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『SWITCHインタビュー 達人たち ~ 佐野元春×吉増剛造』
Eテレ『SWITCHインタビュー 達人たち ~ 佐野元春×吉増剛造』感想
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『SWITCHインタビュー 達人たち ~ 佐野元春×吉増剛造』感想
科学を信じ過ぎではないかという声がある。勿論、非科学的な思い込みや一方通行があってはならない。けれど科学ではないところから声を持ってきてもよいのではないか。
コロナ禍の中、専門家の言葉が大きくなっている。未曾有な事件に大切なことだ。けれど一方で文学者の声を頼んでもよいのではないか、僕たちは。もう少し。
甘い戯れ言ではない。詩人の声だ。理屈の通った、理解の微振動を越えた言葉の連なり、の向こうにあるもの。吉増さんの仰る「gh」に打たれたい(嗚呼、と詩人風に、ここでも僕は分かった振りをしてはいけない)。
ということに今、随分多くの人たちが気付き始めている。隙間、零れ、句読点の谷、そうしたものが必然的に人々を助くはず。いや、そうしたものを表現する、どうやって?
もっと近くに忍び寄っておくれ。あなたの韻律を頭の回りに。脳みそに、ではなく。神秘的な言葉の「gh」を神秘的とは言わずに、そこにある物体としてそのまま受け取る。僕たちは誰彼構わず、そうしたことが出来るのではないか。という希望を。
詩は言葉ではないものをなんとか言葉で表現しようとすることだと思っていたが、言葉で表現することではなかった。
朝ドラ『エール』は皆の物語!
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「スカーレット」感想追記、八郎のこと
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「スカーレット」感想追記、八郎のこと
「スカーレット」が終了しまして、僕は日中は仕事ですから、夜に録画していたものを観ていたんですけど、それが無くなるというのは一日のリズムでもあったのでちょっとロス感はありますね。
最近ハマったドラマは「スカーレット」と「いだてん」でして、もう「いだてん」は最近でもないのですが、「いだてん」の場合はやっぱりスペシャルな日常というところがあって、それはオリンピック開催というところで大団円を迎えるわけですよね。だから終わったことは寂しかったんですけど、これはもうどう見ても終わりですから、終わりだなと思えるわけです。
ところが「スカーレット」の場合はもちろん主人公に色々なドラマが降りかかるんですけど、ドラマチックなところは敢えてすっ飛ばして、むしろドラマチックな出来事の前後を丁寧に描くというところに注力されていましたから、僕自身の日常にも組み込まれやすいんですね。だから毎日あったものが無くなるというのはやっぱりロス感、ありますね。
で前の記事で長々と感想を書いたのですがちょっと書き足りないなと思う部分がありまして、このドラマは主人公が女性ですから、男性的な目線をちょっと加えようかと。ま、八郎のことですよね。もっと八郎の中はドロトロしてるはずやろ!ということです(笑)。
端的に言えば僕も父親ですから、子供と会えないというのは恐らく、ていうか間違いなく地獄なわけです。しかも八郎は武志がもっとも成長する時期に会えていないわけですから、それはもうのたうち回っていたはずなんですね。しかしそれが劇中にあんまり出てこない。久しぶりの登場した八郎にその影が見えなかった。実にあっさりと爽やかな八さんのままだった。これはそんなわけないやろと(笑)。
ただ八郎のダークサイドが全く描かれていなかったわけではないんですね。中盤ではむしろ描かれていた。それは天賦の才能が覚醒し始める喜美子と自分の才能に限界を感じ始める八郎という構図の中で八郎の複雑な心境というのは徐々に露になってきて、そのピークが喜美子と八郎の亀裂が決定的になる場面で爆発するという。
穴釜を続けるという喜美子に対して八郎は「僕にとって喜美子は女や。陶芸家やない。ずっと男と女やった。これまでも、これからも。危ないことせんといてほしい」と。これは強烈でしたね。
要するに陶芸家として喜美子には敵わないという事実に対してそこで議論するわけじゃなく、男と女という理屈を引っ張り出してきて、挙げ句の果てに「危ないことはせんといてほしい」という優しさにかまけたセリフを吐くわけですから。これはホントやな男ですよ。このセリフでそれまで八さんのファンだった人の多くがガッカリしたんじゃないでしょうか(笑)。
それに対して喜美子はきっぱりと「陶芸家になる」と宣言をする。この時期はモンスター化する喜美子も相まって観ててしんどかったですけど、でもそれはやっぱり八郎の言動も喜美子の言動もリアルだったからですよね。今モンスター化すると言いましたけど、芸術家になるというのはそんな甘いものではなくて、それ相当の覚悟が必要なんだと。今は猫も杓子もアーティストなんて言い方をしますが、そういうメッセージもここにはあったような気はします。
