前途ある若者の未来を奪っちゃいけない

その他雑感:

 

悪質タックル問題で、当事者の大学生が記者会見を開いた。なんで学生が一人で会見しなくちゃならないんだ、大学は、周りの大人は何をやってるんだ、ということに尽きるんだけど、この学生が思いの他ちゃんとしていて驚いたのは僕だけじゃあるまい。逆に言うと、これだけ精神的に落ち着いた聡明な学生が、あんな酷いことをしてしまったという事実が恐ろしい。人はいとも簡単に洗脳されてしまうのだ。

事実は消えないが、立派な会見だったと思う。事件を起こしてからこの日まで、彼がどういう日々を過ごしてきたのか。推して量るべきかなである。

アメフトに人生を賭けた青年に、「二度とアメフトをやることはない」、「その資格はない」と言わせてしまったのだ。オリンピックで沢山メダルを獲ることよりも、今しなくてはならないことは。答えは出ていると思う。

彼にはいばらの道が待ち受けているだろう。日大アメフト部だってどうなるか分からない。そこにいる部員の多くがアメフトをするために日大へ入り、アメフトに人生を賭けた青年達だとすると、勿論、彼らもつらいだろうが、その矛先は件の青年に向かうこともあるだろう。人生は長い。もう二度と彼や他の部員や被害に遭った関学生の未来を奪っちゃいけない。今度こそ、彼らを導いてあげられる大人や友人たちが周りにいてくれることを願ってやまない。

鳥谷選手、連続試合出場の件

野球のこと:

鳥谷選手、連続試合出場の件

 

僕は父の影響で子供の頃からタイガース・ファン。子供の頃はタイガースの成績に一喜一憂していたけど、ある程度年を重ねてからはあまり入れ込むことは無くなってきた。多分大人になって、批評的なものの見方が出来るようになってきたからだと思うんだけど、そういう意味でもチームそのものより、選手個人を応援する気持ちの方が年々強くなっているような気はする。藤浪ガンバレ!とか上本ガンバレ!とか(笑)。そういや2003年の優勝も2005年の優勝もそんなにしゃかりきになって見てないもんな~。ま、好きは好きなんだけどね。

てことで鳥谷の連続試合出場記録。あれはやっぱよくないよなぁ。鳥谷はこの10年以上、タイガースの主力として活躍し、去年は2000本安打も打っている。彼の魅力は何と言ってもしぶとい打撃。確かにタイトル争いに絡むような打率は残さないけど、相手投手に球数を投げさせ四球を奪い取っていくというスタイルは、メジャー・リーグでは大きく評価される能力。あちらではいくら打っても四球が少なく出塁率の低いバッターは例えホームランキングに輝いても評価されないのだ。てことで強打者でもないのにいつも最多四球を争う鳥谷は非常にチーム貢献度の高い選手なのだ(ちなみに現役選手の通算出塁率は内川や阿部といった強打者を抑えてなんと鳥谷が第1位!)。

その鳥谷があえいでいる。セカンドへのコンバートや半レギュラーのような扱いに苦労した影響もあるかもしれないが、ここまで打率は1割台。それでも連続試合出場を続けるために、9回の守備だけ、或いは試合の趨勢が決まった後の代打として毎試合出場している。これは時折顔を出す日本のプロ野球の内向きでネガティブな部分だと思う。

長年、鳥谷を応援してきた身として、彼の価値を貶めるような起用法は止めて欲しい。鳥谷はまだやれる。ことに貧打にあえぐタイガースでは貴重な戦力だ。一度休養をして、連続試合出場などという余計な足枷は解いて、心身ともにリフレッシュした状態で再びグラウンドに戻って来て欲しい。それが子供の頃からタイガース・ファンの僕の願いです。

ウルフルズの凄いテクニック

その他雑感:

『ウルフルズの凄いテクニック』

 

