『ZOOEY』(2013)佐野元春 全曲レビュー
(ゾーイ/佐野元春)
1. 世界は慈悲を待っている
「穏やかで未経験な君 やりきれなくなって自滅するなんて」。冒頭の数行を聴くだけで、これまでのスタイルとは全く違うことに気付く。モータウン調のリズムに乗り、意図的に一音に一語をフックさせることでビートが強調されている。「若くて 未熟な アナキスト」に捧げられてはいるが、無論、年齢や世代を制限するものではない。開かれた曲だ。
この曲にはサビでとっておきのラインが待っている。「Grace 今すぐ 君の窓を開け放たってくれ」。曲の後半、饒舌になる訳でもなく、大げさなアレンジを加えることもなく、静かに盛り上がりをみせる手腕は過去の曲でいうと『月夜を往け』(2003年『The Sun』収録曲)で見せたもの。
2. 虹をつかむひと
出だしのオルガンといい、ピアノといい、ダダンと踏み込むドラムといい、これはもうスプリングスティーンである。ロックの一つの定型であり、いわゆるウォール・オブ・サウンド。
宮沢賢治のようなイノセントな言葉に面食らってしまう。僕はそんな正直な人間ではないよ、と。思わず琴線に触れてしまうのだけど、めんどくさい僕はどうしたらいいのか持て余してしまう。この曲をライブで聞いたときには素直にグッときた。結局、ライブでなんの躊躇もなく聴くべき曲なんだろう。
3. La Vita e Bella
リード・トラックに相応しい快活な曲。しかし言葉は先の震災を思わせる。タイトルは「素晴らしき人生」。色んなことを経験し、知ってしまった。しかし「君が愛しい 理由はない 言えることはたったひとつ この先へもっと」と歌う。もうそれしかないというように。ここでのメッセージは切実だ。
ライナー・ノーツにはこんなふうに書いてあった。「人生は素晴らしい。しかしそれを知るころには身も心も傷だらけ」。この曲はただの人生賛歌ではない。その両面が歌われている。それに応えるバンドの演奏もまた素晴らしい。サッと始まり、サッと終わる。その疾走感もこの曲の意味を明確にしている。
4. 愛のためにできたこと
ゆったりとしたバラード。多分深刻な別れの歌なんだろうけど、さらりとした別れともとれるし、現在進行形にも聞こえる。2番になると詩は更に広がりを見せ、様々なイメージを喚起させる。言葉少ななシンプルな曲だが、深刻でもあり、ユーモラスでもある。また、過去と現在、未来とも繋がっており、佐野のソングライティングが新たな領域へ入ったことを確信させる作品となっている。加えて、佐野のボーカルが素晴らしい。このアルバムでも1,2を争う出来ではないか。
「愛していると君は言う でも信じてるとは決して言わない」というフレーズは秀逸。ちなみに最初このタイトルを聞いたときは『僕にできること』(1996年『フルーツ』収録曲)を連想したが、全く別物だった。
5. ポーラスタア
早口で字余り気味に歌われる、珍しい曲。スポークン・ワーズ形式とも異なり、吉田拓郎の『イメージの詩』を思わせる。詩の中身の方は完全に現代詩。しかし言葉の意味にとらわれず、自由に聴くべきであろう。そのためのサウンドがここには用意されている。確か新生コヨーテ・バンドによる最初の録音がこの曲だったはず。バンドの勢いが感じられ、この曲の意図するところと重なって見える。すなわちひたすら前を向いて歩いてゆくということだ。そしてその上には瞬く何かが存在するということ。そういう意味で、この曲と次の『君と往く道』、その次の『ビートニクス』はつながっている。
6. 君と往く道
人生を航海ととらえた『ポーラスタア』とは対照的に、この曲では散歩に例えて歌っている。色々な事があったけど、「全ては何も変わらない 全てはずっと今までのようさ」とうそぶく楽天性がいい。年月を重ねた、あるいは何事かを経験したひと組のカップルを思い浮かべるが、サビの「愛されてるって~」てところは世代を問わない初々しさがある。ブリッジの「打ち明けることもできずにいたのが懐かしい」というラインににやにやしているひとも多いはず。
