I Don’t Live Here Anymore / The War On Drugs 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『I Don’t Live Here Anymore』(2021)The War On Drugs
(アイ・ドント・リブ・ヒア・エニモア/ザ・ウォー・オン・ドラッグス)
 
 
ウォー・オン・ドラッグスの場合、いつもブルース・スプリングスティーンが引き合いに出されるが、本当にそうだろうか。ウォー・オン・ドラッグスにはサックスもオルガンもないし、なによりあの派手でエネルギッシュなボーカルはない。それでもやっぱ似ていなくもない。と考えていると、あぁそうだ、90年代のスプリングスティーンがEストリート・バンドから離れた『Lucky Town』や『Human Touch』の時期、あの頃の雰囲気はあるかもしれないと。でもそれってブルース唯一の低迷期や~ん。
 
ま、でもそうではなくて僕のイメージではオルタナ・カントリー、ウィルコの並びですね。ただウィルコほどの洗練さはなく、もっと土臭い、ハートランド・ロックなんて言われていますが、でもその分野で考えても、ウォー・オン・ドラッグスはちょっと違いますね。サウンド的にはエレクトリカルな部分もあったりかなり新しいことをしているのだとは思いますし、あぁそうだ、やっぱ彼らは土臭い田舎が嫌で都会でなくともいいからとにかく別のところへ行きたい感はあるかも。ってことで僕がわりかし彼らを好きなのは同じく閉鎖的な地元から早く抜け出したかった自分と合致するのだなと、あぁ、ここにきて合点がいった。
 
しかもこのアルバムでは更に聴きやすくなっている。気づいたら、親密なバンド感もあるし、2020年代的なポスト・ロックとしても側面もあって、かなり守備範囲の広いアルバム。なんてったってメロディがいいし。あとはもうクセがなさそうでクセがあるボーカルに好き嫌いが分かれるぐらいだろう。なんだそれ、ダッド・ロックじゃんって思わせながら、そういうのとは対極にある実はめっちゃ新しいロックじゃないかこれは。ビリー・アイリッシュやオリヴィア・ロドリゴと並べて聴いても違和感なし!

2021年 洋楽ベスト・アルバム

「2021年 洋楽ベスト・アルバム」
 
 
2020年がコロナに萎縮した年だったとすれば、2021年は様子見をしながら少しずつ動き始めた1年ということになるだろう。とはいえ、今年も海外からミュージシャンを呼ぶことは出来ず、洋楽ライブはほぼ無し。この状況に慣れたと言えばそうかもしれないが、それはそれで内向き思考が促進されるようで、やはり僕としては生きる上で「外に出る」気持ちは保ち続けたい。2022年は洋楽ライブが復活するのだろうか。
 
今年は国内のミュージシャンを聴こうキャンペーンを個人的に発動していたのだが、終わってみればたった5枚のみ。ただ、僕が20代の頃に聴いていたくるりやグレイプバインが今もめちゃくちゃカッコいいというのを知れたし、羊文学という新しい才能を知れたので、このプチキャンペーンも意味はあったのかもしれない。2022年も意識的に国内ミュージシャンを聴こう。
 
洋楽の方に目を向ければ、今年は初めて聴く人たちが多い年だった。つまり新しい才能が沢山いたということだが、中でもロックが多種多様で楽しかった。所謂UKサウス・ロンドンもそうだが、2021年はやはりマネスキン。最初はパロディかと思わせつつもアークティックっぽさもあれば高速ラップもふんだんに、完全に今の時代にこそ現れた新種のような輝き。外見はハデハデだが中身は柱なみの揺るぎなさで、まるで宇随天元のようだなと思いつつ、2022年は生マネスキンを体験したい。
 
さて2021年の個人的ベスト・アルバムはどうしようかなと、僕がアルバムを聴くたびに付けていた点数を振り返ってみると、10点満点はテイラーさんの『Evermore』(2020年末だったので2021年としてカウント)、くるり『天才の愛』、ウルフ・アリス『BlueWeekend』、リトル・シムズ『Sometimes I Might Be Introvert』、折坂悠太『心理』の5枚。ていうか5枚もある。ただ今振り返ってみると、ウルフ・アリス、折坂悠太、リトル・シムズがベスト3か。ていうかこの3枚から一つは選べねぇ。。。
 
というわけにもいかないので無理くり選択。1か月後には気持ちが変わっているかもしれないが、とりあえず個人的2021年のベスト・アルバムはこれでいきます。脳内評議会の結果は、、、
 
 ドゥルルルルル。。。。。、ドンッ!はいっ、ウルフ・アリスさんの『Blue Weekend』です!
 そして特別賞として折坂悠太さんの『心理』。
 ベスト・トラックはリトル・シムズさんの『Little Q, Pt. 2』になりました~。
 
ちゅうか、3枚とも選んでるや~ん!
 
