10 Tracks to Echo in the Dark / The Kooks 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『10 Tracks to Echo in the Dark』(2022年)The Kooks
(10トラックス・トゥ・エコー・イン・ザ・ダーク/ザ・クークス)
 
 
4年ぶり、6枚目のアルバム。ではあるけれど、元々5曲入りのEPとしてリリースしていた2枚をくっ付けたものらしい。今作リリースにあたってのルーク・プリチャードのインタビューを読みましたけど、ルーク自身はもうアルバムという形にこだわっていないようですね。いい曲が出来たらその時に出せばいいっていう考えのようです。
 
彼らのアルバムはデビュー以来、ずっと聴いています。その時々でサウンドの方向性は異なりますが、ハズレはないですね。ボーカルはいいしバンドはいいし何よりソングライティングに長けている。耳馴染みがよく、それでいて個性的なメロディをいつも聴かせてくれます。デビューして16年経ちますけど、まだこれだけポップな曲を書き続けられるのは実は凄いことだと思います。同期のアークティック・モンキーズはなにやら難解になってますからね(笑)。
 
今作でもそのストロング・ポイントは十分に感じられます。あとはサウンドをどう持っていくかというところだと思いますが、ここが今回はちょっと弱いかなと最初は思いました、最初はね(笑)。やっぱり大人しいんです。ところがここで諦めてはいけない!かの洋楽レビューの大家、ロリングさんも仰られていましたが、こういう時こそ2週間の法則。1週間聴き続けると「ん?ちょっといいかも」、2週間聴き続けると「これ、ええやん!」、と見事に印象が変わりました。
 
全体的に感じられるのはシンセですね、あとベースがしっかりと聴こえてきます。雰囲気としては彼らの4作目であるファンキーな『Listen』(2014年)に近いかもしれませんが、あそこまで振り切れてはいないです。つまりこのアルバムの最初の印象が弱いのは、振り切れていないように見えるからなんだと思います。でもよく聴いていると、彼らの持ち味、彼らのこれまでの道のりがちゃんと配分されていて、何気ないアルバムではあるんですけど、そんじょそこらのバンドにはできない、16年経ったうえでの経験、16年経っても失われない鮮度、そういうものを感じられます。
 
全10曲、目につく派手な曲はないです。しかも多くがミディアム・テンポの曲で占められています。にも関わらず、それぞれの曲の輪郭が明確でそれぞれ全く違う個性を持っている。これはなかなか出来ることではありません。ということでサウンド作りは誰と組んでいるのかなと調べてみたら、ドイツ人のプロデューサー、Tobias Kuhnとベルリンで録音したみたいです。これまた世間とは関係なしにやりたいことをやるクークスらしい判断で、こういうところも好印象です。
 
ということで意識したのは80年代のサウンド。シンセが印象的なのはそのせいですね。とはいえ当時のアレをそのままやるとダサいですから、そこはかいくぐって今のクークスに照らし合わせてみる。
 
つまり『Listen』アルバムで取り組んだ跳ねる要素、パーカッションを用いたり、他にもちょっとした味付け、例えば#5『Sailing On A Dream』では何気にサックスを入れてみたり、#6『 Beautiful World』はレゲエのリズムでリゾート感を出す、#7『Modern Days』ではダフトパンク風のコーラス、#8『Oasis』ではアップリフティングなギターリフ、そうした要素をシンセ・サウンドを基調に合いの手のように入れてくる。確かにクークスと言えば、のギター・サウンドは薄いかもしれませんが、よく聞くと多種多様で職人芸のようなデザインがなされていることに気づきます。プロデュースはドイツ人のTobias Kuhnとルークの共同となっていますが、マイスターのように時代を追いかけない実直な技が光っていますね
 
なので全体の印象としては地味ですし、クークス、本気出してないんじゃないの的な腹八分目な印象を持たれてしまうかもしれない、ファンには歓迎されにくいアルバムではあるかと思います。が、僕はしっかりと作り込んださすがクークスと思わせるとてもよいアルバムだと思います。なのでこのアルバム、あんまりだなと思った人も多いかと思いますが、懲りずにもう何回か聴いてもらえると違って聴こえてくるのかなと思いますね(笑)。

