Bread And Circuses/The View 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Bread And Circuses』2011)The View
(ブレッド・アンド・サーカシズ/ザ・ビュー)

 

UKギター・ロックの雄、ザ・ビューのサード・アルバム。これだけ何の但し書きも必要のないロック・バンドも珍しいんじゃないだろうか。同世代のアークティック・モンキーズのような派手なインパクトはないかもしれないが、逆に言うと今の時代、オーソドックスなロックでありながらキチンと聴き手にまで届く力を有するということ事態が驚くべきことなのかもしれない。中でもこのアルバムの飛距離は半端ない。

言ってみれば、それは初期衝動のなせる業かもしれないが、彼らの場合それだけではすまされない音楽的基礎体力が背景にあるように思う。しかもそれは気をてらったものではなく、ポップ・ソングの王道を行くものであり、同時に僕たち自身に「あぁ、なにも突飛なことをしなくても、格好いいんだ」ということを改めて気付かせてくれる。結局それが一番難しいんだけどね。

とにかくもう、屈託なく鳴らされるひとつひとつの楽曲が素晴らしく、メロディが頭にこびりついて離れない。正面から取り組まれているアレンジも楽曲の良さがあってこそなのだろう。キーボードにしてもストリングスにしても特に際立ったアレンジでもないのだが、こうも効果的なのは何故なのだろう。恐らくそれは、彼らのボーカルを含めた演奏力の確かさと、加えて音楽を良く知っているということに尽きるのではないだろうか。今どきこれだけシンプルにカッコイイ音を出せるロック・バンドはそうはいない。

しかし彼らにしてみれば、本作は少しウェル・プロデュースが過ぎた模様。確かに1作目2作目と比べればやんちゃくれ感は乏しいが、このまとまりの良さはそれを補って余りある。カイル・ファルコナーの愛嬌のあるメロディが前面に出てとてもいい感じだ。うん、やっぱ飛距離が半端ない。

次のアルバムではウェル・プロデュースを嫌って原点回帰を目論むのだが、結果が付いてくるのはむしろこっちか。何気にすごい作品だけど、彼らなら普通にやれゃこれぐらいはやる。

 

1. Grace
2. Underneath the Lights
3. Tragic Magic
4. Girl
5. Life
6. Friend
7. Beautiful
8. Blondie
9. Sunday
10. Walls
11. Happy
12. Best Lasts Forever

何度でも/ドリームズ・カム・トゥルー について

邦楽レビュー:

『何度でも』 Dreams Come True について

 

このあいだテレビでドリカムの特番をしていた。家人がファンなので一緒になって観ていた。番組の中で、2011年に福島から生中継された紅白での一コマが流れた。そして生中継終了後の未公開映像が披露された。それが『何度でも』だった。

この歌はリリースされたころから好きだった。主人公は1万回挑戦して、1万回失敗する。諦めない主人公はそれでもなお1万1回目に挑戦する。だが、頑張ったからといって1万1回目はうまくいくとは限らない。確かなことはただ一つ、うまくいくかもしれないということだけだ。これほど絶望的な言葉はあるだろうか。しかしそこに言葉に丁寧に寄り添ったメロディと吉田美和の強い意志を持った声が加わるとどうだろう。希望と絶望がないまぜになって言葉に光が差し込み、希望が幾分か強く光り始める。音楽に限らず、優れたアート表現とはきちんと光と影を描いている。光を当てれば影が出来るのだから当然だ。安易に希望を歌わず、絶望を見据えたこの歌が僕は好きだった。僕はこの曲をそういうふうに捉えていた。

未公開映像の『何度でも』のラストでは、バンドの演奏が一旦静まり、吉田美和の声だけが聴衆に投げつけられる。彼女は会場にいるひとりひとりに向かって叫びだす。「あなたに!」「あなたに!」「あなたに!」と。まるで自分の命をちぎって投げつけるように。鬼のような形相でひとりひとりを確実に指さしてゆく彼女は本気だ。あなたにも、あなたにも、あなたにも、チャレンジする限り1万1回目は訪れるのだと。

