Tranquility Base Hotel & Casino/Arctic Monkeys 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Tranquility Base Hotel & Casino』(2018)Arctic Monkeys
(トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ/アークティック・モンキーズ)

よい音楽を聴くと語りたくなるというか、それが一筋縄ではいかない音楽であれば尚のこと自分なりの視点、私はこういう風に思うんですっ、てのを語りたくなる。例えて言うと、レディオヘッドなんて正にそんな感じ。このアークティック・モンキーズの新作もそんな語りたくなる作品で、もしグラミーに「語りたくなるアルバム賞」なんてのがあれば、間違いなくノミネートされるのではないでしょうか。

トランクイリティ・ベースというのはアポロ11号の月着陸船が着陸した場所である月面の“静かの海=トランクイリティ・ベース”のことで、このアルバムはその名前を冠した‘ここではない何処か’にある架空のホテルでの群像劇。もうこれだけで語りたくなる度満載ですな(笑)。

タイトルに「カジノ&ホテル」と付いているようにやっぱ只のホテルではないんですね~。ある種、ギャンブル依存症とでもいうような、或いはドラッグを思わせる現実と幻想のはざまを行き来する、正気とジョージ・オーウェルの『1984』(もしくは歌詞に「頭蓋骨に直接パーティーを接続している」とあるように映画『マトリックス』)を思わせるディストピア、かえってその心地よさに足を踏み入れる、いや正気に戻る、そのような不穏な世界へ行き来する様、その境界線上を漂う世界とでもいうようなアルバム、ていうか、もうこうやって書いてるだけでトリップしそうです(笑)。

つまり今回のロック音楽の仕様とはそれこそ宇宙的にかけ離れたゴージャスでサントラめいたサウンド、あちこちでこんなのロックじゃねぇなどと言われたりもしているそうですが(そうですが、って周りに洋楽談義出来る人がいないので、あくまでのネット上での話です…)、これはその設定に則ったサウンドであり、ありうべくして鳴らされたサウンドなのでございます!

このアルバムでのアレックス・ターナーのボーカルは演劇的だ。一部ポエトリー・リーディングを思わせるものもあって、正直とっつきにくいです(笑)。しかも演劇ですから粘っこいです。吉本新喜劇でいうところの末成由美並みの粘っこさでございます。ただまあこれが逆に言うと異様にメロディが立っているとも言える訳で、非常にメロウ!人体と同期したようなメロディとでもいうか、恐らくそう感じるのはそれが言葉、或いはフレーズ、或いは物語自体に元々備わったメロディだからということで、つまりは言葉に内包されたメロディを引き出してゆく、素直に身を委ねていくことが、今回のギターではなくピアノのみで行われたアレックスのソングライティングだったのではないでしょうか。これはもう作曲とは言わないかも。ある意味ボブ・ディラン的といいますか、完全に言葉に憑依してますね(←言葉とメロディが同期しているという意味で)。

それに対してバンドはどうしていくか?バンドもまた、素直にアレックスの紡いだ物語の進行に沿ってそれに見合う音を当てていく。もう派手なリフで曲全体をリードしていく必要は無くって、それこそ演劇の第1幕、第2幕とでもいうように物語に光と影を当てる。このアルバムのサントラめいた余韻は恐らくそういうことではないかなと。

しかしそれは単に曲に柔順という意味ではなく、時に荒々しく、時にはみ出そうとする演奏はバンド・メンバーそれぞれが独立した詩人であり、それぞれがそれぞれの思うところを朗読しているからこそ。音の壁(=ウォール・オブ・サウンド)。言ってみれば、スペース・ポエトリー・カフェ。ここにあるのは紛れてしまわない自立したサウンドなのです。ボーカルは物語り、バンドも物語る。もうそこに境界線はないのです!

架空のホテルで繰り広げられる群像劇は最後の11幕、『The Ultracheese』で‘いつもの場所’に戻る。そこは古きよきアメリカ。しかし命のともしびはもう残りわずかだ。主人公は壁にかかった友人の写真を見上げる。しかしそこに映っているのは果たして友人の姿なのか或いは…。ひぇ~、これ完全にSFや~ん。

アレックス・ターナーはかつて「ロックンロールは死なない」と発言した。2018年にもなって、ロックンロール音楽を前に押しやろうとするバンドがいる。こんなに嬉しいことはない。レディオヘッドがそうであったように、この訳の分からない音楽は圧倒的にスケールがデカく、圧倒的に正しい!!

 

1. Star Treatment
2. One Point Perspective
3. American Sports
4. Tranquility Base Hotel & Casino
5. Golden Trunks
6. Four Out Of Five
7. The World’s First Ever Monster Truck Front Flip
8. Science Fiction
9. She Looks Like Fun
10.Batphone
11.The Ultracheese

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