Beatopia / Beabadoobee 感想レビュー 

洋楽レビュー:

『Beatopia』(2022年)Beabadoobee

フィリピン出身の英国人、ビーバドゥービーの2作目です。これ聴くと、デビュー・アルバムの90年代を思わせるオルタナティブ・ロックは意図的にそちらへ寄せていたのではと思ってしまいますね。これを『Beatopia』を聴いていると本来の彼女は純粋に良い曲を書くシンガーソングライターなんだという事がよく分かります。

なので、ギターをジャカジャカ、ドラムをドカドカ鳴らす必要がもうないというか、なんだこの人は曲の力だけで十分勝負できる人じゃんて。1曲目はイントロダクションでもあるので、実質的なオープニング曲である2曲目の『10:36』は1作目を踏襲したギター・チューンですが、2曲目から7曲目まではゆったりとした曲で占められているんですね。でも全然退屈じゃない。彼女、ほんとに素晴らしいメロディー・メイカーで似たような、ではなくそれぞれ個性豊かでアイデアに溢れたミディアム・テンポの曲が書ける。プラス編曲が抜群ですね。サウンドがすっごいオシャレでセンスがいいというか、#6『the perfect pair』なんてボサノバですよ。曲も含めアレンジはバンドのギタリストでもあるJacob Bugdenって人と一緒にやってるみたいですけど、このチームはもしかしたらかなり最強なんじゃないかと思います。

あと彼女はThe1975と同じDirty Hit レーベルで、少し前に出たEPでは彼らと何曲か一緒に作品を作ってるんですね。そういう稀代のオシャレ・サウンド・メイカーと一緒にやってきた成果というのが出てるのかなと、それも彼女独自の形で進化しているというのがいいですね。今作では#10『Pictures of Us』がマティの提供曲だそうで、聴いてると思いっきりThe1975なんですけど(笑)、この辺のThe1975の面倒見の良さもなんかイイ感じです。

The1975からはダニエルも#12『Don’t get the deal』に参加してるようで、この曲では割とギターをギャンギャン鳴らしているんですけど、後半のシンセかな、この辺の意表を突いた展開も流石に聴かせますね。と思ったら続く#13『tinkerbell is overrated feat. PinkPantheress』はTwiceみたいなチャーミングなポップ・チューンで、この辺の流れなんてすごくセンスを感じます。ラスト付近でこういう見せ場を作ってくるところなんか、本人も今回はかなり自信があるんじゃないかなと想像しますね。

とまぁ、1stから格段に進化した素晴らしいアルバムなんですけど、ひとつ気になるのは今回はずっとウィスパーボイスというか喋り口調に近いトーンなんですね。1stでは声を張り上げるところもあって、そういう激しさも魅力だったんですけど、ずっと囁き声というのは今回だけなのかそれとも今後もこういうスタイルで行くのか、ちょっと気にはなりますね。

A Light for Attracting Attention / The Smile 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『A Light for Attracting Attention』(2022年)The Smile
(ア・ライト・フォー・アトラクティング・アテンション/ザ・スマイル)
 
 
レディオヘッドのトム・ヨークとジョニー・グリーンウッドとジャズ・ドラマーであるトム・スキナーからなる新バンドのデビュー作。トムとジョニーってことはほぼレディオヘッドやんという世界的ツッコミに溢れているだろうこのアルバムは、一聴するとレディオヘッドでええやんだが、聴けば聴くほどレディオヘッドとの距離感は大きくなっていく。
 
つまりもう一人のトムさんです。手数が多く何拍子か分からない独特のリズム感に全体が覆われ、最初から最後までふわふわとした所在なさが続く。曲的には、あ、もしかしてこれレディオヘッドでやったら『In Rainbows』(2007年)かもという、トム・ヨーク久しぶりのポップな曲調ではある。ではあるが、もう一人のトムさんがそれを許さない。というかヨーク氏の方がそれを拒んだのか。故のスキナー氏。
 
てことで、『In Rainbows』収録の『Bodysnatchers』のようなスピード・ナンバーが3曲も入ってる(#3『You Will Never Work In Television Again』とか#7『Thin Thing』とか#12『We Don’t Know What Tomorrow Brings』)のは素直に嬉しいし、#6『Speech Bubbles』や#9『Free In The Knowledge』のような美しい曲もしっかり収録されている。ので、今はそういうモードなのかトム・ヨークとも思うが、ならば何故それをレディオヘッドでやらない、というツッコミはやはり入れたくなる。
 
