C’mon You Know / Liam Gallagher 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『C’mon You Know』(2022年)Liam Gallagher
(カモン・ユー・ノウ/リアム・ギャラガー)
 
 
 待ちに待ったソロ活動とはいえ、3作目にもなると新鮮味が薄れつつあるのも確か。リアム自身が今回のはいろいろやってるから、イマイチだったとしてもコロナのせいにして次はガッツリやればいい、なんて気弱なことを言っていたものだから、低調な期待値で聴き始めたんですけど、いやいやこれは今までと比べてもかなりいいです。
 
ファンとしてはリアムの声が聴きたい、それも景気のいい曲で。という期待に真っ向から応えたソロ1作目があって、2作目は更にまな板の鯉状態で歌うことに徹したリアム、を経ての3作目という感じがやっぱりあります。気弱発言もありましたが、ここまでいろいろな曲調にトライアルできたのは、やっぱり1作目2作目の大成功があってこそ。ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラとコラボなんて以前のリアムなら考えられない。つーか、二人が会話してるのは今も想像つかない(笑)。
 
曲の練度で言えば今回が一番ですね。これまでどおりの制作チームではありますが、彼らの自由度も大幅にアップしています。ま、歌のないとこですね。1曲目なんて、リアムの声が聴けるまで1分近くかかるんですけど、しかもゴスペル(笑)。でもこれが全然OKなんですねぇ。他の曲でもアウトロを長めに取ったり、バンド演奏で聴かせるところがあったりしますし、リアムの声がメインなんだからという枷が取り払われて、素直に曲としての完成度が高くなってます。
 
ホントにもうオアシス云々というところから離れて、今のリアム・ギャラガーのアルバムということで完全に成立した感はありますね。そのリアム自身のボーカルもですね、皆の期待に応えねばというところではなく曲に合わせた自然体というか、アクの強い若手俳優がいつの間にか渋い演技をするベテラン俳優にになったみたいな感じというか、すごく肩の力が抜けて、余裕のある表現になっている気はします。アルバム・タイトルを「ボーカリスト」、もしくは「リアム、シナトラになる」にしてもいいぐらい。そりゃ言い過ぎか(笑)。
 
いやでも色んな曲があってなかなかですよ、このアルバム。リアムの壮大なバラードが好きな身としては、そういうのが#5『Too Good For Giving Up』1曲しかないのは寂しいですが、それをあまりあるバラエティーの豊かさ。ヴァンパイア・ウィークエンドっぽい曲も見事に歌いこなしているし、デイヴ・クロールが参加しているからフー・ファイターズっぽいのもあるし、もちろん今までどおりのもある。#11『Better Days』のコーラスで「Believe me, yeah」って伸びるとこなんて最高ですね。
 
そうそう、タイトル曲の#4『C’mon You Know』と#8『World’s In Need』はリアム単独作ということらしいです。リアムのソングライティングと言えば、繰り返しの多いシンプルなものというイメージがありますが、今回は2曲ともビッグなコーラス付き!こんなの今まであったっけ(笑)、というぐらいの曲が書けるんだからやっぱ今はいい状態なんやね。

Oochya! / Stereophonics 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Oochya!』(2022年)Stereophonics
(ウーチャ!/ステレオフォニックス)
 
 
プロ野球の世界では3年実績を残して初めてレギュラーと言えるらしいが、3年どころかもう25年も安定した実績を残し続けているバンドがある。ステレオフォニックスである。本作も英国チャート初登場1位だそうで、英国人の信頼たるや相当なものである。
 
これだけ長い間英国チャートの1位になっているのはあとレディオヘッドぐらいなもんだが、あちらがアルバム毎に革新的な作品を発表して、新しいロックの地平を切り開いていくのに対し、ステレオフォニックスは毎度おなじみのサウンド。ストリングスが前面に出たり、地味なサウンドだったり、イケイケだったり、そりゃあアルバムごとに目先は変えてくるけど、基本的にはいつも同じ、変わらない、今までにもあったような曲。なのに全英1位。こりゃマイナーチェンジを繰り返しつつベストセラーが揺るぎないポテトチップスみたいなもんか。
 
あんたそんなにいつも同じだというのなら、別に新しいのを聴かなくても過去作を聴いてりゃいいんじゃないのと言われそうだが、新しいのが届くとついなんだなんだと手を伸ばしてしまう。、ポテチ春の新味みたいに。今回のはイケるやんとか、これはイマイチやなとか言いつつ25年。という営みが英国民の間でも行われてきたということか。
 
