ポエトリー:
「身軽な辞書積んで」
背表紙に書かれた文字と
積み上げた時間はちょうど同じ目の高さ
航海は驚くほどなだらかで
まるで止みかけの雨のよう
今のわたしたちには
傘を忘れるぐらいがちょうどいい
時間があるかぎり
暦は振り出しに
いつだって明日は明日
今日は今日
誰も無理じいはしない
2024年8月
ポエトリー:
「身軽な辞書積んで」
背表紙に書かれた文字と
積み上げた時間はちょうど同じ目の高さ
航海は驚くほどなだらかで
まるで止みかけの雨のよう
今のわたしたちには
傘を忘れるぐらいがちょうどいい
時間があるかぎり
暦は振り出しに
いつだって明日は明日
今日は今日
誰も無理じいはしない
2024年8月
ポエトリー:
「鹿」
探り合っている風だったから
ほくらは隣り合う桜の木から一旦離れて
それでもそれほど間を置かずに合流をした
そもそもここにいる理由は
ある灌木の腰の辺りが
丁度よい角度でこちら側を向いていたからであって
連れ立って歩くぼくたちの背格好に
本来の意味を与えてくれているような気がしたから
その間、鹿がずっとこちらを見ていた
眼が水晶のような光り方をしていたので
ぼくらは少し言い淀んで
少しだけ前に止んだ雨でできた水たまりを指さし
ここは避けようと言いあった
早く腰を落ち着けるようにと言った両親のことばが
今さらのように思い出される
容姿と言動が異なるぼくらがベッタリとしている間に
鹿はどこかへ行ってしまった
ぼくらはいつのまにか
サイズ感の異なる円形劇場の端に腰をかけていた
産みの苦しみなどまるで感じなかったけど
あとから振り返ると今はきっとその類なのかもしれない
そう正直に言うと
さっきどこかへ行ったはずの鹿がまた現れて
ぼくときみは思わずぎょっとした
2024年6月
ポエトリー:
「今頃はもう」
あの頃のボクは
風雲たけし城のジブラルタル海峡を渡り切る自信があった
横断歩道の白だけを歩くことだってできた
それでも見境なく飛んでくるロケットをよけることはできなかっただろう
そこにいればボクはもう死んでいる
2024年8月
ポエトリー:
「つい今しがた」
つい今しがた
かつてない魂が
家の両端に並び立ち
息をする惑星の静かな囁きが
その家の両端に小さく呼応した
旗は静かに立っていた
殺戮と凶作が待っていた
藁をもすがる人人の足を踏んでいた
数奇な運命のわたしたちには
まるでそぐわない新しい歌が
旗と共に流れていた
コントラストは甚だしく無謬だった
わたしたちの知る権利はイエス
耐えうるだけのネガや文机はノー
文字通り、八方ふさがりの街で
わたしたちは鴨居に頭をぶつけるほどに育ちすぎた
足元には草の根の結び目
幾度目かの最適解
2024年6月
ポエトリー:
「些細な夜明け」
多くのことばが微弱な電波を発し
思い思いに暇を弄ぶ
わけでもなかろうに
ぼくたちのあいだに広がる些細な夜明け
見た目にも鮮やかな
わけでもなかろうに
脆弱な電波に乗ってきみが来る
それ自体がフェイクニュース
意外とよく喋るきみの広がり
だったとしても
よそ行きの声が次第に遠ざかる
水面のようにささやかな方便
群がるひとびとの声だけがして
教えられてきたことが失念する
ご名答
実にいじわるなことだけど
泣きたいわけじゃない
失念することが輝き
チャンスをくれたきみに
ぼくの抽斗の序列を教えてあげる
めったにないことが
きみに起きますようにと
ねぎらうことができますようにと
2024年5月
ポエトリー:
「よき一日」
なぜかきみの庭に羽が降りてきて
そこの一点にだけ
調和を乱す
見事に
縁側へ降りる石段の足が一歩
止まる
夕方の静かなときにだけ訪れる
博愛の自由な精神
意外なことに
きみの声は二手に分かれ
翌日の出来事を掬いはじめた
そうか、目覚めたときはなかったね
道のうねりの理由に