というかそういうことはしたくないのだろう。アーティストにとって同じことをすること程苦痛なことはない。今のこのムードでポップな曲が生まれたのならば、そこは何も否定することはない。但し、それをそのまま出しても面白くないでしょということか。うん、確かに面白くない。でも逆に言うと、レディオヘッドじゃこのポップな曲で新しいことはできないということなのかなぁ。
 
なんじゃこれはという格好いい曲もあるし、うっとりする美しい曲もある。このアルバム好きかと問われれば、好きと答えればいいのだろうけど、うん、でも、という迷いが生じるのも確か。それはやっぱりトム・スキナーのドラムがロックじゃないからだろう。『Kid A』(2000年)や『Amnesiac』(2001年)やはたまた『King of Limbs』(2011年)だってロックじゃないだろうにと言われるかもしれないが、本当にジャズ・ドラマーが叩いてしまうとなんか落ち着かないということを今回は発見しました。
 
あと、オーケストラが大々的に使われているのはレディオヘッドでの前作『A Moon Shaped Pool』(2016年)から引き続き、ということになるのだが、こっちもどうもガッツリしてるはずがガッツリ感はなし。全体に漂うはっきりしない感、というか今回は物事のはざま、あわいの音楽、ってことでよろしいでしょうか?

Harrys House / Harry Styles 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Harrys House』(2022年)Harry Styles
(ハリーズ・ハウス/ハリー・スタイルズ)
 
 
このアルバムの欧州ツアーではバンド・メンバーが全て女性ということなので、アルバム自体もそうなのかな、でも生バンドっぽくないなと、ウィキペディアで調べてみたら、アルバムはそうではなかったです。でもピノ・パラディーノとかジョン・メイヤーとかベン・ハーパーの名前があってビックリ。大物やん!ただ、ドラムは基本ドラム・マシーンでした。オレの耳もなかなかやな。ちなみにツアーの前座は公演毎にミツキやウルフ・アリスやアーロ・パークスらが務めるらしい。ハリー、徹底してるな。ていうか豪華すぎるやろ!
 
僕はほぼ並行してこのアルバムとリアム・ギャラガーの『カモン・ユー・ノウ』を聴いていたのですが、だんだん思うようになってきました、この2人、なんか似てるなと。つまり、リアムもハリーも基本はチームでソングライティングをしている、ずっと同じチームで。ただ全く人任せではなく、自分も名を連ねてソングライティングに関与している。これはさっき言ったようにツアーではハリーの意向が全面的に出ていますが、それと一緒ですね。
 
つまりチームとはいえハリーがボスだということ。しかもちゃんと自分の求められている役割を全うしつつ、自分はこれだという基本線は崩さないという、これは全くリアムもそうですよね。それにサウンドは、ドラム・マシーンであるにせよ基本は生演奏で、ライブではちゃんとバンド編成。言わずもがなリアムもがっつりバンド。てことで、アウトプットされる音楽は異なるけど、スタンスとしちゃ非常に似てるんじゃないかと。
 
で肝心のアルバムですが、凄いです、いい曲ばっかです。チームとして多分今は絶好調なんだと思います。とにかくイントロからしてキャッチーだし、AメロもBメロもサビもサウンドも全部キャッチー。音楽的な新しさは感じないですし、既視感のあるメロディっちゃあそうなんですけど、どっから聴いても満点です。はい、言うことないです。この辺もリアムの『カモン・ユー・ノウ』と一緒やね。
 
という完璧なポップ・アルバムなので全世界あちこちでチャート№1に輝いています、日本以外(笑)。冒頭でウィキペディアを見たって言いましたけど、ウィキペディアには各国のチャートも記載されているんですね。30行ぐらいの表なんですけど、日本のとこだけオリコン35位、ビルボード・ジャパン43位、他は非英語圏でも全部1位(笑)。アルバム1曲目は『Music for a Sushi Restaurant』で、アルバム・タイトルは細野晴臣の『HOSONO HOUSE』(1973年)から来ているというのにこの結果はちょっと残念。
 