この歌は間違いなく希望の歌だ。僕の見方は間違っていたかもしれない。確かにそこには絶望が横たわっている。しかし彼女の圧倒的な意志の力がそれを凌駕する。これほど圧倒的な希望の歌があるだろうか。

月と専制君主/佐野元春 感想レビュー

 

月と専制君主  (2011) 佐野元春

 

リ・クリエイト・アルバム。要するに自前のカバー曲集なんだけど、これがとてもいい。嫌な言い方をすれば、あくまでも焼き回しに過ぎないのだが、全くそうは思えない瑞々しさと、今を感じさせる時代性を備えている。

ライブにおける佐野はこれまでも、場所や時代が変われば衣替えするかのような身軽さでもってアレンジを変えて演奏してきた。僕たちファンにとってもそれは当たり前のことではあったのだが、ライブ用のそれと、こうして時間をかけて丹念に録音されたスタジオ版とでは少し趣が違うようだ。それはライブバージョンのような瞬発力はないが、砂地が水を吸い込むかのようなゆったりとした浸透力を持っている。

フリー・フォークと呼ばれる当時の海外の潮流と歩調を合わせたかのようなアコースティックなサウンドは、親密さと同時に、リアリティを醸し出し、演者と聴き手との距離をぐっと引き寄せる。目の前に広がる風景は、これまで以上にまるで自分がそこにいるかのようで、ここにはズボンの裾に土がこびり付きそうな直接性がある。そしてその喚起力は、目の前にぐっと引き付ける力強いものではなく、やんわりとした日常性を伴ったものだ。

加えて素晴らしいのは、今を感じさせるという点である。これはポップ・ソングで最も重要な要素であるが、このアルバムを聴いて何よりうれしいのは、過去の曲であろうが、アコースティックであろうが、今この時を叩きつけている点である。まさに正真正銘のリ・クリエイト・アルバムと言えよう。

新たに施されたサウンド・デザイン、それに応えるホーボー・キング・バンドの適切な演奏もさることながら、今回感じるのはやはり曲本来の力である。煮て食おうが焼いて食おうが、今と共鳴する普遍性。余計な装飾がない分改めて佐野の楽曲の確かさが浮き彫りになった気がする。

『クエスチョンズ』や『C’mon』といったチョイスも良し。振り返れば佐野のキャリアも随分と長くなってきた。あまり顧みられることのない佳曲を掘り起こすことは僕らにとっても意味のあることではないか。

ただやはりカバー・アルバムなので、佐野のいつものはみ出すような危うさが無いのは物足りないか。このようなコンセプト・アルバムに違和感なく溶け込む新曲が2、3あれば、より鮮度は高くなったと思うがどうだろうか。ていうかファンとしちゃそっちの方が嬉しい(笑)。

そう言えば、、、ハートランド解散の折り、当時のライブ・アレンジで何曲かばぁーっと録音したはずなんだけど、あれはもうリリースしないのだろうか。本当の意味でのハートランド最後の作品ってことでファンにとっちゃたまらんのですけど、、、。

 

1. ジュジュ
2. 夏草の誘い
3. ヤング・ブラッズ
4. クエスチョンズ
5. 彼女が自由に踊るとき
6. 月と専制君主
7. C’mon
8. 日曜の朝の憂鬱
9. 君がいなければ
10.レイン・ガール

透明な光

ポエトリー:

 

『透明な光』

 

心はアイ

言葉はキライ

 

目の前はヤミ

顔ではエミ

 

願いはユメ

諦めはマヨイ

 

行き交うはいといいえ

交錯するひとつ魂

 

新鮮なレタスより瑞々しい君の感性が

水滴とともに空へ吸い込まれるのを

 

その透明な光が

躊躇なく真実を写し出すのを

 

僕は決して

忘れない

 

2012年6月

感受性

ポエトリー:

 

『感受性』

 

赤くなったり、どきまぎしたり

ひとには見えないちょっとした波紋を感じている

それは特別なこと

 