少しだけ気づけたような気がした
わかっていたことが存分に折れはじめた道中で
最近きみはよく笑いはじめる
背恰好がよく似た兄弟姉妹たちの影が
庭に現れては軽口をたたくようになった
きみは炭酸をぐびっと飲み干す
よい一日だったと
2024年5月
ポエトリー:
「骨格」
ゆれる骨格。
バランスを取るために片足で立つ。
傍らには工事中の立看板。
足元の水たまりはゆうべ出来た。
泥水で姿は映らないが
日差しはたっぷりで反射する。
無理すんなよ。
ゆうべの記憶。
さしあたってあなたがすることは
シチューのダマを丹念に潰しなさい、
白い方の。
仕事ができる人になりたかった。
素晴らしい背伸びをするひとの足元、
特につま先を見て学ぶ。
一学年下の後輩が元気に横を通りすぎても
よろしい、今は気にするな、
追手はそこじゃない。
日差しに匿われたわたしと
日焼けした人々が交錯する日々。
締めなおすにもたついた身体。
視線は何処にやればよいのやら。
気位ばかり高く、
骨格はゆれて足元にはたっぷりの水たまり。
泥水で姿は映らない。
でも反射する光。
2024年4月
ポエトリー:
「ぜんぶぼくのせい」
われわれのなかにもし うそつきがいたら
それはぜんぶぼくのせいだ
われわれのなかにもし よわむしがいたら
それはぜんぶぼくのせいだ
われわれのなかにもし あくとうがいるなら
それはぜんぶぼくのせいだ
われわれのなかにもし おちょうしものがいれば
それはぜんぶぼくのせいだ
われわれのなかにもし わるものがいれば
それはぜんぶぼくのせいだ
もし はちうえにあたらしいはながいけてあるなら
こえにだしてよろこぶべきだ
もし はげしくないているひとがいたら
たとえじゅっぷんでもそばにいるべきだ
もし はんでぃきゃっぷをもつひとがいるなら
いろいろなくふうをまなぶべきだ
もしわれわれのなかに しぜんのせつりにさからうひとがいたら
もしわれわれのなかに しぜんのせつりにしたがうひとがいたら
だれかおしえてほしい
だれかこたえてほしい
つぎにぼくはどうしたらいいのか
2015年11月
ポエトリー:
「片手で測ってしまえれば」
長い運河の成れの果てで
片手で測れる音を聞く
その景色を十分毎に刻み
アニメーションにして語るほどの語彙はあるのかと
急に濁流になるくだり
そこはスナップショットにして
あぁ、そういうことあったよねと
肩の荷を降ろし
向かい合った片方のレンズ
そう、対角線になって
覗くとほら
騙されたような気分になって
一瞬でスカッとするのさ
いわゆるその類いのスピード
コマ送りにするまでもなく全部が全部
窓ガラスにへばり付いた結露と一緒に
サッーと落ちてゆく
それを内気と外気の温度差と言い換えていい
いい、いい、
もう焼きつけたから全部それでいい
長い運河の成れの果て
後になってからででも
片手で測ってしまえれば
2024年2月
ポエトリー:
「こんな夜に」
こんな夜に
あなたにおねだりしたいことは
グミ、あるいはチョコ
それともなんのことばだろう
やわらかい海の耳鳴り
その浮き沈みに合わせるように呼吸をすると
静かにしないでもちゃんと聞き分けられる
こんな夜に
目ぼしい魚をひとつひとつ
うお座でなくても空にあて
新しいものでも見つけたように
興奮するひととき
珍しいことにあなたもぼくに合わせてくれて
あれでもない、これでもないと
短いけどそんな交信
あったような気がした
接近する光線に手をかざすあなたが
ガラス戸に映って
出たり入ったりするあいだ
ぼくはこんなにも湿っぽい面してる
でもその場からは
けっして逃げ出したりしないように
健康的な湯上がりのような
正当防衛する体がほしい
こんな夜に
あなたにおねだりしたいこと
グミ、あるいはチョコ
甘いもので心を浸すことができるなら
今はもうそれで満足です
2024年4月