Fairytale of New York/Pogues 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Fairytale of New York』(1987年)The Pogues
(ニューヨークの夢/ザ・ポーグス)

 

12月です。クリスマスです。皆さんはクリスマス・ソングと聞いて思い浮かべるものはありますか?僕が真っ先に思い浮かぶのは「レリッ、スノ~、レリッ、スノ~、レリッ、スノ~♪」ですね。映画『ダイハード2』のラスト、ジョン・マクレーンとホリーが再会する印象的な場面でかかるこの曲の正式名称は『Let It Snow』。歌詞の内容は恋人との別れを惜しむ気持ちを、文字通り「Let it snow, Let it snow, Let it snow(雪よ降り続いて」という言葉で表現しています。1946年に米国で作られ、以来多くの歌手により歌い継がれています。『ダイハード2』ではフランク・シナトラだったかと思います。

日本で言うとやはり山下達郎の『クリスマス・イブ』でしょうか。「きっと君は来ない~」ですよ(笑)。でもこの歌はここがミソ。最後に「叶えられそうにない」と歌うように恐らく君は来ないのでしょう。でももしかしたら来るかもしれない。君に会えるんじゃないかと。そういう期待を微かに持っている。そういう弱々しい歌なのだと思います(笑)。でもみんな、そういう経験ありますよね?この微妙なニュアンスを言葉で説明せずに曲全体の雰囲気で響かせる山下達郎さんは流石です。

世界的に最も有名なのはやはりジョン・レノンの『Happy Cristmas(War Is Over)』かもしれません。お金持ちにも貧しい人にも、どんな人種の人にも、もっと言えばクリスマスなんて知らない人にも等しくクリスマスは訪れる。だからもう戦いなんてやめようよ。そんな歌ではないでしょうか。「Marry Cristmas」の後に「and Happy New Year」と続くところがいいですね。この言葉が加わることで肯定感や希望が増してくる。光がポッと射してくるような気がします。

今お話しした3曲はいずれも超有名曲。けれど今から紹介する曲をご存知の方はいらっしゃるでしょうか。ザ・ポーグス(Pogues)の『ニューヨークの夢(原題 Fairytale of New York)』です。ザ・ポーグスはアイルランド人ボーカリスト、シェイン・マガウアン(Shane MacGowan)を中心にロンドンで結成された、アイルランド民族音楽とパンクロックを融合したアイリッシュ・ロック・バンド。なんのこっちゃ分からないと思いますが、北欧やなんかの酒場でアコーディオンとかフィドル(バイオリンのこと)とか首から下げた太鼓なんかで賑やかに音楽を奏でる場面ってのをたま~にテレビで見かけませんか?あれですあれ。通常のバンド編成プラス、あーゆう感じという具合に想像していただければよいのですが、ま、この曲を聴いてもらうのが一番ですね(笑)。

さっきわざわざアイルランド人ボーカリストって述べましたが、それには理由がありまして、この歌は所謂ストーリーテリングの手法が用いられているんですね。で登場人物がニューヨークへやって来たアイルランド移民なわけです。冒頭、酔っぱらって留置場へ入れられた男はそこにいる先客の老人が「The Rare Old Mountain Dew」を歌っているのを耳にします。これはアイルランドの地名が沢山出てくる歌で、男は、あぁこの泥酔してぶち込まれた老人もアイルランド人だなと悟るわけです。そして「あれはクリスマス・イヴだったな」とちょっとばかり昔を思い出すのです。

若い頃に男は愛する女とアメリカに移民してきます。男には夢があり、女にも夢があった。男は格好よく女は可愛らしかった。この辺りがさっき言ったアイルランド音楽っぽい賑やかな雰囲気で奏でられます。しかし現実はそう上手くは行かない。2番の歌詞では年老いた二人が、こんなになったのはお前のせいだと互いに口汚く罵り合います。そうそうこの歌はデュエットです。シェイン・マガウアンとこの時のポーグスのプロデューサー、スティーヴ・リリー・ホワイト(←U2やデイブ・マシューズ・バンドなんかを手掛けた当時の敏腕プロデューサーです)の奥さん、カースティー・マッコールが女性部分のボーカルを担当しています。このデュエットというか掛け合いが素晴らしいんですね。二人とも登場人物にぴったりの声。ミュージカルみたいでテンポよく、ちょっと芝居がかった感じがとてもいいのです。で最後のヴァースでは落ち着きを取り戻した二人がぽつりと本音を語り合う。語り合うって言ってもそんなハッピーな話じゃないんですけど、老境にさしかかった二人の関係がね、決して感動するとかっていうんじゃなく、でも心に響くんですね。まぁこの辺は実際に聴いてもらって人それぞれ、年代によって、性別によって、環境によって思うところは色々あるんだと思います。

