The Record / Boygenius 感想レビュー

洋楽レビュー:

『The Record』(2023年)Boygenius
(ザ・レコード/ボーイジーニアス)

 

ジュリアン・ベイカー、フィービー・ブリジャーズ、ルーシー・ダッカスという女性シンガーソングライターによるユニット。ロックの復権が叫ばれて久しいが、過去のロックと異なるのは活きのいいのがほとんど女性ということ。特にこの3人はインディー好きにはたまらない組み合わせのようです。僕はフィービー・ブリジャーズぐらいしかまともに聴いたことがありませんが、このアルバムを聴いていると他の二人のソロ作も気になってきます。

まずもってシンプルにアカペラで歌われるオープニングのコーラスがよいです。そこからロック・チューンの『$20』への流れもいいですね。最後の咆哮はブリジャーズでしょうか。YouTubeを見ていると、1番2番3番と順番に歌うパターンが多いです。曲作りを行った人が1番を歌っているような印象ですね。いずれにしても誰かが突出してということではなく、まんべんなく。この辺りの民主的な態度は世代観が現れているのかもしれません。

3曲目からの3曲はそれぞれのソロ作ですね。『Emily I’m Sorry』がフィービー・ブリジャーズ。『True Blue』がルーシー・ダッカス。『Cool About It』はジュリアン・ベイカー作で順番に歌っています。彼女たち3人の最大の魅力はこの辺りのしっとりとした曲でしょうか。個人的には『True Blue』が一番好きです。この曲はミュージック・ビデオも素晴らしいですね。ダッカスの落ち着いた声がぴったりハマってます。そうですね、ブリジャーズの意味深な声、ベイカーの幼さの残る声、ダッカスの少しくぐもった声。一聴すると近いんだけど微妙に異なる3人の声質が順番に流れてくるのもこのアルバムの魅力です。

YouTubeには彼女たちのライブが幾つかアップされています。音源のみを聴くのもいいですが、それぞれ別個の立ち居振る舞いと互いの信頼感が伝わる絶妙な距離感を映像で見るのは何とも言えずよい気分になります。勿論、それぞれが優れたソングライターなので曲自体も素晴らしいのですが、ボーイジーニアスは3人の佇まいも含めての魅力なのだと思います。なので、ミュージック・ビデオやライブ映像も是非見てほしいですね。

音楽をする理由というのが明確にあって、それを理解し支持する人たちがいる。そういう様子を見るのは単純に素晴らしいです。日本で言うと、あいみょんみたいな作家性のあるソングライターが3人横に並んでいる感じでしょうか。そりゃ素晴らしいに決まってますね(笑)。

四肢

ポエトリー:

「四肢」

 

信じられないかもしれないけど
腕がたくさん生えて暗闇のなか
バタバタと手、伸ばしても
あなたには届かない

信じられないかもしれないけど
背中じゅうに羽が生えて自由飛行
大空へ羽ばたいても
あなたにはたどり着けない

信じられないかもしれないけど
この足は獣より早く
大地を蹴り上げても
あなたを見失う

けれどこの世に生まれた証
あなたを求め生まれた四肢

腕がもげて
羽が引きちぎれて
足が棒になっても
水しぶき上げてもがいてみせよう
すべては他ならぬあなたのため

 

2022年2月

果物の王

ポエトリー:

『果物の王』

 

果物の王はりんご

あめつちの王はりんご

バナナやブドウを従えて

みかんという民がいたりして

メロンという彼の国の王がいたりして

ザクロという元の国の王がいたりして

山育ちのクルミは時折街へ降りて来て

落花生は抜け殻で昼寝中

お手伝いの松の実は待ちくたびれて

パイナップルは季節を間違えて

キウイはいつも毛並みを気にして

冗談なんか言うポテトの山

だいたいいつもカボチャは退屈で

柿は今日も筋肉痛

パプリカは頑なで

三色揃って頑なで

芸のない大葉は頑固者

わたしらの今日あるのはあの人のおかげだよ

さくらんぼの実は種まで生きる

果物の王はりんご

あめつちの王はりんご

赤いりんごはレッドです

 

2017年10月

The 1975 At Their very best 大阪城ホール 感想

The 1975 At Their very best – Japan 2023 大阪城ホール 4月30日

 

4月24日から始まったThe 1975のジャパン・ツアー、東京、横浜、愛知と来て本日の大阪が最後になります。しかし凄いね、東名阪5公演のホール・ツアーを完売させるなんて。しかも当日は立見席も急遽用意されていました。大阪城ホール周辺にはThe 1975のTシャツを着た人があちらこちらにいる。こういう風景を見ると、気分も盛り上がりますね。