ま、それぐらい甲乙つけがたいということで。ただウルフ・アリスは初期のピークとして、勿論これからキャリアを重ねる中でまた別のピークは迎えるとは思うのですが、20代でのこのピークを記録しておきたいと、この作品はそういう気持ちにさせる特別感があったと思います。あと折坂悠太はまだ底が知れないというか、まだまだピークは先にあるんじゃないかという気はしている。でまぁリトル・シムズはサウンド、ラップ、リリック、どれをとっても最高なんですが、やっぱ2021年はロックを選びたいなと。ま、そういうことで完全に今の気分で選びました。
 
中国で発生したウィルスがその後の1年をあんな風にするとは思ってもみなかったし、今の状況も去年の今頃からは想像できていない。オミクロンなどというアメコミに出てきそうなキャラクターの名前も1年後にはどう響いているのか全くもって分からない。相変わらずマッチョな価値観に引きずられがちな世の中ではあるが、やりたいこと、やりたくたいことにしっかり線引きし、図らずもコロナ禍で顧みられることになった個をこれからも大切に出来ればよい。窮屈な世界はまだまだ続くが、私はいいですと少しは開き直って言える世の中になってきたのかもしれない。
 
とは言いつつ、アートに対してはこれまで以上にオープンに。Life is short 、人に構わず好きなことに邁進していければ。逆に言えば、それが異なる視点を持った他者との交流に繋がるのだから。

Sometimes I Might Be Introvert / Little Simz 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Sometimes I Might Be Introvert』(2021)Little Simz
(サムタイムズ・アイ・マイト・ビー・イントロヴァート/リトル・シムズ)
 
 
このアルバムで度肝を抜かれた一人です。同じくInfloが手掛けたSAULT名義の幾つかのアルバムでその洗礼は受けていたはずなのに。つまりはリトル・シムズなる英国の若いラッパーにもやられたということ。ロック聴きの僕がラップをうなされる程に聴き続けたのはチャンス・ザ・ラッパー以来。よい音楽にラップもロックもないということだが、このキャッチーなラップには誰だってやられるでしょ。ってキャッチーなラップって何?
 
つまりリトル・シムズの織りなすフローには俺はこんなに偉いんだとか俺はこんなにデカいんだといった俺様自慢はなく、ただ淡々と私の物語を私小説のように、時には絵本のように読み聞かすのみ。まぁ絵本にしては大変な人生だけど、この絵本のようにが凄く大切で、そこには淡い色があって時にはどぎつい色があって、そうやって自分の側に引き寄せられるからこそ私のようなサラリーマンでも絵を感じられるのです。#5『I Love You, I Hate You』を聴くとあなたも映像が浮かぶはず。
 
とかなんとか言ってそれっぽく書いているが、#6『Little Q, Pt. 2』や#13『Protect My Energy』といった華やかなポップさにやられたのが事実。饒舌高速ラップにサビはキャッチーなメロディー、でもってオシャレなサウンド、っていうウケる要素は今までにも沢山あったろうけど、そこを狙ってやったのとやってるうちに壮大にこうなってしまったとでは大きく異なる。加えて、リトル・シムズとInfloは幼馴染という背景もあってか完璧なコラボ。どこまで登るんだいというぐらい登ってます。
 
全19曲。頭から順に聴いてたどりつく#18『How Did You Get Here』は感動的。ここでリトル・シムズが語るこれまで努力は、今現在、何かに向けて一心不乱に取り組んでいる人たちへの大いなる勇気となるだろう。それを受けての最終曲、誤解から逃れることの出来ない様を描く#19『Miss Understood』もまた心を打つ。

Valentine / Snail Mail 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Valentine』(2021)Snail Mail
(バレンタイン/スネイル・メイル)
 