ところで、この曲はコーラスのところでもアイルランドの有名な曲が出てきます。ニューヨーク市警の聖歌隊が歌う『Galway Bay』です。だからこの人達もアイリッシュなんだというのが分かるわけです。要するに、多くのアイルランド人が新天地を求めてアメリカ大陸にやって来るものの、実際にはそんな簡単にいい職にありつける訳じゃなく、あるとすれば危険な仕事ばかり。だから警察官もアイリッシュが多かったらしいのです。僕たち日本人にはなかなか分かりにくい所かもしれませんが、日本でも入管法の議論がなされていて、まぁはっきり言って移民ですよね。そういう意味では今後この曲の世界は僕たちにとっても真実味のある曲になっていくのかもしれません。

少し話が逸れましたが、本当に素晴らしいクリスマス・ソングです。ちなみにこの曲はイギリスでは国民的なクリスマス・ソングらしく、毎年この時期になるとチャートに上がってくるそうです。まるで達郎さんの『クリスマス・イブ』ですね。日本でもこの歌を好きな人はたくさんいて、グーグルで検索すると僕みたいに、というか僕以上に上手に語っている人が沢山いて、ホントに愛されている歌なんだなと。僕は何年か前にラジオでこの曲を聴いて、以来、毎年この時期になると必ず聴いています。もっと多くの人にこの歌が行き渡っていくといいなと思っています。

The Bomb Sheltes Sessions/Vintage Trouble 感想レビュー

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『The Bomb Sheltes Sessions』(2012)Vintage Trouble
(ザ・ボム・シェルターズ・セッションズ/ヴィンテージ・トラブル)

 

このアルバムが店頭に並んだ当時、結構試聴した記憶がある。結局買わなかったのは、派手なのが1曲目だけだったから。ま、試聴レベルじゃそんなもん。で時を経て2014年、サマソニである。もう圧倒的なパフォーマンス。これだけの人たちが作ったアルバムなんだから、おかしなはずはない。ということで即購入。といきたかったが、当時そう思った人が結構いたみたいで、Amazonやなんかでは全て売り切れ。唯一タワレコに国内盤があったので、急ぎ購入した記憶がある。ホントはDVD付きの限定盤が欲しかったんだよな~。

ここで鳴らされるのはいたってオーソドックスなロックンロール。いや、というより、もっとベーシックなR&Bとかソウルとかを基調としたロックンロールというべきか。確かに#1『Blues Hand Me Down』のようなシャウトするロックンロールも恰好いいが、このアルバムの売りは#4『Gracefully』や#7『Nobody Told Me』といったスロー・ソングにもある。ゆったりとばっちりツボを突いてくるバンドの演奏と、ソウルフルなタイ・テイラーのボーカル。生き物のように命が宿っている感じがとてもいい。#7『Nobody Told Me』の詞がまたいいんだな。

この手の音楽の場合、どうしても聴き手を選ぶというか間口が狭くなってしまうきらいがあるけど、ライナーノーツを読むと彼らのフェイバリットはキャロル・キングの『つづれおり』やU2の『ヨシュアトリー』やダニー・ハサウェイの『ライブ』やジェフ・バックリーの『グレース』といった超有名盤ばかり。名うてのプレーヤーたちだけど、そう聞くと親近感が湧いてくるでしょ。マニアックな人たちかと思いきや、大衆性があるのはこうした嗜好があるからかも。

難しい顔してややこしい音楽聴いてんのもいいですが、たまにはこーゆー身も蓋もないロックンロールもいいんじゃないでしょうか。ちょっとお疲れのあなた、#1『Blues Hand Me Down』を聴いて熱くなりましょう!

Track List:
1. Blues Hand Me Down
2. Still And Always Will
3. Nancy Lee
4. Gracefully
5. You Better Believe It
6. Not Alright By Me
7. Nobody Told Me
8. Jezzebella
9. Total Strangers
10. Run Outta You
(ボーナストラック)
11. Love With Me
12. Nancy Lee(LIVE)
13. Come On By
14. Total Stranger(Round2)
15. World Is Gonne Have To Take A Turn Aroud
16. Nobody Told Me(LIVE)

Time/Louis Cole 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Time』(2018)Louis Cole
(タイム/ルイス・コール)

 