ただどうなんでしょう、日本はまだ6~7割はフィジカル盤、つまりCDらしいので、ほとんどサブスクの海外とは集計が異なるのかなと。ま、それにしても順位低すぎ(笑)。非英語圏でもちゃんと1位になってますから、こういうのを見ると、日本人の洋楽離れを実感しますね。

C’mon You Know / Liam Gallagher 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『C’mon You Know』(2022年)Liam Gallagher
(カモン・ユー・ノウ/リアム・ギャラガー)
 
 
 待ちに待ったソロ活動とはいえ、3作目にもなると新鮮味が薄れつつあるのも確か。リアム自身が今回のはいろいろやってるから、イマイチだったとしてもコロナのせいにして次はガッツリやればいい、なんて気弱なことを言っていたものだから、低調な期待値で聴き始めたんですけど、いやいやこれは今までと比べてもかなりいいです。
 
ファンとしてはリアムの声が聴きたい、それも景気のいい曲で。という期待に真っ向から応えたソロ1作目があって、2作目は更にまな板の鯉状態で歌うことに徹したリアム、を経ての3作目という感じがやっぱりあります。気弱発言もありましたが、ここまでいろいろな曲調にトライアルできたのは、やっぱり1作目2作目の大成功があってこそ。ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラとコラボなんて以前のリアムなら考えられない。つーか、二人が会話してるのは今も想像つかない(笑)。
 
曲の練度で言えば今回が一番ですね。これまでどおりの制作チームではありますが、彼らの自由度も大幅にアップしています。ま、歌のないとこですね。1曲目なんて、リアムの声が聴けるまで1分近くかかるんですけど、しかもゴスペル(笑)。でもこれが全然OKなんですねぇ。他の曲でもアウトロを長めに取ったり、バンド演奏で聴かせるところがあったりしますし、リアムの声がメインなんだからという枷が取り払われて、素直に曲としての完成度が高くなってます。
 
ホントにもうオアシス云々というところから離れて、今のリアム・ギャラガーのアルバムということで完全に成立した感はありますね。そのリアム自身のボーカルもですね、皆の期待に応えねばというところではなく曲に合わせた自然体というか、アクの強い若手俳優がいつの間にか渋い演技をするベテラン俳優にになったみたいな感じというか、すごく肩の力が抜けて、余裕のある表現になっている気はします。アルバム・タイトルを「ボーカリスト」、もしくは「リアム、シナトラになる」にしてもいいぐらい。そりゃ言い過ぎか(笑)。
 
いやでも色んな曲があってなかなかですよ、このアルバム。リアムの壮大なバラードが好きな身としては、そういうのが#5『Too Good For Giving Up』1曲しかないのは寂しいですが、それをあまりあるバラエティーの豊かさ。ヴァンパイア・ウィークエンドっぽい曲も見事に歌いこなしているし、デイヴ・クロールが参加しているからフー・ファイターズっぽいのもあるし、もちろん今までどおりのもある。#11『Better Days』のコーラスで「Believe me, yeah」って伸びるとこなんて最高ですね。
 
そうそう、タイトル曲の#4『C’mon You Know』と#8『World’s In Need』はリアム単独作ということらしいです。リアムのソングライティングと言えば、繰り返しの多いシンプルなものというイメージがありますが、今回は2曲ともビッグなコーラス付き!こんなの今まであったっけ(笑)、というぐらいの曲が書けるんだからやっぱ今はいい状態なんやね。

Oochya! / Stereophonics 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Oochya!』(2022年)Stereophonics
(ウーチャ!/ステレオフォニックス)
 
 
プロ野球の世界では3年実績を残して初めてレギュラーと言えるらしいが、3年どころかもう25年も安定した実績を残し続けているバンドがある。ステレオフォニックスである。本作も英国チャート初登場1位だそうで、英国人の信頼たるや相当なものである。
 
