月にかさねる

ポエトリー:

『月にかさねる』

 

ベッドから少し起き上がって今見た夢の続きをスケッチする

クロッキー帳は煤で真っ黒だ

シーツの重みを身体全体で感じる

今夜も食事が運ばれてきたから

動脈を流れるその栄養源が思い出を塞がないよう

少しずつ噛み砕いて口にする

最も大事なものはずっとその奥

私だけの隠れ家にある

もう随分と大変な思いをしてきたけれど

これからもまだ何か起きるのだろうか

案外、何も起こらないかもしれない

窓の外には月

銀のスプーンに心をのせて

そっと月にあてがう

 

少し離れた通りから君の家を見ている

君の魂はまだ其処にいる

心を感じる

二人の距離は削り取られたかのように

今なんてほら、至近距離だ

人生なんてそのようなもの

月に向かって吠えてみる

大声を出して

運動会の小学生のように正直に

十月のアキアカネのようにせわしなく

今宵、月と君に向かって心を重ねる

人の形をしていようがいまいが関係ない

大切なのは今ここに起きている事実

私たちは今、真円を描いている

2017年1月

2017年1月の短歌

短歌:

 

毛筆を 群青色に持ち替えて 空に一閃 ぶちまける哉

 

ぬかるんだ 土地を踏みつけ 跡残す 後のことなど 知るもんか

 

波を打つ 私の心臓 海岸線 波飛沫上げ のたうち回る

 

ミルクジャム 底見えるほど かき混ぜて ゆっくり貴方に 嘘をついてる

 

予感

ポエトリー:

『予感』

 

昨夜用意していた服は朝になって気が変わった

時間もないのにクローゼットから出てこれない

朝のバスの時間、しっかり守ってほしい

雨の予感、五月、クレマチスの匂い

 

あの人が呉れた芥子粒ほどの期待を掌に載せて

生ぬるい息を吹きかければ一閃

飛び跳ねて草叢に消えていった生き物

あの人のもとへ抜け駆けする気ね

 

バスを降りて駅へ向かう広い歩道橋

耳元で歌うアル・グリーンと

優しいオルガンと新しい駅舎を背景に

しとしと歩く人々と私

 

あんなに晴れていたのに今はもう雨

アスファルトが濡れているよ

 

2016年5月

アオイノシシの生態

ポエトリー:

『アオイノシシの生態』

アオイノシシはこじる

地面をこじる

何が埋まってあるのかは知れず

アオイノシシ

懸命にこじる

隣の奥さんの午睡などつゆ知らず

アオイノシシ

懸命にこじる

時限爆弾を掘るような勢いで

明日の事でも書いてあるのか

 

前に向かってひたすら

飯を食うために生きてきた

お前への手向け

ひとつも揺れもしない地面

一向にすり減らない地面

ただ一様にひたすら地面

地面


2017年5月

花びらのロンド

ポエトリー:

『花びらのロンド』

 

家族で醍醐寺に花見に行った。境内にある霊宝館の傍には大きな枝垂桜があり、満開の花を咲かせていた。眺めていると数枚の花びらがゆらゆらと落ちてゆくのがよく見える。花びらは「先に往くよ」って言っているみたいだった。だんだん僕は花びらに見られている気がしてきた。すると花以外にも木や土やお堂や漆喰にも見られている気がしてきた。

知り合いに赤ん坊が生まれた。よく子は親を選んでくると言うが正にそんな感じ。過去のどこかで一緒にいた。「はじめまして」というより「久しぶり」。そんな気さえしてくる。うちの子は8才と4才だが、そういう気持ちは年々強くなってくるから不思議だ。

僕の方が先に地面に現れたに過ぎない。お先ってね。それから僕が先にこの世界から出てったとして、また別のどこかで落ち合う。家族や友人や、好きな人や嫌いな人や、よく知っている人や名前さえも知らない人。いずれみんな、どっかの見えるものや見えないものになって落ち合う。例えば桜の木の下に舞い降りたとして。やがて木の一部となり、花びらとなり、しまいにゃ、じゃあまたねってまた別の場所へ。出会っては別れ、別れてはまた集う。それは時間のない営み。絶え間のない命の旅。僕らにはその記憶が残っている。古い太古の地層のように。

 2013年4月

詩想

ポエトリー:
『詩想』

 

世界大会のやり投げで

アメリカを飛び越え

アフリカを飛び越え

地球を飛び出した

 

君の詩想はコズミック

自然の摂理のハルカカナタ

何処へ行く?

何をする?

 

スカーフの結び目を解いてあからさま

風がヒュッと空を跨いだ

我儘は頭から消え去って煙と化す

 

その吹き出しもコズミック

宇宙から確認できるはずだ


2015年8月