834.194/サカナクション 感想レビュー

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『834.194』(2019)サカナクション

 

個人的には随分と久しぶりのサカナクションです。彼らのアルバムを買うのは2010年の『kikUU-iki』以来。ということで僕は熱心なサカナクションのリスナーではないので、あしからず。

その間、世間的には大ブレイクしたわけだけど、僕としてはなんか物足りないというか、もっとグワッとした塊というかロック的な衝動というか、何じゃこりゃ?というような過剰さが欲しかったというのがあって。勿論好きは好きなんだけど、アルバムを買うまでには至らなかったのは、なんか綺麗に洗練されて小ざっぱりしたバンドだなという印象が拭いきれずにいたからかもしれない。

そこでこの2枚組。CDが売れない、しかもアルバムとしてのコンセプト云々というのが顧みられなくなったこのご時世において2枚組を出すという。これはもう聴かなきゃいけないなと。

本作に伴う山口一郎のインタビューで印象深かったのが、作為性/無作為性という話。「天才というのは尾崎豊やブルーハーツのことで、彼らは本能で書いてそれが認められる。けど僕たちはそれが受け入れられなかった。そこでどうしたら受け入れられるかを考えるようになり、そこで見つけたのがダンスやエレクトロニカを導入した今の形。」というような発言。山口によると、札幌でのアマチュア時代が無作為性で、認められて東京に出てきて今に至るというのが作為性ということになる。

なんかメンドクサイことを言ってやがると思いつつ、けどそれは大いに共感できる話で、つまり音楽家に限らずある程度認知されているアーティストというのはすべからく作為的なところが恐らくある。つまり作家性と商業性で、そこの使い分けは別に悪い事でも何でもなくて当然なのではと、素人だからこそ思ったりもするのだけど、山口一郎の場合は長くやってきたけど未だにそこのところがしっくりと来ない。つまり今回の2枚組はその気持ちのわだかまりが形になって現れたという風にも受け取れるのではないか。

そういう意味では僕がサカナクションに対しなんとなく物足りないと感じていた部分は的外れでもなかったし、当の山口一郎本人がそうだったのだから、そりゃ当然だろうと思うのだけど、その揺らぎというのがこのアルバムにはちゃんと出ていて、そこは本人が意識していたのかどうかは別にして、見事に揺らいでいるなぁ、というのがこのアルバムに対する僕の印象です。

つまり山口本人の言として、Disc1は作為性であると。認められて東京に出てきたスタイルを表し、だからキャッチーだしアッパーな曲もある。一方のDisc2は無作為性、本当はそんなこと言っている時点で作為的なんだけど、兎にも角にもウケるウケないは横に置いて内面に糸を垂れる、ありのままの音楽表現で行くんだというDisc2をセットする。

で実際に聴いていると確かにそんな感じはするし、具体的に言うと家で休みの日なんかにDisc1をかけてたら家族は喜ぶし、いい感じのリビングになるんだけど、Disc2はやっぱりそうじゃねえなって。家族が寝静まった夜に一人イヤホンを差して聴くというのがしっくりくる。

けどこれが聴き続けているとどうも違ってくるというか、だんだんそういう境目が無くなってくる。言う程1枚目は作為的でもないし、言う程2枚目は無作為でもない。当然ながら、時間の経過と共に彼らは成長しているのであって、無作為性なんて言ったって、もうそういうところへは戻れない訳だし、しかし戻りたいとする意識はここにあって、そういう作為性と無作為性が混ざり合う感じ、まだ完全に混ざり合っていない、不確かな感じがこのアルバムの魅力として横たわっているような気はする。

ということで、今この時期に2枚組にする必要はあったのだろうけど、山口一郎はこういうメンドクサイ人だからこそ信用できるのかなと。いずれこういう不器用な事をせずとも、全く自然な作為/無作為の交わったサカナクションというものが立ち現れてくるだろうけど、それは随分と先の話ではなく意外とすぐそこに来ているのかも。