これだけ長い間英国チャートの1位になっているのはあとレディオヘッドぐらいなもんだが、あちらがアルバム毎に革新的な作品を発表して、新しいロックの地平を切り開いていくのに対し、ステレオフォニックスは毎度おなじみのサウンド。ストリングスが前面に出たり、地味なサウンドだったり、イケイケだったり、そりゃあアルバムごとに目先は変えてくるけど、基本的にはいつも同じ、変わらない、今までにもあったような曲。なのに全英1位。こりゃマイナーチェンジを繰り返しつつベストセラーが揺るぎないポテトチップスみたいなもんか。
 
あんたそんなにいつも同じだというのなら、別に新しいのを聴かなくても過去作を聴いてりゃいいんじゃないのと言われそうだが、新しいのが届くとついなんだなんだと手を伸ばしてしまう。、ポテチ春の新味みたいに。今回のはイケるやんとか、これはイマイチやなとか言いつつ25年。という営みが英国民の間でも行われてきたということか。
 
今回は元々25周年を記念したベスト・アルバム構想が先にあったそうで、未発表を含めた過去音源を漁っているうちにオリジナル・アルバムに発展していったとのこと。なので、元々あった曲の再録とか最近書いた曲とかがごちゃ混ぜなんだそう。そのせいか皆が期待するステレオフォニックス節満載で、つまり元々みんな好きなんだからそりゃ1位になるだろうという作品である。それにしても曲とバンドの距離感が抜群だな。2013年『Graffiti on the Train』のボートラだった『Seen That Look Before』が再録されているのは謎だが…。
 
全15曲あって1時間強。もうちょっと厳選して短距離みたいにパッと走り抜けた方がスカッとしたアルバムになったんじゃないのとは思うが、元々はベスト・アルバム構想だったんだから仕方がない。ていうかここまで前のめりなのは素直に嬉しい。にしても全15曲、確かに時代を代表する曲ではないかもしれないが、流石フォニックス、いい曲ばっか。てことで今回のはイケるやん、いや、だいぶイケるやんの方です。
 
それにしても25年で12枚のオリジナル・アルバム。今時珍しいこのハイペースぶりはしょっちゅう新味が登場するポテチと同じだが、それだけハイペースにもかかわらずいつまで経っても手を伸ばしてもらえるのは、ちょっとぐらいちごても間違いないやろという信頼感に他ならない。ていうかなんだかんだ言ってみんなこういうしっかりしたロックが聴きたいんやね。
 
昨年来、英国ロックが盛り上がってきているが、ロック音楽がヒップホップに押されっぱなしの時期もずっと安定して良いアルバムを出し続けてきたフォニックス。この信頼感は揺るぎない。

Dragon New Warm Mountain I Believe In You / Big Thief 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』(2022年)Big Thief
(ドラゴン・ニュー・ウォーム・マウンテン・アイ・ビリーブ・イン・ユー/ビッグ・シーフ)
 
 
年に数枚凄いアルバムというのがあって、去年で言うとリトル・シムズとかウルフ・アリス、今年で言うと宇多田ヒカルもそうだった。ただ世間的に凄いアルバムであってもそれが自分自身にどう響いてくるかは別問題。自分にとっても特別な響きを持つアルバムというのは年に1枚どころか滅多にあるものではない。そういう意味でこのビッグ・シーフの新しいアルバムは現在の僕自身の心象におぼろげに被さってきて、単純に凄いアルバムだなと思う一方、自分にとっても特別なものになりつつある。
 
僕がビッグ・シーフを聞き始めたのは2019年に出た『U.F.O.F』と『Two Hands.』から。ただ正直に言えば、2枚とも彼女たちの才気に圧倒されたままで今一つ手が届かないというか、好きだけど好きになり切れないもどかしさがあって、多分それは幾分前衛的な彼女たちの音楽に敷居の高さを感じていたからかもしれず、それはまるで、あぁ凄いけど僕とは違う世界にいる人たちですね、という感慨を僕にもたらしていた。そして今回、コロナの渦中にあってビッグ・シーフは2枚組のアルバムを出すと言う。けれど僕は不思議と少しも身構えなかった。そうか、あの人たちから手紙が来るんだ、そんなリラックスした気持ちだった。
 
