食事の準備

ポエトリー:

「食事の準備」

 

彼女の耳たぶは茹でたてのニョッキ
味もそっけもない
彼は塩を一掴み
伝票を見て火加減を見て
この道二十年のベテランシェフの如く
段取りよく事が運んだ暁には
彼女のご機嫌もクリームソースのように滑らか
心を静める緑のバジルを加えて
今宵二人、トマトとチーズのように仲良し
冷めないうちにフライパンはそっちのけ
我が家のメインディッシュは
アクアミネラルと新鮮なラディッシュを添えて
ガーベラの花と灯りはうんと小さく

 

2017年2月

ランチタイム

ポエトリー:

「ランチタイム」

 

ランチタイム
君の右手は栄養源を口元に運ぶ
身から出た錆
つい先日の事を悔いる
脚を組み替える
同僚が話しかける
聞こえないふりはしないけど実はまるで聞いちゃいない
今、心の中で決めた事がある
明日から昼はひとりで過ごす
今夜の夕食は豪華にする
それぐらいの事ではどうにもならないけど
何もしないよりかはマシ
がっかりしたままでは終わらない
私はいい人ではない

 

2017年3月

たった一日

ポエトリー:

「たった一日」

 

12月31日は12月31日というだけで12月31日の顔をする
1月1日は1月1日というだけで12月31日の事など何もなかったかのように
1月1日の顔をする

三月の時で言うと
卒業式の日は期待するほど何も起こらない
何も起こらないけれど何も起こらないことで日々は過ぎてゆくということを知る

好きな人と初めて過ごした時
その翌日は素晴らしい一日
よく耳にする幸せとはこういうものかと体中で知ることになる

近しい人いなくなった時
現実が重くのしかかる
当たり前のことを知る
現実の意味を知る

たった一日で
この魂が砕けてどこかへ行ってしまうかもしれない
頭をぶつけたり、腕を失ったり、体全体が爆発してしまうかもしれない
もちろんいい事だって
一億円が当たったりだとか
その時はどういう気分か想像つかないけど

僅か一日ですべてが変わって見える
そんな一日を生きていると何度か経験する
僅か一日ですべてが変わって見えるのではなくて本当に変わってしまうこともある
例えば今住んでいるところがなくなっちゃうとか

とにかく
すべての事は僅か一日で変わってしまう
これまでがそうだったように私たちのこれからもたった一日で変わるだろう

とはいえ
さっきまで12月31日の顔をしていた12月31日がたった一日で1月1日の顔になるのだから
別にどうってことない
どうってことないだろう

 

2017年1月

パークタウン

ポエトリー:

「パークタウン」

 

穏やかな秋晴れの日
運河沿いのパークタウン
風は何を運ぶでもなく
無口をつらぬく

久しぶりに
外の空気を吸い込む
振り返るいとまもなく
今日にうちに含まる明日

手すりの向こうには
やりたいこと、やり残したこと
通りゆく船が
雑に混ぜ返す

秋晴れの日
景色は何も変わらない
水面は静か
風は何も運ばず
運河沿いのパークタウン

 

2021年10月

溶解

ポエトリー:

「溶解」

 

手違いで訪れた世界
手のひらで溺れた人という文字を書いてみる
重ねてみる
くちばしであなたを尋ねてみる
新しい我が家に
新しい生物が
ここはわたしではなかったですかと問いかける

あなたの庭に
満開の花が咲くころ
かれんな姿のご婦人は
ご苦労さまと出ていった

手違いでゆらり
見たことのない衣擦れの
音、重なるほど
余韻の軋む音

偶然の成り行き
それとも迷い込んだ
不可思議な国の楽園は静かに体溶かして
あなたといた時間が頬を流れる

 

2021年9月

どこかにきずついているひとがいたら

ポエトリー:

「どこかにきずついているひとがいたら」

 

どこかにきずついているひとがいたら
ひとまえではなくまいと涙をこらえているひとがいたら

どうしてかわからなくて
なぜだかわからなくて
いきもできずに ことばもだせずに
だったらぼくがだいじょうぶってゆうよ

ぼくはもうきみのてをひいてやれないけど
きっとせいいっぱい
だいじなひとからてがみがたくさんくるくらい
ゆうひがまっかにそまるくらい
さよならがこんにちはにひっくりかえるくらい
だいじょうぶってゆうよ

そしたらダイヤモンドよりとうめいなきみの涙は
クレオパトラみたくせかいをそのてにいれて
まっすぐなにじになる

そしたらあまがえるがちょんととびはねて
きみがわらうよ

 

2012年5月

午睡

ポエトリー:

「午睡」

喫茶店のカランコロンと共に
君が入ってくるのを夢見て午睡
気がつけば
カップの底がカチカチ音を鳴らして歩いています

同じように時、重ねた日々はそこになく
苦いコーヒーをかき混ぜても
泡立つはただ
カランコロンの響きのみ

カップの縁を時間がよろけるように歩いています
足を滑らせぬよう見守りながら
わたしの役目は眠るふり

 

2021年11月

遠い山なみ

ポエトリー:

「遠い山なみ」

 

あちこちに立ち並ぶ群青色した肉体に
感動して君は頭から血を流した
生きていることの蓋が開いたような気がして
あちこちの人に話しかけてみる

葉巻みたいにウンザリ、とした表情で煙たがられることもしばしば
それでもリレーの第一走者のような気分でスタート・ラインに立つ
華奢な体で

あちこちに立つ狼煙、
不定期に届くダイレクトメール、
そのひとつひとつに
不確かな未来の口も開いている
けれど勘違いしないで、と彼女は言う

柔らかな肌を滑りゆく君の反動
あくまでも肉体は群青色
ガサガサと音を立ててそぞろ歩く
けれど勘違いしないで、彼女は何度もそれを言う

  ————————————–

遠い山なみを指でなぞるようにして、彼女は一昨日のことを思い出していた
遠い時代が被さる彼女の面影には一切のモラルが抜け落ちているようだった
指一本なら本当の自分を描けるよ
遠い山なみがそう言うのを待ってから、彼女はおもむろに席を立った
軽くお辞儀をしているようにも見えた

彼女は納得したがっていた
人々が完成と言う完成が何処にあるのかを
惰性と言う惰性が何処にあるのかを
身近な存在
そうかもしれない
何を意味するかをとうに知っているように
問題は遠回りをしてきつく体に巻きつく

駅前に小さな書店があればいいな
夜になれば小さなろうそくに火を灯し
形あるものは全て溶かして再び形あるものに

彼女はお財布の中身を勘定して横になる
初めての時みたいにゆっくりと身を委ね
モナリザ
まるで家族の一員みたいに
ゆっくりとモナリザが横になる

 

2021年10月

ランデブー

ポエトリー:

「ランデブー」

 

もしも君が僕より先に死んだなら

冬の空気より

雪の結晶より

透明な君のまごころ

君の灰を

まるで君のままのように柔らかく抱き締める

 

ランデブー

ナイロビの砂漠に浮かぶゴンドラ

と同じ月に僕らは運ばれる

 

それまでは

ミケランジェロより不恰好でも

太陽の塔のように胸を張り

サクラダファミリアよりも永遠に君を愛す

 

秋の夜長みたいに

ゆっくりと時間をかけて

僕たちは年をとる

 

 

2012年11月