個人的にはソロ活動をジャンジャンやりゃあいいのになぁと思ったりもするけど、それは余計なお世話(笑)。

 

Tracklist:
(Disc 1)
1. 忘れられないの
2. マッチとピーナッツ
3. 陽炎
4. 多分、風。
5. 新宝島
6. モス
7. 「聴きたかったダンスミュージック、リキッドルームに」
8. ユリイカ (Shotaro Aoyama Remix)
9. セプテンバー -東京 version-

(Disc 1)
10. グッドバイ
11. 蓮の花 -single version-
12. ユリイカ
13. ナイロンの糸
14. 茶柱
15. ワンダーランド
16. さよならはエモーション
17. 834.194
18. セプテンバー -札幌 version-

平成/折坂悠太 感想レビュー

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『平成』(2018)折坂悠太

 

講談師の神田松之丞が大変な人気らしく、私は確か一昨年ぐらい前にEテレでやってたインタビュー番組「SWITCH」で彼を知って、こりゃ面白れぇと早速音源を聴いたところそりゃ驚いたのなんのって。

私は同じくEテレの「日本の話芸」を毎週録画していますから、じゃあそこで時たまやる講談もいっちょ観てみようかなんて思って観てみますと(いつも落語以外は大概すっ飛ばします、すみません)、まぁ昔ながらの、あぁ講談ってこんな感じだったよなっていう印象で、なるほど、神田松之丞がだいぶ変わってんだなと。ま、それからは相変わらずすっ飛ばしております、あい、すみません。

で落語好きの友人に神田松之丞を紹介したところ、そいつは神田松之丞の講談を聴いても別に何とも思わなかったみたいで、私は拍子抜けした気分にもなりましたが、そういやそいつは音楽を聴かねぇやつだったじゃねぇかと、なるほどと一人得心しておりました。

どういうことかと申しますと、神田松之丞という講談師は兎に角大げさで、過剰で、やたらめったらエネルギーを放射する。恐らくその過剰さを私は気に入ったんですけど、要するにその過剰さというのは私にとってはロック音楽なんです。それも若い奴のやるロック音楽。過剰っつってもパンクやメタルなんていう騒がしい音楽という意味ではなくて、大人しくったって過剰で心象が騒がしい音楽はそこらじゅうにあるわけで、いちいち表現がオーバーな奴っているでしょ?でもその過剰さっていうのは重要で若さの特権なんです。

若いくせに過剰じゃねぇロック音楽なんての私は興味ないです。てことで、落語好きなのに神田松之丞がピンと来なかったのはそいつが音楽を聴かねぇやつだったからという理屈です。

前置きが長くなりましたが、折坂悠太です。過剰です。苦味とか雑味だらけでやたらめったらエネルギーを放射して暑苦しいです。どういうわけか「みーちゃん」とか「夜学」とかを聴いてると、米国のジャム・バンド、デイヴ・マシューズ・バンドを思い出しまして、ジャカジャカした感じとか、サックスの感じですかね?暑苦しいなんて言いましたけど、デイヴ・マシューズ・バンドっぽいっつってんだから、悪い気はしないでしょ、折坂さん。

なにしろ言葉がいいです。例えば1曲目の『坂道』。「重心を低く取り / 加速するこの命が / 過ぎてく家や木々を / 抽象の絵に変える」。続いて2曲目『逢引』は「互いの生傷を暗闇に伏せている」。いい表現するじゃないですか。

言葉で言うとダブルミーニング、掛詞が目に付きました。#2『逢引』の「各都市のわたくしが」は「各年(若しくは各歳)」にも聞こえます。#6『みーちゃん』の「みーちゃん、だめ」は「見ちゃだめ」だろうな。#7『丑の刻ごうごう』の「朝間近」は「浅まじか」或いは「マジか?」に聞こえます。

意図的なのか偶然なのかは知りませんが、たとえ偶然だろうと見て見ぬフリをする大胆さをお持ちではないかと。何かのインタビューで「字余りになるのが嫌で、言葉を綺麗に揃えてしまう」などと几帳面な事をぬかしておりましたが、この緊張と緩和はやはり日本の話芸と相通ずるものがございます。

ちなみに私が折坂悠太の『平成』をウォークマンに取り込んだ日は、昭和の大名人、5代目古今亭志ん生と5代目柳家小さんの落語を取り込んだ日でもありまして、只今、私のウォークマンにはこの3名が‘最近録音したもの’という同じカテゴリーに並んでおります。どうだい折坂、恐れ入ったか、コノヤロー!