今回は元々25周年を記念したベスト・アルバム構想が先にあったそうで、未発表を含めた過去音源を漁っているうちにオリジナル・アルバムに発展していったとのこと。なので、元々あった曲の再録とか最近書いた曲とかがごちゃ混ぜなんだそう。そのせいか皆が期待するステレオフォニックス節満載で、つまり元々みんな好きなんだからそりゃ1位になるだろうという作品である。それにしても曲とバンドの距離感が抜群だな。2013年『Graffiti on the Train』のボートラだった『Seen That Look Before』が再録されているのは謎だが…。
 
全15曲あって1時間強。もうちょっと厳選して短距離みたいにパッと走り抜けた方がスカッとしたアルバムになったんじゃないのとは思うが、元々はベスト・アルバム構想だったんだから仕方がない。ていうかここまで前のめりなのは素直に嬉しい。にしても全15曲、確かに時代を代表する曲ではないかもしれないが、流石フォニックス、いい曲ばっか。てことで今回のはイケるやん、いや、だいぶイケるやんの方です。
 
それにしても25年で12枚のオリジナル・アルバム。今時珍しいこのハイペースぶりはしょっちゅう新味が登場するポテチと同じだが、それだけハイペースにもかかわらずいつまで経っても手を伸ばしてもらえるのは、ちょっとぐらいちごても間違いないやろという信頼感に他ならない。ていうかなんだかんだ言ってみんなこういうしっかりしたロックが聴きたいんやね。
 
昨年来、英国ロックが盛り上がってきているが、ロック音楽がヒップホップに押されっぱなしの時期もずっと安定して良いアルバムを出し続けてきたフォニックス。この信頼感は揺るぎない。

Dragon New Warm Mountain I Believe In You / Big Thief 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』(2022年)Big Thief
(ドラゴン・ニュー・ウォーム・マウンテン・アイ・ビリーブ・イン・ユー/ビッグ・シーフ)
 
 
年に数枚凄いアルバムというのがあって、去年で言うとリトル・シムズとかウルフ・アリス、今年で言うと宇多田ヒカルもそうだった。ただ世間的に凄いアルバムであってもそれが自分自身にどう響いてくるかは別問題。自分にとっても特別な響きを持つアルバムというのは年に1枚どころか滅多にあるものではない。そういう意味でこのビッグ・シーフの新しいアルバムは現在の僕自身の心象におぼろげに被さってきて、単純に凄いアルバムだなと思う一方、自分にとっても特別なものになりつつある。
 
僕がビッグ・シーフを聞き始めたのは2019年に出た『U.F.O.F』と『Two Hands.』から。ただ正直に言えば、2枚とも彼女たちの才気に圧倒されたままで今一つ手が届かないというか、好きだけど好きになり切れないもどかしさがあって、多分それは幾分前衛的な彼女たちの音楽に敷居の高さを感じていたからかもしれず、それはまるで、あぁ凄いけど僕とは違う世界にいる人たちですね、という感慨を僕にもたらしていた。そして今回、コロナの渦中にあってビッグ・シーフは2枚組のアルバムを出すと言う。けれど僕は不思議と少しも身構えなかった。そうか、あの人たちから手紙が来るんだ、そんなリラックスした気持ちだった。
 
予感は当たっていた。遠くに感じていた彼女たちの音楽を身近に感じることが出来る。それでいて彼女たちが僕たちの側に降りてきたということではないというのが分かる。まるで登山道ですれ違ったような感覚。やぁ、こんにちは。そうか、連中も山が好きなんだな、なんだ、僕と同じじゃないかって。遠いところにいる人たちではなかった。2枚もあるアルバムの1曲目、『change』の頭が鳴った瞬間から、何故だか僕はそんな感覚になりました。
 
今回は4つの場所で録音されたようです。そのせいか風通しがいいです。行き止まらなくて、すっと通り抜けていく感じ。サウンドはフォーク・ロックやカントリーからシューゲイズ、ドリーム・ポップまで幅広いんだけど、違和感全然ない、どれもビッグ・シーフですって感じ(笑)。それはやっぱりエイドリアン・レンカーの歌が中心にあるからだろう。
 
彼女のメロディーって起伏に富んでいるわけじゃないけど、優しい。エキセントリックな感じじゃなくて馴染みがいい。肌に沿って進んでいくような感覚ですね。つまり、エイドリアンの書くメロディーにはノスタルジー、懐かしさが含まれているような気がします。でもってあの声ですから。僕は時折トム・ヨークの声をプラスチックで至極人間的な声と形容するんですけど、エイドリアンの声にも同じ印象を持っています。決して力強くはないんだけど、芯に来る強さ。やっぱりいろんなものが同居している声だと思います。
 
