邦楽レビュー:
『タオルケットは穏やかな』(2023年)カネコアヤノ
下北沢にある書店、日記屋月日 には物珍しい本、その名の通り書籍化された日記が置いてあるそうで、僕が詩を好きなのを知っている友人が東京土産にそこで購入した日記をプレゼントしてくれました。リトルプレスの『犬まみれは春の季語』という本です。著者は柴沼千晴という方で、日記屋月日で行われていたワークショップ、「日記をつける三ヶ月」でつけていた2022年1月1日から2022年3月27日までの日記をまとめたものだそうです。
正直、他人の日記なんて興味ないよと渋々読み始めたのですが、これが思っていたのとは全然違って散文のような、時には詩のような。しっかりとした観察眼で書かれていて日記という形式であっても場合によってはこうやって作品足りえるのだなぁとまた新しい発見がありました。
結局、詩にしても日記にしてもそれを作品と称するからにはある程度自分からは切り離して、ただ何よりも個人の思いが大事なのでそこのところは難しいのだけど、自分の心にうずくまったり時にはこぼれそうなものを精一杯書いても、見えるところは作者本人ではなく他者の共感を得る方向へ向かうというのが大事で、でもそういうのは意図的にどうこうできるものではないと知りつつ、けど何がしらの自覚があってこそなんだと思います。そこのところがとても大きく他者への共感に向かうのがカネコアヤノの音楽ではないでしょうか。
さぁこれから、というところでコロナ禍にまみえたカネコアヤノですけど、負けじと無観客ライブだのなんだとできうる限りの活動を続けて、元々アルバム出す毎に脱皮していくような印象はありましたけどコロナ禍を経ての今回のアルバムでは更に太くたくましくなった印象を受けました。
あとカネコアヤノは心象風景を歌う作家だと僕は思っているのですが、前作の『よすが』ではそれも部屋の風景に落とし込まれている印象がありました。それが今回は外に向かった解放感というのが復活しているような気はして、例えばタイトル曲の『タオルケットは穏やかな』での「家々の窓には~」っていうのはもう完全に外の景色、昼か夜かは人それぞれの受け取り方だと思いますけど、とにかくそこには空があって風が吹いてというところまで想像できる、しかも迷っているけど「シャツの襟は立ったまま」という。すべてではないですけど、歌ひとつひとつが外で鳴っていて、今歌の主人公は外にいるんだという感じはすごくします。
あと太くたくましくというところで言うと、今回もバンドがすごくいいです。同じメンバーでもう何作目になるのかは知りませんけど、一緒にアルバム作って一緒にライブしてっていうのをずっと続けてきた中で、お互いの理解が更に進んでいるような気はします。特に目新しいことはしていないと思うのですけど、ごく自然なやり取りの中で歌に合わせてちゃんと曲の表情が変わっていって、何よりバンドの演奏だったりカネコの歌であったりというところで全く継ぎ目がなく聴こえてくるところがとても素晴らしいです。
『よすが』があって、窮屈な中で活動を続け、今作の1曲目『わたしたちへ』でギターが思いっきりかき鳴らされるオープニングというのはやっぱグッと来ます。単純にソングライティングの練度もどんどん上がっているし、もちろんその時々のアルバムでの良さはありますが、災厄を経てまた一段、音楽家として大きくなったんだと思います。
ところで、日記『犬まみれは春の季語』でもカネコアヤノへの言及が沢山出てきます。好きなものが横に広がっていく感じが嬉しいです。