予感は当たっていた。遠くに感じていた彼女たちの音楽を身近に感じることが出来る。それでいて彼女たちが僕たちの側に降りてきたということではないというのが分かる。まるで登山道ですれ違ったような感覚。やぁ、こんにちは。そうか、連中も山が好きなんだな、なんだ、僕と同じじゃないかって。遠いところにいる人たちではなかった。2枚もあるアルバムの1曲目、『change』の頭が鳴った瞬間から、何故だか僕はそんな感覚になりました。
 
今回は4つの場所で録音されたようです。そのせいか風通しがいいです。行き止まらなくて、すっと通り抜けていく感じ。サウンドはフォーク・ロックやカントリーからシューゲイズ、ドリーム・ポップまで幅広いんだけど、違和感全然ない、どれもビッグ・シーフですって感じ(笑)。それはやっぱりエイドリアン・レンカーの歌が中心にあるからだろう。
 
彼女のメロディーって起伏に富んでいるわけじゃないけど、優しい。エキセントリックな感じじゃなくて馴染みがいい。肌に沿って進んでいくような感覚ですね。つまり、エイドリアンの書くメロディーにはノスタルジー、懐かしさが含まれているような気がします。でもってあの声ですから。僕は時折トム・ヨークの声をプラスチックで至極人間的な声と形容するんですけど、エイドリアンの声にも同じ印象を持っています。決して力強くはないんだけど、芯に来る強さ。やっぱりいろんなものが同居している声だと思います。
 
そこにさっき言ったような幅広いサウンドが乗っかかる。エイドリアンの歌を生身の手のひらですくうようにバンドの演奏が追随する。けれど決してエイドリアンの歌に寄りかかっているわけじゃない。ビッグ・シーフは基本的にはエイドリアン・レンカーのバンドだと思うんですけど、誰がどうということではなく、耳に飛び込んでくるのはやっぱりバンド。そういう風通しのよさも僕に親密さを感じさせるのだと思います。
 
アルバム・トータルで約80分。1枚40分ぐらいというのもちょうどいい。2枚組というのはどちらかがあまり聴かれなくなるという運命にあるけど(笑)、このアルバムに限ってはそういうことはなさそうです。

Laurel Hell / Mitski 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Laurel Hell』(2021年)Mitski
(ローレル・ヘル/ミツキ)
 
 
何かを表現をしようとする時、その方法は大まかに二通りある。一つは自分自身を直接的に表現しようというもの。自己の経験をそのまま明らかにする場合、その主体は一人称、すなわち「私=作者自身」ということになる。またそれとは逆に、何か表現したい対象物があって、それを客観的に描くという方法もある。勿論、自分自身がその対象物になる場合もあるが、そこは距離を取る。この時、そこで描かれる「私」は「私」であって「私」でない。
 
ミツキは明らかに後者だ。歌詞がたとえ一人称であってもそれはミツキのことではない。ミツキには表現をしようとする何かがあって、あの手この手で(曲を作ったり、歌ったり、踊ったり)そこに到達しようとしているだけだ。本人にそのつもりはないのかもしれないけど。つまりミツキの音楽は、カメラの向こうにあるものであり、揺らめく影であり、彼女の写し絵なのだ。しかもそれははっきりとピントが合ったものではない。では彼女はどこを見ようとしているのか。
 
それは揺らぎ。恐らくミツキは目に見えるはっきりとしたものに焦点を当てていない。揺らぎ、ノイズ、または零れ落ちるもの。そのおぼろげな残像に向かって彼女は手を伸ばし、歌い、踊っているように僕には見える。けれどその残像は長く続かない。おそらく『ローレル・ヘル』に納められた曲がいずれも3分前後で終わるのはそのため。聴き手である僕たちはそこに幾分かの不満を言うが、恐らく寸止めされているのはミツキの方だろう。
 
自ら距離を取る。或いは近づこうとしても距離を詰めることが出来ない。自分のことを歌わないのではなく歌えない。その不明瞭さが彼女の音楽の魅力だ。彼女自身はどう思っているのか分からないけれど、その触れられなさは気品がありとても美しい。しかしその営みは彼女自身をひどく消耗させるようだ。ソングライティングとは自身の深みを覗くことであるとは誰が言った言葉だったか。いくら距離を取ろうが無傷ではいられない。芸術作品はそのようにして生み出されていく。

Jubilee / Japanese Breakfast 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Jubilee』(2021年)Japanese Breakfast
(ジュビリー/ジャパニーズ・ブレックファスト)
 
