Laurel Hell / Mitski 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Laurel Hell』(2021年)Mitski
(ローレル・ヘル/ミツキ)
 
 
何かを表現をしようとする時、その方法は大まかに二通りある。一つは自分自身を直接的に表現しようというもの。自己の経験をそのまま明らかにする場合、その主体は一人称、すなわち「私=作者自身」ということになる。またそれとは逆に、何か表現したい対象物があって、それを客観的に描くという方法もある。勿論、自分自身がその対象物になる場合もあるが、そこは距離を取る。この時、そこで描かれる「私」は「私」であって「私」でない。
 
ミツキは明らかに後者だ。歌詞がたとえ一人称であってもそれはミツキのことではない。ミツキには表現をしようとする何かがあって、あの手この手で(曲を作ったり、歌ったり、踊ったり)そこに到達しようとしているだけだ。本人にそのつもりはないのかもしれないけど。つまりミツキの音楽は、カメラの向こうにあるものであり、揺らめく影であり、彼女の写し絵なのだ。しかもそれははっきりとピントが合ったものではない。では彼女はどこを見ようとしているのか。
 
それは揺らぎ。恐らくミツキは目に見えるはっきりとしたものに焦点を当てていない。揺らぎ、ノイズ、または零れ落ちるもの。そのおぼろげな残像に向かって彼女は手を伸ばし、歌い、踊っているように僕には見える。けれどその残像は長く続かない。おそらく『ローレル・ヘル』に納められた曲がいずれも3分前後で終わるのはそのため。聴き手である僕たちはそこに幾分かの不満を言うが、恐らく寸止めされているのはミツキの方だろう。
 
自ら距離を取る。或いは近づこうとしても距離を詰めることが出来ない。自分のことを歌わないのではなく歌えない。その不明瞭さが彼女の音楽の魅力だ。彼女自身はどう思っているのか分からないけれど、その触れられなさは気品がありとても美しい。しかしその営みは彼女自身をひどく消耗させるようだ。ソングライティングとは自身の深みを覗くことであるとは誰が言った言葉だったか。いくら距離を取ろうが無傷ではいられない。芸術作品はそのようにして生み出されていく。

Jubilee / Japanese Breakfast 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Jubilee』(2021年)Japanese Breakfast
(ジュビリー/ジャパニーズ・ブレックファスト)
 
 
韓国系アメリカ人であるミシェル・ザウナーのソロ・プロジェクトの3枚目。名前が名前だけに名前は知っていたのだが、曲を聴くのは今回が初めて。ジャパニーズ・ブレックファストという名前はオリエンタルな響きの’ジャパニーズ’といかにもアメリカ的な’ブレックファスト’をかけ合わせたら面白いんじゃないか、っていうことで名付けたそうだ。異なるものをくっ付けることで生まれる化学反応。ある意味アートの一つのマナーかもしれないが、そこを無意識にやってしまえるのは、この人が元々アート的な発想の持ち主だということだろう。なので、ミシェル・ザウナーは別に味噌汁とご飯を思い浮かべたわけではない。
 
今回初めて聴いたのだが、管弦楽器もあってとても派手でゴージャスなサウンド。前述の流れでいけば、歌詞は重たいのだろうとリリックを検索すると確かに明るいものではない。自己に沈思するというかそんな感じ。ま、僕の英語力での解釈だけどね。ポップなメロディもさることながら、サウンドがオシャレそのもの。#4「Slide Tackle」の間奏でサックスが入るとこなんかすごく都会的。80年代にはこんな音楽がいっぱいあったような。うん、多分その辺りは意識しているのだろう。
 
都会的と言えば所謂シティ・ポップの流れもあるようで、ミシェル・ザウナーの声質も同じアジア系だからか線が細く、これ日本人、って言っても分からないだろう。ということでジャパニーズ・ポップが世界に打って出る良いお手本になるかも。この手のオシャレ・サウンドなら日本人も得意でしょと。そこと70年代にシティ・ポップを手掛けた名うてのミュージシャンにバックアップしてもらえれば、、、なんて妄想をしてしまいました。それにしても#4「Slide Tackle」の背後で流れるカッティング・ギターは最高だな。最終曲#10「Posing For Cars」のアウトロのざらついたまま壮大になる感じもよい。

Sour / Olivia Rodrigo 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Sour』(2021年)Olivia Rodrigo
(サワー/オリヴィア・ロドリゴ)
 
