THE BARN/佐野元春 感想レビュー

 

『THE BARN』(1998)佐野元春

 

1998年頃の佐野は久方ぶりのテレビ出演やCM出演があったり、かつてない程のマスメディアへの露出があった。デビュー以来のパーマネント・バンドであるThe Heartlandを解散し、新たなメンバー(結成当時はInternational Hobo King Band という長い名前だった)と作り上げた1996年の『FRUITS』アルバムは佐野を知らないリスナーにまで届く可能性のある、非常にポップで明度の高い作品であったし、それを受けたツアーもニュートラルで開放感ある素晴らしいものだった。そして前述のテレビメディアへの露出。その後の新しい聴き手をがっちり確保するいわば勝負の時期に佐野は『THE BARN』というアルバムで挑戦してきたのである。しかしそのアルバムは1984年の『VISITORS』同様、誰もが手放しで喜べるものではなかった。

『THE BARN』は60年代70年代の米国フォーク・ロックへのオマージュである。ザ・バンド、ボブ・ディラン、幾多のウッドストック・サウンドへの憧憬を隠すことなく露わにしている。直接ウッドストックへ赴いてのレコーディング合宿。それは言わばハネムーン期を過ぎたThe Hobo King Bandの面々の共通のバックボーンを辿る旅でもあった。

果たしてそれは成功したか否か。作品としては大成功である。素晴らしい名演の数々。新しいフェーズを感じさせるソングライティング。当時流行のダンス音楽とは一線を画す、アナログで且つキレ味鋭いサウンドはどの曲をとっても生々しい手触りに満ちている。しかし新しい聴き手を獲得する勝負の時期としてそれは的確だったか。残念ながら商業的な成功を収めるに至らず、一般向けには相変わらず佐野元春はよく分からない人というイメージを覆すことは出来なかったように思う。

それは作品が素晴らしいだけに、長らく佐野のファンであった僕には非常にもどかしい感覚だった。しかし。このアルバム20周年にあたる2018年には1万円以上もするアナログ盤をメインにした非常に丁寧なボックス・セットが発売された。このことはこの『THE BARN』アルバムに熱い思いを持つ人達が数多くいたことを証明するトピックではなかったか。確かに当時は不特定多数を巻き込むヒットにはならなかった。しかし、ある特定の人達の心には深く強く響いたのだ。

このアルバムは1984年の『VISITORS』と同じく、佐野のキャリアでは特異点と呼べるような作品だ。歌詞、メロディ、サウンド、どれを取ってもこの時にしか成し得ない表現がパッケージされている。中でも印象深いのは歌詞だ。『THE BARN』アルバムを語る際に真っ先に挙げられるのは、ダウン・トゥ・ジ・アースと言われるいなたいサウンドだが、僕にはそれよりも先ず、リリックが強く響いてきた。佐野は時折目の覚めるようなリリックを書くが、このアルバムでは正にそう。佐野は元々情緒を廃した情景描写を行う作家であるが、ここでは普段より更に乾いた情景が非常に細やかに描かれている。

例えば『7日じゃたりない』。
 「話しかけるたびに不思議な気がする/この体中の血がワインに変わりそうさ/あの子のママが言うことはいつも正しい」

例えば『風の手のひらの上』。
 「身繕いをしながら/仕方がないと彼女は言う/疑わしく囁いて/黒いレースのストールを夜に巻きつける」

例えば『誰も気にしちゃいない』。
 「この辺りじゃ誰も気にしちゃいない/庭を荒らされても何も言えない/君を守る軍隊が欲しい」

それだけで現代詩になるリリックが目白押し。これらが佐野元春節とでもいうような独特の譜割で歌われる。

独特といえばメロディもそうだ。Aメロ、Bメロ、サビ、といった基本フォーマットは無視されている。サビがどこにあるのかよく分からない自由なメロディ。このアルバムの曲の大半は現地で書かれたそうだが、そのオープンな環境に触発されたのか、自由で伸びやかなメロディが横溢している。そこにユニークな言葉の載せ方が加わり、僕たちは言葉とメロディの幸福な関係を見る。

当時、佐野はレイド・バックしたなどと揶揄する向きもあったが、20年経った今聴くとどうだろう。未だに鮮度は失われていない。いや、今でもまだ新しい。それはやはり、その場その時でしか成し得ない衝動に佐野が忠実だった証左。世間に何故今これなんだと言われようが、今はこれなんだという自ら肌で感じる時代感覚が成し得た成果ではないだろうか。『THE BARN』は『VISITORS』と並ぶ異形のアルバムと言って差し支えないだろう。

 

Tracklist:
1. 逃亡アルマジロのテーマ
2. ヤング・フォーエバー
3. 7日じゃたりない
4. マナサス
5. ヘイ・ラ・ラ
6. 風の手のひらの上
7. ドクター
8. どこにでもいる娘
9. 誰も気にしちゃいない
10. ドライブ
11. ロックンロール・ハート
12. ズッキーニ-ホーボーキングの夢

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