白くない。でも逆に言うと、レディオヘッドじゃこのポップな曲で新しいことはできないということなのかなぁ。
 
なんじゃこれはという格好いい曲もあるし、うっとりする美しい曲もある。このアルバム好きかと問われれば、好きと答えればいいのだろうけど、うん、でも、という迷いが生じるのも確か。それはやっぱりトム・スキナーのドラムがロックじゃないからだろう。『Kid A』(2000年)や『Amnesiac』(2001年)やはたまた『King of Limbs』(2011年)だってロックじゃないだろうにと言われるかもしれないが、本当にジャズ・ドラマーが叩いてしまうとなんか落ち着かないということを今回は発見しました。
 
あと、オーケストラが大々的に使われているのはレディオヘッドでの前作『A Moon Shaped Pool』(2016年)から引き続き、ということになるのだが、こっちもどうもガッツリしてるはずがガッツリ感はなし。全体に漂うはっきりしない感、というか今回は物事のはざま、あわいの音楽、ってことでよろしいでしょうか?

価値ある命

ポエトリー:

「価値ある命」

つまらない事でがんばって
わたしたちの命消費することはない
あなた方がくれたわたしたちの命
今どこら辺り

下らない事で胸張って
わたしたちの命さらすことはない
あなた方がくれたわたしたちの命
涙ぐむ胸の辺り

時々失敗したりするけれど
あなたがいたからここまで来れた
晴れた日の夕立
行き交う数ある形
価値ある命

 

2022年7月

今、何処 / 佐野元春(2022年)全曲レビュー

『今、何処 / Where Are You Now 』(2022年)全曲レビュー
 
 
1. オープニング / Opening
不穏なシンセとピアノの重い響きは私たちの心象風景。ラストに微かに聴こえるピアノの律動はよい予感?それとも悪い予感?このアルバムの特徴である両義性を端的に示す曲。クレジットを見ると唯一2022年にレコーディングされたものであるが、この曲がここに入ることでこのアルバムは完成したのだと強く感じさせる曲。
 
2. さよならメランコリア / Soul Garden
オープニングでの律動をドラムが雷のような推進力に変換する。沈みゆくこの国。私たちだっていつ坂を転げ落ちるか分からない。その憂いを反動にして佐野は言う、「ぶち上げろ魂」と。それでも最後には「愛してもいい事」や「信じてもいい事」をこの胸にと歌うのはまさしくブルース。最後まで落雷のようにぶっ叩くドラムが最高だ。
 
3. 銀の月 / Silver Moon
「そのシナリオは悲観的すぎるよ」とは誰に向けられたものか。当然、この認識は「さよならメランコリア」と通底する。難しい顔をしたところで何も変わらない。ひたすら時は流れ、私たちは歩いていく。銀の月とはこのアルバムで幾度も言及される魂であり涙。とは言え、アルバム屈指のロック・チューン、ここはただラウドに聴きたい。
 
4. クロエ / Chloé
Aメロを飛ばしていきなりBメロのような「彼女が恋をしている瞬間」で始まる不思議な曲。それはさておき、今回のアルバムはそれとしか言いようがない言葉が並び、解説するのが野暮なぐらいだが、この曲も言葉がすべてを言い含んでいる。「彼女が恋をしている瞬間」、「時はため息の中に止まる」が逆もまた然り。
 
5. 植民地の夜 / Once Upon A Time
このアルバムはその両義性を象徴するように、全ての曲に英語のタイトルが付けられている。この曲には「Once Upon A Time」と付けられているが、果たしてそれは本当に「昔、昔」か。一見、不作為に取り付けられた定点観測。これからに思いを馳せ空を見上げる私たちに自由は残されているのか。遠い昔のことではない。
 
6. 斜陽 / Don’t Waste Your Tears
ここで歌われる下り坂とは僕たちが住むこの世界であると同時に私たち自身でもある。あらゆることを知ってしまった今、もう以前のようには踊れない。結局私たちが手に入れたものは何だったのか。その中で「少しずつ過激になってゆく」狂気。それでも、ここで佐野が言いたいのはたった一つのこと。「君の魂 無駄にしないでくれ」。
 
7. 冬の雑踏 / Where Are You Now
今はもう会わなくなった人、会えなくなった人。遠くにいる人、連絡が途絶えてしまった人。街を歩いていると、ふと思い出す。あいつは今、元気にやってるだろうか。つまりそれは、自分も知らない何処かでそんな風に思われているかもしれないってこと。行き交う誰かと誰かの「Where are you now?」。それは生の記憶。
 
