湯呑み

ポエトリー:

「湯呑み」

 

ぬくもりというものを景気づけに
一杯やろうというあなたが
冷え冷えとした心の内底に写し出しているもの

知らないことを覚えるため
知っていることを忘れるため
できるだけ工夫をこらしている私たちは
いつだって健気です

ある日
薄ぼんやりとあなたの似姿を湯呑みに浮かべ
ゆっくりと蓋をしました

だれかの酒の肴になるようなものが
かつてここにはありました
機能不全に陥る記憶
もいちど蓋をあける勇気はなくて

 

2023年2月

ただ見ていただけなのです

ポエトリー:

「ただ見ていただけなのです」

 

ぼくときみは目立つ方ではなかったけど
入学してまもなく学級委員に選ばれた
多分お互い背が高くて真面目そうだったからかもしれない

あの子とはよく目が合うんだよ
友だちにそう言ったら
おまえが見てるからじゃないかって言われた
あぁ、そういうことか

そういや一度だけ
彼女に悪態をついたことがある
周りにクラスメートがたくさんいたとき
彼女の名字をからかった

二人そろって委員会に出席することはあったけど
一度も話すことはなかったな
部活が同じだったのは
わざとじゃないよ

3年経ってもぼくは恋をした覚えはなくて
よくある話
きれいなきみをただ見ていただけなのです

 

2024年3月

 

あっちはひらいて こっちはとじている

ポエトリー:

「あっちはひらいて こっちはとじている」

 

あっちは翅がひらいて飛んでいる
こっちは翅がとじている
耳を傾けると
少しずつ音がして
うううん、虫の声じゃない
台所で母と子どもが話している時のやつ

あっちは虹が架かって
こっちは虹が途切れている
団地の端っこには金網がずっと続いていて
そこを乗り越えたりしなかったりして遊んだ記憶
けど誰もどこにも行かないやつ

ぼくたちが住む棟の向かい側には
そこにだけ大きな広場があって
覚えたての自転車でぐるっと一周をした
ブレーキのかけ方がよく分からなくて
煉瓦の花壇に何度もぶつかった

お母さんが三階から呼んでいる
あれ、じゃあこっちの音は?
首を傾けると
翅がひらいて飛んでいるのと
翅がとじているの
更にはもうひとつ増えて
モーターが走る音
誰かが駆け出している

 

2024年1月

川べりで

ポエトリー:

「川べりで」

 

違わないことを歌にして
君は陸と戦った
川べりで

コンクリートが剥き出しになっていた
それでもかまわないよと
君はほうぼうから集めた貝殻に耳を当て
熱心に人々の声を聞いていた

観察することが一番大事さ
それが口ぐせの
荒野へ向かう旅人のような格好で
使い古しのリュックには
いつも真新しいハンカチが複数枚あって
集めた貝殻の縁を
きれいになぞるのが常だった

もう二度としくじったりしないよう
心を込めて丹念に
君は陸と戦った
言葉はリュックに入れて
心は共にあった

 

2023年1月

夜が来たら

ポエトリー:
 
「夜が来たら」
 
 
何度も
耳の奥で繰り返す
今日のこと
 
夜が来たら
君ですら眠たくなるよ
だからもうおやすみ
あくる日の天気は
神さまにゆだねよう
 
ぼくたちははまた
大事なものから離れている
まだ気づいていないけれど
ぼくたちはきっと
眠りたりない
 
だからもうおやすみ
あくる年の天気は
神さまにゆだねよう
 
 
2023年12月

グッド・パイレーツ

ポエトリー:
 
「グッド・パイレーツ」
 
 
ぼくたちは日に夜をついでやってきた
時間にせいげんがあったが知らないふりをした
彼女はたまごスープのようになめらかだった
ひとくちで飲みほすことができるくらいだった
 
ぼくたちはにぎやかだった
しまいにはおとなりさんに叱られた
それでもカーテンをしめることはなかった
すべて野放図だった
 
いいかげんあたらしい朝がきた
おしまいのベルが鳴った
ぼくたちは短いかいだんをのぼる覚悟ができていた
家をたてたのはそれからしばらくしてのことだった
 
引っ越しはなんじゅうをきわめた
なぜなら二人にはもちものがたくさんあったから
手ぶくろだけでも五組あった
フライパンだけでも六つあった
 
ぼくたちはそのどれひとつも落とすことはなかった
ぼくには彼女のこのみが分かっていたし
彼女もぼくのしゅみが分かっていた
それが二人のあいしょうだった
 
気がはやいけどいずれどちらかがはやくに死ぬ
それまでにじゅうぶんにくらしたいと思う
おだやかに押したり引いたりしながら
あせったりのんびりしながら
 
なにもかもうまくいくことはないけど
ただ大事なことは
彼女はかかとがカサカサにならないように
ぼくはしょっちゅうせきこまないように
 
ときおりいらぬ心配をしながら
カーテンをしめるのもほどほどに
コラーゲンはしっかり摂って
時間せいげんもたっぷり使って
ぼくも彼女も知らないふりをするつもり
どちらかがとちらかを分からなくなっても
知らないふりをするつもり
 
 
2023年12月

ことば、いし

ポエトリー:

「ことば、いし」

 

たとえば
そこらじゅうの
いしを
あつめ
おとを
あたえ
いみを
あたえ
かたちを
あたえ
ことばは
なりたち
わたしたちの
くらしや
かいわ
なりたち
それがすなわち
ひとっとびに
いっちょくせんの
ことばの
たびだち
わたしたちも
たびたび
てをかし
ときには
しでかし
あたらしいと
ふるいを
くりかえし
めにみえる
あるいはめにみえない
そこらじゅうの
いし
ひとりあるき

2023年10月

冬のはじまり

ポエトリー:

「冬のはじまり」

 

少しずつ大事にあたためてきたのに

いつのまにか繭になって

ほどけなくなりました

いつか

あなたを暖める編み物ができればよいのだけど

 

わたしたちの夜空には

満天の星と寒風

翌朝の舗道は濡れていて

 

2023年11月