他愛のない曲。しかしその他愛のなさこそが僕たちには大切なのだ。
7. ビートニクス
佐野ファンにはおなじみのビートニクス。物質的に豊かになった1950年代米国におけるカウンター・カルチャーのことだが、ここで歌われるのは彼ら先人に向けたものではない。現代の荒地を往く我々に向けられたもの。メッセージは簡潔だ。「信念のままに迷わずに歩け」。なんか猪木みたいだが、それはもうそうとしかいいようがない。金持ちだろうが、貧乏だろうが、行動家だろうが、引きこもりだろうが、関係ない。「行き先は自分で決めてゆくしかない」のだ。
珍しくギター・リフを基調とした曲。ヘビーなサウンドが心地よい。歌詞も少なく単純。つまり「Don’tthink. Feel!」ということだ。
8. 君と一緒でなけりゃ
マービン・ゲイ風ソウルナンバーといったところか。「人間なんてみんなバカさ」。言葉だけを見ると強烈だが、そこまでの重さはない。これこそ音楽の魅力だろう。むしろこの曲のテーマは「君と一緒でなけりゃ」というライン。その意味をじっくり考えたい。ロックンロール一辺倒と思っていたコヨーテ・バンドだが、この手の曲も見事。もともとは1993年のアルバム、『ザ・サークル』のアウト・テイクだそうで確かにそれも頷ける。となると、ハートランド・バージョンも聴いてみたくなるのが心情。前曲『ビートニクス』からの流れがこの曲の良さを一層高めている。
9. 詩人の恋
タイトルそのままに愛の歌。別れの歌。しかも死別を思わせる深刻なもののようだ。言葉があまりにリアル。このアルバムの制作前、個人的に衝撃的なことがあったとのこと。もしかしたらそうなのかもしれない。何人かのレビューを見ているとこの曲はかなり評価が高いようだ。が、僕はまだよく掴めていない。この曲ではストリングスを模したシンセが使われてるが、それも僕がいまいち入り込めない要因だ。はっきり言ってこの曲に漂うリアルな生にはそぐわない。変に盛り上げる必要はないと思う。アコースティック・ギターのみで淡々と歌われるデモ・バージョンの方が僕は絶対いいと思う。
10. スーパーナチュラルウーマン
この歌はライナー・ノーツで述べているとおり。主人公はもうやけくそ。だってどうあがいても女性にはかないっこないんだから。女性賛歌。どう思うかはひとそれぞれ。この曲に深い意味を詮索するのは無意味だろう。過激な歌詞に目が行くが、ノリで口をついて出てきただけ。ほんとに理由なんてないと思うな。作家の本心はアウトロの「スーパーナチュラルウーマン♫」。このコーラスの柔らかな歌声が全てだと思う。
11. 食事とベッド
アルバム終盤に相応しいパワー・ポップ。プラス、スカということで陽気な曲。この曲もストレートに捉えるべきであろう。「二人はピーナッツ」というのも楽しいが、『食事とベッド』というのが色々想像できていい。佐野元春という人は知的で真面目なメッセージを歌う、というイメージがあるかもしれないが、基本的にはこの曲みたいな風来坊。盛り上がっちゃってラストでベースが唸るのはその表れ。「あとどれくらい愛してゆけば君に会えるだろう」という厳しい言葉が頬が緩みそうなメロディで歌われているところがミソ。
12. ゾーイ
佐野の「Well」で始まるシンプルなロックンロール。前作『コヨーテ』から6年もの歳月を要した理由がここにある。恐らく、できたてホヤホヤのバンドでもこの手の曲はできただろう。しかし、幾たびかのライブ・ツアーを通してまで佐野がこだわったのは、バンドとしての気を込めるためではなかったか。この曲にはロック音楽に最も重要な気が込められている。佐野流に言うならば、血の通った音楽ということだ。このあまりに身も蓋もないシンプルな言葉とメロディ。それこそが佐野から僕たちへの強烈なメッセージだ。シンプルゆえに簡単に消費されてしまいかねない。しかしその風雪に抗うための強固な気がここにはある。僕は‘zoe(ゾエ):永遠の命’と冠したアルバム・タイトルに相応しい曲だと思う。