8. エデンの海 / White Light
「何もかも溶かしてしまう」閃光とは広島と長崎に落ちた原子爆弾のことか。それは大切なものを一瞬で破壊する悪魔の光。しかしそれは過去の出来事ではない。「私たちの幸運はきっと永遠には続かない」のだから。そのためには私たち自身が光を放ち闇を照らすしかない。「White Light」というリフレインは性急さの表れだ。
 
9. 君の宙 / Love and Justice
あらゆるものが情緒的で、エモいに流されてしまう現代にあって、「国を守れるほどの力はないよ」という言葉にハッとする。ヒロイックな行為も大げさな物言いも要らない。そうだ、佐野はいつでも個と個の関係について言及してきたのだ。「君を守りたい」という思いは個人のもの。そこに余計なものは立ち入らせたくはない。
 
10. 水のように / The Water Song
「ここまでなんとなくやってきた」「死なないように頑張った」とは冒頭の『さよならメランコリア』での言葉。そう、私たちはここまでなんとか生き残ってきた。しかし、生き残れなかった者たちもいる。これから先も何があるのか分からないけど、お互いかける言葉などないのは知っている。言えることはひとつだけ。次に会える日まで、「元気で」。
 
11. 永遠のコメディ / The Perfect Comedy
同じ毎日を繰り返しているようで同じ毎日じゃない私たち。満たされぬ思いを埋めようにも最初からそんなものあったのかどうか。ありもしないものに囚われること自体が生きることかもしれないが、そんなことすら気にしちゃいられない。というのはある意味喜劇。それでもお構いなしに「新しい日がやってくる」。
 
12. 大人のくせに / Growing Up Blue
サビもなく、Aメロだけの曲ではあるが、妙に盛り上がる不思議な曲。これは躍動する佐野の視点とバンドの力だろう。グイグイ押し寄せるアウトロはこの曲の聴き所。佐野の「カモンッ!」が未だ新鮮味を失わないのが素直に嬉しい。大人だってブルーになる。時折、気持ちのいいことを言う人に惹かれるけれど、そんなものはやっぱり要らない。
 
13. 明日の誓い / Better Tomorrow
朝が来たからってすべてがリセットされるわけではない。今日と明日は切り離せるものではない。「夜明けを迎える前にあの人の手を放してしまった」としても夜明けは待ってくれないのだ。今日の喜びと悲しみを道連れに僕たちは歩いていく。たとえ悲しみや苦しみの方が多くとも。そのことが人生に彩を与えてくれると信じて。
 
14. 今、何処 / Where Are We Now
人は何処から来て、何処へ向かうのか。この社会はこの地球は長い歴史の中で今はどの季節にいるのか?生まれてから死ぬまでの二度とない道のり。私たちの命は今、どこら辺り?

とてもスウィートだ

ポエトリー:

「とてもスウィートだ」

とてもスウィートだ
喉の奥から
赤子のようだ
今はまだ
形は見えない

ある日の晩、
星屑はお庭に落ちて花となり
短い命を終えるんだ

上滑りしていくレコード針が
それでも時を刻み続け
今もあなたを読んでいる

新しく
生まれ落ちるエレジーが
赤子のように産声をあげ
とてもスウィートに
短い夏を終えるんだ

 

2022年6月

戯れ

ポエトリー:

「戯れ」

わたしたちは一歩
足音を早めてる
束の間届いた
夜の戯れ

今夜もあっけなく時は過ぎてゆき
確かに掴み得た想いは
淡い企み
それすら砂

振り向けば
振り出しに
その速度も
足早に

 

2022年7月

『今、何処』アルバムが凄い!

 
 
『今、何処』アルバムが凄い!
 
2022年は宇多田ヒカルとケンドリック・ラマーの年だと思っていましたけど、更に凄いアルバムが出てきました。まさかまさかの佐野元春です。音楽に限らず、アートには時折その時代と見事に合わさってしまう時があって、それはいくらマーケティングしようが意図的にどうこうできるものではありません。何故佐野にそれが出来たのか?何故この『今、何処』アルバムはジャストに響いてくるのか?
 