カーラジオからウルフルズの歌が流れてきた。普通にいい歌だなあなんてと聴いてると、いつものようにサビで大阪弁になった。ちょっと具体的な歌詞は忘れたけど、語尾が「~へん」とか「やねん」みたいな単純なものだったような気がする。大阪弁なんて言っても今や日本中に溶け込んでいるので別にどうってことないんだけど、これが曲に紛れ込むとなると話は別。いつもウルフルズの曲をスーッと流してしまっているけど、ちょっと待って。実はこれって大したことなんじゃないか。

僕が子供の頃の関西弁の歌といえば、やしきたかじんとかボロとか上田正樹とか。もうローカル色まる出し(笑)。しかも大阪の夜の町というか場末の酒場しか思い浮かばねえみたいな。歌ってる方もハナからそっちしか向いてねえみたいな。いい悪いは別にして、聴く方も歌う方も、開かれた歌というよりは閉じた世界、聴き手を選ぶ限定された歌だったように思う。

ところがウルフルズ。彼らの歌は非常にオープンで聴き手を選ばない。僕も詩を書いたりするので時折喋り口調が欲しい時は地言葉を用いる場合があるが、それ以外は何故かいつも標準語で書いている。創作の過程で口に出すときがあっても何故かいつも標準語(←なんか変な人みたいやな(笑))で、イントネーションすら大阪弁にはならないというかなれないというか。そうしちゃうとなんか意図したものと違ってしまって、詩を書く時には感じたこととか浮かんだことをなるべく原形を損なわずに言葉に変換したいのだけど、心に浮かんだこと自体が方言を纏う以前の状態だからなのか、それが表に出てくるときには何故か自分が普段用いている大阪弁として言葉は現れてこない。不思議だけどそれはそういうものなのだ。

要するにぼんやりとした心に浮かんだものを言葉に変換する行為は、普通に喋ることとは全く別物だということなのかもしれないけど、それをするりとやってのけるウルフルズは、というかトータス松本はちょっと他に見当たらない稀有な存在なんじゃないかと。これだけ方言丸出しのウルフルズがMステで普通に座っている事の違和感の無さ。北海道から沖縄まで何の制約も無し普通に親しまれている事実は特筆すべきことではないかと。

詩人が書きたいと思うことを仮にポエジーと呼ぶなら、詩人はそのポエジーを出来るだけそっくりそのまま言葉に変換したいはず。ならば当然普段自分が使っている言葉で表現する方が近いに決まっている。なのにそうとはならない。ならないということは遠いことを意味するのではないのか。いやそれとこれとは全くの別物なのか。

トータスのやってることってあまり語られたことがないようだけど、実は凄いことだと思う。僕はトータスにあって直にこの事を聞いてみたい。彼は恐らく、このことに自覚的だ。

ウルフ・アリス、すげ〜

 

このところウルフ・アリスの『ヴィジョンズ・オヴ・ア・ライフ』ばかりを聴いている。凄いんだなこれが。先行で公開されたキャッチーな3曲が配置された前半もいいんだけど、後半のグデングデンしたダークな感じがまた最高。聴けば聴くほどよくなってくる。

ボーカルはエリー・ロウゼルっていう人で、中谷美紀ばりのクール・ビューティが目を引くんだけど、いやいやそれどころじゃない。ニコリともせずにシャウトする様がカッコいいのなんのって。この人、もしかして凄いボーカリストなんじゃないか。曲も彼女が全部作ってんのかな。だとしたら凄い才能だ。とんでもないのが出てきたもんだ。バンドの演奏もカッコイイし、これからの英国ロックをしょって立つ存在になるかもしれないぞ。あ~、もっと早く聴いてりゃ先月の来日公演に行ってたのになぁ~。

しかしまあ今年はいいのばっか出てくる。フォスター・ザ・ピープルの新作を聴いた時はこれが今年の№1だなと思っていたが、フォクシジェンを聴けばいやいやこっちが1番だなと思ったり、で今はウルフ・アリスが最高だ、ってなっている。

順番で言えば次はベックを聴いて、月末にはノエル・ギャラガーの新作も出る。キラーズの新作もまだ買ってないし、ステレオフォニックスも11月だ。今年のロック勢はスゴイ充実ぶりだぞ。年末に向けてこっちもギアを上げなきゃだな。