 
自分で曲を書いておきながら、私の言いたいことはこんな事じゃないとでもいうような不満感を感じさせるのはロック以外の何ものでもない。シンプルな編成のギター女子として登場したけれど、2ndとなる今作ではそのエンジンにシンセという新しい加速装置が取り付けられその飛距離はグンと伸びた。初っ端の#1『Valentine』のコーラスで爆発する様はいきなりカッコいいぞ。おもいっきりロケットで飛ばされたぐらいの宇宙感はある。
 
スネイル・メイルというのは芸名で直訳すると ‘カタツムリ便’ 。カタツムリがギターとシンセの融合音でドカンと発射されるのも凄い絵だなと思いつつ、考えてみればすげぇカッコいい名前。ぱっと見、長澤まさみ似の美人のくせにコンプレックスだらけみたいな立ち居振る舞いで、うじうじして最後にゃグワーッとなってしまう(←まったくの想像です)彼女にはピッタリの名。うまいこと付けたもんだ。便と言うからにゃやっぱ届けたいんだな。
 
それにしてもビリー・アイリッシュといいスネイル・メイルといい、最近の若い娘はシンプルで優しいメロディーを書きやがる。#4『Light Blue』と#5『Forever(Sailing)』の低い地声のファルセットがかすれる高音部のなんと美しいこと。どうかこのままショービズの世界で潰されずにすくすくと育ってほしい。しかしまぁ、自分をふった相手の名前をアルバム・タイトルにするなんて、すげぇ業だな。。。
 

Sad Happy / Circa Waves 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Sad Happy』(2020年)Circa Waves
(サッド・ハッピー/サーカ・ウェーヴス)
 
 
近頃はスポティファイで聴くことが多くなったのだけど、これのいいところは自分の好みのバンドの新作が出たら、すぐに知らせてくれるところ。マイナーな人たちだと新作リリースの情報は自分から探さないと入ってこないから、この機能はすごくいい。てことでサーカ・ウェーヴスの新作です。
 
サーカ・ウェーブスは過去3作がどれも全英10位前後だからマイナーとは言えないのだけど、非常に中途半端なポジションにいることは間違いなく、彼らの特徴といえば2015年のデビューから5年でアルバム4枚と今時珍しいハイペースで新作を作り続けることぐらい(と言ったら怒られるか)。とは言えそんなペースで作りつつ、今作は自己最高位の全英4位!だそうだ。
 
爽やかなギター・ロックで登場した彼らだけどデビューしたのが20代後半と遅かったせいか、今一つ迫力に欠ける感は否めない。もう少し若けりゃ、かめへんわい、行ったらんかい!的な思い切りの良さも出てくるのだろうけど、曲は抜群にいい割には頭一つ抜け切らないもどかしい存在ではある。ていうか一番もどかしいのは本人たちだろうな、とこちらにそう思わせるサウンドの迷ってる感が半端ない。
 
という中でリリースされた本作。全英4位ということもあって底上げはされとります。されとりますというか、めちゃくちゃ曲ええやん!ということで冒頭の#1『Jacqueline』から4曲目の『Wasted On You』まで息もつかせぬポップ・チューンが並びます。4者4様、これでもかというキャッチーさで普通の人なら間違いなくギュッと掴まれるやろというスタートダッシュぶり。特に#3『Move to San Francisco』はめちゃくちゃキャッチー。しかしまぁえらい手の広げようですな。
 
アルバム中盤には#9『Wake Up Call』という曲があってこれなんかはフェニックス丸出しのシンセ・ポップ。ここまで幅を広げられるというのは凄いっちゃ凄いですけど、サーカ・ウェーヴスと言えばのギターじゃかじゃかじゃないのという聴く側のとまどい感というか、これはどう聴けばいいんだと。
 
これまでの3作は外部のプロデューサーを招いていたのに対し、今作はソングライターでありフロントマンのキエランによるセルフ・プロデュース。彼らの意気込みぶりが伺えるし、ここまであれっぽさやこれっぽさを出せるのは大したものだと思うけど、サーカ・ウェーヴスとしての記名性はどこ行ったんじゃい!という懸念が行きつ戻りつ。曲はいいんだけど、あぁやっぱもどかしい!
 
