合歓るーBridges / Laura Day Romance 感想レビュー

邦楽レビュー:
 
『合歓るーBridges』(2025年)Laura Day Romance
 
 
2018年デビュー、女性ボーカルにギターとドラムスの3人組。ソングライティングはギターのひとがメインのようだ。2025年初にリリースした『合歓る-walls』と本作が対になり、二作で3rdアルバムということらしい。僕は年末に読んだミュージック・マガジン誌で本作を知り聴き始めた。なので『-walls』の方は未聴。
 
若いが演奏は達者で、複雑なリズムで曲は進む。最近の若いミュージシャンはみんな普通に上手いから驚く。これまでの作品がどういったものかよく知らないが、言葉の載せ方選び方、アクセント、曲の展開、時折挟まれる印象的な音のフレーズ、どれをとっても秀逸だ。そこらじゅうで韻が踏まれているが、ちゃんと意味が通っていてしかもオシャレ。
 
近頃は邦楽オンリーで育ったミュージシャンが多いような気がするが、彼らは海外の音楽にも精通しているのではないか。#3『分かってる知ってる|yes, I know』はなんかThe1975っぽいぞ。ボーカリストはとても印象的な声の持ち主だけど、もうちょっと我儘に歌ってほしいかな。YouTubeでライブ映像を見たけど、バンド表現においてもまだまだ迫力不足な感じはする。ていうか連中はそんなこと求めてないのかも。
 
歌う対象との距離感も考えられていてしっかりと物語として表現している。#4『プラトニック|platonic』など情緒的な歌かと思いきやキチンと対象化されていて、アウトロでの着地のさせ方、そのまま5曲目のキラー・チューンへ向かう流れなんかホントによく考えられている。情緒でごまかさない丁寧なサウンド・デザインに好印象だ。
 
その#5『ランニング・イン・ザ・ダーク|running in the dark』はシンプルな曲なのに畳みかける言葉とアレンジを含めた全体で異様な疾走感と切迫感を表現していて、イントロのノイズからアウトロのピアノ・ソロに至るまで完璧。決め台詞の「あいにく雨だが 乾くよりマシか」がまた最高だ。他の曲もアイデア満載で素晴らしいけど、ちょっと神がかっているんじゃないかこの曲は。
 
音楽家にはクリエイターに限らず、アイデアが湧いて仕方がない時期がある。いわゆる初期衝動と経験値が合致してクリエイティビティがスパークするわけだが、それはどんな才能のあるアーティストでもあっても一時期にしか訪れない。もしかしたらローラ・デイ・ロマンスにとってこの作品がそれにあたるのかもしれない。ていうか僕が知らないだけで、他のアルバムもこのレベルにあるかも。だとしたら驚く。ちょっと他のアルバムも聴いてみよう。

HAYABUSA JET Ⅱ / 佐野元春 感想レビュー

『HAYABUSA JET Ⅱ』(2025年)
 
 
正直、『Ⅱ』があると聞いた時、僕はもういいだろうと思った。実際にリリースされて聴いてみると、確かにCoyote Bandらしくギターが騒がしく鳴る『君を想えば』、ダンスチューンに変貌した『太陽』、全く別物と言っていい『吠える』など、楽しい再定義はあった。けれど『Ⅱ』でもあり新鮮味は薄れていたし、『Ⅰ』ほどの興奮はなかった。僕の印象が変わったのはスピーカーで聴いてからだった。
 
『The Circle』(1994年)でThe Heartlandを解散したように、『The Sun』(2003年)を最後にThe Hobo King Bandでの新作が途絶えたように、2023年の『今、何処』以降Coyote Bandでの活動は活発ではなくなるのではないかと僕は勝手に想像していた。それぐらい『今、何処』アルバムは圧倒的だったし、上記2つのバンドの時のようにピークを迎えた後のCoyote Band としても次へ向かう道を見つけるのは難しいだろうなと勝手に思ってていた。
 
『HAYABUSA JET』シリーズは佐野自身が何度も語っていたように、佐野を知らない新しい世代に対するプレゼンテーションが主な目的だったろうし、『Ⅰ』は全くそのとおりだったと思う。しかし結局それはCoyote Band との関係をリフレッシュさせることにもなり、計算通りだったのかどうかは分からないけど、『Ⅱ』での更なるCoyote Band仕様への振り切りようを思えば、 ざっくり言ってしまえばそうした勘が当初から働いていたのだと思う。
 
つまり今回の『HAYABUSA JET Ⅱ』はまだまだCoyote Bandとの活動を終えるつもりはないという佐野の宣言なのではと僕は感じ始めている。今のバンドでこれ以上望むべくもないと思える作品があったとしても、かつてのように活動をやめてしまう必要はない。その答えが『HAYABUSA JET』シリーズ、いや『Ⅱ』にあるのかもしれないと。
 
