月と専制君主/佐野元春 感想レビュー

 

月と専制君主  (2011) 佐野元春

 

リ・クリエイト・アルバム。要するに自前のカバー曲集なんだけど、これがとてもいい。嫌な言い方をすれば、あくまでも焼き回しに過ぎないのだが、全くそうは思えない瑞々しさと、今を感じさせる時代性を備えている。

ライブにおける佐野はこれまでも、場所や時代が変われば衣替えするかのような身軽さでもってアレンジを変えて演奏してきた。僕たちファンにとってもそれは当たり前のことではあったのだが、ライブ用のそれと、こうして時間をかけて丹念に録音されたスタジオ版とでは少し趣が違うようだ。それはライブバージョンのような瞬発力はないが、砂地が水を吸い込むかのようなゆったりとした浸透力を持っている。

フリー・フォークと呼ばれる当時の海外の潮流と歩調を合わせたかのようなアコースティックなサウンドは、親密さと同時に、リアリティを醸し出し、演者と聴き手との距離をぐっと引き寄せる。目の前に広がる風景は、これまで以上にまるで自分がそこにいるかのようで、ここにはズボンの裾に土がこびり付きそうな直接性がある。そしてその喚起力は、目の前にぐっと引き付ける力強いものではなく、やんわりとした日常性を伴ったものだ。

加えて素晴らしいのは、今を感じさせるという点である。これはポップ・ソングで最も重要な要素であるが、このアルバムを聴いて何よりうれしいのは、過去の曲であろうが、アコースティックであろうが、今この時を叩きつけている点である。まさに正真正銘のリ・クリエイト・アルバムと言えよう。

新たに施されたサウンド・デザイン、それに応えるホーボー・キング・バンドの適切な演奏もさることながら、今回感じるのはやはり曲本来の力である。煮て食おうが焼いて食おうが、今と共鳴する普遍性。余計な装飾がない分改めて佐野の楽曲の確かさが浮き彫りになった気がする。

『クエスチョンズ』や『C’mon』といったチョイスも良し。振り返れば佐野のキャリアも随分と長くなってきた。あまり顧みられることのない佳曲を掘り起こすことは僕らにとっても意味のあることではないか。

ただやはりカバー・アルバムなので、佐野のいつものはみ出すような危うさが無いのは物足りないか。このようなコンセプト・アルバムに違和感なく溶け込む新曲が2、3あれば、より鮮度は高くなったと思うがどうだろうか。ていうかファンとしちゃそっちの方が嬉しい(笑)。

そう言えば、、、ハートランド解散の折り、当時のライブ・アレンジで何曲かばぁーっと録音したはずなんだけど、あれはもうリリースしないのだろうか。本当の意味でのハートランド最後の作品ってことでファンにとっちゃたまらんのですけど、、、。

 

1. ジュジュ
2. 夏草の誘い
3. ヤング・ブラッズ
4. クエスチョンズ
5. 彼女が自由に踊るとき
6. 月と専制君主
7. C’mon
8. 日曜の朝の憂鬱
9. 君がいなければ
10.レイン・ガール

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