Sad Happy / Circa Waves 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Sad Happy』(2020年)Circa Waves
(サッド・ハッピー/サーカ・ウェーヴス)
 
 
近頃はスポティファイで聴くことが多くなったのだけど、これのいいところは自分の好みのバンドの新作が出たら、すぐに知らせてくれるところ。マイナーな人たちだと新作リリースの情報は自分から探さないと入ってこないから、この機能はすごくいい。てことでサーカ・ウェーヴスの新作です。
 
サーカ・ウェーブスは過去3作がどれも全英10位前後だからマイナーとは言えないのだけど、非常に中途半端なポジションにいることは間違いなく、彼らの特徴といえば2015年のデビューから5年でアルバム4枚と今時珍しいハイペースで新作を作り続けることぐらい(と言ったら怒られるか)。とは言えそんなペースで作りつつ、今作は自己最高位の全英4位!だそうだ。
 
爽やかなギター・ロックで登場した彼らだけどデビューしたのが20代後半と遅かったせいか、今一つ迫力に欠ける感は否めない。もう少し若けりゃ、かめへんわい、行ったらんかい!的な思い切りの良さも出てくるのだろうけど、曲は抜群にいい割には頭一つ抜け切らないもどかしい存在ではある。ていうか一番もどかしいのは本人たちだろうな、とこちらにそう思わせるサウンドの迷ってる感が半端ない。
 
という中でリリースされた本作。全英4位ということもあって底上げはされとります。されとりますというか、めちゃくちゃ曲ええやん!ということで冒頭の#1『Jacqueline』から4曲目の『Wasted On You』まで息もつかせぬポップ・チューンが並びます。4者4様、これでもかというキャッチーさで普通の人なら間違いなくギュッと掴まれるやろというスタートダッシュぶり。特に#3『Move to San Francisco』はめちゃくちゃキャッチー。しかしまぁえらい手の広げようですな。
 
アルバム中盤には#9『Wake Up Call』という曲があってこれなんかはフェニックス丸出しのシンセ・ポップ。ここまで幅を広げられるというのは凄いっちゃ凄いですけど、サーカ・ウェーヴスと言えばのギターじゃかじゃかじゃないのという聴く側のとまどい感というか、これはどう聴けばいいんだと。
 
これまでの3作は外部のプロデューサーを招いていたのに対し、今作はソングライターでありフロントマンのキエランによるセルフ・プロデュース。彼らの意気込みぶりが伺えるし、ここまであれっぽさやこれっぽさを出せるのは大したものだと思うけど、サーカ・ウェーヴスとしての記名性はどこ行ったんじゃい!という懸念が行きつ戻りつ。曲はいいんだけど、あぁやっぱもどかしい!
 
色んな事やるのは今のトレンドだし、The 1975 にしたってウルフ・アリスにしたってジャンル的にはあちこち飛びまくってるんだけど、全体としては誰がどう聴いたってThe 1975 だしウルフ・アリス。サーカ・ウェーヴスもやってることも変わらないのかもしれないが、その辺りの根本となるキャラが弱いのは否めないかな。誰がどう聴いたってサーカ・ウェーヴスじゃい!という確固たる記名性が欲しい。

How Long Do You Think It’s Gonna Last ? / Big Red Machine 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『How Long Do You Think It’s Gonna Last ?』(2021年)Big Red Machine
(ハウ・ロング・ドゥ・ユー・シンク・イッツ・ゴナ・ラスト?/ビッグ・レッド・マシーン)
 
 
ザ・ナショナルのアーロン・デスナーとボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンによるコラボレーション第2弾。ビッグ・レッド・マシーンというとこちらも最新型のサウンドを期待してしまうのだが、その点で言えば少し肩透かし。
 
ただこのコラボの元々の始まりはアーティスト同士が自由に出入りできるオープン・コミュニティという趣旨だったと思うので、この2ndアルバムの方が本来の形なのかもしれない。てことでゲストも盛んにフィーチャリング・ボーカルも増え、随分とバラエティー豊かな。しかもアーロンさん、今回はご自身で初めて歌っています。なのでアーロン・デスナーとジャスティン・ヴァーノンが主催する音楽祭に招かれたという感じかな。
 