「人を人とも思わなくなったとき堕落は始まるのよ」

茨木のり子さんは言っていた

 

年を取ると感性は鈍るって言うけれど

感受性は変わらずそこに

そんなこと分かってるって言わないで

僕は最近気付いたんだ

 

年なんか気にしないで

静かにそのさざ波を受けたらいい

 

そしたら僕ら

おじいさんおばあさんになっても

きっと顔を赤らめられるよ

 

2013年5月

Ropewalk/The View 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Ropewalk』(2015)The View
(ロープウォーク/ザ・ビュー)

 

3年ぶり、5枚目のオリジナル・アルバム。デビュー以来、ずっと疾走感のある溌剌としたサウンドでここまで来た彼らではあるが、クークスやアークティックがそうだったように、いつまでもデビュー当初のスタイルが続いてく訳でもなく、3年のブランクがあったということは彼らは彼らで新しい扉を開けたいという欲求があったんだと思う。所々に音楽的偏差値の高さを見せながらも、よくもまあこれだけ続くなあっていうくらい、ご機嫌なロック・チューンを奏でてきた彼らだけど、今回のプロデューサーはストロークスのギタリストにストロークスのプロデューサー。ということでこれまでの熱さから一転、ストロークスばりの低体温のサウンドになっている。

曲の方は相変わらず素晴らしい。デビューして8年経っても一向に枯れることなく、UKロック直系のメロディもあって、粗っぽかった前作よりずっといい。もう初期衝動ではないところで今だにこれだけシンプルないい曲が書けるってのは素直に凄いことだ。

ただやっぱりこのサウンドは物足りないんだよなあ。元々アコースティック・ギターも上手に使う人たちだけど、どうせならもっとドタドタ感があってもいいし、もっとこうグワッとした感じが欲しい。まあストロークスがそうだから今回はそういう狙いだったんだろうけど、それにしてもちょっと食い足りない。焦点ぼやけちゃってる感は否めない。

エレキ・ギターをかき鳴らし、アクセル一杯まで開けてシャウトするっていうのはベタかもしれないけど、一番難しかったりするわけで、それをいとも簡単にやってのけるところに彼らの魅力はある。今回も後ろの音がどうなっていようが、相変わらずカイルは派手にシャウトしているし、やっぱりこのボーカルには電気的に増幅されたギュンギュン言ってるギターを当てて欲しいというのが素直な感想。曲がいいだけに少し残念。

僕は好きだし地味にいいアルバムだけど、ファン以外への訴求力があるかといえばちょっと厳しいかも。みんなそんなじっくりと聴いてくれないぞ。あとバンドの姿勢として分からなくはないけど、ギタリストの下手なボーカル曲は正直要らない。にしても一番疾走感のある#6でそれをしなくても(笑)

 

1. Under The Rug
2. Marriage
3. Living
4. Talk About Two
5. Psychotic
6. Cracks
7. Tenement Light
8. House of Queue’s
9. Penny
10. Voodoo Doll

フェニックス ジャパン・ツアー2018 Zepp 大阪ベイサイド 感想

ライブ・レポート:

Phoenix  Japn  tour  2018 in Zepp Osaka Bayside

 

4月27日(木)にZepp大阪ベイサイドで行われたフェニックスのライブに行って参りました。もう素晴らしいの一言。いつものことながら最初から最後までテンション上がりっぱなし。圧巻のパフォーマンスでした。

19時開演、サポートアクトの「ねごと」のライブでスタート。女の子4人組のエレクトロ・ポップ・バンドというのかな。4つ打ちが多くていかにもな感じでしたが、ラス前の曲は良かったです。最前列のおっかけとおぼしきファン数名のテンションが凄かった(笑)。彼らは最後までいたのかな?ねごとのライブはちょうど30分きっかりで終了。真面目な方たちです。頑張ってほしいですね。お客さんのマナーもよくて、ねごとのことはよく知らないだろうに(私もですが…)、それでもスマホをいじることなく体を揺らしながらちゃんと聴いていました(笑)。やっぱこういうのがいいですね。

そこから約30分後、ステージの準備も整い暗転し、遂にフェニックスのメンバーが登場!すかさず始まりました!最新アルバム『Ti Amo』のオープニングを飾る『J-Boy』だ!