 

Tracklist:
1. 坂道
2. 逢引
3. 平成
4. 揺れる
5. 旋毛からつま先
6. みーちゃん
7. 丑の刻ごうごう
8. 夜学
9. take 13
10. さびしさ
11. 光

Lush Life/川村結花 感想レビュー

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Lush Life(1999)川村結花

 

もう20年も前の話になるが、夜遅くにこの人のピアノ弾き語りライブをテレビで観たのを覚えている。それでこのアルバムを買ったのか、元々持っていたのか、そこのところの記憶は定かではないが、先日たまたまウォークマンに入れているこの『Rush Life』というアルバムを何年かぶりに聴いて、本当に声がいいし、メロディがいいし、言葉がいいし、とても素晴らしい歌い手だなぁと改めて思った。

なんでも現在彼女は裏方に回っているそうで、なんでこんなに素敵な声の持ち主が裏方なんだと、これだから日本の芸能界は駄目なんだと、思わずクダを巻いてしまいそうになったが、実際のところはどうして自分で歌わなくなっちゃったんだろうか。

当時は彼女の声が好きでよくこのアルバムを聴いていたんだけど、今聴いてみると豊かなメロディがとても耳に残る。彼女が作曲した超有名曲、『夜空ノムコウ』もこのアルバムの中ではあまり目立たない。どちらかと言うと大人しくて、つまりはそれだけ他の曲が色鮮やかな色彩を奏でているからで、例えば1曲目の『マイルストーン』を見ていくと、「僕らはどこに忘れてきたんだろう」という冒頭の歌詞がラストに「何でもできると思っていた どこでも行けると思っていた」という言葉に変換され、それが印象的なピアノのフレーズとコーラスでダイナミックに持っていかれる。ところが程よい高さというか、彼女の声もそうなんだけど無理のない高さでそのまま届いてくるから、ドラマティックなんだけど大げさじゃなく、こちらも自然体で受け止められる。

ドラマティックといえば6曲目の『イノセンス』もそうだ。特にサビの後のエキゾチックなコーラスは盛り上げるのに一役買っている。で、やっぱり立体的。一転、4曲目の『アンフォゲタブル』は静かなバラード。ブリッジでは「痛みに出会う度 強くなれるなら なれなくていい」と情感たっぷりに切なく歌うが彼女の高くない声は性別を越えるから地面に沿ってこれも具体的に形作られてこちらに響いてくる。

おどけた8曲目の『A Day He Was Born』や10曲目の『Rum & Milk』もいいアクセントになっているが、アクセントどころかこんなコミカルな曲でも抑揚があるからメロディが綺麗に景色を描いてくれる。やはり2次元じゃなく3次元で。

所謂ストーリーテリングというものは言葉が物語を紡いでいくんだけど、彼女の場合はもちろん言葉もあるけどメロディが物語の輪郭を形作り、声がそこに色を付けていく感じ。こういうタイプの歌い手ってなかなかいないから、表舞台に出なくなったのは本当に残念だ。

今はいくつか知らないけど、年齢を重ねた川村結花さんがピアノの前で歌う姿を僕はもう一度、夜中にテレビかなんかで偶然観たら、何か素敵な話だなぁなんて勝手に面映いことを思ってしまいましたが、そんな僕の妄想はさておき、もし本当に何処かで歌う機会があるのなら、直に聴いてみたい。そんな歌い手さんです。

 

Tracklist:
1. マイルストーン
2. 遠い星と近くの君
3. ヒマワリ
4. アンフォゲタブル
5. Every Breath You Take (Album ver.)
6. イノセンス
7. 夜空ノムコウ (Album ver.)
8. A Day He Was Born
9. home (Album ver.)
10. Rum & Milk
11. ヒマワリ -reprise-

Bonus Track
12. ときめきのリズム(Mellow Groove ver.)

