Your Favorite Things / 柴田聡子 感想レビュー

邦楽レビュー:

『Your Favorite Things』(2024年)柴田聡子

 

僕は歌詞と一般的な詩は分けて考えるようにしている。あまり文字として書かれた詩を読む人はいないだろうから、そこまで気にしている人はいないと思うけど、歌詞というのは、あくまでもメロディやバンドの演奏、ボーカリストの声を前提にした言葉であって、音楽家が表現しようとする音楽の構成要素のひとつという見方もできる。

なので、本来であれば言葉数多くを要さないと表現仕切れないところも、声や演奏が代わりに表現してくれたり、あるいはネガティブな歌詞であっても音楽全体としてポジティブに響かせることだってできる。歌詞だけを抜き取って楽しむことも勿論できるけど、それはそういう楽しみ方もできるということであって、音楽家が本来表現しようとしているところから少し外れた、言ってみればスピンオフみたいなもんだ思う。

ただ柴田聡子という人は歌詞だけでも成立するように、それだけ抜き取って読んでもらってよいように、あらかじめそういうものとして言葉を選んでいっているような気がする。ていうか彼女はそれこそ音楽とは離れた文字だけの詩集も出しているし、そこでも勝負できる人。ただ、ということを踏まえても、音楽と同時に発せられた言葉の切れ味にはもう手も足も出ない。完全に言葉と音楽の関係に自覚的な人が、音楽無しの言葉でも勝負できるレベルの言葉を紡ぎ、その上で音楽としてこれ以上もないほど言葉を機能させている。僕はもう#6『Kizaki Lake』を聴いいて参ってしまった。

僕は前作から聴き始めた口ではあるけど、前作とはかなり印象が違う。多分今までもアルバム毎に作風を変えているのだと想像する。ていうか今作はウィスパーボイスやん。ていうことではあるんだけど、これは多分かなりやり切った感があるのではないか、ていうぐらいの傑作だと思います。ついでに言うと、共同プロデュースとしてあの岡田拓郎の名前がクレジットされているけれど、岡田色というのはあまりというか、ほぼ感じない。それぐらい柴田聡子として屹立している。

ぼちぼち銀河 / 柴田聡子 感想レビュー

邦楽レビュー:
 
『ぼちぼち銀河』(2022年)柴田聡子
 
 
日々のこまごまとしたことを日記のように綴りながら、日記とは対極のカラカラに乾いた感性が秀逸な#2『雑感』を聴いていると、ひとり言のようでいてその実、自分のことは一切書いていないのではないかと思ってしまう。とか言いつつ、「給料から年金が天引かれて心底腹が立つ」ているのは彼女なんだろうなぁと思わせる絶妙な距離感。いずれにしても彼女は描くものを対象化できているのだろう
 
つまり彼女は入れ込んだり、情緒に流れることはしなくて、物事を表現する時の態度をどうとるべきかという彼女なりのスタンスが明確で、「私」と「対象」とが寄りかかったままだと本当に大切なことは感情にくぐもってしまうということを敏感に回避しているのではないか。言葉としては「私」でありながら、「私」でもなさそうなこの絶妙な距離感はそういうこと。この時ぐらい情緒に流されてよさそうな聖夜の『サイレント・ホーリー・マッドネス・オールナイト』でさえそのスタンスは崩れない。
 
言いたいことがあると、その中身が自分では分かっているものだからつい大掴みにワッと、それこそ大袈裟に言ってしまいがちになるのだが、ここでも彼女は冷静で描くべき対象一つ一つをまるで神は細部に宿るとでも言うように丁寧に重ねていく。すなわちそれは真摯さの表れ。いずれにしても素晴らしいのはその対象がいちいち並列で、やっぱり入れ込んでいない。「一緒に住んでいる人」も「一瞬だけ月」もすべて体温は同じ。
 
究極は#8『夕日』でここで歌われている「大人子供おじいちゃんおばあちゃん孫」とか「酸素炭素水素窒素空虚」とか「猿の置物」とか「みゆき」とか「なおみ」とか「きょうこ」とか「あゆみ」とか「歯医者の窓」とか全てを並列に並べてしまえる彼女の才能は単純に凄い。
 
と振り切ったところから続く最後の#9『ぼちぼち銀河』、#10『24秒』、#11『n,d,n,n,n』で彼女の顔の輪郭がぼちぼち明確になってくるのは意図してのことかどうか。というところでなかなか本心を見せないところが彼女の魅力です。なんて言うと、いや全部出してるよ、とうそぶきそうだなこの人はなどと思っている僕は見事に柴田聡子沼にハマっている。
 
最後になったが細部まで行き届いたリリックを丁寧になぞるようにこちらも真摯な態度のサウンドが最高。静かなところで聴きませう。