そこにさっき言ったような幅広いサウンドが乗っかかる。エイドリアンの歌を生身の手のひらですくうようにバンドの演奏が追随する。けれど決してエイドリアンの歌に寄りかかっているわけじゃない。ビッグ・シーフは基本的にはエイドリアン・レンカーのバンドだと思うんですけど、誰がどうということではなく、耳に飛び込んでくるのはやっぱりバンド。そういう風通しのよさも僕に親密さを感じさせるのだと思います。
 
アルバム・トータルで約80分。1枚40分ぐらいというのもちょうどいい。2枚組というのはどちらかがあまり聴かれなくなるという運命にあるけど(笑)、このアルバムに限ってはそういうことはなさそうです。

Laurel Hell / Mitski 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Laurel Hell』(2021年)Mitski
(ローレル・ヘル/ミツキ)
 
 
何かを表現をしようとする時、その方法は大まかに二通りある。一つは自分自身を直接的に表現しようというもの。自己の経験をそのまま明らかにする場合、その主体は一人称、すなわち「私=作者自身」ということになる。またそれとは逆に、何か表現したい対象物があって、それを客観的に描くという方法もある。勿論、自分自身がその対象物になる場合もあるが、そこは距離を取る。この時、そこで描かれる「私」は「私」であって「私」でない。
 
ミツキは明らかに後者だ。歌詞がたとえ一人称であってもそれはミツキのことではない。ミツキには表現をしようとする何かがあって、あの手この手で(曲を作ったり、歌ったり、踊ったり)そこに到達しようとしているだけだ。本人にそのつもりはないのかもしれないけど。つまりミツキの音楽は、カメラの向こうにあるものであり、揺らめく影であり、彼女の写し絵なのだ。しかもそれははっきりとピントが合ったものではない。では彼女はどこを見ようとしているのか。
 
それは揺らぎ。恐らくミツキは目に見えるはっきりとしたものに焦点を当てていない。揺らぎ、ノイズ、または零れ落ちるもの。そのおぼろげな残像に向かって彼女は手を伸ばし、歌い、踊っているように僕には見える。けれどその残像は長く続かない。おそらく『ローレル・ヘル』に納められた曲がいずれも3分前後で終わるのはそのため。聴き手である僕たちはそこに幾分かの不満を言うが、恐らく寸止めされているのはミツキの方だろう。
 
自ら距離を取る。或いは近づこうとしても距離を詰めることが出来ない。自分のことを歌わないのではなく歌えない。その不明瞭さが彼女の音楽の魅力だ。彼女自身はどう思っているのか分からないけれど、その触れられなさは気品がありとても美しい。しかしその営みは彼女自身をひどく消耗させるようだ。ソングライティングとは自身の深みを覗くことであるとは誰が言った言葉だったか。いくら距離を取ろうが無傷ではいられない。芸術作品はそのようにして生み出されていく。

Jubilee / Japanese Breakfast 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Jubilee』(2021年)Japanese Breakfast
(ジュビリー/ジャパニーズ・ブレックファスト)
 
 
韓国系アメリカ人であるミシェル・ザウナーのソロ・プロジェクトの3枚目。名前が名前だけに名前は知っていたのだが、曲を聴くのは今回が初めて。ジャパニーズ・ブレックファストという名前はオリエンタルな響きの’ジャパニーズ’といかにもアメリカ的な’ブレックファスト’をかけ合わせたら面白いんじゃないか、っていうことで名付けたそうだ。異なるものをくっ付けることで生まれる化学反応。ある意味アートの一つのマナーかもしれないが、そこを無意識にやってしまえるのは、この人が元々アート的な発想の持ち主だということだろう。なので、ミシェル・ザウナーは別に味噌汁とご飯を思い浮かべたわけではない。
 
今回初めて聴いたのだが、管弦楽器もあってとても派手でゴージャスなサウンド。前述の流れでいけば、歌詞は重たいのだろうとリリックを検索すると確かに明るいものではない。自己に沈思するというかそんな感じ。ま、僕の英語力での解釈だけどね。ポップなメロディもさることながら、サウンドがオシャレそのもの。#4「Slide Tackle」の間奏でサックスが入るとこなんかすごく都会的。80年代にはこんな音楽がいっぱいあったような。うん、多分その辺りは意識しているのだろう。
 