ルイス・コールです。カール・ルイスではございません。コール・ルイスでもございません。へぇ~、ルイスって苗字と名前、どっちでも使えるんやー。ま、そんなこたぁどーでもいいですね。しかしこのルイスさん、相当なお方のようでして、全ての楽器は勿論のこと、オーケストラのスコアまで書いちゃうらしく、しかもミックスやマスタリングといった最終工程まで自分でやっちゃうとのこと。ドラムに至っては元々はジャズ畑でかなりの腕前らしく、そう言われるとこのアルバムでも正確なドラムがものすんごく印象に残ります。カール・ルイスが幾つ金メダルを持っているかは知りませんが、こっちのルイスさんも相当なもんですな。私はミュージシャンを志したことはないですが、そっち方面を目指している方が聴いたらもうやる気なくしちゃうんじゃないかと。まぁそれぐらい圧倒的な才能の持ち主です。オレも名前をルイスに変えよーかな。

サウンド的にはやっぱドラムが目を引きます。テクニックをひけらかすっていうのではなく、機械のように正確にリズムを刻むっていうんですか。で叩くとこは叩くと。あとベースラインも耳に残りますね。この辺は超絶ベースと言われるサンダーキャットっていう名前が出てくるくらいですから(#10『After The Load is Blown』で作詞曲とボーカル取ってます)こっちもやっぱ意識的なんやと思ってしまいますが、ベースもルイスさんが弾いてんのかね?それとも打ち込み音でしょうか?

それとシンセによる電子音。本人がインタビューで語るところによると、子供時代はゲームばっかしていたそうで、特にスーパーファミコン!そこで流れるゲーム音楽にも夢中だったとか(インタビューでマリオカートやスターフォックスといった名前を挙げています)。んでもってスコアも書きますから曲によってはストリングス。でジャズから始めた方なので、そういう知り合いも何人か参加されているようでジャズっぽさもあったりして、#12『Trying Not To Die (feat. Dennis Hamm)』なんかがまさにそうですね。でそういうのがジャンルに縛られることなく混ぜこぜになっていて、その自由な感じがまたいいんですが、やっぱ基本はベースとドラムがぐいぐいビートを引っ張っていきますから、やっぱファンキーなんですね。凄くファンキー。なのでグルーヴ感がすんごいです。

あと大事なのがボーカルですね。元々ルイスさんはKnower(ノウアー)っていうバンドでドラムを担当しているらしいのですが、そこにはちゃんとボーカリストさんがいて(#2『When You’re Ugly』にも参加している女性の方です)ルイスさんは歌わないらしいのですが、それはなんと勿体無い!だってこんなに歌お上手なんですから。もうファルセットが素敵です。マイケル・ジャクソンです。マイケル並みに小刻みなシャウト入れてきます。でまたマイケル並みにファルセットで歌うスローソングが格別です。

でもそうは言っても基本は曲ですから、曲が悪けりゃここまで名盤にならないわけで、その点ルイスさんはソングライティングの腕前も相当なもの。ホントにスゴイ才能をお持ちなんですが、名曲揃いのこのアルバムの中でも特に目を引くのが、#13『Things』です。ちょうどこの季節にピッタリ。雪がちらつく夜にポッと灯りがともるようなアレンジで、歌詞がちょっと切ないというかグッと来ますね。サビはこんな感じです。「Things may not work out how you thought (物事は君の思ったとおりにはいかない)」。このドキっとするコーラスが時にクリスマスっぽい暖かなサウンドで何度も繰り返されるわけです。メロディを変えながら何度も何度も繰り返されるわけです。そりゃあもうこちとら思い通りにいかねーよって、しんみりしちゃうわけですよ。でそのしんみり感をフォローする次曲、#14『Night』が優しくってまたいいんですよ。

全体として醸し出す雰囲気はファンキーでスーファミでマイケルですから、やっぱ80年代でしょうか。そんなルイスさん、この年末に来日されるそうですが、参加される皆さん、間違ってもミスターみたいに「ヘイ、コール!」と呼ばないように(注.1)。コールは苗字ですからね!

注.1:1991年に東京で行われた世界陸上で、100m9秒86という当時の世界記録を樹立して優勝したカール・ルイスに、同大会でレポーターを務めていたミスターこと長嶋茂雄はスタンドから「ヘイ! カール!」とカール・ルイスが気付くまで呼びかけ続けた。この場面、私もリアルタイムでテレビを観ていましたが、テレビの前でありながら何故かハズい思いをした記憶が…。ミスター語録の一つです。

ちなみにこっちのルイスさん、手作り感満載のYoutube動画も評判だそうで、ひとつ貼り付けときます。面白いです。

Track List:
1. Weird Part of The Night
2. When You’re Ugly (feat. Genevieve Artadi)
3. Everytime
4. Phone
5. Real Life (feat. Brad Mehldau)
6. More Love Less Hate
7. Tunnels in The Air (feat. Thundercat)
8. Last Time You Went Away
9. Freaky Times
10. After The Load is Blown
11. A Little Bit More Time
12. Trying Not To Die (feat. Dennis Hamm)
13. Things
14. Night
(日本盤ボーナストラック)
15. They Find You