ただ肝心の曲がどうなのかねぇというのは正直ある。コロナ禍になってからというものの、アーロン・デスナーはテイラー・スウィフトとの2枚のアルバムもあって曲を作りどおし!いくら天才といえど2年ばかしの間にそんな名曲ばかり生まれないだろうというのが素直な感想。このアルバムにしても計15曲の64分!もう少し厳選してもよかったんじゃないかなと。。。テイラーさんのアルバムも曲数多かったもんな。
 
そのテイラー・スウィフトをボーカルに迎えた#5『Renegade』。なんかテイラーさんとアーロンの共作アルバム『evermore』に収録された『Long Story Short』に雰囲気近いぞ!ていうか『Long Story Short]』の方がカッコいい! と、そういう中で#5『Renegade』がこのアルバムでは際立ってしまうというのがね、ちょっと微妙な気持ちにはなります。
 
今回は沢山のボーカルを迎えているものの基本はジャスティン・ヴァーノン。ボン・イヴェールを僕は狂気の音楽と思っているので、彼のボーカル曲にはそのいたたまれなさを求めてしまう。ただ今回は仲間と共に作り上げていくというところでの創作になるので、そこのところは薄まったかなとは思います。その点で言えば、ラッパーのナイームとの共作#9『Easy to Sabotage』は一緒に狂ってる感じがして面白いです。
 
ちょっとネガティブな意見を書いてしまいましたが、単純にこちらの耳の鮮度が落ちてしまったのかなという気はします。やっぱりアーロンとテイラー・スウィフトの出会いは互いに新しい音楽への目覚めをもたらしたしあれは現時点でのクリエイティビティなピークとも言えるわけで、あっちが光輝いている間はこっちはやや曇った印象になるのは致し方ないかなと。
 
ただ始めて聴いたときのなんじゃこれ感は減退したものの、良い作品であることには変わりなし。アーロン・デスナーのサウンドとジャスティン・ヴァーノンの声とよく分からないリリック(笑)、が基本的に僕は大好物ですから、なんだかんだ言ってこれからも聴くでしょう。ていうかバラエティーに富んでいるので聴きやすさで言ったら、ビッグ・レッド・マシーンは1stよりこっちかもしれない。
 
アーロン&ジャスティン色が薄いのに物足りなさを感じつつもも、これこそが彼らが求める本来の形と思えば納得感はある。これは彼らの主催する自由な音楽祭なのだから。

Collapsed In Sunbeams / Arlo Parks 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
 
Collapsed In Sunbeams (2021年) Arlo Parks
(コラプスド・イン・サンビームス/アーロ・パークス)
 
 
 
デビュー作ながら2021年のマーキュリー・プライズに輝いた本作。マーキュリー・プライズというのは英国のグラミー賞ですね。グラミー賞は芸能界的なとこがありますが、マーキュリー・プライズは純粋に音楽のみで評価するというイメージがあります。ノミネート作を見ても断然こっちの方がカッコいいですね。そういうメンツの中で受賞したアーロ・パークス。そんな凄い賞獲るような人には見えない、なんか愛嬌があってとても親近感ある人ですね。
 
このアルバムは出た時からずっと評判が良くって、僕も時折聴いていたんですけど、実はあまりピンとこなかった。というのもサウンド的なインパクトはあんまりないんですね。勿論、聴く人が聴けばその凄さは分かるんでしょうけど、僕にはそこまで分からない。ただ曲はいいし、全体的に優しい雰囲気で聴き心地がよいので仕事帰りの電車なんかでよく聴いていたんです。
 
そんな中、歌詞がすごくいいというのを知ってですね、YOUTUBEには親切にもMVに和訳つけてくれてる人も結構いるので、そういうのを何曲か聴いてみました。彼女はビリー・アイリッシュと一緒で割と私生活を歌詞に変換して歌っているんですけど、あんまりそんな感じはしない。要するに私は私は、ではなく聴き手が入っていける隙がいっぱいあるんです。
 