イヤホンで聴くのをやめ、スピーカーで可能なそれなりの音量で聴いた時、それはまさしくCoyote Bandだった。過去曲に手を加えましたではなく、大袈裟に言うとライブを全身で浴びるようだった。当たり前だけど、The HeartlandでもないThe Hobo King BandでもないCoyote Bandとしか言いようがないサウンド。もしかしたら『Ⅰ』は新しい世代にという主眼が強く、曲そのものの若さを維持することに気が向けられていた部分があったのかもしれない。しかし『Ⅱ』ではそこはもう完全に吹っ切られているような気がした。Coyote Bandフルスロットルで行くんだと。
 
およそ1年をかけて行われた45周年を冠した一連の活動もまもなく終わる。次のアルバムがいつになるかは分からない。でも作り手にも僕たち聴き手にももうあの『今、何処』を越えなくては、という余計な気負いはすっかり剥がれているような気がする。あれはあれ、次は次、とばかりに。『HAYABUSA JET Ⅱ』はそういう役割を果たしたのではないか。
 
この一年の活動でおなか一杯になったコヨーテ達はしばしの休息に入るかもしれない。けどいずれ腹を空かせる。僕は気長に待とうと思う。キャリアの終盤にさしかかった佐野がCoyote Bandとともに再び走り出すのを。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のこと

フイルム:レビュー

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のこと

 

僕の実家はおばあちゃんが住んでいた平屋に、おばあちゃんの死後そのまま移り住んだもので、その頃でもすでに築50年以上は経ってたと思う。僕が中学生の頃だったか、姉がお年玉で小さなテレビを買った。リビングの横にある6畳ほどの和室にそのテレビは置かれた。リビングにあるメインのテレビと隣の部屋の小さなテレビの音声はいつも混じっていた。

初めて見たのは土曜ロードショー。姉が小さなテレビで見ていたのを途中から一緒に見た。場面はちょうどマーティが1955年のドクの屋敷に訪れるところ。僕の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』はそこが始まりだった。

その後、幾度となくテレビ放送はあり、『2』は高校の時友だち何人かで観に行き、『3』は『2』の時にもいた映画好きの友人と二人で行った。当時は席予約や入れ替えなんてなかったから、席の離れた友人と顔を見合わせ、続けざまに2回観た。

後に『2』と『3』のVHSのビデオソフトを購入した。1作目は何度目かの土曜ロードショーを録画したものを繰り返し見た。10回?20回?いや、もっと見ているだろう。なので僕の頭の中に入っている台詞は土曜ロードショー版だ。例えば有名な最後のシーンのドクの台詞は「道など必要、、、ない」だし、マーティが”Johnny B Good”を演奏した後に言うのは「次の世代に流行るよ」だ。

この時の声優はマーティ役が三ツ矢雄三でドク役は穂積隆信。ドクは青野武や山寺宏一も演じているが、ちゃんとした科学者な感じがしないでもない。やっぱり穂積隆信の頭の上から出てくる狂気じみた声の方が僕は好きだ。それで育ってしまったからね。

ついでに言うと一番好きなシーンは、ジョージがビフをのばして一件落着と思いきや、変なやつにロレインを奪われジョージはロレインから手を放してしまう。するとマーティの手は透明になり額には冷や汗、存在が消えかかってしまうが、ジョージの再びの勇気によりマーティは復活!それに合わせるようにバンドの演奏も盛り上がり、「I falling love with you♬」のリリックと共に二人は初めてのキス。アウトロにバック・トゥ・ザ・フューチャーのBGMのフレーズがかぶさる。天使が降り立ったかのような素敵なシーンだと思う。皆はどんな場面が好きなのだろうか。

今日、IMAXの復活上映を観てきた。数え切れないほどビデオテープで見た『バック・トゥ・ザ・フューチャー』をまさか映画館で観れるとは思わなかった。いろんな感情が入り混じり、僕は何度も涙を拭った。十代の僕はマーティの走り方を真似して、マーティのジェスチャーを真似して、マーティの喋り方を真似した。マーティ(やドクやジョージ)の勇気は真似出来なかったけど。。。とにかくマーティは僕の憧れだった。

今でもその気持ちは変わらないけど、今思うのはジョージはなんと人間味のある素晴らしいキャラクターだということ。マーティと同じくらい僕はジョージが好きになった。今回、スクリーンでマーティやドクやジョージやロレインを観て、なんだか昔の友だちに会ったような気がした。僕はとても嬉しい気持ちになった。

2025年 ベスト・アルバム

2025年 ベスト・アルバム

 

