別れ

ポエトリー:

『別れ』

 

寂しくないと言ったけど
本当は寂しいのです
嬉しくないと言ったけど
本当は嬉しいのです

寂しくないと言ったけど本当は寂しいと
ちゃんと相手に伝わったなら
嬉しくないと言ったけど本当は嬉しいと
ちゃんと相手に伝わったなら

あなたはどうなのですか?
泣いたり笑ったりいつも忙しいあなただけど
本当は心のほんの少しも伝えきれていない?

分かり合うって難しいね
いつもボタンのかけ違い
心の本当の奥ではちゃんと分かっているはずなのに
分かり合えないなんて不思議だね
こんなに君を離したくないのに

 

2017年3月

月影

ポエトリー:

『月影』

 

夜の向こう側に降りてくる
柔い光が集まるという
煤けたコンクリートの階段
あの人の歩幅は頼りない

月影を半分こちらに向けて
にじり寄る電球が
チラチラともよおす殺意
誰に向けられたものではない

走り去る人の肩にぶつかって
階段をまっ逆さまに転げ落ち
それでも全体は丸く収まって
何事も無かったように終息していく

まるで古いビデオテープ
訳もなくこんがらがって
中身はいかほどでもない
どうりで汗をかかないわけだ

けれどどうしても落ちていく
落ちていく姿しか見えないんだ
白々として、もう朝になるというのに
そんな自分の姿しか見えないんだ

 

2018年12月

インターネット/インターチェンジ

ポエトリー:

『インターネット/インターチェンジ』

 

高速道路を時速100キロで走る君の横を
光速で過ぎるインターネットが
鋭角に変換され
柔らかに君の元へ配達されるのは
君の嗜好に基づき
インターチェンジで自動的に配分された後
君が感応する経路はいささか偽悪的だ
配分された後、再び交わることは稀で
AIの親切心は私たちの思考を固定し
分断を助長する
それでも私たちはインターネットを手放せない

 

2018年12月

白い壁に蚊を一匹

ポエトリー:

「白い壁に蚊を一匹」

 

この年になってしたことと言えば
白い壁に蚊を一匹、殺しただけで
始まりとも気づかぬまま歩いた人生を
人生とは気づかずに通りすがる旅人を
声にかける
気にかける
あの子の夕べを
冷めたスープに乗っかって
全部平らにする旅に出る度に
思いのほか外爽やかな風吹き
吹きっさらしの挨拶に触れる
さっきまでそこにいたわたくしの
貴方はわたくしの宝物になるべきですと
きっとそのように言ったはずですが
路傍に寝そべり
出鱈目に並ぶ形を指でなぞりながら
いっそのこと似せてしまえばいいのです
誰かの声形に同調して
一歩でも二歩でも進んで行けばいいのです
それを邪魔とは言わずに
後悔にはならなかったと
後で振り返った時に
その時さえ
あなたと一緒ならいいのですけど
今、血の匂いがツーンとしましたし
いずれ私たちもサヨナラでしょうか

 

2019年3月

私たちの仕組み

ポエトリー:

「私たちの仕組み」

 

実際、あなたの為を思って
此処等にある素材を使って
一つの織物に仕上げてみる
先ずは手当たり次第

必ず、
一旦ハイと答えるあなたの前頭葉は微かに赤に振れ
一方で、
ジグザグに歩く子供たちの
色とりどりの方程式を解く解を視界の隅に捉えたはず

ところが、
金輪際、愛は重箱の中
納めた分だけ夜は腫れ上がり
頑なな定規があてがわれた上唇の
夜露にほどかれてたなびく匂い

よい知らせを待つ時間は長く感じられ
それは風呂上がりには懐かしい記憶
程なく、
遅い時間にお帰りが訪れる

手につたない名を取り合って
とりとめのない夜深むれば
欠けた貝殻の縁
苔むす程に合わされり

一つの織物は
薄い色にして仕上げた
気持ちは平らに記憶は折り重なる
その冷たさが私たちの仕組みです

 

2019年3月

グッバイ、コミュニケーション

ポエトリー:

『グッバイ、コミュニケーション』

 

グッバイ、コミュニケーション
聞こえないならコンセントに繋いどくれ
ワシはカエル
ヒキガエル
ミニクイのさ
金輪際会わないどくれ

グッバイ、コミュニケーション
実はまだ若いけど
一晩中側にいて欲しいと
言えたもんじゃない

だから緑のジャージに着替える
気兼ねなんかしないで
寝転んでテレビ見るのさ

グッバイ、コミュニケーション
あなたに会う資格はないのさ

 

2018年10月

悲しみでっぱり

ポエトリー:

『悲しみでっぱり』

 

悲しみというでっぱりが
ある日玄関に現れ
右肘にも現れ
普段無いものが急に現れると
廊下でつっかえたり
小指の先をぶつけたり
それは私が普段如何に回りを見ていないかを示すこととなった

しかし月日というのは不思議なもので
そのでっぱりが生まれつきのように感じ始める私は
悲しみというでっぱりを当たり前のこととし時には大股に
時には大げさに肘を畳んで毎日を過ごすようになる