色んな事やるのは今のトレンドだし、The 1975 にしたってウルフ・アリスにしたってジャンル的にはあちこち飛びまくってるんだけど、全体としては誰がどう聴いたってThe 1975 だしウルフ・アリス。サーカ・ウェーヴスもやってることも変わらないのかもしれないが、その辺りの根本となるキャラが弱いのは否めないかな。誰がどう聴いたってサーカ・ウェーヴスじゃい!という確固たる記名性が欲しい。

How Long Do You Think It’s Gonna Last ? / Big Red Machine 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『How Long Do You Think It’s Gonna Last ?』(2021年)Big Red Machine
(ハウ・ロング・ドゥ・ユー・シンク・イッツ・ゴナ・ラスト?/ビッグ・レッド・マシーン)
 
 
ザ・ナショナルのアーロン・デスナーとボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンによるコラボレーション第2弾。ビッグ・レッド・マシーンというとこちらも最新型のサウンドを期待してしまうのだが、その点で言えば少し肩透かし。
 
ただこのコラボの元々の始まりはアーティスト同士が自由に出入りできるオープン・コミュニティという趣旨だったと思うので、この2ndアルバムの方が本来の形なのかもしれない。てことでゲストも盛んにフィーチャリング・ボーカルも増え、随分とバラエティー豊かな。しかもアーロンさん、今回はご自身で初めて歌っています。なのでアーロン・デスナーとジャスティン・ヴァーノンが主催する音楽祭に招かれたという感じかな。
 
ただ肝心の曲がどうなのかねぇというのは正直ある。コロナ禍になってからというものの、アーロン・デスナーはテイラー・スウィフトとの2枚のアルバムもあって曲を作りどおし!いくら天才といえど2年ばかしの間にそんな名曲ばかり生まれないだろうというのが素直な感想。このアルバムにしても計15曲の64分!もう少し厳選してもよかったんじゃないかなと。。。テイラーさんのアルバムも曲数多かったもんな。
 
そのテイラー・スウィフトをボーカルに迎えた#5『Renegade』。なんかテイラーさんとアーロンの共作アルバム『evermore』に収録された『Long Story Short』に雰囲気近いぞ!ていうか『Long Story Short]』の方がカッコいい! と、そういう中で#5『Renegade』がこのアルバムでは際立ってしまうというのがね、ちょっと微妙な気持ちにはなります。
 
今回は沢山のボーカルを迎えているものの基本はジャスティン・ヴァーノン。ボン・イヴェールを僕は狂気の音楽と思っているので、彼のボーカル曲にはそのいたたまれなさを求めてしまう。ただ今回は仲間と共に作り上げていくというところでの創作になるので、そこのところは薄まったかなとは思います。その点で言えば、ラッパーのナイームとの共作#9『Easy to Sabotage』は一緒に狂ってる感じがして面白いです。
 
ちょっとネガティブな意見を書いてしまいましたが、単純にこちらの耳の鮮度が落ちてしまったのかなという気はします。やっぱりアーロンとテイラー・スウィフトの出会いは互いに新しい音楽への目覚めをもたらしたしあれは現時点でのクリエイティビティなピークとも言えるわけで、あっちが光輝いている間はこっちはやや曇った印象になるのは致し方ないかなと。
 
ただ始めて聴いたときのなんじゃこれ感は減退したものの、良い作品であることには変わりなし。アーロン・デスナーのサウンドとジャスティン・ヴァーノンの声とよく分からないリリック(笑)、が基本的に僕は大好物ですから、なんだかんだ言ってこれからも聴くでしょう。ていうかバラエティーに富んでいるので聴きやすさで言ったら、ビッグ・レッド・マシーンは1stよりこっちかもしれない。
 
アーロン&ジャスティン色が薄いのに物足りなさを感じつつもも、これこそが彼らが求める本来の形と思えば納得感はある。これは彼らの主催する自由な音楽祭なのだから。

Collapsed In Sunbeams / Arlo Parks 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
 
Collapsed In Sunbeams (2021年) Arlo Parks
(コラプスド・イン・サンビームス/アーロ・パークス)
 
 
 
デビュー作ながら2021年のマーキュリー・プライズに輝いた本作。マーキュリー・プライズというのは英国のグラミー賞ですね。グラミー賞は芸能界的なとこがありますが、マーキュリー・プライズは純粋に音楽のみで評価するというイメージがあります。ノミネート作を見ても断然こっちの方がカッコいいですね。そういうメンツの中で受賞したアーロ・パークス。そんな凄い賞獲るような人には見えない、なんか愛嬌があってとても親近感ある人ですね。
 