2019年もヴィンテージ・トラブルが来日するそうだ

 

2019年もヴィンテージ・トラブルが来日するそうだ

 

来春にヴィンテージ・トラブルが来日するそうだ。ヴィンテージ・トラブルというのはその名のとおりヴィンテージなソウル・ロックを奏でるアメリカの4人組バンドで、泥臭いくせに洗練されていて、ヴィンテージなくせにモダンで、田舎の酒場で歌ってそうなくせに都会的という、何言ってるかよく分からないだろうけど、ある意味1周回ってオシャレ感満載のソウル・ロック・バンドだ。

ヴィンテージっていうぐらいだから、真夏であろうと基本は全員スーツ・スタイル。汗水流しながら、ドンッドド、ドンッドドってグイグイ押してくエンターテイメント精神溢れるライブ・バンドで、僕は2014年のサマソニで初めて彼らを観たんだけど、確か13時ごろのクソ暑っつくて、人もまだまばらな時間帯に登場した彼らはそんなことお構いなしにどんどんヒート・アップ。照明用の塔に登るわ、シャウトしまくるわ、踊りまくるわで僕もいっぺんに虜になった覚えがあります。

そんな連中なので、ライブはもう間違いない。集客もバッチリなようで毎年来日しているような気もしますが、来年も来るってんで、そういや2015年のアルバム『華麗なるトラブル(1 Hopeful RD.)』にDVD付いてたなと。久しぶりに観てみたらこれがやっぱりカッコいいのなんのって。一緒に観てた小学4年の息子もえらい気に入ったご様子で、見よう見まねでシャウト。その日は思い出してはまねをして、二人で笑い転げてました(笑)。

つーことで調べると、今月末に2枚組EP盤が出るんですね。なんでアルバムじゃなくて2枚組EPなのかよく分かりませんが、とりあえずそれは買うとして、ライブのチケットも買っちゃうだろうなと(笑)。まぁ、来るのは来年の4月みたいだし、チケット買うのはちょっと気持ちを落ち着かせてからにしよーかな。つーかチケットすぐ売れ切れるんだろうか?毎年来るぐらいやからな~。

Big Red Machine/Big Red Machine 感想レビュー

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『Big Red Machine』(2018)Big Red Machine
(ビッグ・レッド・マシーン/ビッグ・レッド・マシーン)

 

ビッグ・レッド・マシーンとはボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンとザ・ナショナルのアーロン・デスナーによるコラボ・プロジェクト。ボーカルがジャスティン・ヴァーノンなので、聴けば、あぁボン・イヴェールだということで、僕はあの静謐な狂気とでも言うような世界が好きなので迷わず購入した。ザ・ナショナルのことはアーロン・デスナーのことも含めて知らない。

ソングライティングは共同で行っているようだが、恐らく歌詞はジャスティン・ヴァーノン。ていうかあんなヘンテコな歌詞は彼にしか書けないだろう。サウンド的にもほぼボン・イヴェールの延長線上にあると考えていい。その点、僕はザ・ナショナルのことは知らないので詳しくは聴き分けられない。でも1曲目の電子音にはちょっと身構えた。『KID A』やんって(笑)。

でもそれは最初だけ。参加ミュージシャンは50名!ほどいるらしいからいろんな音が聴こえてくる。ストリングスもあるからそれぐらいの人数にはなるのかもしれないが、それにしても多い!っていうかボン・イヴェールもそうだなと思いつつ、このいろんな音がチクチクと聴こえてくるのはやっぱ病みつきになる。体の中の手薄なところをいちいち突いてくる感じが心地よいのは僕もヘンテコなのか。

ボン・イヴェールの時もそうだけど、沢山のミュージシャンがいて、沢山の音が奏でられて、その上コンピュータ音もあって、にもかかわらず賑やかな感じがしないというのは不思議。つまりはお行儀がいいということか。けれど全体として飛び込んでくる印象は狂気。イメージも都会の喧騒と言うより、緑豊かな、或いは湖があってっていう景色が広がるんだけど、そこからはみ出るような、いや、はみ出さずにはいられないという狂気がある。それでもやっぱり行儀の良さを感じてしまうのは、周りに迷惑を掛けたくないというごく普通の感情と他者へのいたわり。しかしそのちゃんとした人の狂気は、我々が持っているごく普通の狂気とも言える。だからこそ我々の体の中の無防備なところをチクチクと突いてくるが心地よいのだ。つまり僕たちは人である以上ヘンテコなのだ。という僕たちのごく当たり前の狂気をごく当たり前に表したアルバム。

それにしてもなんでビッグ・レッド・マシンて名だ?シンシナティ・レッズとは関係あるのだろうか?