その理由として彼女は名詞を上手に使うというのが挙げられると思います。「アーティチョークをスライスする」とか「ターコイズのリング」といった表現が何気に出てくる。更には「トム・ヨークを引用する」とか「一人でツインピークスを見ている」といった具合に固有名詞もいっぱい使っている。つまり聴き手に具体的な情景を喚起させるんですね。ポップ・ソングというのは喜怒哀楽といった感情で歌詞をリードしていくというものが非常に多いですけど、アーロ・パークスはそうじゃなく、自分の過去の出来事であってもそれをスケッチして歌に載せていく。この年齢でそんなことできるのって凄いと思います。
 
彼女は元々、詩が好きでオードリー・ロードやシルヴィア・プラスなどを愛読していたとインタビューで語っています。なので詩を作ることが先行してあったんですね。そういう影響がソングライティングにも出ているのかもしれません
 
あと電車で流し聴きではなく家でちゃんと聞いていると、サウンドの良さが私にも分かってくるようになりました。時折いい具合でギター・リフやオルガンなんかが薄っすらと聴こえてくるんですけど、この薄っすらがいいんですね。電車じゃ聴こえないですけど(笑)。基本はバンドなんですかね。今時はプログラミングと生演奏の区別はつかないので、よく分かりませんが全体的にアナログなこんもりとしたイメージではありますね。
 
あと#10『Eugene』なんかはレディオヘッドですよ。こういうロック的なサウンドもあれば、私はちょっと疎いですがネオ・ソウル、R&Bであったりもすると。なので、あ、私これ好き、って言ってもらえる間口が広いんですね。私がレディオヘッドっぽさに食いついたように色んな人にアプローチしてもらえるのも彼女の強みかなと思います。
 
彼女は同性愛を公言していて、#7『Green Eyes』は自身の体験に基づく歌なんですけど、「公然とは手は繋げなかったわ」みたいな歌詞が出てくるんですね。最近はLGBTQのニュースもよくやってるし、特にヨーロッパは全体として理解が進んだ国というイメージがあるけど、実際には高校生が大っぴらに同性同士で手をつなげるような状況ではないんだということ。そういう実際のところが歌を通して分かるというのもポップ・ソングの良さですね。

映画『オアシス:ネブワース 1996』(2021年)感想レビュー

フィルム・レビュー:
 
『オアシス:ネブワース 1996』 (2021年)
 
 
劇中で「リアムはこの時が声もルックスもピークだ」なんて言っている人がいましてですね、いやいやデビュー当時もカッコエエし、なんなら今の大人な渋さもエエやんって心の中で思いまして。で、映画を観終わって帰る道すがら当然のごとくYOUTUBEだなんだと色々見返していたんですけど、やっぱり思ったんですねぇ、「ネブワースのリアムが一番カッコエエやん!!」と(笑)。
 
そりゃデビュー当時は『Live Forever』の裏声だって自分で歌ってたし、アラフィフの今は今で渋くって好きなんですけど、あの大声と爆発力はやっぱネブワースの頃だなと。しかも映画観てるとタバコ吸いながら歌ってるシーンもあって、それであの声ですからやっぱこの人すげえなと。ま、この不摂生のせいでこの後は声がダメになっちゃうんですけどね(笑)。それにしても『Slide Away』のラスサビ後のコーラスをリアムががなり立てるとこはめちゃくちゃカッコエエ!!
 
オアシスが解散して十数年経ちますけど、過去に一度でも彼らの音楽に夢中になったことがある人なら、この映画はきっと気に入ると思います。僕もちょっと忘れかけてたんですけどね、この映画を観て思い出しました、リアム、すげぇって。ネブワース公演自体は何年も前からYOUTUBEで見れるんですけど、多分もう皆忘れてしまってると思うんですね。そこへこうやって改めて映画館で観るとですね、『Don’t look Back in Anger』と『Wonderwall』を同じ週に書いて『The Masterplan』をB面にするソングライティングの化け物ノエルと、天性のフロント・マンであるリアムがいるあのとんでもなかったオアシスの特別感というのがまたよみがえってくる感じはありますね。
 