18時5分、ホール内にエルヴィス・プレスリーの『ラブ・ミー・テンダー』が流れ観客は総立ち。その後は映画音楽のようなのがかかってました。後から情報によると、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッド作品のようですね。ジャパン・ツアーは例の大掛かりな家のセットではなく、シアトリカルな演出だという前情報があったので、ジョニーの曲もその一部と化していました。とそこへマティ登場。大歓声です。腰掛けて早速ウィスキーみたいなのをあおります。おちょこではなかったのね。

大画面には「Atpoaim」の文字が。これも後情報ですが、「A Theatrical Performance Of An Intimate Moment(=親密な瞬間の劇場的なパフォーマンス)」の頭文字だそうです。最近バンドが公開しているショート・フィルムの名前なんだそう。

ライブの感想を大雑把に言えば、貫禄の大人なライブといったところでしょうか。こっちはマティの挙動不審さとか危なっかしさを折りこみですが、それとは真逆の安定のライブでしたね。ジャパン・ツアー最終公演ということでどっちに転ぶのかなと気にはしていたのですが、安定の方に転びました。多分、喜んでよいのでしょう(笑)。東京から始まって各公演でいろいろな顔をみせていたようですが、大阪はちゃんとした大人なマティでした。

バンドの演奏も安定感バッチリ、曲と曲つなぎも工夫されていてもう盤石ですね。今回は気のせいかアダムのギター・プレイが印象に残りました。アダムは前へ出てくるプレイヤーではないのですが、アレンジがいつもと違ったのかもしれませんね。アレンジと言えば、『Sincerity Is Scary』はオルガン風のキーボードが際立ってました。いつもと異なる曲の表情が出ていてとても良かったです。

ツアー・タイトルどおりのベリー・ベストな選曲だったのですが、個人的には女性ボーカルが加わった『About You』から『Robbers』の流れが良かったです。『I Always Wanna Die (Sometimes)』のクライマックス感も強く印象に残りました。この日のマティにおかしなところはなく(笑)、きちんとショーを全うしていましたね。ていうか歌が上手いのを再確認しました。今日も格好よかったです。いつもベラベラ喋るMCが少なかったのは残念だったかな。ちょっと前に要らん事を言った穴埋めか、『Guys』の「~Japan」のくだりだけを歌ったのには笑ってしまいましたが(笑)。

会場もすごく盛り上がっていてイイ感じだったと思います。僕はスタンド席の最後尾から2列目だったのですが、端っこのこの席でも皆テンション高くて、踊ったり騒いだり楽しんでました。もちろん僕もはしゃぎっぱなし、目いっぱい楽しみました。

今回は5公演だったので、大阪に至るまでの各公演の状況をTwitter上で読むのも楽しかったですね。まるっとThe 1975に浸ったⅠ種間の最後の締め、楽しい時間を過ごすことが出来ました。次はもうちょっと奮発してアリーナ席へ行こうかな。やっぱ近くで観たいぞ!!

日本国内盤がないっ!!

その他雑感:
 
日本国内盤がないっ!!
 
 
ボーイジーニアスのアルバム『ザ・レコード』が素晴らしくて、対訳の付いた日本国内盤CDを待っているのだけど、今のところリリースのアナウンスはない。今年のベスト・アルバム選ではほぼ間違いなく上位に来るであろう作品の日本国内盤が発売されないというのはどういうことだろうか。一方でシェイムの新譜は対訳付の国内盤が出ているようだ。ローリングストーンズ誌の表紙を飾るほどのボーイジーニアスの国内盤がなくて、まだまだメジャーとは言えないシェイムがあるというのは何だかよく分からない。
 
そういや昨年に出たウィルコのダブル・アルバムも結局、国内盤のリリースはないままだ。長らくウィルコを聴いてきたがこんなことは初めて。同時期に出たフェニックスもそうだった。この時もよりマイナーなルイス・コールやドライ・クリーニングの新作は日本国内盤があったから、結局名前のデカさは関係ないのかも。単純に発売元の判断なのかもしれないが、ウィルコもフェニックスも日本での発売元はワーナーミュージックジャパン。非常な大手だが、ウィルコやフェニックスといった大物ですらもう採算は取れないということなのだろうか。
 
今時のサブスクは音質も悪くないし、これからもどんどん良くなっていくだろう。CDが無くてもそれはそれで構わないが、日本語訳を読みたい派としてはちょっと困る。ウィルコなんて対訳を読んでもよく分からないから尚更だ。
 
当然、歌詞も音楽の魅力の一つであるわけで、歌詞がちゃんと読まれないのはアーティスト側としても大きな損失。有料でいいからサブスクにも対訳が付くようになればいいが、そんなことすると益々日本国内盤が売れなくなるし、多分そんな手は取らないだろう。ていうか、技術的に可能なのか?
 