このアルバムは出た時からずっと評判が良くって、僕も時折聴いていたんですけど、実はあまりピンとこなかった。というのもサウンド的なインパクトはあんまりないんですね。勿論、聴く人が聴けばその凄さは分かるんでしょうけど、僕にはそこまで分からない。ただ曲はいいし、全体的に優しい雰囲気で聴き心地がよいので仕事帰りの電車なんかでよく聴いていたんです。
 
そんな中、歌詞がすごくいいというのを知ってですね、YOUTUBEには親切にもMVに和訳つけてくれてる人も結構いるので、そういうのを何曲か聴いてみました。彼女はビリー・アイリッシュと一緒で割と私生活を歌詞に変換して歌っているんですけど、あんまりそんな感じはしない。要するに私は私は、ではなく聴き手が入っていける隙がいっぱいあるんです。
 
その理由として彼女は名詞を上手に使うというのが挙げられると思います。「アーティチョークをスライスする」とか「ターコイズのリング」といった表現が何気に出てくる。更には「トム・ヨークを引用する」とか「一人でツインピークスを見ている」といった具合に固有名詞もいっぱい使っている。つまり聴き手に具体的な情景を喚起させるんですね。ポップ・ソングというのは喜怒哀楽といった感情で歌詞をリードしていくというものが非常に多いですけど、アーロ・パークスはそうじゃなく、自分の過去の出来事であってもそれをスケッチして歌に載せていく。この年齢でそんなことできるのって凄いと思います。
 
彼女は元々、詩が好きでオードリー・ロードやシルヴィア・プラスなどを愛読していたとインタビューで語っています。なので詩を作ることが先行してあったんですね。そういう影響がソングライティングにも出ているのかもしれません
 
あと電車で流し聴きではなく家でちゃんと聞いていると、サウンドの良さが私にも分かってくるようになりました。時折いい具合でギター・リフやオルガンなんかが薄っすらと聴こえてくるんですけど、この薄っすらがいいんですね。電車じゃ聴こえないですけど(笑)。基本はバンドなんですかね。今時はプログラミングと生演奏の区別はつかないので、よく分かりませんが全体的にアナログなこんもりとしたイメージではありますね。
 
あと#10『Eugene』なんかはレディオヘッドですよ。こういうロック的なサウンドもあれば、私はちょっと疎いですがネオ・ソウル、R&Bであったりもすると。なので、あ、私これ好き、って言ってもらえる間口が広いんですね。私がレディオヘッドっぽさに食いついたように色んな人にアプローチしてもらえるのも彼女の強みかなと思います。
 
彼女は同性愛を公言していて、#7『Green Eyes』は自身の体験に基づく歌なんですけど、「公然とは手は繋げなかったわ」みたいな歌詞が出てくるんですね。最近はLGBTQのニュースもよくやってるし、特にヨーロッパは全体として理解が進んだ国というイメージがあるけど、実際には高校生が大っぴらに同性同士で手をつなげるような状況ではないんだということ。そういう実際のところが歌を通して分かるというのもポップ・ソングの良さですね。

映画『オアシス:ネブワース 1996』(2021年)感想レビュー

フィルム・レビュー:
 
『オアシス:ネブワース 1996』 (2021年)
 
 
劇中で「リアムはこの時が声もルックスもピークだ」なんて言っている人がいましてですね、いやいやデビュー当時もカッコエエし、なんなら今の大人な渋さもエエやんって心の中で思いまして。で、映画を観終わって帰る道すがら当然のごとくYOUTUBEだなんだと色々見返していたんですけど、やっぱり思ったんですねぇ、「ネブワースのリアムが一番カッコエエやん!!」と(笑)。
 
そりゃデビュー当時は『Live Forever』の裏声だって自分で歌ってたし、アラフィフの今は今で渋くって好きなんですけど、あの大声と爆発力はやっぱネブワースの頃だなと。しかも映画観てるとタバコ吸いながら歌ってるシーンもあって、それであの声ですからやっぱこの人すげえなと。ま、この不摂生のせいでこの後は声がダメになっちゃうんですけどね(笑)。それにしても『Slide Away』のラスサビ後のコーラスをリアムががなり立てるとこはめちゃくちゃカッコエエ!!
 