映画は、僕はてっきりフィルム・コンサートみたいな感じかなと思ってたんです。でも全然違って、ネブワース・ライブに参加した当時の若者、25年経ってますから今はもういい年をしていますけど、彼彼女らの証言で進んでいきます。彼彼女らがどういう思いであの日に臨んだのかっていうところに焦点を当ててですね、何しろイギリス国民の2%がチケット争奪をしたっていうぐらいですから、そのチケットをどうやってゲットするかというところから始まって、片田舎のネブワースに到着するまでの姿を、それだけじゃなくラジオ中継もあったので参加できなかった子たちがラジカセの前で準備する様子とかもね、当時の映像なんかも交えながら進んでいきます。
 
これがすごくよかったです。こういう映画にありがちな業界関係者の証言とかじゃなく、ファンの声ですよね、それがいかに彼彼女らにとってオアシスがどういう存在であったというのをちゃんと伝えてくれるんです。今じゃもう彼彼女たちは中年ですよね。ここまで色々ありながらも何とかサバイブしてきた。その人生半ばを過ぎた今、過去を振り返ったときに何があったかというとね、人に自慢できるものはなかったかもしれないけれど、あのオアシスとの日々があったという事実。実際栄光を掴んだのはオアシスであってファンの子たちではないんですけど、俺たちも栄光を掴んだ、あの時の俺たちは輝いていた、そんな風に思わせる力がやっぱりオアシスにはあった、その象徴としてネブワースはあったんだなというのがヒシヒシと伝わってきて、これはちょっと感動的でもあるんです。
 
今はコロナですからライブにも行けなくて、僕自身もこれまでにチケットを買ったものの行けなかったライブが4つあります。エンターテインメントは不要不急呼ばわりされて、それも仕方ないとは思うんですけど、音楽が必要なんだという人は世界中に沢山いて、実際に誰かの人生に寄与してきた、そういう事実をこのコロナ禍にあって図らずもこの映画は示してくれた、そんな気もします。
 
あとさっき当時のイギリス国民の2%云々って話をしましたけど、映画を観る限りは白人の若者ばかりなんですよね。たま~に黒人とかアジア系とかいますけど、ほぼ白人。イギリスはパキスタン移民も多いはずなんですけど、ネブワース公演の映像を観る限りはほとんどが白人の男女。だからどうなんだということではないんですけど、2021年の今ではそういう目でも見てしまうとこあるなとは思います。当時の白人じゃない若者はどうだったのかなぁって。
 
映画は2週間ほどで公開を終了するみたいですから、今更オアシスっつってもな~って迷っている人がいたら、ちょっと時間に余裕があれば、観に行ってもらいたいなと、得るものはあるんじゃないかなとは思います。
 
私はなんか今の勢いじゃ、もうすぐリリースされるネブワースのCDを買ってしまいそうです(笑)。映画を観た後だと、オリジナルのスタジオ録音バージョンは物足りないんだよなぁ(笑)。

Our Extended Play / Beabadoobee 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
EP『Our Extended Play』(2021年)Beabadoobee 
(アウアー・エクステンデッド・プレイ/ビーバドゥービー)
 
 
2020年のデビュー・アルバムに続くEP盤。4曲のみではあるが聴きごたえ十分、というかこのぐらいが丁度よいぞ。
 
というのもこのEPは The 1975 のブレーンであるマット・ヒーリーとジョージ・ダニエルがプロデューサーとして関わっていて、ビーバドゥービーとスタジオに籠って集中的に制作したらしいのですが、どうしても The 1975 っぽさは避けられないと。多分このままフル・アルバムってことになってしまうといったい誰のアルバムか分からなくなってしまうんじゃないかというところもあって、ちょっとした合間の出来事としてはこのぐらいがよいのかもと思った次第です。
 
と言ってもビーバドゥービーの気だるいくせに言うことを聞かなさそうな声の魅力は存分に発揮されているし、彼女の作品の中にポップ寄りのこういうのが混じっていてもよいのかなとは思います。ま、ギター女子感は横に置いときまして、次のアルバムでは1st以上にガシャガシャ言わしてもらいましょう。
 