 

Track List:
1. Deep Green
2. Gratitude
3. Lyla
4. Air Stryp
5. Hymnostic
6. Forest Green
7. Omdb
8. People Lullaby
9. I Won’t Run From It
10. Melt

My Mind Makes Noises/Pale Waves 感想レビュー

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『My Mind Makes Noises』(2018)Pale Waves
(マイ・マインド・メイクス・ノイジーズ/ペール・ウェーヴス)

 

若さとは過剰であること。誰かが言っていたけど、ここにあるのは過剰さそのもの。しかしペール・ウェーヴスはそんなことお構いなしだ。まるでその過剰さこそが現実を凌駕するとでも言うように。そうだ、若さはいつも正しいのだ。

ヘザー・バロン・グレイシーによる歌詞は自身の恋愛体験を綴ったもので、それはまぁよくある話。そんなもの放っぽっておけばいい。しかしあまりに無垢で鋭利な言葉は聴き手に無視することを許さない。こちらの感情にまで真っ直ぐに踏み込んでくる言葉の力は通り一遍の‘私の恋愛物語’ではないから。そこには反逆やここではない何処かを希求する強烈な意志の力が蠢いている。これは彼女たちによる存在証明なのだ。

その存在証明こそが剥き出しの感情であり、過剰にポップなメロディであり、過剰に耳馴染みの良いサウンドであり、幾たびも登場する‘kiss’という言葉なのだ。正直言って、余りに自己主張の激しいポップ・ソングは互いに協調し合うことなんかなく、それぞれが好きな方を向いて勝手し放題。曲順なんてしっちゃかめっちゃかだ。けれどこれでいいんだと思う。多くの人が過剰さを抑えて、クールに決めようとする時代にあって、彼女たちはひたすら懸命に手を挙げているのだから。

今後、彼女たちはキャリアを重ねる中で、新たなスキルを身に付け、より多くの表現方法を獲得していくだろう。けれど、歪で不器用だけど強烈な正しさを秘めたこのアルバムの無防備なエネルギーを超えることはない。何故なら、このアルバムはどうあっても吐き出してしまわざるを得ない初期衝動によって生まれたアルバムなのだから。

 

1. Eighteen
2. There’s a Honey
3. Noises
4. Came In Close
5. Loveless Girl
6. Drive
7. When Did I Lose It All
8. She
9. One More Time
10. Television Romance
11. Red
12. Kiss
13. Black
14. Karl (I Wonder What It’s Like to Die)

Be The Cowboy/Mitski 感想レビュー

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『Be The Cowboy』(2018)Mitski
(ビー・ザ・カウボーイ/ミツキ)

 

詩というものは恐らく、主義主張があるとか、個人的に言いたいことがあるとか、ましてや作者自身の感情を吐き出したいとか、そういうものとは少し違うような気がする。詩とは作者の目に映る作者自身も何かよく分からないものを作者という個性のフィルターを通して言葉に変換されたもの。また詩人とはどうあってもそういう風に言葉に変換せざるを得ない人たちのことを言うのかもしれないと。

このアルバムは一見すると、取り返せない愛についての歌集のようだし、実際その解釈でもいいのだろうけど、やはりそこにはそれだけではない某かが含まれている。かつて手にしたけれど、もう離れてしまったもの。或いはかつては持っていたが、今は損なわれてしまったもの。そうしたもう取り戻せないもの、また強いて取り戻そうとも、取り戻せるとも思っていないけれど、もう手元を離れてしまったものについてを、ミツキはあぁもう取り戻せないのだなとまるで他人事のように詩に仕立てているのではないか。まるで他人事とは少し言い過ぎかもしれないが、だからと言って彼女は入れ込んだりはしない。客観的な詩として幾ばくかの物語に託している。そこにミツキの出自(父がアメリカ人で母が日本人であり、かつて兵庫県や三重県にも住んでいた)を絡ませるのは野暮。それが彼女のスタンスなのだから。

したがって、「演じる」というのはひとつのキーワードなのかもしれない。このアルバムからの先行トラックとして公開された#1『Geyser』と#9『Nobody』ではそれこそ本職の女優のような演技を見せているミツキではあるが、そこでもこちらからは役とミツキは被ってこない。あくでも映像の中のキャラクターに過ぎないのだ。『Geyser』で見せる情熱的な演技にも過度な生々しさや重苦しい情念を感じないのは彼女の演技が未熟だからではなく、彼女自身がただ単に演じているからに過ぎないし、そのことの方がより核心に迫れるということを彼女は知っているからなのだ。余計な情緒に核心をくぐもらせたくないという明確な意志が働いているからというのは穿ち過ぎだろうか。