折坂悠太さんという歌い手にちょいと感動しています

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折坂悠太さんという歌い手にちょいと感動しています

 

折坂悠太さんという歌い手にちょいと感動しています。年の終わりに音楽各紙やネットで発表される2018年のベスト・アルバム選に折坂悠太という名前が散見されて、国内の老舗音楽誌、ミュージック・マガジンでは日本のロック部門で彼のアルバム『平成』が1位となっていました。てことで、最近になってようやくYoutubeで観だしたのですが、そしたら驚いたのなんのって。いや、驚いたんじゃなく、冒頭で述べたとおりちょいと感動しています。

僕は洋楽をメインで聴いているけど、別に邦楽を避けている訳じゃない。むしろ普段からなんか日本のいい音楽ないかなぁなんて思っている方だ。やっぱり母国語でしか得られないカタルシスは格別だから。

でも面白い表現、カッコイイ表現に時折出くわすことはあっても、心を揺さぶられるような言葉にはなかなか出会えない。勿論、音楽としてカッコよくなきゃ話になんないし、母国語なるが故、ついハードルが高くなってしまう。洋楽だと歌詞が少々アレでも曲が良けりゃ聴けちゃうからね。

折坂悠太さんの歌唱は独特だ。こぶしの入った節回しで合間にスキャットだのヨーデルだのを放り込んでくる。『逢引』という曲ではポエトリーリーディングもあって、いやこれも独特の口調でリーディングというより講談の口上っぽい。こういう声にならない声を発声する人はなかなかいない。

歌詞の方も独特で、最初は聴きなれない言葉遣いなので分かりにくいかもしれないが、独特の歌唱と相まって言葉がスパークしている。ぶつかり合っている。芸術というものは市井の人々の暮らしの中から湧き上がってくるもので、それはどうしようもなく地面を突き破って表れてくる。その時の地響きがここには記録されているということだと思う。

けれど折坂さんはそれを情感たっぷりに歌い上げるのではない。力を込めて目一杯歌っているけど、突き放している。それこそ講談師や浪曲師のようだ。宇多田ヒカルさんみたいに自分のことをまるで他人事のように歌える人と見たがどうだろう。どっちにしても言葉とメロディが有機的に機能している音楽に出会うことは楽しいことだ。

 

下に貼り付けたのはYoutubeのスタジオライブです。3分57秒後に始まる『逢引』という曲。僕には宇多田さんが登場してきた時のようなインパクトがありました。

Baby Cry For Me/Date Of Birth 感想レビュー

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Baby Cry For Me(1991)Date Of Birth
(ベイビー・クライ・フォー・ミー/デイト・オブ・バース)

 

デイト・オブ・バースをご存じでしょうか?バブル全盛期の1992年、フジテレビのドラマ主題歌というこりゃヒットするに決まってるや~んていう絶好のポール・ポジションに抜擢されながらも、気持ちいいぐらい見事にヒットしなかった、まるでフォーメーション・ラップ中にリタイアしてしまったアラン・プロストのような伝説のバンド。当時、全編英語詞、しかもバブリーさの欠片もない地味な曲を聴いて、折角のチャンスやのになんでやね~んとツッコミを入れた方も大勢いらっしゃるかと思いますが、以前からこのバンドをイチオシしていた私も全くその通り。しかも曲名が「You Are My Secret」っていうホントに秘密にしたいぐらいのオチまで付いて、私も後にも先にもあれぐらいびっくりしたことは御座いません。