 
20数年前に圧倒的な新種として宇多田ヒカルが登場したときも、二匹目の鯛を狙ってか彼女に似たような売り出し方をされた新人が数多くいた。見当違いの売り出し方をされた当人はさぞ迷惑だったろうと推察するが、「Driver’s License」のメガヒットで第二のビリー・アイリッシュと目されたオリヴィア・ロドリゴであるけれど、待ちに待たれたデビュー・アルバムの1曲目にレーベルの反対を押し切って’90年代オルタナ・ロック風の「Brutal」を持ってきた彼女のキャラクターによって、第二のビリー・アイリッシュとしていつの間にか消えていくという危惧はすっかり吹き飛ばされた。
 
長くティーンエイジャーの代弁者であったロック音楽はその王座をヒップホップに完全に奪われ、2010年代は見る影もなくなった。しかしサブスクの普及とともに、音楽志向の多様化は急激に進み、90年代に青春期を過ごした僕でさえも分け隔てなくケンドリック・ラマーやリトル・シムズを聴く時代。若い世代ではなおさらだろう。そして2020年代を迎え残ったのは廃ることのないシンプルで優しいメロディ。そのポップ・フィールドでの代表がビリー・アイリッシュなら、インディ・ロックの代表はスネイル・メイル。そしてメイン・ストリームに登場したロックがマネスキンであり、オリヴィア・ロドリゴだ。
 
クレジットを見るとソングライティングはほぼオリヴィア本人とNigroなる人物との共作(#8「Happier」と#9「Jealousy,Jealousy」はオリヴィアの単独作)。どこまで彼女が主導しているのかは分からないが、皆が大好きなアヴリル・ラヴィーンのポップ・パンクとパラモアのエモとテイラー・スウィフトの詩情とビリー・アイリッシュのゴシックが初めから搭載されたオリヴィア・ロドリゴは、まるで子供の時からスーパーサイヤ人になれたトランクスと悟天のようで最強。スーパーサイヤ人2や3を期待する周囲は気にせず、自由に羽ばたいて欲しい。
 

I Don’t Live Here Anymore / The War On Drugs 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『I Don’t Live Here Anymore』(2021)The War On Drugs
(アイ・ドント・リブ・ヒア・エニモア/ザ・ウォー・オン・ドラッグス)
 
 
ウォー・オン・ドラッグスの場合、いつもブルース・スプリングスティーンが引き合いに出されるが、本当にそうだろうか。ウォー・オン・ドラッグスにはサックスもオルガンもないし、なによりあの派手でエネルギッシュなボーカルはない。それでもやっぱ似ていなくもない。と考えていると、あぁそうだ、90年代のスプリングスティーンがEストリート・バンドから離れた『Lucky Town』や『Human Touch』の時期、あの頃の雰囲気はあるかもしれないと。でもそれってブルース唯一の低迷期や~ん。
 
ま、でもそうではなくて僕のイメージではオルタナ・カントリー、ウィルコの並びですね。ただウィルコほどの洗練さはなく、もっと土臭い、ハートランド・ロックなんて言われていますが、でもその分野で考えても、ウォー・オン・ドラッグスはちょっと違いますね。サウンド的にはエレクトリカルな部分もあったりかなり新しいことをしているのだとは思いますし、あぁそうだ、やっぱ彼らは土臭い田舎が嫌で都会でなくともいいからとにかく別のところへ行きたい感はあるかも。ってことで僕がわりかし彼らを好きなのは同じく閉鎖的な地元から早く抜け出したかった自分と合致するのだなと、あぁ、ここにきて合点がいった。
 
しかもこのアルバムでは更に聴きやすくなっている。気づいたら、親密なバンド感もあるし、2020年代的なポスト・ロックとしても側面もあって、かなり守備範囲の広いアルバム。なんてったってメロディがいいし。あとはもうクセがなさそうでクセがあるボーカルに好き嫌いが分かれるぐらいだろう。なんだそれ、ダッド・ロックじゃんって思わせながら、そういうのとは対極にある実はめっちゃ新しいロックじゃないかこれは。ビリー・アイリッシュやオリヴィア・ロドリゴと並べて聴いても違和感なし!