そのことはアルバムのアートワークからもうかがい見ることが出来る。ジャケットといい、その内側といい、まるで映画の一コマのように役になりきったミツキのポートレイト。中身の音楽を聴いていても、それぞれの曲で映像が明確に喚起されるのは、ミツキのスタンス、自分のことを書いているようで自分ではない誰かの物語を書いているということにも繋がる。

それは歌詞カードに主語である‘I’が小文字の‘i’と表記されていることと無縁ではないだろう。すなわち、‘i’は聴き手に委ねられているということ。ミツキは物語を提示しているに過ぎない。後は皆さんで、ということになるだろう。彼女はあくまでもある感情やある景色を自身のフィルターを通して詩として、或いは物語として表しているに過ぎないのだ。

だからこそ逆説的に僕は聴いていると言葉が気になってしまう。けれど歌詞を読んでも彼女の本音は容易く隠されてはいない。しかしやはりいくら距離を取ろうとも覆いきれない彼女の感情は間違いなくそこにあって、けれどそれはポツポツと滲む雨粒のように跡を残さない。そこを敢えて抒情的に眺めれば、窓越しに遠くを見つめて、片目から涙がすーっと流れてくる。そんなイメージだ。

 

Track List:
1. Geyser
2. Why Didn’t You Stop Me?
3. Old Friend
4. A Pearl
5. Lonesome Love
6. Remember My Name
7. Me and My Husband
8. Come into the Water
9. Nobody
10. Pink in the Night
11. A Horse Named Cold Air
12. Washing Machine Heart
13. Blue Light
14. Two Slow Dancers

(日本国内盤ボーナストラック)
15. Geyser(Demo)
16. Why Didn’t You Stop Me?(ほうじ茶バージョン)

Let’s Go Sunshine/The Kooks 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Let’s Go Sunshine』(2018)The Kooks

 

出ましたクークス。4年ぶりです。えらい待たせたね~。かなり前に前作(『Listen』 2014年)の続編みたいな感じでレコーディングを始めていたらしいけど、これは今すべきことじゃねぇって一旦白紙に戻したそうだ。で仕切り直し。じゃあこれぞクークスってのを作ろうじゃないかって出来たのが本作だ。

アルバムはイントロ(←このイントロが最後にいい感じでリプライズされる)があって2曲目『Kids』で始まる。僕はクークスを表す際、ついUKギターバンドの雄とかUKギターロックの系譜なんて言ってしまうんだけど、この『Kids』は正にそんな感じ。リアム・ギャラガーのソロ作(『As You Are』 2017年)に入ってそうな雰囲気で、間奏のタンバリンもリアムが叩いてんじゃねぇかって(笑)。ただ大きく違うのはバンド感。そりゃソロ1作目のリアムとは比べぶべくもないけど、このバンド感は流石というか、今回はルークのソングライティングに重きを置いたアルバムだという情報が頭にあったけど、それプラス、バンド感。ルークのソングライティングも含めて、バンド感がすっごく前面に出ていると思います。

例えば#5『Fractured and Dazed』。曲がまたいいんだけど、バンドがそれをしっかり下支えしている。ルークの作った曲に寄り添っているというか、派手さは無くても全体が塊としてガッ来る感じが一体感があってとてもいいのです。またギターのヒュー・ハリスがいつもながらバックで実にいいフレーズを奏でてます。この人は前へ前へっていうギタリストではないんだけど、実はクークス・サウンドの肝はこの人なんじゃないかというぐらい毎回いい仕事をしています。ちなみにこの曲は終わったと思ったらまたドゥンドゥドゥドゥドゥンッて始まるところも最高だ。

このアルバムはとにかくメロディがいいんだけど、初期からのファンにはちょっとスピードが物足りないかもしれない。でもよ~く聴いて欲しい。#7『Four Leaf Clover』なんてどうです。心が走ってませんか。メロディはとても綺麗だけど心がつんのめって走り出している。音は成熟しているけど、心は切羽詰っている。この曲はキャリア12年を経たクークスの一つの到達点と言っていい名曲じゃないでしょうか。ルーク節の「んまぁい~ん♪」(←mind のことです)も聴けるし(笑)。