とにもかくにも40年以上のキャリアを誇るベテラン・ミュージシャンがここに来て何度目かのピークを迎えていることに驚きを隠せません。ただこのピーク、急に訪れたものではないんですね。佐野はずっと新しい音楽を発表し続け、毎年のようにライブ・ツアーを行ってきました。以下は今も第一線で活躍するベテラン・ミュージシャンのここ10年(2012~2022年)のオリジナル・アルバムのリリース数です。
 
松任谷由実 3作
桑田佳祐 2作(サザンで1作、ソロで1作)
小田和正 2作
長渕剛  2作
山下達郎 1作
佐野元春 6作
 
ま、出しゃいいってもんではないですけど、これを見ただけでも佐野の今というものを感じてもらえると思います。で、これらの作品、佐野は自分より下の世代と作ってきました。コヨーテ・バンドと名付けられていますけど、プレイグスの深沼元昭やノーナリーブスの小松シゲルといった面々です。佐野は彼らと15年ずっと一緒にやってるんですね。言ってみれば佐野が通過した60年代70年代の米英ロックと90年代のオルタナティブ・ロックのコラボレーションです。
 
でその結実が2015年の『Blood Moon』だと僕は思っていたのですが、今回の『今、何処』はそれを遥かに越えてきました。これこそ正真正銘の佐野元春&ザ・コヨーテ・バンドの最高傑作だと思います。となると、その前の佐野のバンドであるホーボーキングバンドが『The Sun』(2003年)を最後にオリジナル・アルバムを出さなくなったのと同じことがコヨーテ・バンドでも起きそうな予感も無きにしも非ずですが、今はこの圧倒的な作品に打たれておこうと思います。
 
下に『今、何処』の映像トレイラーを貼り付けておきます。佐野のことを知らない世代も多いと思いますが、ものの数分ですので騙されたと思って聴いてもらえたら嬉しいです。そしてもし気になったら、アルバム自体を聴いてほしい。サブスクに入ってれば気軽に聴けますから、冒頭の数曲だけでも試しに聴いてもらえたらなって。
 
あらゆる世代、あらゆる考え方を持つどんな人々にも開かれた全肯定のブルース。私(わたくし)と世界とのせめぎあい、その中で一対をなす光と闇、2022年の今この時を撃つ傑作アルバムです。なんなら佐野の名前が表に出なくてもいい、この『今、何処』アルバムが多くの人の耳に届いてくれたら、そんな風に思わせる作品です。
 
ところでこのアルバム、音楽評論家の田中宗一郎によるポッドキャスト「THE SIGN PODCAST」で全3回にわたって特集が組まれています。田中宗一郎と言えばレディオヘッドを思い浮かべるので、なんでまた佐野元春?と思ったのですが、彼はずっと佐野の熱心なリスナーだったようですね。このポッドキャストではそのあたりも詳しく述べられています。とても的確な佐野元春評ですので、佐野のことを初めて知ったという人にもとてもよいガイドになると思います。勿論、目から鱗の『今、何処』評も聴けます!Spotifyでも聴けるのでこちらも是非!
 

助けにいかなくちゃ

ポエトリー:

「助けにいかなくちゃ」

あの子がケガをしている
今すぐ、
助けにいかなくちゃ

わたしたちが目指すのは惑星、太陽、それとも月
いずれにしても
あの子が泣いてちゃ始まらない

人々は雨のち晴れと言うけれど
立ちこめる雲を追い払い
傷薬を用意して
とにもかくにも
今すぐ会いにいかなくちゃ

あの子がケガをしている
人が聞いたら
泣き出すほどの
痛みをこらえて

 

2022年6月

今日は投票日

7月10日の雑感:

民主主義は時間がかかるシステムだ。確かに専制主義国家の方が何も決めるにも早い。しかしそれは一部の権力者や賢い人に任せるシステム。頭がよくて、知識があって、力のあるエリートに任せればいい。はっきり言ってそっちの方が楽じゃん。でもそれの行く着くところは選民思想でしかない。

民主主義は時間もかかるし、余計な対立も煽る。でも民主主義とは選挙に勝った政党が好き勝手にやっていいというものではない。選ばれた政党は選ばれなかった政党を支持した人々を含めるすべての国民の代表者だ。確かに自身の政党の思惑が優位に働くが、前提としてすべての国民の利益を考えなければならない。トランプによって歪められてしまったが、民主主義とは多数決で勝った方が好きにやっちゃえばいい、というシステムではないのだ。

わたしたちは今一度、この民主主義というものを考えなければならない。「民主主義というものに完成形はない」とは誰が言った言葉だったか。どうせ自分の意見なんて通らない、ではない。選挙で多を得なかったとしても民主主義というシステムがある限りわたしたちの意見はないがしろにはされない。その声を少しでも大きくするために選挙はある。