2021年 洋楽ベスト・アルバム

「2021年 洋楽ベスト・アルバム」
 
 
2020年がコロナに萎縮した年だったとすれば、2021年は様子見をしながら少しずつ動き始めた1年ということになるだろう。とはいえ、今年も海外からミュージシャンを呼ぶことは出来ず、洋楽ライブはほぼ無し。この状況に慣れたと言えばそうかもしれないが、それはそれで内向き思考が促進されるようで、やはり僕としては生きる上で「外に出る」気持ちは保ち続けたい。2022年は洋楽ライブが復活するのだろうか。
 
今年は国内のミュージシャンを聴こうキャンペーンを個人的に発動していたのだが、終わってみればたった5枚のみ。ただ、僕が20代の頃に聴いていたくるりやグレイプバインが今もめちゃくちゃカッコいいというのを知れたし、羊文学という新しい才能を知れたので、このプチキャンペーンも意味はあったのかもしれない。2022年も意識的に国内ミュージシャンを聴こう。
 
洋楽の方に目を向ければ、今年は初めて聴く人たちが多い年だった。つまり新しい才能が沢山いたということだが、中でもロックが多種多様で楽しかった。所謂UKサウス・ロンドンもそうだが、2021年はやはりマネスキン。最初はパロディかと思わせつつもアークティックっぽさもあれば高速ラップもふんだんに、完全に今の時代にこそ現れた新種のような輝き。外見はハデハデだが中身は柱なみの揺るぎなさで、まるで宇随天元のようだなと思いつつ、2022年は生マネスキンを体験したい。
 
さて2021年の個人的ベスト・アルバムはどうしようかなと、僕がアルバムを聴くたびに付けていた点数を振り返ってみると、10点満点はテイラーさんの『Evermore』(2020年末だったので2021年としてカウント)、くるり『天才の愛』、ウルフ・アリス『BlueWeekend』、リトル・シムズ『Sometimes I Might Be Introvert』、折坂悠太『心理』の5枚。ていうか5枚もある。ただ今振り返ってみると、ウルフ・アリス、折坂悠太、リトル・シムズがベスト3か。ていうかこの3枚から一つは選べねぇ。。。
 
というわけにもいかないので無理くり選択。1か月後には気持ちが変わっているかもしれないが、とりあえず個人的2021年のベスト・アルバムはこれでいきます。脳内評議会の結果は、、、
 
 ドゥルルルルル。。。。。、ドンッ!はいっ、ウルフ・アリスさんの『Blue Weekend』です!
 そして特別賞として折坂悠太さんの『心理』。
 ベスト・トラックはリトル・シムズさんの『Little Q, Pt. 2』になりました~。
 
ちゅうか、3枚とも選んでるや~ん!
 
ま、それぐらい甲乙つけがたいということで。ただウルフ・アリスは初期のピークとして、勿論これからキャリアを重ねる中でまた別のピークは迎えるとは思うのですが、20代でのこのピークを記録しておきたいと、この作品はそういう気持ちにさせる特別感があったと思います。あと折坂悠太はまだ底が知れないというか、まだまだピークは先にあるんじゃないかという気はしている。でまぁリトル・シムズはサウンド、ラップ、リリック、どれをとっても最高なんですが、やっぱ2021年はロックを選びたいなと。ま、そういうことで完全に今の気分で選びました。
 
中国で発生したウィルスがその後の1年をあんな風にするとは思ってもみなかったし、今の状況も去年の今頃からは想像できていない。オミクロンなどというアメコミに出てきそうなキャラクターの名前も1年後にはどう響いているのか全くもって分からない。相変わらずマッチョな価値観に引きずられがちな世の中ではあるが、やりたいこと、やりたくたいことにしっかり線引きし、図らずもコロナ禍で顧みられることになった個をこれからも大切に出来ればよい。窮屈な世界はまだまだ続くが、私はいいですと少しは開き直って言える世の中になってきたのかもしれない。
 
とは言いつつ、アートに対してはこれまで以上にオープンに。Life is short 、人に構わず好きなことに邁進していければ。逆に言えば、それが異なる視点を持った他者との交流に繋がるのだから。

Sometimes I Might Be Introvert / Little Simz 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Sometimes I Might Be Introvert』(2021)Little Simz
(サムタイムズ・アイ・マイト・ビー・イントロヴァート/リトル・シムズ)
 
 
このアルバムで度肝を抜かれた一人です。同じくInfloが手掛けたSAULT名義の幾つかのアルバムでその洗礼は受けていたはずなのに。つまりはリトル・シムズなる英国の若いラッパーにもやられたということ。ロック聴きの僕がラップをうなされる程に聴き続けたのはチャンス・ザ・ラッパー以来。よい音楽にラップもロックもないということだが、このキャッチーなラップには誰だってやられるでしょ。ってキャッチーなラップって何?
 