アルバムはここで前半の区切り。LPで言うところのA面終了やね。後半はレトロな#8『Tesco Disco』、#9『Honey Bee』で気分転換。『Honey Bee』なんてオールディーズ感満載で面白いね。#11『Pamela』はアルバム唯一のスピード・ナンバー。クライマックスへ向けてここらで一回ギアを上げてこうかって曲。こういう感じはお手の物。テンポ・ダウンしてまた加速していくところなんかも流石のクークスです。

#13『Swing Low』はロッカ・バラード。この曲で終わってもいいぐらいのゆったりとしたいい曲。けど、その流れを引き継いでく#14『Weight of the World』が輪をかけて素晴らしいです。シンプルなのにこの奥行き。ワンフレーズのコーラスなのにものすんごい情感。ポール・マッカートニーかっちゅうぐらいの素晴らしいメロディやね。出だしのピアノといい中盤からのトランペットといい、アレンジも最高だ。

最後の曲は#15『No Pressure』。前曲の余韻から入るイントロのギターがいい感じ。前々曲、全曲で胸がいっぱいになったところで、最後に軽やかな曲を持ってくる構成も抜群だ。まるでミニシアターで観る青春映画のエンドロールみたい。この曲もいいメロディだ。

これぞクークスという意気込みで始まったという創作。その目論みは大成功。クークスのアルバムはどれも好きだけど、これまでの魅力をギュッと恐縮したような本当に集大成のようなアルバムになっていると思います。曲はいいし、バンドはいいし、けど全15曲のボリュームを感じさせない軽やかさ。よいメロディにはノスタルジーが宿るっていうけど、このアルバムにもセピア色の写真を見るようなよいメロディがいっぱい詰まっている。これが売れなきゃどうせいっちゅうような素晴らしいアルバムです。

 

Track List:
1. Intro
2. Kids
3. All the Time
4. Believe
5. Fractured and Dazed
6. Chicken Bone
7. Four Leaf Clover
8. Tesco Disco
9. Honey Bee
10. Initials for Gainsbourg
11. Pamela
12. Picture Frame
13. Swing Low
14. Weight of the World
15. No Pressure

Free All Angels/Ash 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Free All Angels』(2001)Ash
(フリー・オール・エンジェルズ/アッシュ)

 

今年出たアルバム『Islands』(2018年)が凄く良かったのだが、実はアッシュを長い間聴いていなかった。と言ってもその前のアルバム自体が久しぶりの作品だったようで、なんだ僕のせいでも何でもないやと開き直っているところでございます。ところでアッシュといやぁこの『Free All Angels』(2001年)。せっかくなんで久しぶりに棚から出して聴いてみました。

こりゃもうベスト・オブ・アッシュやね。ヘビーなロックチューンにスローソング。これでもかと言うぐらいいい曲が沢山詰まってます。でまた改めて聴くと構成が素晴らしい。スローソングの後には間髪入れずスピードナンバーを入れてきたり(#10『Sometimes』の後の#11『Nicole』)、シンセや打ち込みを挟んでみたり(#4『Candy』)、ストリングスなんてのもあるわで(#7『Someday』や#12『There’s a Star』)ホントに飽きさせない展開。曲間がほとんど無く、すぐ次の曲に移るとこなんかも正にベスト盤の様相だ。

1曲目の『Walking Barefoot』からして最高やね。夏の終わりの切ない感じが凄く出てて、初っ端にこれ聴いて何とも思わない人はもうロックなんて聴くんじゃねぇって感じ(笑)。そうそう、このアルバムのイメージはやっぱ夏なんだけど、特にちょうど今の季節、夏の終わりがぴったりはまるアルバムです。ちょっぴり寂しい感じがよく出てる。この曲なんて「we’ve been walking barefoot all summer」っていう歌詞ですからもうそのまんまですね。

その後#2『Shining Light』、『Burn Baby Burn』とヒット曲が続くあたりもう完全にベスト・アルバム扱い。ていうか曲良すぎ(笑)。今年の『Islands』もホントにフレッシュなソングライティングで、ティム・ウィーラー、アラフォーのクセにスゲェなと思ったが、この時20才そこそこのティムは当然ながら勢いがあってキレキレでございます。そう言えばこのアルバムはティムさん以外のメンバーが作った曲も入っていて(#6『Submission』、#9『Shark』)、それもいいアクセントになっている。ていうかアクセントどころかすげぇカッコイイ!この頃のアッシュはホント無敵だ。