玄関のでっぱりはやがてハンガーとなり
右肘のでっぱりは肘をついて居眠りする時のちょうどよい高さとなり
他の人にはない二つの得を私にもたらしたが
はたしてこれは私にだけ起きた現象か

そこで私は手近な友人や心安い同僚に
「お前にもこんなでっぱりはないか」と尋ねたところ
「あぁそれなら」と
一ヵ月程度の間に全員にあたる八名がほぼ似たようなでっぱりを差し出した

私のでっぱりはでっぱりと言える程度のでっぱりだったが
中にはでっぱりと言うより突っ張りだなというぐらい立派なものをこさえているものもいて
なるほどなぁ、何事も聞いてみないと分からないものだなぁと
妙に得心したのです

ところで私のでっぱりは上着を引っ掛けたり
肘を突いて寝るのにちょうどよい高さをもたらしたが
せっかくなので同じ八名に悲しみでっぱりの効用について聞いたところ
一人は右肩に出来たのでカバンがずり落ちなくて済むと言い
一人は臀部に出来たので体が傾いて困ると言い
一人は洗面所の床に出来たので歯みがきの時土踏まずが先ず気持ちいいと言った
中には人の気持ちが分かるようになったなどと殊勝な事をぬかす奴もいたが、
総じて前向きに捉えている人が多かった

しかしそのようなでっぱりはある日突然姿を消す
私は肘を滑らせてガラス窓に頭をぶつけその事を知った

私は「知らぬ間に悲しみというでっぱりが現れたように、知らぬ間に悲しみというでっぱりはいなくなる」ものだと物分かりのよい学者のように了解したが
なんだか急に玄関のでっぱりが恋しくなり
早く家にたどり着きたいようなたどり着きたくないような落ち着きのない心持ちになっていた

しかし待て
今現在では気付いていないがこの身体のどこかに悲しみというでっぱりがまだあるような気もする
或いは家中のどこかにも探し出せばまだあるような気もする
そんな風に思い返してみると私はいくらでも心当たりがある中年だった

その時、
私は焼場から出てきた父の骨を思い出していた

 

2019年1月

現代詩手帖

ポエトリー:

『現代詩手帖』

 

そこそこ満員の通勤電車で現代詩手帖やなんかを読むのは恥ずかしいことだから現代詩手帖の谷はより一層深くなる
誰もお前のことなど見てやしないというご意見は至極全うだが至近距離なのだからこの際私には通用しない
そんな時に限ってよく読めてしまう雰囲気が漂い始め、
けれど詩を読んでいるなんてこいつそういうやつかと思われる顔をしているのかオレはという懸念が持ち上がり、
最初に読んだ時の理解が一番大切なのにそれを疎かにしてしまう、あー、もう取り戻せない
私は折角の読めてしまえそうな雰囲気に入り込めず半端なままの
読む力と書く力は同じと言われる残念な生き物です
残念な生き物は今日も通勤電車で立ち読みをする
より一層

帰りの電車で出入口の座席の背もたれにもたれて現代詩手帖を読んでいると正面に女子高生四人組
無敵感が半端ない

「二十七ってトウェンティやっけ?」
「こんなとこでそんなん言うてたらアホ丸出しやで」

と気取って返す女がまた気取って呟く、「スリーサウザンド…」

「サウザンドって?」

気取った女は

「百」
「百って、ハン、ハン、ハンドレ…、ハンドレンとかそんなんちゃう?あ、ハンドレッド!!
「ほんならサウザンドは?」
「万……ちゃう?」

私の現代詩手帖は今日も耳に残らない
駐輪場へ着くと虫ゴムの切れた前輪はペシャンコ
愛車は重い電動車

 

2019年2月

旅立ち

ポエトリー:

『旅立ち』

 

枕元に居て
楽しかったことや
乗り越えてきたこと
僕たちの生い立ちを
あぁ、こんなこともあったよねって
心で語り合いながら
目をつむる

僕たちの新しい旅立ちが
そこから始まる
最期を迎える日々の
出来事

思い出が新たに立ち上がり
愚かな日、縁側で

さようなら
友達
おやすみ
また会う日まで

今から僕は
明日へ向かうよ

 

2019年1月

野宿

ポエトリー:

『野宿』

 

僕たちの炎が燃え尽きる前に
僕たちのガソリンが尽きる前に

僕たちの田畑が刈り取られる前に
僕たちの電線が切断される前に

僕たちの記録が削除される前に
僕たちの記憶が燃えカスになる前に

僕たちの街から人がいなくなる前に
僕たちのカナリアが袋詰めにされる前に

僕たちが善玉と悪玉に線引きされる前に
僕たちの良心と悪意が引き裂かれる前に

僕たちの声帯が取り除かれる前に
僕たちのどちらでもないが非難される前に

言葉を持たない者たちが
灯火を何度も継ぎ足し野宿する
脳内が検閲される前の束の間
流れ星に走り書きをする

僕たちは夜空を見上げ生命に恋をする

 

2018年8月