TV program:
Eテレ「落語ディーパー~火焔太鼓~」 2019.3.26放送 感想
古今亭志ん生特集の第2夜は「火焔太鼓」。落語には頼りない主(あるじ)としっかり者の女房というのは付き物で、この「火焔太鼓」もそんな噺。
ある日道具屋の甚兵衛が古い太鼓を仕入れてくる。またそんなものを買ってきてどうすんの、と女房の小言が始まる訳だが、丁稚の定吉が店先でそれにハタキをかけるふりをして叩いていると、表から侍が駆け込んでくる。偶然通りがかった殿様が太鼓の音色を聴いて、いたく気に入ったご様子だと。是非、屋敷に持参せよと言う。甚兵衛は喜ぶが、妻は半信半疑。しかし甚兵衛が屋敷に太鼓を持参すると、殿様はすぐに買いたいと申し出る。甚兵衛の手元には思わぬ大金が手に入り、めでたしめでたしというお噺。
この噺、古今亭のお家芸だそうで、他の流派はやってはいけないという暗黙の了解があるとのこと。どうしてかと言うと、先にも書いた通り、あらすじとしちゃ大した話じゃない。これを志ん生が工夫を重ねて面白おかしく創り上げたという経緯があるから、志ん生の次男である志ん朝いわく、これは「オヤジの噺」なんだと。よそでやってる奴がいたら、「誰だそいつは」ってんで志ん朝がたしなめたっていう逸話があるようで、古今亭にとっちゃ一門を代表する大事な噺だそうです。東出昌大が今日はいつになく緊張感がありますね、と変な空気を感じていたみたいですが、ま、そういう噺なんだそうです。
落語なんてのは割と柔軟というか自由が効く芸なんですが、中にはね、こういうドシッとした重しみたいなものがあるのも面白いところではあります。そういや大阪にも「地獄八景亡者戯」なんていう桂米朝が復活させた大ネタがありますが、これはどうなんですかね。やっぱし敷居は高いんでしょうか?
志ん生の「火焔太鼓」に戻りますが、この噺はほぼ夫婦の会話で成り立っています。それも丁々発止やり合うってんではなく、女房が一方的にやり込める。でも、これがいい感じの夫婦なんです。二人の間に目には見えない情がある。仲睦まじさがあるんですね。これはやっぱり志ん生の人間力なんだと思います。こういう会話をあの声でテンポよくやられると、ホントに気持ちいいです。
そうそう、今回気付いたんですが、志ん生はリズム感が抜群なんです。どうもゆったりとゴニャゴニャ喋ってるイメージですが、結構早口なんです。でもそんなに早くない。ちょうどいいスピードで夫婦の会話がテンポよく弾んでいく。ベタな言い方ですが、間がやっぱり独特なんです。このつかず離れず、粘り気がありそうでない、湿り気がありそうでない独特の頃合いが抜群ですよね。
志ん生の特徴として合間合間にくすぐりを入れてくる。笑いどころを入れてくる。立川吉笑はパンチラインという言い方をしていましたが、この言い方、いいですね。例えば女房は頼りない甚兵衛を「だからお前さんはあんにゃもんにゃなんだよ」と言う。「バカだねぇ」とは言わずに「あんにゃもんにゃ」と言う。これ、まさしくパンチラインですよね。
それをさらりと言うところがまたよくって、まぁこれは志ん生自身が普段からそういうことを言う人なんだろうということですが、演じてるってんではなく、実際長屋の住人が言うようなちょっとしたユーモアの感覚が志ん生に備わっている。そういうことなんだと思います。
昔の人はそういうユーモアがありましたよね。私ごとで恐縮ですが、うちの母親なんかも昔アイドル歌手が歌ってると「風呂で蚊が飛んでるような声」だなんて言ってましたね。あと、大阪難波駅にかつてあった「ロケット広場」を「ロボット広場」なんて言ってましたが、こうなると間違って言ってんだかワザとなんだがよく分かりません(笑)。
ところで、今回の志ん生スペシャルから司会者となった片山千恵子アナウンサーがいい質問をしていました。女性を演じる時はどうするかって話。古今亭菊之丞が答えます。日本舞踊を習ってりゃ女性っぽい所作は身に付きますが、基本は話し方なんだそうで、けれど声音は必要以上に変えちゃいけない。女でも子供でもそうですが、極端に声音を変えるのは「八人芸」と言って嫌がられるそうです。要するにそんなの芸じゃねぇってことでしょうか。
確かに、志ん生の「火焔太鼓」だって夫婦それぞれの声音を変えちゃいない。普通に志ん生の声なんですね。それなのにちゃんと甚兵衛とおかみさんにしか聞こえないんですから、この何気なさがすなわち芸、凄みなんだと思います。