宇多田ヒカル、『君に夢中』について

その他雑感:
 
 
昨日テレビを見ていたら、宇多田ヒカルの『君に夢中』の歌詞の中の「人生狂わすタイプ」という一節に言及している人がいて、その人はミュージシャンだったんですけど、普通だったら「人生狂わせる」ってなるんだけど「狂わす」となっているところが凄いだなんて、言葉の意味にスポットを当てた話をしていて、いやいやそっちやないやろ、「狂わせる」って歌ってしまうとメロディと言葉が分離してしまうからや~ん。
 
歌の歌詞っていうのはメロディやサウンドがあっての言葉であって言葉だけを切り取って云々かんぬんというのはその前提であれば分かるんですけど、この場合はちょっと違いますよね。言葉をいかにして音楽として機能させていくかってところが腕の見せ所で、宇多田ヒカルはそこが非常に長けてる、そういうことだと思います。
 
つまり「人生狂わすタイプ」。僅か数文字ですけどここ、韻を踏みまくってるんです。細かく見ていくと、「じんせい」で頭とお尻の母音が同じイ音というのが先ずあって、「狂わす」の「わす」と「タイプ」が a と u で掛かってます。でその「タイプ」の真ん中にイ音があってそれも「じんせい」のイ音と韻を踏んで、イ音に戻ってくる。
 
でここのメロディ。僕は音符を読めないですけど、そんな僕でも音程が上下してるの分かります。それと「人生狂わす」のイントネーション、なんでもいいですけど、「おなかがすいた」とか「あたまがかゆい」といった喋り言葉のイントネーションに近いですよね。つまりなんで 「人生狂わすタイプ」 が耳に残るのか。こういう部分全部ひっくるめて言葉とメロディが仲良しの状態でスムーズに機能しているからなんです。単純にこの言葉がエモいから、ではないんですね。あと言わずもがなですけど、ここの前後の歌詞、「夢中」と「deja vu」とも脚韻を踏んでいます。
 
ということでこの曲、そこのところを意識して聴いてもらうとずっと韻を踏みまくってるのが分かるし、アクセントとかイントネーションで言葉とメロディを一体化させているのが分かると思います。勿論、この曲だけではないです。宇多田ヒカルはライミングを多用しています。なんでか?それはポップ・ソングの一つのマナーだからです。ていうかポエトリーのマナーですよね。古くはランボーもそうだしブレイクもそう。ディランだってそうだし、あのビリー・アイリッシュだってそう。ライミングというのは言葉の伝播力を高めるひとつの手法なんです
 
ジャパニーズ・ポップだってかつてはそうだった。佐野元春にしても桑田佳祐にしてもカクカクした日本語をいかにメロディと一体化させるかというところに苦心をしていた。どうやってか。欧米の音楽やポエトリーを参照したんですね。それ以前のフォークとかニューミュージックが重視した歌詞の意味から離れて、言葉をどう音楽化させるかというトライアルの時代があったわけです。
 
その後、バンド・ブームがあって90年代のメガ・セールスの時代があって、今に至るJ-POPという世界にも稀に見る音楽マーケットが出来た。凄い事です。でもよくないことも起きた。つまりこの中で事足りるようになったんですね。音楽をやるきっかけが日本のポップ音楽、ロック音楽となり海外の音楽を聴かなくなったんです。で歌詞について言えば、言葉をどう音楽として機能させていくかということより意味性、何を歌ってるかが重視されるようになった。つまりかつてのフォークやニューミュージックの言葉の捉え方へ戻ってしまったんです。しかも今やより情緒性、エモいが強調されるようになってしまった。
 
これ、家電や携帯電話でよく言われたガラパゴス化と同じですよね。なんかどんどん狭い方向へ向かって行くっていう(笑)。でも音楽の歌詞というのはやっぱりメロディがあって、ミュージシャン固有の声があって、和音があって、サウンドがあって成り立つものだと思うんですね。ディランがノーベル文学賞を獲った時に議論になったのも、ディランの詩は音楽なのか、文学なのかっていう、そこなんです。
 
だからテレビを見ていてですね、日本の最前線にいるミュージシャンが宇多田ヒカルの曲に対して真っ先に切り込むべきそこへの言及がなく、言葉の意味に向かってしまった、要するに内に向かった話をしていくというのはやっぱり聴いていて歯がゆかったなと。宇多田ヒカルは、この曲は違いますが今回のアルバムでは2021年に話題となったフローティング・ポインツと組んでるぐらいの人ですから、もっと大きく捉えてほしかったなと。ちょっと食い足らなかったので、ここで言わせてもらいました(笑)。

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