どっちにしろ’対訳がない問題’についてはどこかに手を打ってほしい。サブスクでも訳詞が付くなら、オプション価格であっても全然かまわない。最近は翻訳アプリの精度も良くなっているが、いちいちコピペなんてしてられない。同じように思っている人は結構いると思うんだけどな。

ポエトリー:

「暦」

 

期待させて悪かったね
僕は暦へあと一歩届かないんだ
うまく言えないけど
一年、また一年とこういうものはいつも
減っていくよりむしろ増えていくんだね 

日頃、できるだけ多くの扉を開けようとするけれど
手にするものはほんの少し
むしろ出来なかったことが増えていくんだね 

君だって大事なこと、
失ったような顔してるけど
失っちゃいない
増えているんだ 

証拠にほら
少しずつ影の色が濃くなって
溶け合う隙間もなくなって
仰ぎ見ることすら忘れてしまった 

もし君が
手にしたものをすぐに手放すような人だったらこんな苦労はなかったろうにと
もちろん僕にそんなこと言う勇気はなくて 

僕だってほら
大事なこと、知ったような顔してるけど
一年、また一年と
増えていくことに抗いもせず
暦へまだ
あと一歩届かないんだ

 

2023年2月

Food for Worms / Shame 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Food for Worms』(2023年)Shame
(フード・フォー・ワームズ/シェイム)
 
 
3rdアルバム。近年の英国ポスト・パンク勢で真っ先に名前が挙がるのはファウンテンズD.C.やアイドルズかもしれないが、僕はあんまりピンと来ませんでした。どっちかというとシェイムの方が馴染みがありますね。そこそこ真面目だと自認している僕が一番やんちゃそうでやさぐれたシェイムを好きだったりするのは不思議な話ですけど。ヤバそうだしライブに行こうとは思いませんが(笑)。
 
結局はロックンロールの衝動とかそんなものよりも音楽としてよいメロディが鳴っているかどうかが僕にとっては重要なのかもしれない。絵に描いたように悪そうなシェイムを聴くといつもそのことを再確認するのが面白いけど、つまりシェイムの一番の強みはメロディだと思うのです。
 
このアルバムは時間をかけずにライブ録音したようで、歌っている内容も社会的なことよりも仲間のことを歌っているらしい。僕はそこまで歌詞を読み込めていないけど確かに全体としての雰囲気は穏やか。今回はそんな激しい曲もなく落ち着いた曲が多いけど、不思議と似たような曲ばっかだなという印象もない。この辺は流石のバンド力、つーかメンバーの曲への理解力が抜群なのだろう。
 
僕はやっぱりセックス・ピストルズよりも断然クラッシュが好きだし、ジョー・ストラマーに声質とか歌い方が似ているシェイムのチャーリー・スティーンもジョー・ストラマーと同じでぶっきらぼうだけどちゃんと歌心があると思っている。でもそれはバンド全体にも言えることで、彼らの場合は単にソングライティングにおいてよいメロディを書くということよりむしろ、サウンド全体のバンドとしてのアレンジに歌心が内包している感じがある。だから曲だけを抜き取って、アコースティックギターで弾き語り、なんてものよりバンドでガッとやった方が歌心が出る、そんなバンドなんだと思います。

大いなる一本道

ポエトリー:

「大いなる一本道」

 

月が声に出している大いなる一本道は
人々の罪を暴いたりはしないし
見ず知らずの人を小突いたりもしない
だからこそ今日も私たちの胸は濡れているし
健康的に今朝も寝坊をしたりする 

昨日にしても今日にしても
私たちに場違いなことはなく
問題を先伸ばしにしたって傘は
雨が降れば必要になるし傘は
人が思うほど色ちがいではないってこと 

隠し立てをしたって糸のほつれからは
何をしたかったかや何ができなかったかが
ありとあらゆる角度から想像できるし
それでも上下左右に連動する体の動きは
以前よりにも増して糸を吐き続けるだろうし
何がしたかったかや何ができなかったということよりも
些細な毎日の流れの細やかなことであったり
そうやって生き抜くこと自体を体全体で表明しようとする私たちの手足は健康的で
だからこそ太陽や月の光は毎日新しい角度で人々の体に射し込むのだろう 