The 1975 としてはこのところシリアスな作品が続いていたけど、こういう初期によくあったポップ・ソングを今でも書こうと思えば書けるんですね。本人たちはもうこういうのやらないのか。ていうかこっちがそれじゃ物足りない?なんにしてもビーバドゥービーのファンには The 1975 を気に入ってもらえるだろうし、The 1975 のファンにはビーバドゥービーを気に入ってもらえるような気はする。
 
しかしまぁ4曲というのはちょうどいい。わたしゃ割と真面目にアルバムは頭から最後までちゃんと聴かなきゃと思うたちなんですが、4曲だとちょっとした時間に気軽に聴けてよいですな。

Pressure Machine / The Killers 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Pressure Machine』(2021年)The Killers
(プレッシャー・マシーン/ザ・キラーズ)
 
 
2年連続で新作が届いた。コロナ禍で単に時間があったということもあるだろうけど、そんなことよりも曲が出来て仕方がないという方が本当のような気もする。デビューして20年、今はとても良い状態なのだと思います。なんにしても好きなバンドの新作が2年続けて聴けるのは嬉しいことです。
 
ブランドン・フラワーズがブルース・スプリングスティーンの大ファンだというのは有名なところ。今までもスプリングスティーン的な世界を時折覗かせてはいたけど、今回はそちらへ思い切り振りきったアルバムです。と言ってもそれはサウンド的な、Eストリート・バンド的なということではなく、歌詞の方ですね。
 
てことで歌詞が圧倒的に素晴らしい。元々、ストーリー・テリングを用いた歌詞はブランドンの真骨頂でしたが、アメリカン・ドリームからは遠い人々の存在をこれだけはっきりと浮かべ上がらせる歌詞は驚き。2曲目に『Quiet Town』という曲がありますが、そんな静かな町で起きる小さな物語。人生に訪れるちょっとした闇に引き込まれてしまった人々、或いは引き込まれそうな人々を丁寧に描いています。ブランドンさん、こんな深い内容の話を書けるんですね。ちょっと見直しました。ちなみに『Quiet Town』はスプリングスティーンというより、ジョン・メレンキャンプっぽいかな。
 
スプリングスティーンに『ウェスタン・スターズ』(2019年)というアルバムがあって、それは自身の年齢と照らし合わせるように晩年を迎えた市井の人々の姿を捉えたものなんですけど、この『プレッシャー・マシーン』はそのキラーズ版というか、ブランドンもそろそろ不惑を迎えて色々思うところはあるのかもしれないですね。ていうかアラフィフの私にも身のつまされる内容ですな、こりゃ。
 
あと大事なのはスプリングスティーンにしてもブランドンにしても無理に風呂敷を広げないというか、世の中多様性云々で今的に言えばジェンダーとか人種とかそういうところへ目配せした方が受けるのかもしれないけど、そういう視点ではなく自分の身の回りで起きていることを丹念に描いているというところに誠実さを感じますね。
 
歌詞に対する言及ばかりになってますけど、メロディも凄くいいです今回。自身のストーリー・テリングに導かれたのかどうか分かりませんが、詩の内容に沿った自然で美しいメロディ。確かに詩は素晴らしいですけど、そこにメロディーが加わることで景色がより立体的になりますね。ブランドン、凄い才能持った方なんだなぁと改めて思いました。そこに鳴るギターがまたいいんだ。
 
2年連続と言っても今回は少し毛色が違う。ていうかこれまでのキラーズにはなかった作品。ただ、こういうことが出来るのも前作『インプロディング・ザ・ミラージュ』(2020年)でのこれぞキラーズといった成果があってこそ。次のアルバムももう進行中だとか。今の彼らは第二期のクリエイティブなピークにあるのかもしれないな。
 
追記:ほとんどの曲の冒頭にアルバムの舞台ともなっている、ユタ州の人々のインタビューが曲のイントロダクションのような形で収録されています。歌詞カードにこの部分の記載はないですが、ネット検索をするとすぐに見つけることができます。そんなに難しい英語ばかりでもないので、ここの部分で何を言っているのかを知ると、このアルバムの聴こえ方はまた違ったものになるのかなと思います。ちなみにここはすべてが完成してから最後に付け足したそうです。