 
韓国系アメリカ人であるミシェル・ザウナーのソロ・プロジェクトの3枚目。名前が名前だけに名前は知っていたのだが、曲を聴くのは今回が初めて。ジャパニーズ・ブレックファストという名前はオリエンタルな響きの’ジャパニーズ’といかにもアメリカ的な’ブレックファスト’をかけ合わせたら面白いんじゃないか、っていうことで名付けたそうだ。異なるものをくっ付けることで生まれる化学反応。ある意味アートの一つのマナーかもしれないが、そこを無意識にやってしまえるのは、この人が元々アート的な発想の持ち主だということだろう。なので、ミシェル・ザウナーは別に味噌汁とご飯を思い浮かべたわけではない。
 
今回初めて聴いたのだが、管弦楽器もあってとても派手でゴージャスなサウンド。前述の流れでいけば、歌詞は重たいのだろうとリリックを検索すると確かに明るいものではない。自己に沈思するというかそんな感じ。ま、僕の英語力での解釈だけどね。ポップなメロディもさることながら、サウンドがオシャレそのもの。#4「Slide Tackle」の間奏でサックスが入るとこなんかすごく都会的。80年代にはこんな音楽がいっぱいあったような。うん、多分その辺りは意識しているのだろう。
 
都会的と言えば所謂シティ・ポップの流れもあるようで、ミシェル・ザウナーの声質も同じアジア系だからか線が細く、これ日本人、って言っても分からないだろう。ということでジャパニーズ・ポップが世界に打って出る良いお手本になるかも。この手のオシャレ・サウンドなら日本人も得意でしょと。そこと70年代にシティ・ポップを手掛けた名うてのミュージシャンにバックアップしてもらえれば、、、なんて妄想をしてしまいました。それにしても#4「Slide Tackle」の背後で流れるカッティング・ギターは最高だな。最終曲#10「Posing For Cars」のアウトロのざらついたまま壮大になる感じもよい。

Sour / Olivia Rodrigo 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Sour』(2021年)Olivia Rodrigo
(サワー/オリヴィア・ロドリゴ)
 
 
20数年前に圧倒的な新種として宇多田ヒカルが登場したときも、二匹目の鯛を狙ってか彼女に似たような売り出し方をされた新人が数多くいた。見当違いの売り出し方をされた当人はさぞ迷惑だったろうと推察するが、「Driver’s License」のメガヒットで第二のビリー・アイリッシュと目されたオリヴィア・ロドリゴであるけれど、待ちに待たれたデビュー・アルバムの1曲目にレーベルの反対を押し切って’90年代オルタナ・ロック風の「Brutal」を持ってきた彼女のキャラクターによって、第二のビリー・アイリッシュとしていつの間にか消えていくという危惧はすっかり吹き飛ばされた。
 
長くティーンエイジャーの代弁者であったロック音楽はその王座をヒップホップに完全に奪われ、2010年代は見る影もなくなった。しかしサブスクの普及とともに、音楽志向の多様化は急激に進み、90年代に青春期を過ごした僕でさえも分け隔てなくケンドリック・ラマーやリトル・シムズを聴く時代。若い世代ではなおさらだろう。そして2020年代を迎え残ったのは廃ることのないシンプルで優しいメロディ。そのポップ・フィールドでの代表がビリー・アイリッシュなら、インディ・ロックの代表はスネイル・メイル。そしてメイン・ストリームに登場したロックがマネスキンであり、オリヴィア・ロドリゴだ。
 
クレジットを見るとソングライティングはほぼオリヴィア本人とNigroなる人物との共作(#8「Happier」と#9「Jealousy,Jealousy」はオリヴィアの単独作)。どこまで彼女が主導しているのかは分からないが、皆が大好きなアヴリル・ラヴィーンのポップ・パンクとパラモアのエモとテイラー・スウィフトの詩情とビリー・アイリッシュのゴシックが初めから搭載されたオリヴィア・ロドリゴは、まるで子供の時からスーパーサイヤ人になれたトランクスと悟天のようで最強。スーパーサイヤ人2や3を期待する周囲は気にせず、自由に羽ばたいて欲しい。