Blood Moon/佐野元春 感想レビュー

『BLOOD MOON』(2015年)佐野元春

僕がこのアルバムを聴いて最初に思ったのは、バンド・サウンドだ。ついにコヨーテ・バンドのオリジナリティが開花したと思った。ハートランドとも違う、ホーボーキングとも違うコヨーテ・バンドならではのサウンド。今この時、2015年を生き抜くには強靭なグルーヴが必要だ。足元をすくわれぬよう、無意識のうちに導かれぬよう、自ら拠って立つ強靭なグルーヴが。

2007年の『コヨーテ』アルバムは‘荒地’がテーマだった。現代を荒地と捉え、その中でどうサバイブしてゆくか、ということが大きなテーマだった。佐野はこのアルバム・リリースにあたってのインタビューで「変容」という言葉を使っている。「変化=change」ではなく、「変容=transformation」。変化という生易しいものではなく、我々の住む世界そのものが形を変えてようとしていると。アルバム『コヨーテ』以来、バンドは原始的で重心の低いグルーヴを求めてきた。それは邪な風が吹いても優しい闇が訪れても、決して流されない為だったのか。そうして鍛え上げられてきたグルーヴに今回、いつもより硬質な言葉が乗せてられている。

それは政治的な言葉と言っていい。但し政治的と言っても特定の誰かを糾弾したり、批判したりというものではない。今ある世界にいる我々の生きてゆく様を大げさに言うでもなく、ありのまま物語ることだ。しかしそれはバンドと聴き手のイマジネーションへの揺るぎない信頼があって初めて可能になる。それさえあれば作家は思うままに言葉を乗せてゆくことができる。どう聞いても間違いようのない明確な言葉が躍動しているのはバンドに対する深い信頼と、当たり前のことではあるが良き聴き手がいて自分がいるという意識の表れだ。

今回のアルバムではいつになく、映像が鮮やかだ。全ての曲ではっきりと聴き手のイマジネーションに働きかけている。といっても実際の話という訳ではない。あくまでも架空の物語である。フィクションにどれだけリアリティを持ち込めるか。フィクションだからこそのリアリティ。これは優れたアートの大前提と言っていい。そしてフィクション故に様々な両義性が生まれる。

そう、このアルバムの特徴を一言で言うなら両義性だ。かつてないほどネガティブな言葉、硬質な言葉。そして象徴的なアルバム・ジャケット。しかしそのすべてが一方的に外に向けられたものではなく、こちらにも等しく返ってくるということ。ここにあるのはどちらかの立場で何かを述べたものではなく、どちらが正しいというものでもなく、今ある世界をあるがまま見ようとする態度である。#3『本当の彼女』での「彼女のこと 誰もわかっちゃいない」というのも、だからといってこちらが分かっているわけではないし、#4『バイ・ザ・シー』においても何もセレブな週末を描いているわけでもない。『優しい闇』での闇というのも外から迫りくるものという解釈がある一方で、自分の内に芽生えるものという解釈も見えてくる。#6『新世界の夜』や#9『誰かの神』などはもろに言葉がこちらに返ってくるし、#7『私の太陽』でも主人公は不公平な世界を「気にしない」と言うけれど、そことは無関係ではいられない自分を知っている。#10『キャビアとキャピタリズム』も市場原理主義の真っ只中にいる我々が「俺のキャビアとキャピタリズム」と叫ぶところに意味がある。

一見、外に向けたメッセージ色の濃いアルバムのように思える。しかしこのアルバムは自分以外の誰かや見えない何かを指さすものではない。「何も変わらない」、「気にしない」といった言葉の意味は?正義面して誰かを指弾することができるのか?今の自分の生活はどこに立脚しているのか?不公平な世の中の恩恵を受けているのは誰なのか?僕たちの生活は明日も保証されたものなのか?僕たちこそ糾弾されるかもしれない、坂を転げ落ちるかもしれない。そんないつどうなるとも限らない頼りない世の中で、僕たちはどう生きてゆけばいいのか、どう向き合ってゆけばいいのかということを投げかけてくる。だからこそこのアルバムは人々のイマジネーションに働きかけ、各々がはっきりと自分自身の物語として像を結ぶのである。

今はかつてないほど同時代性が重要だ。今この時代に何も言うことがない作家はどこにもいないだろう。これは今を生きるある作家からのメッセージだ。不特定多数へではなく、聴き手ひとりひとりへ。一方通行ではなく相互に作用しあうメッセージ。

但しそのメッセージは非常に言葉が強い。それを可能にしたのは間違いなくバンドだ。こうしたはっきりとした言葉が表に出過ぎてしまうと、きっとそれは聴くに堪えない。だがここにある言葉は浮つくこともなければ、逆に重すぎて沈み込んでしまうこともない。また殊更ネガティブになることもなければ、ポジティブになることもない。えぐい言葉が出てくる。だが聴き手を突き刺してくることはない。むしろこちらの態度に委ねられていると言っていい。ここで歌われている風景を見ているのは我々なのか。あるいは見られているのはこちら側なのか。バンドはただフラットな感情を呼び起こし、我々に踊ろうと言う。音楽というのは楽しむものだ。その本能に従っていけばいい。硬質な言葉が眉間にしわを寄せることなくダンスする。我々はビートに従ってゆくだけだ。ビートとは反抗。佐野は言う。「ロックンロール音楽はカウンターである」と。

 

1. 境界線
2. 紅い月
3. 本当の彼女
4. バイ・ザ・シー
5. 優しい闇
6. 新世界の夜
7. 私の太陽
8. いつかの君
9. 誰かの神
10. キャビアとキャピタリズム
11. 空港待合室
12. 東京スカイライン

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