Teatro D’Ira Vol. I / Maneskin 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Teatro D’Ira Vol. I』(2021)Maneskin
 
 
音楽ライターの沢田太陽さんが、2020年は映画『パラサイト』やBTSの活躍で韓国の年となったが、2021年は一躍スターダムにのし上がったマネスキンの登場やサッカーのユーロ2021での優勝もあり、イタリアの年になるかもと言っていた。と思ったら、先の東京オリンピックにおいて花形の100m走でまさかのイタリア選手が金メダル。僕も2021年はイタリアの年かもしれないと思い始めている。
 
思い始めているというか、イタリアの年になって欲しい、というかマネスキンの年になってほしい。やっぱBTSはポップ・グループだし、僕としてはバリバリのロック・バンドが頂点に立つのを見てみたい。
 
多くの人が腰を抜かしたという2021年ユーロビジョン・ソング・コンテストにおけるマネスキンのパフォーマンスは、これが二十歳そこそこの若者とは思えないほどの堂々たるもの。2000年代の衝撃デビューと言えばアークティック・モンキーズだが、今は貫禄たっぷりのアレックス・ターナーだって、デビュー当時は田舎の高校生丸出しだったから、マネスキンの、というかフロントマンのダミアーノのショーマンぶりはどう見ても破格。もう天下を獲ったかのような心意気は、ちっぽけなライブ・ハウスであろうが「俺はロックンロールスター」と大声で叫んでいた駆け出しのギャラガー兄弟みたいなもんかもしれない。
 
僕はマネスキンのようなハード・ロックをあんまり聞いたことないけど、そんな僕でも持っていかれるのだから、彼らはやっぱ特別なのだろう。ハード・ロックと言ってもそれは最新形で、こんな巻き舌でよく続くなぁと思わせる高速イタリア語ラップが彼らの曲の多くを占めていて、それが新鮮で面白くってシンプルにかっこいい。
 
しかもシャウトしまくる、今どき(笑)。ユーロビジョンでやった#1『ZITTI E BUONI』とか英語詞の#4『I WANNA BE YOUR SLAVE』とかサビの最後でシャウトするんですけど、こういうベタなシャウトって久しぶりに聞きました。彼らにはこういうちょっと笑うような過剰さ、あのきらびやかな衣装もそうだし、そういう面白さがあるんですけど、それが不思議とちっとも笑えないというか、むしろ滅茶苦茶かっこいいんですね。かっこよくて美しくて呆気に取られる。こういうのって今まではダサかっこいいっていう括りに入れられてしまっていたと思うんですけど、彼らはそこを余裕でぶち抜けた感じはありますね。本気でかっこいい。ここはデカいと思います。
 
でも昔はこういうアーティストが沢山いたんですね。デヴィッド・ボウイもそうだしプリンスもそうだし、彼らが引き合いに出されるクイーンだってそうですよね。でマネスキンの場合はそうした古き良きロック・スターへの回顧じゃなくて新しい部分、そこはやっぱり更新されていて、例えば大坂なおみが全米オープンでしたマスクのような新しい世代のこれまでとは全く違う感覚、価値観。
 
それをインディー・ロックでありがちな優し気にチル・アウトして表現するというのではなく、バリバリにハード・ロッキンして派手派手の衣装着て大股ひろげてシャウトするっていう新しさ。そこにさっき言った高速ラップだったりサウンド的なアップデート感、中学時代に組んだメンバー全員が奇跡の美男美女というなんじゃそれ感も含め、よくよく聴いているとこれ滅茶苦茶新しいじゃん、全く別ステージじゃん、ていうところへ持っていってしまえる規模のデカさがマネスキンにはあるような気がします。
 
ロックと言ってもいろいろあるから、こういう言い方すると語弊があるかもしれないけど、基本的にロック音楽は過剰さと性急さだと僕は思っている。その過剰さと性急さをこれでもかと体現するマネスキン。世のロック・ファンが色めき立つのも当然だ。

Blue Weekend / Wolf Alice 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Blue Weekend』(2021年)Wolf Alice
(ブルー・ウィークエンド/ウルフ・アリス)
 