『J-Boy』もオシャレで素敵過ぎるんですが、こっからが凄かった。これもうアンコール!?っていうぐらいのテンションでひっくり返りそうになりました(笑)。『Lasso』に『Entertainment』と来て『Lisztomania』。この流れはもう笑うしかないでしょう。『Lasso』のサビも、チャイナな出だしで始まる『Entertainment』のイントロも凄いのなんのって。この曲の盛り上がり方はハンパなかったッス。更に盛り上がったのが『Lisztomania』。イントロが始まった時の大歓声と言ったらもう。勿論、サビは大合唱しましたよ。ちゃんと予習してったもんね。

しかしまあドラムのマッチョな人(スミマセンッ、名前知らなくて)の叩きっぷりは凄いね!もうドラムセット壊れるんじゃないかっていうぐらいで、飛び跳ねながらぶっとい腕で叩いてました(笑)。その横で太鼓やその他の楽器を静かに演奏してる神父さんみたいな髭モジャのおじさんとの対比がなかなかのツボでした(笑)。

『Everything Is Everything』があったり、『Consolation Prizes』あったりでまさにオール・タイム・ベストなセトリ。盛り上がってばっかで忙しかった中にインスト曲の『Sunskrupt!』が挟まる展開も良かったです。と言ってもこの曲はエレクトロ組曲てな仕上がりでまた別の高揚感。これはこれで存分に聴かせてくれました。そして本編最後は『If I Ever Feel Better』で締め。しまった、この曲を予習すんの忘れてた。サビは客に歌わすってやつね。代表曲なのにすっかり抜けてしまいました(笑)。

ここで一旦終了。5分ぐらい挟んでアンコールです。まず出てきたのはボーカルのトーマとギタリストのローラン。そういえばローランさん、いつもギターの位置がスゴイ上なのが気になっていましたが、この日ももちろん窮屈そうなお馴染みのスタイル。ついでに言うとこの方、チャーミングな方でちょいちょいおふざけを放り込んできます(笑)。

で二人で静かに歌うは『Goodbye Soleil』。オリジナルもいいけど、この曲はこういうパターンもはまりますね。手前味噌でアレですが、この曲に触発されて私、当ブログでちょっとしたお話、「さよならソレイユ」ってのを書いていますので、どうぞそちらもよしなに…。

『Telefono』ではラブ・ラブ・トークの部分を黒電話でリーディングする演出も。CDではイタリア語で「Pronto」って言うところを「もしもし」って言ってくれました!続いて『Consolation Prizes』でまたテンション上がって、必殺の『Fior di latte』。タイトルどうりのあま~いラブ・ソングがたまりません。物凄い多幸感ですな。続いてこれもとっておきの『1901』。もうそろそろ最後だってのはみんな分かってるし、更に輪をかけての物凄い爆発力でした。

で最後の最後は『Ti amo di più』。要するにトーマがフロアに下りてくるための曲です(笑)。揉みくちゃにされながらも嬉しそう。割と近くだったので僕も急いでそっちへ向かい、体触ったり、サラサラヘアをぐしゃぐしゃっとしちゃいました(笑)。手すりの上を歩いて最後はお神輿状態。ステージに戻る時には足が上になってました(笑)。とまあ、こんだけやりゃあいいでしょうという感じで正に大円団。お腹一杯、お客様満足度100%の素晴らしいライブでした。

しかしまあお客さんのスパークもハンパなかった(笑)。1曲1曲が嬉しくてしょうがないっていうか、この日を待ちに待ったというか、それでいて濃ゆーい感じは一切なくて、自由でオープンな雰囲気。例えばビール片手に気だるく踊る人がいたり、ずっと手を挙げて気持ちよく踊ってる人がいたり、ジャンプしてる人がいたりと皆が思い思いに好きなように楽しんでいる様子がとてもいいのです。で終始みんな笑顔。そんなライブ滅多にないかも。