てことで実は私、ドラマ主題歌に抜擢される前からこのバンドを知っていまして、きっかけはこちらもかの伝説のテレビ番組「ミュージック・トマト・ジャパン」。関西地方ではサンテレビでやっていて、たまに私も観ていたのですが、そこに颯爽と登場したのがデイト・オブ・バースの「ベイビー・クライ・フォー・ミー」(1991年)という曲なのです。

まぁ騙されたと思って聴いてみてください。この一瞬でロッキン・ボーイズの心を鷲掴みするイントロ。タンッ!タンッ!タンッ!タンッ!っていうドラムがこれから楽しいポップ・チューンが始まるぞっていう予感に溢れて最高でしょ。続いていい具合にリバーブな(←憂いがかったという意味です)ギター・リフ。そして始まるボーカルがいきなり「ビジュアルよりマイ~ン♪」ですよあーた。これがまたノリコさんっていうボーカリストで綺麗なお姉さんで、こんな素敵なお姉さんに「ビジュアルよりマイ~ン♪」(←正確には「ビジュアルよりマインド」)なんて歌われた日にゃ、どこぞの田舎のロッキン・ボーイズはそりゃやられるやろっ!

この曲、前述のドラマ主題歌と同じバンドとは思えないぐらいのご機嫌なポップ・チューンで、とにかくドラムが終始跳ねてるんすよ。当時ポップ・ソングにはホーンが絡んでくるっていうの一つの定型だったんですけど、この曲も途中からラッパ隊が入ってきて、ウキウキ感に拍車をかけるんですね。そうそう、懐かしのスイング・アウト・シスターズの「ブレイク・アウト」なんかを思い出してもらうといいかもです。まさしくあんな感じですね。

今回私も何を思ったか急に思い出して、ネット検索して聴いたんですけど、久しぶりに聴くとやっぱ簡潔で歯切れよくってホントいいんですよね~。シンプルだけど、この人達は音楽的な素養がふんだんにあったんだろうなって。今になってギターがすんげー格好いいフレーズ弾いてるのに気付いたり、それとやっぱりドラムの乾いた感じ。こんな小気味いい音、なかなかお目にかかれませんぜ!

で繰り返すようですけど、非常にシンプル。それでいて伝わるものはいっぱいあって、これこそ正に優れたポップ・ソングの王道。なんてったってサビは「ベイビー・クライ・フォー・ミー♪」のひと言だけなんですから。そうやね、竹を割ったようなスパッとした歌詞も心地いいっス。思わず、あ~この曲がドラマ主題歌になってたらヒットしてたのにな~なんて野暮な事を思ったりもしますが、それはそれ。バブル全盛にあっても全く浮かれなかった大人なバンド、今思えば大したもんです。

ところでこの曲入ったアルバム、昔々どっかの中古店に売っちゃたんだよな~。なんてことしたんだ昔のオレ。皆さんも聴かなくなったからといって、すぐ売らないように(笑)。

※Youtubeにあったので貼り付けていましたが、削除されているようで。
 また見つけたら貼っておきます。

 

天声ジングル/相対性理論 感想レビュー

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『天声ジングル』(2016)相対性理論

 

1曲目、やくしまるのアカペラから入って一気にバンドがなだれ込む感じがいい。余計なギミックは必要ない。これはもうただのバンド。そこにやくしまるの声と絡みつく永井のギターがあれば僕なんかはそれだけでほころんでしまう。

新体制になって2作目。彼らの個性が明確になってきた。やっぱ前作はかつての残り香がそこかしこに漂ってたし、まだまだ手探り状態だったのかも。新しいリズム隊。ガンガン行ってる。これこれ、これくらい思い切りやってくれなきゃ。

