遠い山なみ

ポエトリー:

「遠い山なみ」

 

あちこちに立ち並ぶ群青色した肉体に
感動して君は頭から血を流した
生きていることの蓋が開いたような気がして
あちこちの人に話しかけてみる

葉巻みたいにウンザリ、とした表情で煙たがられることもしばしば
それでもリレーの第一走者のような気分でスタート・ラインに立つ
華奢な体で

あちこちに立つ狼煙、
不定期に届くダイレクトメール、
そのひとつひとつに
不確かな未来の口も開いている
けれど勘違いしないで、と彼女は言う

柔らかな肌を滑りゆく君の反動
あくまでも肉体は群青色
ガサガサと音を立ててそぞろ歩く
けれど勘違いしないで、彼女は何度もそれを言う

  ————————————–

遠い山なみを指でなぞるようにして、彼女は一昨日のことを思い出していた
遠い時代が被さる彼女の面影には一切のモラルが抜け落ちているようだった
指一本なら本当の自分を描けるよ
遠い山なみがそう言うのを待ってから、彼女はおもむろに席を立った
軽くお辞儀をしているようにも見えた

彼女は納得したがっていた
人々が完成と言う完成が何処にあるのかを
惰性と言う惰性が何処にあるのかを
身近な存在
そうかもしれない
何を意味するかをとうに知っているように
問題は遠回りをしてきつく体に巻きつく

駅前に小さな書店があればいいな
夜になれば小さなろうそくに火を灯し
形あるものは全て溶かして再び形あるものに

彼女はお財布の中身を勘定して横になる
初めての時みたいにゆっくりと身を委ね
モナリザ
まるで家族の一員みたいに
ゆっくりとモナリザが横になる

 

2021年10月

ランデブー

ポエトリー:

「ランデブー」

 

もしも君が僕より先に死んだなら

冬の空気より

雪の結晶より

透明な君のまごころ

君の灰を

まるで君のままのように柔らかく抱き締める

 

ランデブー

ナイロビの砂漠に浮かぶゴンドラ

と同じ月に僕らは運ばれる

 

それまでは

ミケランジェロより不恰好でも

太陽の塔のように胸を張り

サクラダファミリアよりも永遠に君を愛す

 

秋の夜長みたいに

ゆっくりと時間をかけて

僕たちは年をとる

 

 

2012年11月

待ちぼうけ

ポエトリー:

「待ちぼうけ」

 

世界一大きなあなたの言葉を重しにして
私は日々を繋いでいます
その重しに絵を描いて落書きをして眺めていると
身近に感じられます

公園で拾いものをして
それは綺麗な丸みをおびた石で
軽く握ったら冷たくて
思わずポケットにしまい込みました

家に帰る間
ポケットの中で手は軽く握られたままで
それはどうしようもなく
ヒナのように優しく包んであげないといけないものでした

家に帰るとそれを靴箱にはのせず
ダイニングテーブルの花瓶の横に置きました
もちろんすすいだりはせず
軽く握ったままを保つように

私たちは朝日を見て目が覚めるけれど
固く閉じたままのヒナをかえすのは難しい
心に閉じた楽園をいつか目にすることが生きることだと
あなたが言った重しのような言葉を
ためらいがちにそっと吐くと
白い息に混じって
絵を描いて落書きをしている私が見えます

そこに置いたのは待ちぼうけの心
軽く握ってなぐさめた

世界一大きなあなたの言葉を重しにして
私は日々を繋いでいます
どうすればもっと身近に感じられるでしょうか
私はあなたに会いたいです

 

2020年8月

かつて理解して

ポエトリー:

「かつて理解して」

 

熱い涙は体温だ
森の真ん中に迷い込んだ
かつて人類は東へ向かい
新しい道を歩き始めた

かつて かつて
かつて わかって
かつて かつて
かつて 理解して

空回りでも心は回る
やがてその軸を焼き尽くした
かつて人類は渚へ向かい
仲間とはぐれて暮らし始めた

かつて かつて
かつて わかって
かつて かつて
かつて 理解して

僕のお母さんは朝早くに出かけ
夜遅くに帰ってきた
僕は海原に小舟を浮かべ
釣糸を眺めていた

かつて かつて かつて わかって
かつて かつて かつて 理解して
かつて かつて かつて わかって
かつて かつて かつて 理解して

かつて人類は
空をつかむように
同じ体温の誰かと
手を繋ぎあった

 

2021年8月

小指は震える

ポエトリー:

「小指は震える」

 

小指を
遠くに見える鉄塔と重ねてみた
すると、
ぶるっと音がして
小指から四方に電線が走った

目に見えるものはすべて捉えよと
うろ覚えの歌が言う
君は困らない
このままゆけるところまでゆける
はずだ

小指がぶるっとして
それは嘘だと弾けた

ところが
積み上げた仕草が
小指以上に語りかけてくる

すべて君の手柄だ
すべて君の手柄
すべて君の
すべて…
す…

小指が震える

 

2021年8月

イカヅチ

ポエトリー:

「イカヅチ」

腕に繋がれた鷲が
猛禽類であることを自覚するが如く
如く
威嚇する
何を
この世界を

かつて、
己が身体で威嚇するものは
するものは
その隆々たる羽や
筋張った足や
足や
まっしぐらな眼光や
鋭い嘴や

今や、
開かれた空に放たれる
繋がれたままでも離さないお前の前夜はイカヅチ
イカヅチ
這い出る隙間もなくこの世の無情
無情

今夜、
お前の命はうるさい
うるさいにもほどがある

 

2021年7月

無数の冷たい雨

ポエトリー:

「無数の冷たい雨」

 

無数の冷たい雨が頬にへぱりつく
無数の光を乱反射させるために

わたしはそれを祝福とみた
近い将来、あなたが報われるための
つまりわたしが報われるための

とはいえ、
無数の冷たい雨は祝福されない

 オレだってやなんだよ
 うるさいんだよ
 降らせよ降らせよって

 今、
 一刻も早く立ち去るのを待っている
 無数の冷たい雨。
 なんてちょっとヒドイ言い方

時間で言うと午後の6時ぐらい、
喉元を過ぎたあたり
一方は口を開け
一方は蓋をして
驟雨
生き死にを漂わせる匂い

無数の冷たい雨が頬にへぱりつく
無数の光を乱反射させるために
近い将来、あなたが報われるための
つまりわたしが残されるための

 

2021年7月