つまりリトル・シムズの織りなすフローには俺はこんなに偉いんだとか俺はこんなにデカいんだといった俺様自慢はなく、ただ淡々と私の物語を私小説のように、時には絵本のように読み聞かすのみ。まぁ絵本にしては大変な人生だけど、この絵本のようにが凄く大切で、そこには淡い色があって時にはどぎつい色があって、そうやって自分の側に引き寄せられるからこそ私のようなサラリーマンでも絵を感じられるのです。#5『I Love You, I Hate You』を聴くとあなたも映像が浮かぶはず。
 
とかなんとか言ってそれっぽく書いているが、#6『Little Q, Pt. 2』や#13『Protect My Energy』といった華やかなポップさにやられたのが事実。饒舌高速ラップにサビはキャッチーなメロディー、でもってオシャレなサウンド、っていうウケる要素は今までにも沢山あったろうけど、そこを狙ってやったのとやってるうちに壮大にこうなってしまったとでは大きく異なる。加えて、リトル・シムズとInfloは幼馴染という背景もあってか完璧なコラボ。どこまで登るんだいというぐらい登ってます。
 
全19曲。頭から順に聴いてたどりつく#18『How Did You Get Here』は感動的。ここでリトル・シムズが語るこれまで努力は、今現在、何かに向けて一心不乱に取り組んでいる人たちへの大いなる勇気となるだろう。それを受けての最終曲、誤解から逃れることの出来ない様を描く#19『Miss Understood』もまた心を打つ。

Valentine / Snail Mail 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Valentine』(2021)Snail Mail
(バレンタイン/スネイル・メイル)
 
 
自分で曲を書いておきながら、私の言いたいことはこんな事じゃないとでもいうような不満感を感じさせるのはロック以外の何ものでもない。シンプルな編成のギター女子として登場したけれど、2ndとなる今作ではそのエンジンにシンセという新しい加速装置が取り付けられその飛距離はグンと伸びた。初っ端の#1『Valentine』のコーラスで爆発する様はいきなりカッコいいぞ。おもいっきりロケットで飛ばされたぐらいの宇宙感はある。
 
スネイル・メイルというのは芸名で直訳すると ‘カタツムリ便’ 。カタツムリがギターとシンセの融合音でドカンと発射されるのも凄い絵だなと思いつつ、考えてみればすげぇカッコいい名前。ぱっと見、長澤まさみ似の美人のくせにコンプレックスだらけみたいな立ち居振る舞いで、うじうじして最後にゃグワーッとなってしまう(←まったくの想像です)彼女にはピッタリの名。うまいこと付けたもんだ。便と言うからにゃやっぱ届けたいんだな。
 
それにしてもビリー・アイリッシュといいスネイル・メイルといい、最近の若い娘はシンプルで優しいメロディーを書きやがる。#4『Light Blue』と#5『Forever(Sailing)』の低い地声のファルセットがかすれる高音部のなんと美しいこと。どうかこのままショービズの世界で潰されずにすくすくと育ってほしい。しかしまぁ、自分をふった相手の名前をアルバム・タイトルにするなんて、すげぇ業だな。。。
 

Sad Happy / Circa Waves 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Sad Happy』(2020年)Circa Waves
(サッド・ハッピー/サーカ・ウェーヴス)
 
 
近頃はスポティファイで聴くことが多くなったのだけど、これのいいところは自分の好みのバンドの新作が出たら、すぐに知らせてくれるところ。マイナーな人たちだと新作リリースの情報は自分から探さないと入ってこないから、この機能はすごくいい。てことでサーカ・ウェーヴスの新作です。
 
サーカ・ウェーブスは過去3作がどれも全英10位前後だからマイナーとは言えないのだけど、非常に中途半端なポジションにいることは間違いなく、彼らの特徴といえば2015年のデビューから5年でアルバム4枚と今時珍しいハイペースで新作を作り続けることぐらい(と言ったら怒られるか)。とは言えそんなペースで作りつつ、今作は自己最高位の全英4位!だそうだ。
 
爽やかなギター・ロックで登場した彼らだけどデビューしたのが20代後半と遅かったせいか、今一つ迫力に欠ける感は否めない。もう少し若けりゃ、かめへんわい、行ったらんかい!的な思い切りの良さも出てくるのだろうけど、曲は抜群にいい割には頭一つ抜け切らないもどかしい存在ではある。ていうか一番もどかしいのは本人たちだろうな、とこちらにそう思わせるサウンドの迷ってる感が半端ない。
 