ソングライティングはすべてやくしまる。今までは他のメンバーだって曲を書いてたはずなのに、これでいくということはもうそういうこと。明確に方向性がバッチリ出ててスゴクいいんじゃないか。ただまぁやくしまるのソングライティングの不安定なこと。素人みたいなライミングや安易な横文字になんじゃこりゃと思いつつも、時折ソロ・ワークで見せたようなキレキレのソングライティングを見せたりもするもんだから、ワザとなんだかもうなんのこっちゃよく分からないんだけど、ただ今回はこの隙だらけな感じに好感を持ってしまえる妙な説得力があって、なんでそう思えるかっていうとそこはやっぱりバンドとしての音像がくっきり形作られたからだろう。いわゆるロック・バンドにはせーのでドッと出てくる勢いというかゴチャゴチャした感じがあって、細かいことは横に置いとける潔さがある。いつも以上に矢面に立ったギターにドンドカ派手なドラムがあって踊りだすベース・ラインがあって裏方に徹するキーボードがあってっていうはっきりしたバンド・サウンドが未完成なソングライティングだってお構いなしに凌駕してゆける。いや隙だらけだからこそ力を持ちえるのだ。ということでやくしまるさん、やっぱりワザとなんだろか?

ただ新体制云々は別にして、5枚目というそこそこキャリアを積んだ中でこういうしっかりした力強いアルバムを出せたということはとても意味があったんではないかなと。バンドとしての体制がここでもう一回がっちり積み上がって、それはつまりこのバンドとは何かということなんだろうけど、ただ単純にバンドとしてステージに立った様がちゃんと目に浮かぶようになったというのは、やはりここでまた一つ階段を上がったという認識でいいのだと思う。実はもっと過大評価していいのかもしれない。

 

Track List:
1. 天地創造SOS
2. ケルベロス
3. ウルトラソーダ
4. わたしがわたし
5. 13番目の彼女
6. 弁天様はスピリチュア
7. 夏至
8. ベルリン天使
9. とあるAround
10. おやすみ地球
11. FLASHBACK

シンクロニシティーン/相対性理論 感想レビュー

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『シンクロニシティーン』(2010)相対性理論

 

ガチャガチャした初期衝動丸出しの1st、気だるい変化球の2ndを経て、バンド全体のクリエイティビティが一気にスパークした印象を受ける3枚目。オープニングのイントロからして明らかに違う。スタイル云々ではなくもう音からして全然。あ、相対性理論、来たな、って感じ。

特に目を引くのがやくしまるのボーカルで、かつてのぶっきらぼうなものから一転、曲調に合わせて表情を変えており、早速1曲目の『シンデレラ』では3パターンの声音を用いている。独特の声だけに結構なインパクト。この覚醒感はなんだろか。

どちらかと言うと故意的に感情を抑えた人工的なトーンだったのが、ここに来て急に魂が宿ったというか、あぁ、生身の女性なんだなと。要するに自覚的になったということか。前作までのボーカル・スタイルはともすればイロモノ的な危うさを孕んでいたので、このアルバムでのボーカリストとして目覚めは大歓迎。やっぱやくしまるさんは放たれるべし。

ソングライティングの冴えも素晴らしく、語呂合わせだとか押韻に重きを置いたリリックへの取り組み方自体はそんなに変わらないのかもしれないが、そこに意味性が加わってきているのは敢えてなのか偶然の産物なのか。どちらにしても曲を書き続けていればこういう時も訪れる、という時が訪れたかのような神がかったソングライティング。この切れ味はもうこの時だけのものだろう。

バンドの演奏も素晴らしく、前作までは猫を被ってたのかどうかは知らないが、このバンドの売りであるギター・リフも力強く、遠慮がちだったドラムも今回は随分と畳み掛けている。『チャイナアドバイス』や『マイハートハードピンチ』のグルーブ感は白眉。こりゃやっぱバンド全体が覚醒したのか。

独特の世界にとどまりたい意志と外の世界に飛び出したい意志とのせめぎ合いが、ギリギリのバランスで平衡を保ちえた故に生まれたアルバム。この緊張感は意図的に出せるものではない。てことでこの後、やくしまるとギタリスト以外のメンバーがごっそり入れ替わってしまうのだが、それも頷ける完成度。第一期相対性理論の集大成と言える作品だ。

