アート・シーン:
仏を巡る旅「興福寺~新薬師寺~奈良市写真美術館」
奈良へ行ってまいりました。興福寺仮講堂での特別展「阿修羅ー天平乾漆群像展」から新薬師寺の薬師如来坐像と十二神将立像を経て、奈良市写真美術館で開催されている入江泰吉の「古き仏たち」。丸一日、様々な仏様を拝観しました。
まずは興福寺仮講堂での乾漆群像展。国宝館の耐震補強工事に伴う特別展で、春の公開に続き二度目、秋の公開となる。春に家族と奈良公園界隈を訪れたのだが、その時はこの特別展に入ることは叶わず。今回は念願の再訪となった。
西金堂内陣の宗教空間イメージを一部視覚化したとの記述があったが、その配置が絶妙だった。両サイドで筋骨隆々の阿形像吽形像が見得を切る横に、一転、胸板に骨が浮かぶ静謐な佇まい十大弟子がいるという対比。その写実的な十大弟子像の横に八部衆という神話の神々が配置されているこれまたコントラスト。その中心には阿弥陀如来像というこの並びが最高にイカしていた。
今回の旅の一番の目的はこの乾漆群像であるが、中でも一番のお目当ては阿修羅像。僕は初めて直に見たが、美しいの一言。体のラインや立ち姿、6本の腕のバランスを含めた佇まいは息をのむ美しさだ。それとやはり表情。両サイドの2面の顔はあまりよく見えなかったが、正面を見据える表情が何とも言えない。悲しんでいるのか憐れんでいるのか、優しさなのか怒りなのか。そのどれでもないし全てとも言える表情。それに決して目線は合わないのに、ずっと見られているようで、人垣の後ろへ少し離れてみても同じようにすっと見据えられているような感覚がする。まるで阿修羅像の目線の先にこちらから吸い込まれていくようだ。
その阿修羅像のとなりに立つ迦楼羅像もまた素晴らしい。鶏頭の半獣半人像だ。この表情も何とも言えない。悟りきったようなすべてを受け入れたような表情。阿修羅像が多くの人に同じような印象を与えるとすれば、迦楼羅像は人によって、時によって全く異なる印象を与えるのだと思う。見る人を写す鏡のような表情と言えるかもしれない。
続いて向かったのは奈良公園を南東に抜けた場所にある新薬師寺。ここには十二支を題材にした十二神将立像が薬師如来坐像を取り囲むように並んでいる。十二神将立像は木を骨組みとし主に粘土で造形されている。故に先ほどの乾漆像とは重量感、質感が全く異なる。全て動きのある造形だが、粘土ゆえか中国の兵馬俑を思わせる。中心の薬師如来坐像の表情も彫が深く鼻筋がすっと通っておりインド風な趣。ここは少し異国的な雰囲気があった。
十二神将立像は本来極彩色で彩られていたそうで、往時の姿がパネルで再現されていた。結構すごい。皮膚はアバターのように緑で鎧は赤や青でずっしり重い。これが十二体、全て彩られていたら結構なインパクトだろう。と言ってもここに限らず、昔の像の多くは彩色されていたらしいので、単なる信仰とは別に、仏像は僕たちが思うそれとは全く違う捉えられ方をしていたのかもしれない。
最後に向かったのは新薬師寺のすぐ近くにある入江泰吉記念奈良市写真美術館。ここでは現代の写真家による奈良の風景が前半部に、メインに入江泰吉の仏像写真が展示されている。前半の現代の写真家による奈良の写真も良かったが、後半の入江泰吉の仏像写真は今見てきた実物の写真が多く展示されているので、また違った角度で思いを巡らせることができ、非常に興味深かった。ここの美術館に入ったのは偶然だったけど、実物を見た後にまた違う手法で見るというのもなかなかのもの。印象に残ったのは広目天像。顔がいかついのなんのって。すげえ迫力を捉えていた。
阿修羅像の写真もいくつかあって、その下に入江泰吉の言葉が記載されていた。少し紹介すると、「一二、三才の少年をモデルにしたと言い伝えらえれているが、清純な乙女のイメージが強いのである。」。そうだな、そう言われるとそんな気もする。そんな見方ができるのも阿修羅像の魅力だ。
入江の奈良の風景を捉えた写真展示はなかった。今回はそういう趣旨ではなかったのだろうけど、僕はそっちも好きなのでこの点は残念だったかな。
当初は奈良市写真美術館へ行く予定はなかった。新薬師寺に行ったら近くにあるのを知って、入江泰吉のことは知っていたからちょうどいいやと思って入った。10時頃に奈良に着いて、全部見終わったのは2時ごろかな。結果的に奈良の仏像を巡る旅になったけど、最初に東大寺で大仏や広目天像を見るのもいいかもしれない。で最後に奈良市写真美術館へ行く。今日も奈良公園界隈は観光客でいっぱいだったが、新薬師寺~奈良市写真美術館辺りはほとんど人がいない。あまり知られていないようだけどなかなかいいコースだと思います。特に写真美術館、ここで最後を締めるのもよいのではないでしょうか。
仏像の写真展は12月24日までのようだけど、以降も奈良を舞台にした写真展が行われるだろうし、それはそれですごくいいんじゃないかな。
ところで全てを見終わった後、写真美術館の近くにあるお店で(名前は忘れましたっ)少し遅い昼食を採ったのだが、そこの二階でちょっとした写真展をしていた。年配の地元の写真家によるものだという大台ヶ原を舞台にした写真の数々。奈良市写真美術館にも奈良県川上村の写真が展示されていたが、その若手写真家による直線的な表現と食堂の二階で見た年配の写真家による磁味深い写真との対比。これもなかなか良い体験でした。
2017年11月