という中でリリースされた本作。全英4位ということもあって底上げはされとります。されとりますというか、めちゃくちゃ曲ええやん!ということで冒頭の#1『Jacqueline』から4曲目の『Wasted On You』まで息もつかせぬポップ・チューンが並びます。4者4様、これでもかというキャッチーさで普通の人なら間違いなくギュッと掴まれるやろというスタートダッシュぶり。特に#3『Move to San Francisco』はめちゃくちゃキャッチー。しかしまぁえらい手の広げようですな。
 
アルバム中盤には#9『Wake Up Call』という曲があってこれなんかはフェニックス丸出しのシンセ・ポップ。ここまで幅を広げられるというのは凄いっちゃ凄いですけど、サーカ・ウェーヴスと言えばのギターじゃかじゃかじゃないのという聴く側のとまどい感というか、これはどう聴けばいいんだと。
 
これまでの3作は外部のプロデューサーを招いていたのに対し、今作はソングライターでありフロントマンのキエランによるセルフ・プロデュース。彼らの意気込みぶりが伺えるし、ここまであれっぽさやこれっぽさを出せるのは大したものだと思うけど、サーカ・ウェーヴスとしての記名性はどこ行ったんじゃい!という懸念が行きつ戻りつ。曲はいいんだけど、あぁやっぱもどかしい!
 
色んな事やるのは今のトレンドだし、The 1975 にしたってウルフ・アリスにしたってジャンル的にはあちこち飛びまくってるんだけど、全体としては誰がどう聴いたってThe 1975 だしウルフ・アリス。サーカ・ウェーヴスもやってることも変わらないのかもしれないが、その辺りの根本となるキャラが弱いのは否めないかな。誰がどう聴いたってサーカ・ウェーヴスじゃい!という確固たる記名性が欲しい。

How Long Do You Think It’s Gonna Last ? / Big Red Machine 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『How Long Do You Think It’s Gonna Last ?』(2021年)Big Red Machine
(ハウ・ロング・ドゥ・ユー・シンク・イッツ・ゴナ・ラスト?/ビッグ・レッド・マシーン)
 
 
ザ・ナショナルのアーロン・デスナーとボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンによるコラボレーション第2弾。ビッグ・レッド・マシーンというとこちらも最新型のサウンドを期待してしまうのだが、その点で言えば少し肩透かし。
 
ただこのコラボの元々の始まりはアーティスト同士が自由に出入りできるオープン・コミュニティという趣旨だったと思うので、この2ndアルバムの方が本来の形なのかもしれない。てことでゲストも盛んにフィーチャリング・ボーカルも増え、随分とバラエティー豊かな。しかもアーロンさん、今回はご自身で初めて歌っています。なのでアーロン・デスナーとジャスティン・ヴァーノンが主催する音楽祭に招かれたという感じかな。
 
ただ肝心の曲がどうなのかねぇというのは正直ある。コロナ禍になってからというものの、アーロン・デスナーはテイラー・スウィフトとの2枚のアルバムもあって曲を作りどおし!いくら天才といえど2年ばかしの間にそんな名曲ばかり生まれないだろうというのが素直な感想。このアルバムにしても計15曲の64分!もう少し厳選してもよかったんじゃないかなと。。。テイラーさんのアルバムも曲数多かったもんな。
 
そのテイラー・スウィフトをボーカルに迎えた#5『Renegade』。なんかテイラーさんとアーロンの共作アルバム『evermore』に収録された『Long Story Short』に雰囲気近いぞ!ていうか『Long Story Short]』の方がカッコいい! と、そういう中で#5『Renegade』がこのアルバムでは際立ってしまうというのがね、ちょっと微妙な気持ちにはなります。
 
今回は沢山のボーカルを迎えているものの基本はジャスティン・ヴァーノン。ボン・イヴェールを僕は狂気の音楽と思っているので、彼のボーカル曲にはそのいたたまれなさを求めてしまう。ただ今回は仲間と共に作り上げていくというところでの創作になるので、そこのところは薄まったかなとは思います。その点で言えば、ラッパーのナイームとの共作#9『Easy to Sabotage』は一緒に狂ってる感じがして面白いです。
 
ちょっとネガティブな意見を書いてしまいましたが、単純にこちらの耳の鮮度が落ちてしまったのかなという気はします。やっぱりアーロンとテイラー・スウィフトの出会いは互いに新しい音楽への目覚めをもたらしたしあれは現時点でのクリエイティビティなピークとも言えるわけで、あっちが光輝いている間はこっちはやや曇った印象になるのは致し方ないかなと。
 