 

1. シンデレラ
2. ミス・パラレルワールド
3. 人工衛星
4. チャイナアドバイス
5. (恋は)百年戦争
6. ペペロンチーノ・キャンディ
7. マイハートハードピンチ
8. 三千万年
9. 気になるあの娘
10.小学館
11.ムーンライト銀河

何度でも/ドリームズ・カム・トゥルー について

邦楽レビュー:

『何度でも』 Dreams Come True について

 

このあいだテレビでドリカムの特番をしていた。家人がファンなので一緒になって観ていた。番組の中で、2011年に福島から生中継された紅白での一コマが流れた。そして生中継終了後の未公開映像が披露された。それが『何度でも』だった。

この歌はリリースされたころから好きだった。主人公は1万回挑戦して、1万回失敗する。諦めない主人公はそれでもなお1万1回目に挑戦する。だが、頑張ったからといって1万1回目はうまくいくとは限らない。確かなことはただ一つ、うまくいくかもしれないということだけだ。これほど絶望的な言葉はあるだろうか。しかしそこに言葉に丁寧に寄り添ったメロディと吉田美和の強い意志を持った声が加わるとどうだろう。希望と絶望がないまぜになって言葉に光が差し込み、希望が幾分か強く光り始める。音楽に限らず、優れたアート表現とはきちんと光と影を描いている。光を当てれば影が出来るのだから当然だ。安易に希望を歌わず、絶望を見据えたこの歌が僕は好きだった。僕はこの曲をそういうふうに捉えていた。

未公開映像の『何度でも』のラストでは、バンドの演奏が一旦静まり、吉田美和の声だけが聴衆に投げつけられる。彼女は会場にいるひとりひとりに向かって叫びだす。「あなたに!」「あなたに!」「あなたに!」と。まるで自分の命をちぎって投げつけるように。鬼のような形相でひとりひとりを確実に指さしてゆく彼女は本気だ。あなたにも、あなたにも、あなたにも、チャレンジする限り1万1回目は訪れるのだと。

この歌は間違いなく希望の歌だ。僕の見方は間違っていたかもしれない。確かにそこには絶望が横たわっている。しかし彼女の圧倒的な意志の力がそれを凌駕する。これほど圧倒的な希望の歌があるだろうか。

ウルフルズの凄いテクニック

その他雑感:

『ウルフルズの凄いテクニック』

 

カーラジオからウルフルズの歌が流れてきた。普通にいい歌だなあなんてと聴いてると、いつものようにサビで大阪弁になった。ちょっと具体的な歌詞は忘れたけど、語尾が「~へん」とか「やねん」みたいな単純なものだったような気がする。大阪弁なんて言っても今や日本中に溶け込んでいるので別にどうってことないんだけど、これが曲に紛れ込むとなると話は別。いつもウルフルズの曲をスーッと流してしまっているけど、ちょっと待って。実はこれって大したことなんじゃないか。

僕が子供の頃の関西弁の歌といえば、やしきたかじんとかボロとか上田正樹とか。もうローカル色まる出し(笑)。しかも大阪の夜の町というか場末の酒場しか思い浮かばねえみたいな。歌ってる方もハナからそっちしか向いてねえみたいな。いい悪いは別にして、聴く方も歌う方も、開かれた歌というよりは閉じた世界、聴き手を選ぶ限定された歌だったように思う。

ところがウルフルズ。彼らの歌は非常にオープンで聴き手を選ばない。僕も詩を書いたりするので時折喋り口調が欲しい時は地言葉を用いる場合があるが、それ以外は何故かいつも標準語で書いている。創作の過程で口に出すときがあっても何故かいつも標準語(←なんか変な人みたいやな(笑))で、イントネーションすら大阪弁にはならないというかなれないというか。そうしちゃうとなんか意図したものと違ってしまって、詩を書く時には感じたこととか浮かんだことをなるべく原形を損なわずに言葉に変換したいのだけど、心に浮かんだこと自体が方言を纏う以前の状態だからなのか、それが表に出てくるときには何故か自分が普段用いている大阪弁として言葉は現れてこない。不思議だけどそれはそういうものなのだ。

