語りだす

ポエトリー:

『語りだす』

 

一日の最後に
気になる部位が
今日は何も無かったですかと
語りだす

世話のやける女の子の
父親になりたかったという声が
先発した大人の
傷んだ手帳から見つかった

それが叶わぬのなら
盛り場で台所仕事をする
手の荒れた女の人になりたいと
その手帳は続いていた

十代最後の夏
焼けただれた青春が
仁王さまの格好で
門の所に立っていた

私ではないですよと言っても
いっかな怒りは収まらず
怖い目つきは
今日は何もなかったですかと語りだす

だから終いにゃ
酷い言葉のほとんどは嘘だと言った
母との一番の思い出が語りだす
冷蔵庫に麦茶が冷えてるよと言った
母の言葉が語りだす

 

2019年5月

苦手なこと

ポエトリー:

『苦手なこと』

 

自信のある人が苦手
態度がデカい人が苦手
陰気くさい人が苦手
固形チーズが苦手
チーズ味はもっと苦手
豆乳が苦手
水泳が苦手
あと鉄棒も
聞いたことに答えない人が苦手
知ったように言う人が苦手
完璧かと聞く人が苦手
男前が苦手
綺麗な人が苦手
夜運転するのが苦手
ていうか運転が苦手
高い買い物が苦手
家にある服を思い浮かべて買うのが苦手
クーラーの風が苦手
冬が苦手
怖い人が苦手
コブクロとかGREENとかが苦手
熱がある時に頑張るのが苦手

苦手な事はいくらでも出てくる
でもちょっと面白い
今度は得意な事を考えてみよう

 

2017年5月

文庫本

ポエトリー:

『文庫本』

 

友達に貰った文庫本
読む読むと言って机の隅
引き出しの奥に仕舞うこともできずに
二階の窓から空見上げれば
月は高く
今はもう会わなくなった友達を思い出し
あいつは俺より利口だったけど
今はどんなふうだろうと
そんなことを思いながら
友達に貰った文庫本
今一度目をやり
心の隙間を空白を
沢山の詩で満たして欲しいと
今宵月に話しかけている

 

2017年2月

嗚咽

ポエトリー:

『嗚咽』

 

はしゃいだ記憶もとうに
凍土壁を掻い潜り海洋へ溶けだしていった

人から見れば
ずぶ濡れの記憶に何年も片足を浸したまんま
バランスを欠いた状態になっているのだろう

どこへ行っても逆らえないまま
まるで従来の高さには戻れず
結局、頼りない船に乗るしかない

改めてと折り合いをつけ
不自由なままシャツの釦を留める

あのさ、
言葉でないものを言葉で説明出来ないのだよ

日本人らしさとどう向き合ってゆけばよいのか
草ぼうぼうの空き地に根こそぎ沸いた日本人としてどう漕ぎ出せばよいのか

あのさ、
言葉でないものを言葉に出せないのだよ

言葉は嗚咽するしかなかった
君はそれにずっと耐えていたんだね

 

2019年1月

メイド・イン・ジャパン

ポエトリー:

『メイド・イン・ジャパン』

 

全国展開する理容室に行くと
入口で番号札を渡され
番号を呼ばれて席に着くと
少々伸びた髪でもバリカンで綺麗に刈られる
新しい客が来る度に
威勢の良いいらっしゃいませが浴びせられ
寝ぼけた客はその都度はっきりと目を覚ます
二十分ほどで作業が終わるので
会計を済まし出口へ向かうと
今度はその背中越しに威勢の良いありがとうございましたが投げつけられ
それはまるでベルトコンベアに並んだ工業製品のようだ

 

2017年4月

光合成

ポエトリー:

『光合成』

 

普段通り
あなたの瞼に光が射して
涙は瞳の奥で対流す

目頭がこそばゆくなったら
お気に入りのハンカチ
そっと押し当てて
ミトコンドリアの囁き広がる
刺繍になって現れる

つまり涙の成分は
光によって作られた
君の瞳の光合成
大いに育てば大いに溢れるものなのです

やがてこの命枯れ
人と植物は薄く重なり溶けてゆく
太古の地層のように幾重も重なる光合成
わたしたちもその一員です

わたしたちの希望の光は
あなたの瞳の遥か上
太陽の行き着く先は
子どもたちが吹くオーボエの音

 

2019年5月

耐えきれなくなるなんてこと

ポエトリー:

『耐えきれなくなるなんてこと』

 

かさねた時の重さに
耐えきれなくなるなんてことは
僕に限ってない

目覚ましく回転する
この心臓の撹拌は
一昨日(おとつい)のことも忘れがち

友達がいなかったからではなく
時に多くの言葉を纏い
見晴らしのよい悲しみを
あっさりと

ずぶ濡れに暮れた夕焼け
身近な恋人たちが泣きわめき
狭い通路に置き去りし
古ぼけた雨傘

道草の、薬草煎じて(約束信じて)
缶切りで傷口抉じ開けるお手伝い
そんな真似
しているのだお前

重ねた時の重さに
押し潰されるなんてこと
世話はない
嵩張った秒針が
何べんも食事を与え
腹帯を弛める

世話もねぇ
世話もねぇや

僕に限って
耐えきれなくなるなんてこと
これからもない

 

2019年2月

ひとり言

ポエトリー:

『ひとり言』

 

天気がいい日に外に出掛けなくたっていい
あなたがいなくっても今日はいい日
心から嬉しいと思える日がたまにあって
それは得てして
いい事があった日じゃないことの方が多くて
それでも生きている喜びとか
あなたに出会えて良かったとか
ナイーブな人間になったりする時
それはそれで悪くない
公園で遊ぶ子供らを見て
あるいは慎ましやかな幸福を見て
それで心が満たされる日もあったりするのです
私とは関係のないところで世界は回り
知らぬ間に明日になっているのです
だからまあ
金輪際あなたの事は忘れてしまおうとかメンドくさいことは言わないで
なすがまま
あたり前に仕事に出掛け
日々の暮らしを続ける中で
いつもの馬鹿らしい私が顔をのぞかせるのが
ひとときの慰めになっているのだろうから
それはそれで良しとして
たまには空に向かって話しかけてみるんだ
私といた方が良かったのに
なんてね

 

2017年9月

なだれ

ポエトリー:

『なだれ』

 

自意識に触れる
マグマのわだかまりを
反省の意味で
撫でつける
幾人も無しの
ただの白い
面影橋

(地響きに揺れる
 僅かなわだかまりを
 満面の笑みで
 投げつける
 意気地無しの
 だだっ広い
 重い架け橋)

硬い針の
慟哭で記された
対決色の
決め事を
尖った靴履いて蹴り上げ
蔦絡まる思いは
はしたない

(空威張りの
 広告に照らされた
 耐熱式の
 秘め事を
 尖った口調で掻きむしり
 忸怩たる思いは
 明日には)

全体を通して
嘆きにもあらず
倦怠感の花

(全体をして
 げに懐かしき
 近代のあだ花)

咲かす
明日に備えし
スローな現在

 

2019年4月

ハグ

ポエトリー:

『ハグ』

 

外国からのお客に
普通にハグしたよと言ったあなたの顔が
赤くなるのを隣の同僚が冷やかしていた時
僕の頭に浮かんだのは
茨木のり子さんの「人を人と思わなくなった時に堕落は始まるのよ」という詩で
僕はまるっきりその時
そんな事を考えていたんだ

 

2017年5月