 
前作で一気に英国ロックのトップランナーへ駆けあがったウルフ・アリスですけど、その『Visions of a Life』(2017年)がイケイケのアルバムだったのに対し、本作は引きの芸、自信がみなぎっている感じはしますね。
 
確かにキャッチーなシングル向けの曲は前作に譲るけど、アルバム全体の流れとしてはこちらの方が断然たおやか。余裕を感じます。このバンドの特徴として相変わらず縦横無尽にジャンルを行き交いますが、不思議と一つのトーンに収まっていて、ここでまた一歩前へ進んだというか、明らかに成長しているのを感じます。
 
その最たるものがエリー・ロウゼルのボーカルで、本作でも前作同様、時に荒々しく時に物静かに様々な表情を見せるけど、これだけ落差がありながらも聴く方としてはその浮き沈みを全く感じないというか、前作の力んだ感じはなくてごく自然に聴けてしまう。前作までが曲に合わせ意図してボーカルを変えていたのだとしたら、今回はもう意図せずとも曲に応じて自然と声音が変わっていくという、つまり自分から寄せるのではなく、その境目がなくなってきたということですね。
 
そうした印象に一役買っているのがファルセットで、今回はかなり多用されています。ていうか意識して聴くとこんなに多用してたんだって。ま、それぐらい気付かない感じで自然に溶け込んでます。だから全体としては、ああしてやろうとかこうしてやろうとかではなく、曲に向かっていく姿勢の中で自然とこうなっていったというか、そこは前作でやり遂げた成果というものにも繋がるのだろうけど、しゃかりきにならなくても向かうべきところへ集約されていくんだという、作品に対してより研ぎ澄まされていったという感じはしますね。僕が今回は引き芸と感じたのはそこのところかもしれない。
 
それにしてもこの独特の世界観は際立ってますね。演劇的というか、シネマティックというか、でもザ・フーとかクイーンのような大胆な演劇性というのではなくスムーズに漂うような感じで。だから1曲1曲がどうだというよりやはりアルバム全体として一つの作品という感じはあります。で、そのグッと引き締まった感、これはやっぱりバンドの力ですよね。ボーカルばかりに目が留まりがちですけど、バンドの下支え感は半端ないと思います。
 
ま、なんにしてもウルフ・アリスのキャリアにとって、今が初期のピークなんだと思います。それぐらいの絶好調感はあります。個人的には幽玄な#3『Lipstick  On The Glass』から言葉がさく裂する#4『Smile』の流れがたまらんですね。こうなると今のキレキレの状態での彼女たちのライブを見たいものです。

Drunk Tank Pink / Shame 洋楽レビュー

洋楽レビュー:
 
『Drunk Tank Pink』(2021年)Shame
(ドランク・タンク・ピンク/シェイム)
 
 
昨年あたりからUK、特にサウス・ロンドンが活況づいているとの記事が散見されるようになり、僕もどれどれとチェックはしていたのだけど、あまりピンとは来ず、ところが今年に入ってもその熱は収まるどころか更に大きなムーブメントになっていると。でその大きなトピックとして、シェイムなるバンドが2ndアルバムを出したと言う。それがもっぱら評判がいいので、じゃあと聴いてみたら、なんやめっちゃカッコエエやん。ということで、ここんとこ毎朝の通勤ではこれを聴いていました。朝から激しいなオレは(笑)。
 
ボーカルとツイン・ギターにベースとドラムの5人編成ですね。全員20才そこそこ、見た目も尖がっててイイ感じです。ことに激しいライブが売りだとのこと。なのでイケイケかと思いきや、音楽は全くもって丁寧。プロデュースがアークティック・モンキーズを手掛けたジェイムス・フォードだそうですけど、彼の手腕も大きいのかな。でもかと言って角が取れたということではなく、シェイム独特のやさぐれ感、ダークな感じはしっかり残っている。曲自体がそれを内包しているからか。
 