このアルバムはさっきも言ったとおり夏、というか夏の終わりを感じさせるアルバムでそれがギターロックに良く合っているのだけど(ギターロックとは真夏のイケイケではなく、ちょっぴり切ない夏の終わりのことなのだ)、それに拍車をかけるのがスローソング。#7『Someday』もいいけど、ここはやっぱり#10『Sometimes』。「さ~むたいむ、さぁぁぁ~たいむ」って繰り返しているだけやのにこの切なさはなんなんでしょうか。アルバムを締める最後の#13『World Domination』も完全に夏の終わり。誰もいない海岸を一人で歩きたくなります。

日本盤にはこの後ボーナストラックとして#14『Gabriel』が。長尺のヘビーなナンバーで、次作の『Meltdown』(2004年)へ繋がるような曲。この時点で次作は意識していなかったろうけど、この辺のナチュラルさ加減も当時のアッシュのマジックを感じます。そういやゆったりした#7『Someday』の後に来る#8『Pacific Palisades』も見事やね。全編サビのCMソングのような曲で、サッと始まりサッと終わる。俄然キャッチーなこんな曲をアルバムの中盤にサラッと持ってくるところも神がかってますな。

 

Track List:
1. Walking Barefoot
2. Shining Light
3. Burn Baby Burn
4. Candy
5. Cherry Bomb
6. Submission
7. Someday
8. Pacific Palisades
9. Shark
10. Sometimes
11. Nicole
12. There’s a Star
13. World Domination

日本盤ボーナストラック
14. Gabriel

ミツキとペール・ウェーヴス

洋楽レビュー:

ミツキとペール・ウェーヴス

 

タワレコ・オンラインで注文していたミツキとペール・ウェーヴスの新譜が同じ日に届いた。ペール・ウェーヴスはキャッチーなシングルを昨年から立て続けにリリース。今年のサマソニにも出演し、新人にも関わらず幕張のマウンテン・ステージをほぼ満員にしたという期待のバンドである。ゴスメイクで一見キワモノ的なイメージだが、ボーカルのヘザーはよく見ると整った顔立ちでその点も人気に拍車をかけている模様。僕もYouTubeで彼女達の曲を何度も聴いて、デビュー・アルバムを心待ちにしていた一人だ。

一方のミツキは名前から察せられるように日系の米国人で、大学在学中にファースト・アルバムを自主制作でリリース。その後もコンスタントに新作を発表し、4枚目のアルバム『Puberty 2』では数々の主要メディアの年間ベスト・アルバムに選出されるなど、所謂ミュージシャンズミュージシャンと言われるような、同業者からも非常に高い評価を得ているアーティストだ。ちなみに大学時代に知り合ったパトリック・ハイランドとすべての楽器を2人で演奏し、ミキシングやマスタリング、ジャケットまでを2人だけで行っているという。

アルバムが届いたその日、先ずはテンションがグッと上がるポップ・ソングだろうということでペール・ウェーヴスから聴いた。歌詞カードを開きながら聴き始めたのだが、どうも勝手が違う。どうやらこの歌詞が曲者のようだ。簡単に言うと歌詞がキツイ。全てヘザーの恋愛体験に基づく歌詞なのだそうだが、思春期特有の生々しさがあってその鋭利さがとっても痛々しいのだ。声の感じとか曲の親しみやすさは初期のテイラー・スウィフトっぽくて、実体験を基にした歌詞なんてのもテイラーと同じなのだが、テイラーが外に向かって開放していくのに対し、ヘザーは内気で繊細な感じがモロに出ていて、それが聴いてるこっちにまでリアルに響いてきてしまうのだ。

その日は夜遅かったのでペール・ウェーヴスは前半までにして、今度はミツキの新譜を聴いた。ミツキのアルバムも上手くいかなかった恋愛に関するアルバムだ。けれどこっちは何故か聴いているこちらに落ち着きをもたらしてくれる。僕は彼女のアルバムを聴くのが今回が初めてなので、いつもそうなのかはよく分からないが、彼女は曲とは一定の距離を保っているようだ。まるで演劇とか映画を観ているような気分。恐らくは繰り返し聴くことでその物語はまた違った印象を投げかけてくるのだろう。

当初の印象ではキャッチーなペール・ウェーヴス、情念のミツキ、というイメージだったが、歌詞を見ながら聴いてみるとこちらから距離を詰められるのは以外にもミツキの方で、ペール・ウェーヴスは生傷を見せられるような痛々しさがありました。どっこい、ミツキにしてもある程度まで近づくとそれ以上は近寄らせてもらえないのだろうけど、この試聴レベルで聴いていた時の印象と歌詞カードを手にちゃんと聴いてみた時の印象がそれぞれ全く逆になってしまうというのはなかなか面白い。

といってもこれは初見の印象。共に別れをテーマにしたアルバムがこれから聴き込むつれてどう印象を変えていくのか。それも楽しみな対照的な2枚のアルバムでした。