2025年に新しく聴いたアルバムは約40枚ぐらいか。月平均で3枚ちょい。1、2回聴いただけでやめたものを含めればもっとあるだろうが、その辺はよく分からない。けっこうな枚数だがそんなに忙しく聴いた覚えもなく、要するにSpotifyでの聴き方がすっかり馴染んできたのだろう。歌詞も音楽の魅力の一つなんて偉そうに言ってきたのが恥ずかしい。。。結局そこまで理解しようと思う僕自身の体力が無くなってきたのもあるかもしれない。今までなら必ずCDで買っていたハイムやビッグ・シーフですら、買わなくなった。

音楽を通して学んできたことはけっこうある。ケンドリック・ラマーなんかはその際たるものだし、音楽家は総じてリベラルな人が多いので人権や社会問題、環境問題などに対してもしっかりと声を挙げ作品の中へも反映している。僕の女性に対する考え方なんてハイムからの影響がかなり大きい。Spotifyで聴く間口は格段に広がったが、歌詞を読まなくなった分、抜け落ちているものは多いかも。この辺は僕にとって課題かもしれない。

どちらにせよ、2025年はこれまで以上に様々なジャンルの音楽を聴いた。ウルフペックやエル・マイケル・アフェア、はたまた南米のカンデラブロなど。恐らくこれらはSpotify以前なら僕の選択肢には入ってこなかっただろう。他にも流行りのオリビア・ディーンや大評判のディジョンや風変わりなエセル・ケインなどもしっかり聴いたし、僕もジャンルなんか気にせず単純にええのん聴いたらええやん、という現代人らしい体になりつつあるようだ。

なんだかんだ言って、基本はロック好きだから世間の評価とは関係なく、結局いつものステレオフォニックスやクークスやシェイムを聴いて、やっぱええなぁと思いつつ、さぁ2025年に最も印象に残ったアルバムはなんだっけと記憶を遡ってみると、2025年も変わらず女性アーティストが多いことに気付く。先に述べたハイムやビッグ・シーフだけでなく、ウルフ・アリスも何気にいいアルバムだったし、年末にはザ・ベルエアー・リップ・ボムズという活きのいいバンドも知った。優雅なレイフェイもよかったなぁ。邦楽では寺尾沙穂やローラ・デイ・ロマンスを気に入って聴いていた。2月にはさっそく寺尾のライブに行く予定だ。

そんな中、決定的なロック・バンドに出くわした。ギースである。こっちのフロントマンは男だが、ギタリストは女でその並びが新鮮。何しろバンドの佇まいからして只者ではない感満載だ。もう古いんだか新しいんだかよく分からないし、次にどう転ぶかも全く予想できない得体の知れなさだが、とにかくかっこええのは間違いない。ということで、2025年の僕のベスト・アルバムはギースの『Gettng Killed』ということになる。普通過ぎて面白くないけどね。ベスト・トラックはハイムの『Relationship』。Spotifyの年末まとめによると僕が2025年に最も聴いたのはこの曲だそうなので、素直に従うことにしよう。

せっかくなのでもう少し順位をつけてみるのもいいかもしれない。Spotify年末まとめだと最も聴いたアーティストもハイムだったので2位は文句なしでハイムの『I Quit』だ。最も聴いた曲のランキングにはリトル・シムズも入っていたので、3位はリトル・シムズ『Lotus』にする。聴いてて楽しいアルバムだった。うん、確かによく聴いた。続いてはビッグ・シーフの『Double Infinity』。前作の2枚組とは打って変わってシンプルなアルバムだったけど、今までで一番スッと体に入って来た。5位はウルフ・アリスの『Clearing』。70年代風の爽やかなサウンドが心地よかった。それにしても安定感が抜群だな。

自由や平和や平等といった、これまで当たり前のように良きものとされていたものがいとも簡単に無きものとされることを知ってしまった現在。けれど、だからといって悪しきものがもの良きものになるわけではない。僕たちに出来ることは大なるものに振り回されずに、目の前の些細な日常の中でささやかな自由と平和と平等を繰り返すことしかない。その助けとしてアートはきっと有効だ。アートはずっと時代を越えてきた。この先、どんな時代が待っているのか分からないけど、僕はこれからもアートに目を耳を傾けていきたい。

荒地

ポエトリー:

「荒地」

 

今日の音楽は
生身でグラグラしているから
リズムがとれない

脳内で型にはめ
補正する
フェイク
弦が切れた

裸足の感度が
ひとびとから剥がれ
今焼け野原

いいや
ガレキを足場にして
また歌を唄いはじめれば

 

2025年10月

新年によせて

ポエトリー:

「新年によせて」

 

新しい夢を見て
新しい街へ出た
わたしたちは毎日
新しいに手をかける

ただの、あるいは特別な
生命あるものとしての営み

新しい労働をし
新しい食事をし
新しく学び

新しい嘘をついて
新しい諍いをし
新しい和解をする

わたしたちは今日も新しいに手をかける
それは人類史上初めての経験
間違いもクソもない

 

2026年1月