身軽な辞書積んで

ポエトリー:

「身軽な辞書積んで」

 

背表紙に書かれた文字と
積み上げた時間はちょうど同じ目の高さ
航海は驚くほどなだらかで
まるで止みかけの雨のよう
今のわたしたちには
傘を忘れるぐらいがちょうどいい

時間があるかぎり
暦は振り出しに
いつだって明日は明日
今日は今日
誰も無理じいはしない

 

2024年8月

鹿

ポエトリー:

「鹿」

 

探り合っている風だったから
ほくらは隣り合う桜の木から一旦離れて
それでもそれほど間を置かずに合流をした

そもそもここにいる理由は
ある灌木の腰の辺りが
丁度よい角度でこちら側を向いていたからであって
連れ立って歩くぼくたちの背格好に
本来の意味を与えてくれているような気がしたから

その間、鹿がずっとこちらを見ていた
眼が水晶のような光り方をしていたので
ぼくらは少し言い淀んで
少しだけ前に止んだ雨でできた水たまりを指さし
ここは避けようと言いあった

早く腰を落ち着けるようにと言った両親のことばが
今さらのように思い出される
容姿と言動が異なるぼくらがベッタリとしている間に
鹿はどこかへ行ってしまった

ぼくらはいつのまにか
サイズ感の異なる円形劇場の端に腰をかけていた
産みの苦しみなどまるで感じなかったけど
あとから振り返ると今はきっとその類なのかもしれない
そう正直に言うと
さっきどこかへ行ったはずの鹿がまた現れて
ぼくときみは思わずぎょっとした

 

2024年6月

『Charm』(2024年)Clairo 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Charm』(2024年)Clairo
(チャーム/クレイロ)
 
 
米国のソングライターということですが、雰囲気としては気だるい欧州という感じ。アルバムジャケットの印象のせいかな。世代的にはボーイジーニアスと同じようなものかもしれないが、あちらはやはり米国という事でギター・サウンドがメインであるが、こっちのサウンドを特徴づけているのはピアノやフルート(かな?)だったりするので、やっぱ欧州的な印象は受ける。
 
ジャック・アントノフだとか元ヴァンパイア・ウィークエンドのロスタムといった有名どころと組んだという1stや2ndを僕は聴いたことがないが、今回のアルバムは一転してバンドによる生音にこだわったそうだ。元々、ベッドルーム・ミュージックという私的なところから始まった音楽活動のようなので、1stや2ndは大物プロデューサーの手を借りながら、ということだったのだろう。いずれにしてもこれだけメジャーな人と組んでいたわけだから、表現者としてそれだけ魅力があったということ。
 
それを表明するように本作のソングライティングもとにかく素晴らしい。アルバムは11曲あるが、それぞれにちょうど良いクセ、個性があり、しかもそれがオープンな表現となっている。それらが抜群の演奏で奏でられるわけだからそりゃいいに決まっているだろう。特に4曲目の『Slow Dance』あたりからの演奏が本当に素晴らしくて、曲もいいけど音に集中することでまた違った楽しみ方もできる。
 
先ずもって曲がいいからそれを壊さない形で演奏が進んでいき、曲ごとにアクセントになるような印象的なフレーズが必ずと言っていいほど挟まれてくる。クレイロ自身の手腕がどの程度まで及んでいるのかは分からないがバックの演奏と素晴らしいソングライティングが見事に溶け合った本当に豊かなアルバムだと思います。
 
#2『Sexy to Someone』や#5『Thank You』や『Add Up My love』といったポップチューンも満遍なく配されていて、その辺も抜け目ない。ひとつ希望を言わせてもらうと、全編ウィスパーボイスは物足りないかなと。どこか一瞬でも感情を爆発させてほしいなというのは野暮な話でしょうか(笑)。