てことで一応ポスト・パンクということですが、メロディは人懐っこいです。曲調もイケイケ一辺倒では全然なく、中には転調もあったりトーンが変わったりと凝った作り。でも印象としてはシンプルに聴こえるっていう。ていうかギターがいちいちカッコイイ!それにどの曲もつかみのイントロが最高!躍動感のある#6『Snow Day』や#9『6/1』でのドラムとギターのコンビネーション、磁石のようにへばりつくベースはめちゃくちゃカッコイイぞ。このバンドを評するに色々あると思いますが、ま、単純にカッコイイ。そういうことだと思います。
 
あとボーカルの声がジョー・ストラマーに似てますね。あんまりそういう指摘はないみたいですが。だからさっき言った手の込んだアレンジを加えてくるという点ではクラッシュに近いかも。クラッシュみたいに今後アルバムを重ねるごとに新しい音楽的な実験をしていくんじゃないかなと。ということで、一つの道を究めていくというより、いろんなことを吸収して表現の可動域を広げていきたい、そういう傾向のバンドなのかもしれません。

W.L. / The Snuts 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『W.L.』(2021年)The Snuts
(W.L./ザ・スナッツ)
 
 
このところ英国初のロックが元気だ。長い間ヒップ・ホップやダンス・ミュージックに押されっぱなしだったが、若い才能が次々と登場している。当初はアイドルズやフォンテインズD.C、シェイムといったポスト・パンクと呼ばれる威勢のいいバンドが多かったが、今年に入り、長尺ジャム・バンドのブラック・カントリー・ニュー・ロードやポエトリー・リーディング主体のドライ・クリーニングといった風変わりなバンドまでもが英国アルバム・チャートのトップ10入りを果たしている。
 
長尺ジャム・バンドやポエトリー・リーディングがトップ10ヒットになるなんて流石ロックの国だなと感心するが、そことは真逆のポップ・サイドの真打と言えそうなのがザ・スナッツ。中学校で出会った仲間とバンドを組み、アークティック・モンキーズに影響を受けたというから、その背景もまさに正統派ロック・キッズだ。
 
アークティックへの憧れで言えば、#3『Juan Belmonte』はアルバム『AM』期のアークティックだし、続く#4『All Your Friends』はまんま初期のそれ。けれどアルバム全体を聴いていると、アークティックだけではない、00年代、10年代ロック音楽の影響をそこかしこに感じることが出来る。
 
まず思い浮かべたのは、彼らと同じスコットランド出身のザ・ビュー。シャウト気味に歌う時の声がカイル・ファルコナーそっくりやね。このところ名前を聞かなくなったが、ザ・ビューも勢い重視と思いきや音楽的素養確かな連中で、しかもとっつきやすいメロディーが最大の持ち味という点では割と近いかなと思います。
 
あと、#10『Don’t Forget It (Punk)』とか#11『Coffee & Cigarettes』の職人的なソングライティングには、これは英国じゃないけど、フォスター・ザ・ピープルに通じるところがあって、そう思うと声までマーク・フォスターに似ている気がしてくる。マーク・フォスターはデビュー前にCM音楽なんかを手掛けていたというから、それに近い職人気質だってザ・スナッツはあるのかもしれない。
 
あとやっぱりロック・バンドと言えども2020年代でもあるわけだから、当然のことながら4ピースだけでドカンということじゃなく、ちゃんと電子的なアレンジも施されていて、コーラスもそうだけど耳を凝らせばいろんなフレーズが飛び込んで来る。彼らを代表するロック・チューンになりそうな#6『Glasgow』だって単純にドカンじゃないもんな。この辺はそれこそフォスター・ザ・ピープルもプロデュースしたことのあるトニー・ホッファーの手腕も大きいのかもしれないけど、そうは言っても、やっぱり彼らにその素養があるのだと思います。あ、勿論4ピースでドカンも僕は好きです。
 
いい曲を沢山書けて、それを料理する技術とセンスも持っている。今後これがどこまで続くか分からないが、多分彼らの推進力は初期衝動だけではなさそうだ。あちこちに気の利いたギター・フレーズを忍ばせたり、アルバム最後をしっかりロック・バラード#13『Sing For Your Supper』で締めるとこなんざ、まさに王道ギター・ロック・アルバムと言っていいだろう。