ただ始めて聴いたときのなんじゃこれ感は減退したものの、良い作品であることには変わりなし。アーロン・デスナーのサウンドとジャスティン・ヴァーノンの声とよく分からないリリック(笑)、が基本的に僕は大好物ですから、なんだかんだ言ってこれからも聴くでしょう。ていうかバラエティーに富んでいるので聴きやすさで言ったら、ビッグ・レッド・マシーンは1stよりこっちかもしれない。
 
アーロン&ジャスティン色が薄いのに物足りなさを感じつつもも、これこそが彼らが求める本来の形と思えば納得感はある。これは彼らの主催する自由な音楽祭なのだから。

Collapsed In Sunbeams / Arlo Parks 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
 
Collapsed In Sunbeams (2021年) Arlo Parks
(コラプスド・イン・サンビームス/アーロ・パークス)
 
 
 
デビュー作ながら2021年のマーキュリー・プライズに輝いた本作。マーキュリー・プライズというのは英国のグラミー賞ですね。グラミー賞は芸能界的なとこがありますが、マーキュリー・プライズは純粋に音楽のみで評価するというイメージがあります。ノミネート作を見ても断然こっちの方がカッコいいですね。そういうメンツの中で受賞したアーロ・パークス。そんな凄い賞獲るような人には見えない、なんか愛嬌があってとても親近感ある人ですね。
 
このアルバムは出た時からずっと評判が良くって、僕も時折聴いていたんですけど、実はあまりピンとこなかった。というのもサウンド的なインパクトはあんまりないんですね。勿論、聴く人が聴けばその凄さは分かるんでしょうけど、僕にはそこまで分からない。ただ曲はいいし、全体的に優しい雰囲気で聴き心地がよいので仕事帰りの電車なんかでよく聴いていたんです。
 
そんな中、歌詞がすごくいいというのを知ってですね、YOUTUBEには親切にもMVに和訳つけてくれてる人も結構いるので、そういうのを何曲か聴いてみました。彼女はビリー・アイリッシュと一緒で割と私生活を歌詞に変換して歌っているんですけど、あんまりそんな感じはしない。要するに私は私は、ではなく聴き手が入っていける隙がいっぱいあるんです。
 
その理由として彼女は名詞を上手に使うというのが挙げられると思います。「アーティチョークをスライスする」とか「ターコイズのリング」といった表現が何気に出てくる。更には「トム・ヨークを引用する」とか「一人でツインピークスを見ている」といった具合に固有名詞もいっぱい使っている。つまり聴き手に具体的な情景を喚起させるんですね。ポップ・ソングというのは喜怒哀楽といった感情で歌詞をリードしていくというものが非常に多いですけど、アーロ・パークスはそうじゃなく、自分の過去の出来事であってもそれをスケッチして歌に載せていく。この年齢でそんなことできるのって凄いと思います。
 
彼女は元々、詩が好きでオードリー・ロードやシルヴィア・プラスなどを愛読していたとインタビューで語っています。なので詩を作ることが先行してあったんですね。そういう影響がソングライティングにも出ているのかもしれません
 
あと電車で流し聴きではなく家でちゃんと聞いていると、サウンドの良さが私にも分かってくるようになりました。時折いい具合でギター・リフやオルガンなんかが薄っすらと聴こえてくるんですけど、この薄っすらがいいんですね。電車じゃ聴こえないですけど(笑)。基本はバンドなんですかね。今時はプログラミングと生演奏の区別はつかないので、よく分かりませんが全体的にアナログなこんもりとしたイメージではありますね。
 
あと#10『Eugene』なんかはレディオヘッドですよ。こういうロック的なサウンドもあれば、私はちょっと疎いですがネオ・ソウル、R&Bであったりもすると。なので、あ、私これ好き、って言ってもらえる間口が広いんですね。私がレディオヘッドっぽさに食いついたように色んな人にアプローチしてもらえるのも彼女の強みかなと思います。
 
彼女は同性愛を公言していて、#7『Green Eyes』は自身の体験に基づく歌なんですけど、「公然とは手は繋げなかったわ」みたいな歌詞が出てくるんですね。最近はLGBTQのニュースもよくやってるし、特にヨーロッパは全体として理解が進んだ国というイメージがあるけど、実際には高校生が大っぴらに同性同士で手をつなげるような状況ではないんだということ。そういう実際のところが歌を通して分かるというのもポップ・ソングの良さですね。