オアシスが解散して十数年経ちますけど、過去に一度でも彼らの音楽に夢中になったことがある人なら、この映画はきっと気に入ると思います。僕もちょっと忘れかけてたんですけどね、この映画を観て思い出しました、リアム、すげぇって。ネブワース公演自体は何年も前からYOUTUBEで見れるんですけど、多分もう皆忘れてしまってると思うんですね。そこへこうやって改めて映画館で観るとですね、『Don’t look Back in Anger』と『Wonderwall』を同じ週に書いて『The Masterplan』をB面にするソングライティングの化け物ノエルと、天性のフロント・マンであるリアムがいるあのとんでもなかったオアシスの特別感というのがまたよみがえってくる感じはありますね。
 
映画は、僕はてっきりフィルム・コンサートみたいな感じかなと思ってたんです。でも全然違って、ネブワース・ライブに参加した当時の若者、25年経ってますから今はもういい年をしていますけど、彼彼女らの証言で進んでいきます。彼彼女らがどういう思いであの日に臨んだのかっていうところに焦点を当ててですね、何しろイギリス国民の2%がチケット争奪をしたっていうぐらいですから、そのチケットをどうやってゲットするかというところから始まって、片田舎のネブワースに到着するまでの姿を、それだけじゃなくラジオ中継もあったので参加できなかった子たちがラジカセの前で準備する様子とかもね、当時の映像なんかも交えながら進んでいきます。
 
これがすごくよかったです。こういう映画にありがちな業界関係者の証言とかじゃなく、ファンの声ですよね、それがいかに彼彼女らにとってオアシスがどういう存在であったというのをちゃんと伝えてくれるんです。今じゃもう彼彼女たちは中年ですよね。ここまで色々ありながらも何とかサバイブしてきた。その人生半ばを過ぎた今、過去を振り返ったときに何があったかというとね、人に自慢できるものはなかったかもしれないけれど、あのオアシスとの日々があったという事実。実際栄光を掴んだのはオアシスであってファンの子たちではないんですけど、俺たちも栄光を掴んだ、あの時の俺たちは輝いていた、そんな風に思わせる力がやっぱりオアシスにはあった、その象徴としてネブワースはあったんだなというのがヒシヒシと伝わってきて、これはちょっと感動的でもあるんです。
 
今はコロナですからライブにも行けなくて、僕自身もこれまでにチケットを買ったものの行けなかったライブが4つあります。エンターテインメントは不要不急呼ばわりされて、それも仕方ないとは思うんですけど、音楽が必要なんだという人は世界中に沢山いて、実際に誰かの人生に寄与してきた、そういう事実をこのコロナ禍にあって図らずもこの映画は示してくれた、そんな気もします。
 
あとさっき当時のイギリス国民の2%云々って話をしましたけど、映画を観る限りは白人の若者ばかりなんですよね。たま~に黒人とかアジア系とかいますけど、ほぼ白人。イギリスはパキスタン移民も多いはずなんですけど、ネブワース公演の映像を観る限りはほとんどが白人の男女。だからどうなんだということではないんですけど、2021年の今ではそういう目でも見てしまうとこあるなとは思います。当時の白人じゃない若者はどうだったのかなぁって。
 
映画は2週間ほどで公開を終了するみたいですから、今更オアシスっつってもな~って迷っている人がいたら、ちょっと時間に余裕があれば、観に行ってもらいたいなと、得るものはあるんじゃないかなとは思います。
 
私はなんか今の勢いじゃ、もうすぐリリースされるネブワースのCDを買ってしまいそうです(笑)。映画を観た後だと、オリジナルのスタジオ録音バージョンは物足りないんだよなぁ(笑)。

Our Extended Play / Beabadoobee 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
EP『Our Extended Play』(2021年)Beabadoobee 
(アウアー・エクステンデッド・プレイ/ビーバドゥービー)
 
 
2020年のデビュー・アルバムに続くEP盤。4曲のみではあるが聴きごたえ十分、というかこのぐらいが丁度よいぞ。
 
というのもこのEPは The 1975 のブレーンであるマット・ヒーリーとジョージ・ダニエルがプロデューサーとして関わっていて、ビーバドゥービーとスタジオに籠って集中的に制作したらしいのですが、どうしても The 1975 っぽさは避けられないと。多分このままフル・アルバムってことになってしまうといったい誰のアルバムか分からなくなってしまうんじゃないかというところもあって、ちょっとした合間の出来事としてはこのぐらいがよいのかもと思った次第です。
 
と言ってもビーバドゥービーの気だるいくせに言うことを聞かなさそうな声の魅力は存分に発揮されているし、彼女の作品の中にポップ寄りのこういうのが混じっていてもよいのかなとは思います。ま、ギター女子感は横に置いときまして、次のアルバムでは1st以上にガシャガシャ言わしてもらいましょう。
 
