オンしたりオフしたり

ポエトリー:

「オンしたりオフしたり」

 

無限に起きることがない代わりに
スイッチをオンしたりオフできる乗り物があったら
ぼくは一生をかけてきみにたどり着けるだろう
磨いたらきらっと格段に光る乗り物
やればできる子
そんな魔法のスイッチを
自在にオンしたりオフしたりする回路を手に入れて
目指すは人工の池、花と緑の大地の

ささくれ立った根性その他、
良からぬものをジェット噴射し
ぐんぐん進むことにして
もうじきコントラストが
赤やら黒やらのコントラストがきみに向かうのを知る

知っているから
とりいそぎ大事な荷物をひとまとめにして
昨と日のあいだはふれないように
明と日のあいだはさわれないように
そりゃあめいっぱい気をつけて
ぼくは一生をかけて大事なきみに会いにいく
無限に起きることがない代わりに
することがめいっぱいある
今は今と日のゆらぎの中にいて
スイッチはオンしたりオフしたり

 

2023年10月

なんて特別なことだ

ポエトリー:

「なんて特別なことだ」

 

なんて特別なことだ
今夜きみに羽が生えだしてきて
今にも飛べそうだ
これだから人生はやめられない

まだ見ぬ風景があるのだと
しかしそれさえ人から見れば控えめなこと
難しがることなんてなく
なんならもう空中

たとえば
人から見れば星くず
もしくは砂粒
それでもかまわない


コップ一杯の水を飲んで身支度
なにかいつもと違う気がして
今夜にも羽が生えだしてきそうだ

 

2023年10月

溶けてなくなる前に

ポエトリー:

「溶けてなくなる前に」

きみはわたしの声を秒単位で欲しがる
溶けてなくなる前に
早く次のを放り込んでおくれ
でないと声を失うと

そんなにも欲しがるならば
なぜあのとき
日が陰るあのとき
待ち合わせの場所にきみは来なかったのか

冷たい夕に
わたしはひとり凍えていたのだ
きみが
秒単位で欲しがるのと同じに

わたしも
ちいさなひとりの人間だということを
知ってか知らずか
あいも変わらずきみは秒単位で欲しがる

溶けてなくなるのはなにも
きみばかりじゃないというのに

 

2023年10月

あなたといるだけで

ポエトリー:

『あなたといるだけで』

 

あなたといるだけで心が張り裂ける
あなたといるだけで胸が熱くなる

あなたがいるだけで時が動き出す
あなたがいるだけで心が満たされる

あなたといる時は落ち着いていられる
あなたといる時は穏やかでいられる

あなたは今何処にいる
あなたは今何をしている
あなたは今幸せなの
私があなたを幸せにしてあげる

そんな風に思われる事が
たとえ一瞬でもあったのかな
そんな風に慕われる事が
ほんの一度くらいはあったのかな
そんな風に人知れず過ごす日々があったのかな

 

2017年5月

法事

ポエトリー:

「法事」

 

堅苦しいとこじゃないし普段着のままでいいから
もよりの駅からの手書きの地図をわたされ
親戚の法事に行きました
父の代わりに

電車をふたつ乗り継いだ先
真下に川が流れるマンションの
玄関を開け放した一室
よく来てくれたと大仰にむかえられ
案内されるままに座りました
僕以外は喪服でした

お経が終わり
おじゅっさんが帰った後の
スーパーで買ってきたという海鮮巻きのパック
これはとても美味しいからと
特にすすめられた若い僕は
言われるがままパクパクと食べた

変な時間に腹をふくらませた僕は
世帯主の満足げな表情に見送られ
真下に川が流れるマンションを後にした

なにをしに来たのかよくわからないまま
父の代わりに手を合わせてきた僕は
もうすぐ二十歳
それにしても大人の世界は
なんだかよくわからないことだ

 

2023年7月

子ども時代

ポエトリー:

「子ども時代」

 

僕たちは塞ぎ込むことをよしとせず
少しくらいの荒地などお構いなしに
学び、戯れ、声を吐き、
少しくらいの擦り傷などお構いなしに
真っ暗闇になるまで遊び呆けた
残り僅かな子ども時代を使い尽くすことが
唯一の仕事でもあるかのように

 

2023年2月

水色の分母の上に緑色を乗せて

ポエトリー:

「水色の分母の上に緑色を乗せて」

 

クソ暑い真夏の朝でさえさわやかに
すいすいとすべる自然の動力をそなえ
普通にいいひとを紹介するノリ
まるで意味がわからない

水色の分母に緑色を乗せたみたい
特に集中力なんていらないみたいにすいすいと
だからその普通にいいひとを紹介するノリ
マジで意味がわからない

水面をすべる木の葉のように
くるっと回ってあんたそのうち
派手に事故っても知らないからね

 

2023年5月

レビュアー

ポエトリー:

「レビュアー」

 

カメラが向こう側をむいたから
関係ないことを言うことにする
レビュアーはあること無いこと言いつらね
早くも帰り支度

お前さんが額に入れたのは正解さ
早くも値が下がり始めているがね
結果的にさまよう方を採る
それが我らの性分さ

前面にしつらえられたカメラは反転し
否応なくテキストを映しだす
お前とは面と向かって話をしたくない
そこにはそんなことが書かれてあった

 

2023年3月

珍しいもの見るようにジロジロと

ポエトリー:

「珍しいもの見るようにジロジロと」

 

冷たい顔がそばに来たから目覚めるの
新しいことしなくちゃってあおるくせに
珍しいものを見るように
ひとの生態ジロジロと

迂闊に思ったこと言えやしないから
わたしは黙って離れる
いみじくも声の隙間に入り込む空気の層
うさんくさくて聞けやしない

心配そうに
見捨てたりしないって言ったって
わたしは一言も見捨てたりしないでって言ってない

冷たい顔でそばに寄られるぐらいなら
珍しいままでよいのだと
眉間に皺を寄せ
誰も近寄るな

かまうことなかれ
今のわたしは誰もいらない

 

2023年6月

野末

ポエトリー:

「野末」

 

朝方に見た君の声が
夕方、野末の向こうに落ちていた
君がここを通ったわけでもなかろうに 

そうやって
人知れず魂は
消費され
舞い上がり
すり抜ける 
 
人が
言の葉と言ったり
言霊と言ったりするのは
そのせいか 
 
かつて流した涙が
崖の隙間からチョロチョロと流れて出していました
何かの役には立ってると
周りの草木が濡れていた 
 
野末の向こうに落ちていた君の声にもやがて
いや今すぐにでも
同じことが起きていると感ずることができるのは
きっとどこもかしこも
柔い記憶に包まれているから 
 
所在など
どうでもいい
結局のところ
わたしたちはいつになく
わかちあうのだから
 
 
2023年3月