嗚咽

ポエトリー:

『嗚咽』

 

はしゃいだ記憶もとうに
凍土壁を掻い潜り海洋へ溶けだしていった

人から見れば
ずぶ濡れの記憶に何年も片足を浸したまんま
バランスを欠いた状態になっているのだろう

どこへ行っても逆らえないまま
まるで従来の高さには戻れず
結局、頼りない船に乗るしかない

改めてと折り合いをつけ
不自由なままシャツの釦を留める

あのさ、
言葉でないものを言葉で説明出来ないのだよ

日本人らしさとどう向き合ってゆけばよいのか
草ぼうぼうの空き地に根こそぎ沸いた日本人としてどう漕ぎ出せばよいのか

あのさ、
言葉でないものを言葉に出せないのだよ

言葉は嗚咽するしかなかった
君はそれにずっと耐えていたんだね

 

2019年1月

メイド・イン・ジャパン

ポエトリー:

『メイド・イン・ジャパン』

 

全国展開する理容室に行くと
入口で番号札を渡され
番号を呼ばれて席に着くと
少々伸びた髪でもバリカンで綺麗に刈られる
新しい客が来る度に
威勢の良いいらっしゃいませが浴びせられ
寝ぼけた客はその都度はっきりと目を覚ます
二十分ほどで作業が終わるので
会計を済まし出口へ向かうと
今度はその背中越しに威勢の良いありがとうございましたが投げつけられ
それはまるでベルトコンベアに並んだ工業製品のようだ

 

2017年4月

光合成

ポエトリー:

『光合成』

 

普段通り
あなたの瞼に光が射して
涙は瞳の奥で対流す

目頭がこそばゆくなったら
お気に入りのハンカチ
そっと押し当てて
ミトコンドリアの囁き広がる
刺繍になって現れる

つまり涙の成分は
光によって作られた
君の瞳の光合成
大いに育てば大いに溢れるものなのです

やがてこの命枯れ
人と植物は薄く重なり溶けてゆく
太古の地層のように幾重も重なる光合成
わたしたちもその一員です

わたしたちの希望の光は
あなたの瞳の遥か上
太陽の行き着く先は
子どもたちが吹くオーボエの音

 

2019年5月

耐えきれなくなるなんてこと

ポエトリー:

『耐えきれなくなるなんてこと』

 

かさねた時の重さに
耐えきれなくなるなんてことは
僕に限ってない

目覚ましく回転する
この心臓の撹拌は
一昨日(おとつい)のことも忘れがち

友達がいなかったからではなく
時に多くの言葉を纏い
見晴らしのよい悲しみを
あっさりと

ずぶ濡れに暮れた夕焼け
身近な恋人たちが泣きわめき
狭い通路に置き去りし
古ぼけた雨傘

道草の、薬草煎じて(約束信じて)
缶切りで傷口抉じ開けるお手伝い
そんな真似
しているのだお前

重ねた時の重さに
押し潰されるなんてこと
世話はない
嵩張った秒針が
何べんも食事を与え
腹帯を弛める

世話もねぇ
世話もねぇや

僕に限って
耐えきれなくなるなんてこと
これからもない

 

2019年2月

ひとり言

ポエトリー:

『ひとり言』

 

天気がいい日に外に出掛けなくたっていい
あなたがいなくっても今日はいい日
心から嬉しいと思える日がたまにあって
それは得てして
いい事があった日じゃないことの方が多くて
それでも生きている喜びとか
あなたに出会えて良かったとか
ナイーブな人間になったりする時
それはそれで悪くない
公園で遊ぶ子供らを見て
あるいは慎ましやかな幸福を見て
それで心が満たされる日もあったりするのです
私とは関係のないところで世界は回り
知らぬ間に明日になっているのです
だからまあ
金輪際あなたの事は忘れてしまおうとかメンドくさいことは言わないで
なすがまま
あたり前に仕事に出掛け
日々の暮らしを続ける中で
いつもの馬鹿らしい私が顔をのぞかせるのが
ひとときの慰めになっているのだろうから
それはそれで良しとして
たまには空に向かって話しかけてみるんだ
私といた方が良かったのに
なんてね

 

2017年9月

なだれ

ポエトリー:

『なだれ』

 

自意識に触れる
マグマのわだかまりを
反省の意味で
撫でつける
幾人も無しの
ただの白い
面影橋

(地響きに揺れる
 僅かなわだかまりを
 満面の笑みで
 投げつける
 意気地無しの
 だだっ広い
 重い架け橋)

硬い針の
慟哭で記された
対決色の
決め事を
尖った靴履いて蹴り上げ
蔦絡まる思いは
はしたない

(空威張りの
 広告に照らされた
 耐熱式の
 秘め事を
 尖った口調で掻きむしり
 忸怩たる思いは
 明日には)

全体を通して
嘆きにもあらず
倦怠感の花

(全体をして
 げに懐かしき
 近代のあだ花)

咲かす
明日に備えし
スローな現在

 

2019年4月

ハグ

ポエトリー:

『ハグ』

 

外国からのお客に
普通にハグしたよと言ったあなたの顔が
赤くなるのを隣の同僚が冷やかしていた時
僕の頭に浮かんだのは
茨木のり子さんの「人を人と思わなくなった時に堕落は始まるのよ」という詩で
僕はまるっきりその時
そんな事を考えていたんだ

 

2017年5月

別れ

ポエトリー:

『別れ』

 

寂しくないと言ったけど
本当は寂しいのです
嬉しくないと言ったけど
本当は嬉しいのです

寂しくないと言ったけど本当は寂しいと
ちゃんと相手に伝わったなら
嬉しくないと言ったけど本当は嬉しいと
ちゃんと相手に伝わったなら

あなたはどうなのですか?
泣いたり笑ったりいつも忙しいあなただけど
本当は心のほんの少しも伝えきれていない?

分かり合うって難しいね
いつもボタンのかけ違い
心の本当の奥ではちゃんと分かっているはずなのに
分かり合えないなんて不思議だね
こんなに君を離したくないのに

 

2017年3月

月影

ポエトリー:

『月影』

 

夜の向こう側に降りてくる
柔い光が集まるという
煤けたコンクリートの階段
あの人の歩幅は頼りない

月影を半分こちらに向けて
にじり寄る電球が
チラチラともよおす殺意
誰に向けられたものではない

走り去る人の肩にぶつかって
階段をまっ逆さまに転げ落ち
それでも全体は丸く収まって
何事も無かったように終息していく

まるで古いビデオテープ
訳もなくこんがらがって
中身はいかほどでもない
どうりで汗をかかないわけだ

けれどどうしても落ちていく
落ちていく姿しか見えないんだ
白々として、もう朝になるというのに
そんな自分の姿しか見えないんだ

 

2018年12月

インターネット/インターチェンジ

ポエトリー:

『インターネット/インターチェンジ』

 

高速道路を時速100キロで走る君の横を
光速で過ぎるインターネットが
鋭角に変換され
柔らかに君の元へ配達されるのは
君の嗜好に基づき
インターチェンジで自動的に配分された後
君が感応する経路はいささか偽悪的だ
配分された後、再び交わることは稀で
AIの親切心は私たちの思考を固定し
分断を助長する
それでも私たちはインターネットを手放せない

 

2018年12月