ただそれもフェニックスの面々が楽しそうだからで、仕事で来ましたじゃなくて、ステージ上の彼らも笑顔だし、そりゃこっちも笑顔になるし、彼らが自由でオープンだからこっちもそうなるし、でそれが彼らにも伝わるからもう多幸感スパイラルがハンパないのです!僕は過去にサマソニで2回、彼らのステージを観てその度にこんな多幸感を感じるライブはもうないだろうなぁと思っていましたが、今回のフルセットのライブは更にそれを上回りました!かっこいいライブ。感動的なライブ。色々あると思いますが、楽しいライブと言えばフェニックスに勝るものはございませんっ!!

ちなみに客層を見渡すと女子の方が多かったかな。しかも若い子が多い!2000年デビューの中堅バンドにこれだけ若い女子が集まるなんて!いや~、凄いっす。恐るべし、フェニックス!

それにしてもあのフェニックスが1000人程度のライブハウスで観れるなんて。いやー、こりゃ日本ならではというか、ここは素直にお得感満載ということで喜びましょう。

そーいやトーマさん、「おーきに」って言うてはりましたで!

 

セット・リスト:
1. J-Boy
2. Lasso
3. Entertainment
4. Lisztomania
5. Everything Is Everything
6. Trying to Be Cool
7. Tuttifrutti
8. Rally
9. Too Young
10. Girlfriend
11. Sunskrupt!
12. Ti amo
13. Armistice
14. Rome
15. If I Ever Feel Better

(アンコール)
17. Goodbye Soleil
18. Telefono
19. Consolation Prizes
20. Fior di latte
21. 1901
22. Ti amo di più

COYOTE/佐野元春 感想レビュー

 

『COYOTE』 (2007) 

 

一時期の混迷期を抜けて、復活の狼煙を上げたのが、『THE SUN』。とても素晴らしいアルバムで僕にとっても特別なアルバムになったわけだが、この数年の積極的な活動を振り返った時、ターニング・ポイントとなったのは、間違いなくこの『COYOTE』ではないだろうか。それはまさしく出会い。コヨーテ・バンドとの出会いである。

勿論それは、佐野の嗅覚がさせたものであるが、ここに集まった佐野より下の世代との交流は佐野に計り知れない影響を与えてきたように思う。熟練のホーボー・キング・バンド(HKB)が素晴らしいのは重々承知しているのだけど、言ってみればそれは長距離選手のようなもので、やはりロックンロールのダイナミズムというか、パッと走り出しパッと駆け抜ける短距離走の切れ味という意味ではコヨーテ・バンドである。HKBが大人のロックというつまらないものではなく、スリリングなバンドであるという事実を僕たちファンなら知っているのだけど、フェスなんかでコヨーテ・バンドを従え最前線に降り立った佐野の立ち姿というものは単純にロックンロール・ヒーローなのだ。

このアルバムはその始まりの記録である。今聴くとやはり始めということで、方向付けというかひとつの作品としてまとめられた感があるが、ここで聴けるサウンドは今現在のコヨーテ・バンドにつながる紛れもないコヨーテ・サウンドだ。

このアルバムを最初に聴いた時に強く耳に残ったのは『君が気高い孤独なら』だ。まるで20代の佐野が書いたかのような瑞々しい曲で、久しぶりにうれしい気持ち、ワクワクする気持ちになった。この曲で歌われる思いやりの気持ちと反逆の心を表す(と僕が勝手に解釈している)「Sweet soul ,Blue beat」というコーラスは今の僕にとっても大事なメッセージだ。当時2才のうちの娘がこの曲をかけると踊りだし、「しーそー、ぶーびー(Sweet soul ,Blue beat)」と嬉しそうに歌っていたのを思い出す。このアルバムでは他にも瑞々しいメロディを沢山聴くことが出来るが、それはもしかすると新しいバンドとの新鮮なセッションが呼び水となったのかもしれない。