今に至っては
正面に回って受け止めることだけが正しいとは限らないし
むしろ太陽や月の光が斜めに走る瞬間こそ大切に
そのことをよくよく心に留め置き
なまじよく動く体を持っていようとも
端から端まで歩みを進める必要はないし
半身に構えようが何しようが
昔馴染みの人に会った時のような柔らかな面持ちで
少しでも多くの時間がほどける時を待ち
昨日あったことや今日あったことを
半年先にはよい意味で忘れるような
それでいて嘘はつかない体
健康的な体であることを願いつつ
今や外は雨あがり
太陽や月の光は熱を帯び
傘立てからは雨がしたたっている

 

【概要】
 月は血を流している
 君は罪を犯している
 大いなる道は一本の道
 私たちの胸は濡れている 

 特別大きな知らせはなくても
 それでも枕元に忍び寄る
 そういう噂を耳にして
 友達はジャムの蓋をきつく締めた 

 様々なコンテンツから取り出す
 簡易的な欠片は
 いかようにも形を変えて
 胸に留まり山となる 

 近代の桃源郷をそれと知るなら
 面倒臭いなどと言わず
 湿った手を拭うのがよい
 その方がよほど健康的だ 

 そこに点はなく線がある
 私たちの心はいつもある程度
 湿り気を帯びている
 それはとても健康的だ

 

 2023年1月

『SWEET16 30th Anniversary Edition』のリリースに寄せて

 

『SWEET16 30th Anniversary Edition』のリリースに寄せて

 

1992年に発表された『SWEET16』アルバムの30周年記念盤がリリースされた。『SWEET16』は第2期のピークを迎える佐野元春の復活作として記述されることが多い。実際は前作アルバム『TIME OUT!』(1990年)から2年しか経っていないのだが、『TIME OUT!』が80年代のラジカルな佐野元春像からは少しばかり距離のある控えめで地味な作品であり、また、実際に『TIME OUT!』以降は家族のことで1年間ほど音楽活動自体を休んでいたというのもあって、キャリア的には初の空白期間としてあげられている。僕はその頃、まだ佐野の音楽に触れていなかったので、実際の印象は分からない。

そして僕が佐野の音楽にのめり込むきっかけとなったのが正にこの1992年。ドラマ主題歌となった『約束の橋』のヒット、快活なアルバム『SWEET16』のリリース、ベスト・アルバム『NO DAMEGE Ⅱ』のリリース。これらに伴う積極的なメディアへの露出によって、十代最後の年に僕は佐野元春を知るようになった。

30周年記念盤の価格は22,000円。もう少しなんとかならなかったのかとは思うが、勿論それに見合うだけのボリュームはあって、オリジナルのリマスターCDが1枚。アウトテイク集がCD1枚。当時のライブの完全収録を2公演分CD4枚。映像としてBlu-rayが1枚。計7枚プラスずっしり140ページのブックレットに当時の広告用ポスター付きという豪華さ。

オリジナルのリマスター盤と既発がほとんどであまりレア感はないアウトテイク集はまあよいとして、今回の目玉はなんと言っても再始動の端緒となったツアー『See Far Miles Tour Part Ⅰ』(神奈川県民ホール)と、続くアルバム『SWEET16』をフォローするツアー『See Far Miles Tour Part Ⅱ』(横浜アリーナ)の2公演完全収録。とりわけ目を引くのは、ステージアクションを含めた当時36才のキレキレの佐野元春を映像で見れるBlu-rayだろう。佐野のデビュー以来のバック・バンドであるザ・ハートランドはこの後のアルバム『THE CIRCLE』(1994年)で解散をするが、その前の佐野元春 with ザ・ハートランドの最も脂の乗り切った時期がこの『See Far Miles Tour Part Ⅱ』。ていうか佐野の全キャリアのライブ活動においての最大のピークはここなんじゃないかと個人的には思っている。

この時の模様は当時、映像作品として『PartⅠ』が30分ほど、『PartⅡ』が60分ほどのビデオソフトになっていて、佐野の音楽のファンになったばかりの僕はそれこそ擦り切れる程何十回と見た。それが未発表の映像が10曲も追加されて映像化されるなんてあの頃の僕に教えてやりたい。

当時、僕はこの時に佐野が着ていたのと同じような薄いブルーのシャツをミナミのアメ村で探し回った。僕にとって1992年の佐野の活動がこうしてまとまった形でパッケージ化されることの意味は大きい。なにしろ僕の佐野元春はこの時に始まったのだから。