要するにぼんやりとした心に浮かんだものを言葉に変換する行為は、普通に喋ることとは全く別物だということなのかもしれないけど、それをするりとやってのけるウルフルズは、というかトータス松本はちょっと他に見当たらない稀有な存在なんじゃないかと。これだけ方言丸出しのウルフルズがMステで普通に座っている事の違和感の無さ。北海道から沖縄まで何の制約も無し普通に親しまれている事実は特筆すべきことではないかと。

詩人が書きたいと思うことを仮にポエジーと呼ぶなら、詩人はそのポエジーを出来るだけそっくりそのまま言葉に変換したいはず。ならば当然普段自分が使っている言葉で表現する方が近いに決まっている。なのにそうとはならない。ならないということは遠いことを意味するのではないのか。いやそれとこれとは全くの別物なのか。

トータスのやってることってあまり語られたことがないようだけど、実は凄いことだと思う。僕はトータスにあって直にこの事を聞いてみたい。彼は恐らく、このことに自覚的だ。

Wonder Future/アジアン・カンフー・ジェネレーション 感想レビュー

邦楽レビュー:

『Wonder Future』 (2015)  Asian Kung-Fu Generation
(ワンダー・フューチャー/アジアン・カンフー・ジェネレーション)

 

元々買う気は無かったんだけど、『復活祭』と『スタンダード』がやたらカッコよかったもんで、久しぶりにアジカンのアルバムを購入した。やっぱデビューして10年以上もたつと手癖というか、その人独特の言い回しが身に付いてしまう。アジカンもどうしても後藤正文節というのがあって、ありがちなメロディ、ありがちな言葉についつい目が行ってしまう。カッコいいなと思いつつ、結局買わずにいたのはそんなところに理由があったりするのだけど、この2曲はそういう部分を越えた先の表現が存在している気がした。

本作は米国、デイブ・クロールのスタジオで録音されている。今の子供たちに8ビートのロックンロールを届けたい。そんな気分になったということで全編に渡って勢いあるサウンド。アジカン史上、最も洋楽に接近したアルバムと言えよう。これまでのアルバム全部聴いたわけじゃないけどね。

で、この意気込みは大成功。取って付けた感は全くない、芯からぶっ放すロックンロールだ。その中でも冒頭に述べた2曲が突出しているのだけど、じゃあ他のはどうかってなるとちょっと物足りない感じがしないでもない。折角だし、もっと無茶苦茶になっててもよかったんじゃないかなと。そこがちょっと残念かな。でもまあこんなのやろうと思ってもなかなか出来るもんじゃないし、これが彼らの底力。キャリアから見てもこれまでの経路からは少し外れた異質なアルバムになっているんじゃないだろうか。

それとやっぱり嬉しいのは、彼らの目線が常に外を向いているということ。単純にサウンドという意味だけじゃなく、ドメスティックな域にとどまらない意識の開かれ方は流石である。

ジャパニーズ・ギターロックは掃いて捨てる程あるけど、言葉への向かい方とか、サウンドの鳴りとか、なんだかんだ言ってもやはりアジカン。こうやって改めて聴くとつくづく思いました。今もすべてにおいてトップランナーであるのは間違いない。これが若い子に届くといいけどなぁ。

 

1. Easter/復活祭
2. Little Lennon/小さなレノン
3. Winner and Loser/勝者と敗者
4. Caterpillar/芋虫
5. Eternal Sunshine/永遠の陽光
6. Planet of the Apes/猿の惑星
7. Standard/スタンダード
8. Wonder Future/ワンダーフューチャー
9. Prisoner in a Frame/額の中の囚人
10. Signal on the Street/街頭のシグナル
11. Opera Glasses/オペラグラス