たださっきの八郎のセリフについてや再登場した八郎に影がないなんてのは僕のうがった見方に過ぎず、本当に八郎は圧倒的に優しい人だったということかもしれませんし、そこはこのドラマの説明をしない、言い過ぎないという視点においてそれだけの余白があったということかもしれません。
ということで八郎目線で考えてみても、彼自身も相当劇的な人生であるわけですから、喜美子とは違った生き方というのがあったわけで。久しぶりに登場した八郎が変わらず爽やかなままというのもね、そこのところの穴埋めを想像するのもそれへそれで面白いなぁと思った次第です。
今度また総集編が放送されるみたいですから、その時には今言ったようなところを留めながら観てみたいですね。
連続ドラマ小説「スカーレット」感想
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連続ドラマ小説「スカーレット」感想
朝の連続ドラマ小説「スカーレット」が終了しました。以前にもここに書いたのですが、朝の連ドラにこんなにも心を惹かれたのは「スカーレット」が初めてです。もう僕の中で戸田恵梨香さんは川原喜美子にしか見えません(笑)。
この1ヶ月ぐらい、物語は喜美子の息子である武志が白血病になる、そして最後に向かってどうなっていくのかというところが焦点となっていました。下世話な話、クライマックスとしておいしいところですよね。ただ「スカーレット」の素晴らしいところはそうした手法を採用しなかった、武志と川原家の日常を丹念に描いていく、そこにしか焦点が向かわなかったところだと思います。
武志の心境が語られる場面がいくつかあって、それは「今日が私の1日なら」という言葉に続くものとして劇中に何度か語られました。それは「いつもと変わらない1日は特別な1日」というもの。最後の1ヶ月ぐらいはまさしくそんな武志の気持ちに寄り添うように、日々の営みの積み重ねのみに重点が置かれていたように思います。恐らく、このドラマ全体のメイン・テーマはここにあったのかもしれませんね。
振り返れば喜美ちゃんの大阪時代。大久保さんとの別れも描かれませんでした。絵付けを学んだ深先生との別れも描かれませんでした。母との死別もそうです。父、常治の最後は描かれましたが、そこも実にあっさりとしたもの。
これらは通常のドラマで言えば折角の盛り上がり所だと思うのですが、このドラマではその場の感傷に寄りかかるような演出は一切しなかった。そこに至るまでの日常を丁寧に描くことで全ては伝わるのだという製作者一同のスタンスは最後までつらぬかれたのだと思います。
そういう意味では安易な情緒に頼らない、視聴者の想像力を信用するというか、作る側と見る側で大人の関係が築けていたのではないかなと思います。
そして「スカーレット」はなんと言っても戸田恵梨香さんですよね。本当に素晴らしい演技でした。10代、20代、そして結婚をして子供を産んで、陶芸家として独り立ちしてっていう、それぞれの川原喜美子をはっきりとした大きな変化を与えることなく、それでいてちゃんとそれぞれの年代としての積み重ねが滲み出る様に演じ分けられていました。
これはホントに、メイクを変えたり、髪型を変えたり、最後は白髪混じりであったりという見た目の変化はありましたけど、それも最小限におさえてですね、僕もそれなりに年を食ってるのでやっぱり分かるんですけど女性の強さの変遷が(笑)。そういう芯の強さ、川原喜美子の屋台骨が次第に太くなる様が伝わってきて、40代の川原喜美子は後ろ姿だけで40代の川原喜美子なんです。演技というのはこういうものかというね、戸田恵梨香さん、本当に素晴らしい俳優さんだと思います。
あとこのドラマはコメディの要素も大きくありましたから、そこを支えた父の川原常治を演じた北村一輝さん。それに常治がいなくなった後半からは幼なじみの大野信作を演じた林遣都さん。面白おじさん担当のお二人は最高でしたね。
それと喜美子の伴侶となった十代田八郎役の松下洸平さん。こんな人いるかってぐらい優しい人でしたけど、その優しさが全然嘘っぽくないんですね。優しすぎない現実味のある優しさっていうところを見事にキープされていたと思います。
そして喜美子と八郎の子、武志役の伊藤健太郎さん。若い俳優さんですけど、喜美子と八郎の子供だなって思わせる部分が時折顔を覗かせるんですね。そのさじ加減、素晴らしかったと思います。
あと大久保さん、深先生、草間さん、ジョージ富士川、みんな印象的でした。そうそうちや子さん!素敵ですよね。僕はちょっと水野美紀さんのファンになりました(笑)。
出演者一同、スタッフ一同、制作者も含め私たちはこういうことをやりたいんだ、こういうメッセージを含んでいるんだということを、そしてそれらをこういうトーンで発信するんだということがしっかりと伝わる、皆さんの哲学が伝わる本当に素晴らしいドラマだったと思います。改めて半年間、こんな素敵なドラマをありがとうございました、今はそんな気持ちでいっぱいです。