今につながるコヨーテ・バンドが垣間見えるのはこのアルバムの後半だ。『Us』、『夜空の果てまで』、『世界は誰のために』といったロック・チューンはコヨーテ・バンドならでは。今必要なのは、悠長な歌ではない。今僕たちに必要なのは、畳み掛ける性急なサウンドだ。

このアルバムのタイトル・チューンは『コヨーテ、海へ』。このアルバムはコヨーテなる人物(むしろ生き物といった方が適切か)のロード・ムービーであり、そのサウンド・トラックという格好を採っている。『コヨーテ、海へ』はその典型のような曲。ゆったりとしたバラードで、コヨーテ男の終着点でもあるのだが、にも関わらず不思議と最も‘移動’を感じさせる曲である。

この曲の持つ素晴らしさは何より乾いているという点にある。日本的情緒に依りかからない乾いたバラード。これこそ佐野の真骨頂と言える。この『コヨーテ、海へ』とラストの『黄金色の天使』は、アルバム『Someday』のラスト、『ロックンロールナイト』~『サンチャイルドは僕の友達』の流れを思い起こさせる。『サンチャイルドは僕の友達』がララバイであるのに対し、『黄金色の天使』はエピローグ。当時の登場人物のひとりが時を経て‘コヨーテ男’として歩いている。数十年経った今、この2枚のアルバムのラストがシンクロしているように思うのは気のせいだろうか。

このアルバムのテーマとなっているのは‘荒地’である。この困難な時代にどう生きてゆくのかという主題が、前作の『THE SUN』とは違う側面から照らされている。

『THE SUN』は苦い現実認識の歌であるとはいえ、その根底には明確な希望、祈りが流れていた。一方この作品ではより暗闇に軸足が乗っかっている。そうした闇を表現するのに、最低限のバンド編成でより若い世代を起用したというのには当然理由がある。それは取りも直さず当事者意識ということではないだろうか。HKBがそうではないというのではなく、若手の先頭に立つべき世代、今この困難な時代に先頭きって飛び込んでゆく彼らの態度、ビートこそが今鳴らされるべき音ではないか。佐野は‘荒地’とそこを突き進む彼らの一歩に何かあるのかもしれないと感じていたのかもしれない。

しかし当然のことながら、その更に先頭に立つのは紛れもなく佐野である。僕は素直にジャム・バンドであるHKBも好きだけど、あのハートランド時代のように佐野が全面的にタクトを振るう明確なサウンドが好きだ。寄り道せずにまっすぐに。佐野が長い髪を振り乱すただのロックンロールが好きなのだ。そういう意味でこのコヨーテ・バンドというのは、渋い深みのあるHKBへ一旦振れた佐野が、もう一度初期衝動に立ち返るきっかけになったバンドと言えるのではないか。

本人はそんな気はないのかもしれないが、佐野はバンドメンバーの一人ではない。一人の抜きんでた才能である。その抜きんでた個性をあおるように当事者であるコヨーテ・バンドの面々が追う。だからこそ彼らのサウンドはリアルで、直接的で性急なのだ。そしてそれは今も進行中である。

 

1. 星の下 路の上
2. 荒地の何処かで
3. 君が気高い孤独なら
4. 折れた翼
5. 呼吸
6. ラジオデイズ
7. Us
8. 夜空の果てまで
9. 壊れた振り子
10.世界は誰のために
11.コヨーテ、海へ
12.黄金色の天使

人ひとりの夜に

ポエトリー:

『人ひとりの夜に』 ~Tim Berglingに捧ぐ~

声がしたら
うずくまって
人ひとりの夜が降りてくる
両方のポケットの中
握り締めるまぼろし

あの人の声が静かなまま
私たちの夜に降り注ぐ
もういい加減、始まりを確かめるのは止めて
そっと貴方の頬に手を当てて
柔らかな重みを感じたい

誰もいない夜
まだきっと誰も起きていない夜に
お別れを告げる光がうらめしい
早く、大切な声で私たちにも告げて

全世界は今もなお
眠ったままだから
人ひとりの夜の間じゅうずっと
世界を抱き締めていると
世界を愛していると

2018年4月21日