The 1975 としてはこのところシリアスな作品が続いていたけど、こういう初期によくあったポップ・ソングを今でも書こうと思えば書けるんですね。本人たちはもうこういうのやらないのか。ていうかこっちがそれじゃ物足りない?なんにしてもビーバドゥービーのファンには The 1975 を気に入ってもらえるだろうし、The 1975 のファンにはビーバドゥービーを気に入ってもらえるような気はする。
 
しかしまぁ4曲というのはちょうどいい。わたしゃ割と真面目にアルバムは頭から最後までちゃんと聴かなきゃと思うたちなんですが、4曲だとちょっとした時間に気軽に聴けてよいですな。

Pressure Machine / The Killers 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Pressure Machine』(2021年)The Killers
(プレッシャー・マシーン/ザ・キラーズ)
 
 
2年連続で新作が届いた。コロナ禍で単に時間があったということもあるだろうけど、そんなことよりも曲が出来て仕方がないという方が本当のような気もする。デビューして20年、今はとても良い状態なのだと思います。なんにしても好きなバンドの新作が2年続けて聴けるのは嬉しいことです。
 
ブランドン・フラワーズがブルース・スプリングスティーンの大ファンだというのは有名なところ。今までもスプリングスティーン的な世界を時折覗かせてはいたけど、今回はそちらへ思い切り振りきったアルバムです。と言ってもそれはサウンド的な、Eストリート・バンド的なということではなく、歌詞の方ですね。
 
てことで歌詞が圧倒的に素晴らしい。元々、ストーリー・テリングを用いた歌詞はブランドンの真骨頂でしたが、アメリカン・ドリームからは遠い人々の存在をこれだけはっきりと浮かべ上がらせる歌詞は驚き。2曲目に『Quiet Town』という曲がありますが、そんな静かな町で起きる小さな物語。人生に訪れるちょっとした闇に引き込まれてしまった人々、或いは引き込まれそうな人々を丁寧に描いています。ブランドンさん、こんな深い内容の話を書けるんですね。ちょっと見直しました。ちなみに『Quiet Town』はスプリングスティーンというより、ジョン・メレンキャンプっぽいかな。
 
スプリングスティーンに『ウェスタン・スターズ』(2019年)というアルバムがあって、それは自身の年齢と照らし合わせるように晩年を迎えた市井の人々の姿を捉えたものなんですけど、この『プレッシャー・マシーン』はそのキラーズ版というか、ブランドンもそろそろ不惑を迎えて色々思うところはあるのかもしれないですね。ていうかアラフィフの私にも身のつまされる内容ですな、こりゃ。
 
あと大事なのはスプリングスティーンにしてもブランドンにしても無理に風呂敷を広げないというか、世の中多様性云々で今的に言えばジェンダーとか人種とかそういうところへ目配せした方が受けるのかもしれないけど、そういう視点ではなく自分の身の回りで起きていることを丹念に描いているというところに誠実さを感じますね。
 
歌詞に対する言及ばかりになってますけど、メロディも凄くいいです今回。自身のストーリー・テリングに導かれたのかどうか分かりませんが、詩の内容に沿った自然で美しいメロディ。確かに詩は素晴らしいですけど、そこにメロディーが加わることで景色がより立体的になりますね。ブランドン、凄い才能持った方なんだなぁと改めて思いました。そこに鳴るギターがまたいいんだ。
 
2年連続と言っても今回は少し毛色が違う。ていうかこれまでのキラーズにはなかった作品。ただ、こういうことが出来るのも前作『インプロディング・ザ・ミラージュ』(2020年)でのこれぞキラーズといった成果があってこそ。次のアルバムももう進行中だとか。今の彼らは第二期のクリエイティブなピークにあるのかもしれないな。
 
追記:ほとんどの曲の冒頭にアルバムの舞台ともなっている、ユタ州の人々のインタビューが曲のイントロダクションのような形で収録されています。歌詞カードにこの部分の記載はないですが、ネット検索をするとすぐに見つけることができます。そんなに難しい英語ばかりでもないので、ここの部分で何を言っているのかを知ると、このアルバムの聴こえ方はまた違ったものになるのかなと思います。ちなみにここはすべてが完成してから最後に付け足したそうです。