都会的と言えば所謂シティ・ポップの流れもあるようで、ミシェル・ザウナーの声質も同じアジア系だからか線が細く、これ日本人、って言っても分からないだろう。ということでジャパニーズ・ポップが世界に打って出る良いお手本になるかも。この手のオシャレ・サウンドなら日本人も得意でしょと。そこと70年代にシティ・ポップを手掛けた名うてのミュージシャンにバックアップしてもらえれば、、、なんて妄想をしてしまいました。それにしても#4「Slide Tackle」の背後で流れるカッティング・ギターは最高だな。最終曲#10「Posing For Cars」のアウトロのざらついたまま壮大になる感じもよい。

Sour / Olivia Rodrigo 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Sour』(2021年)Olivia Rodrigo
(サワー/オリヴィア・ロドリゴ)
 
 
20数年前に圧倒的な新種として宇多田ヒカルが登場したときも、二匹目の鯛を狙ってか彼女に似たような売り出し方をされた新人が数多くいた。見当違いの売り出し方をされた当人はさぞ迷惑だったろうと推察するが、「Driver’s License」のメガヒットで第二のビリー・アイリッシュと目されたオリヴィア・ロドリゴであるけれど、待ちに待たれたデビュー・アルバムの1曲目にレーベルの反対を押し切って’90年代オルタナ・ロック風の「Brutal」を持ってきた彼女のキャラクターによって、第二のビリー・アイリッシュとしていつの間にか消えていくという危惧はすっかり吹き飛ばされた。
 
長くティーンエイジャーの代弁者であったロック音楽はその王座をヒップホップに完全に奪われ、2010年代は見る影もなくなった。しかしサブスクの普及とともに、音楽志向の多様化は急激に進み、90年代に青春期を過ごした僕でさえも分け隔てなくケンドリック・ラマーやリトル・シムズを聴く時代。若い世代ではなおさらだろう。そして2020年代を迎え残ったのは廃ることのないシンプルで優しいメロディ。そのポップ・フィールドでの代表がビリー・アイリッシュなら、インディ・ロックの代表はスネイル・メイル。そしてメイン・ストリームに登場したロックがマネスキンであり、オリヴィア・ロドリゴだ。
 
クレジットを見るとソングライティングはほぼオリヴィア本人とNigroなる人物との共作(#8「Happier」と#9「Jealousy,Jealousy」はオリヴィアの単独作)。どこまで彼女が主導しているのかは分からないが、皆が大好きなアヴリル・ラヴィーンのポップ・パンクとパラモアのエモとテイラー・スウィフトの詩情とビリー・アイリッシュのゴシックが初めから搭載されたオリヴィア・ロドリゴは、まるで子供の時からスーパーサイヤ人になれたトランクスと悟天のようで最強。スーパーサイヤ人2や3を期待する周囲は気にせず、自由に羽ばたいて欲しい。
 

I Don’t Live Here Anymore / The War On Drugs 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『I Don’t Live Here Anymore』(2021)The War On Drugs
(アイ・ドント・リブ・ヒア・エニモア/ザ・ウォー・オン・ドラッグス)
 
 
ウォー・オン・ドラッグスの場合、いつもブルース・スプリングスティーンが引き合いに出されるが、本当にそうだろうか。ウォー・オン・ドラッグスにはサックスもオルガンもないし、なによりあの派手でエネルギッシュなボーカルはない。それでもやっぱ似ていなくもない。と考えていると、あぁそうだ、90年代のスプリングスティーンがEストリート・バンドから離れた『Lucky Town』や『Human Touch』の時期、あの頃の雰囲気はあるかもしれないと。でもそれってブルース唯一の低迷期や~ん。
 
ま、でもそうではなくて僕のイメージではオルタナ・カントリー、ウィルコの並びですね。ただウィルコほどの洗練さはなく、もっと土臭い、ハートランド・ロックなんて言われていますが、でもその分野で考えても、ウォー・オン・ドラッグスはちょっと違いますね。サウンド的にはエレクトリカルな部分もあったりかなり新しいことをしているのだとは思いますし、あぁそうだ、やっぱ彼らは土臭い田舎が嫌で都会でなくともいいからとにかく別のところへ行きたい感はあるかも。ってことで僕がわりかし彼らを好きなのは同じく閉鎖的な地元から早く抜け出したかった自分と合致するのだなと、あぁ、ここにきて合点がいった。
 
しかもこのアルバムでは更に聴きやすくなっている。気づいたら、親密なバンド感もあるし、2020年代的なポスト・ロックとしても側面もあって、かなり守備範囲の広いアルバム。なんてったってメロディがいいし。あとはもうクセがなさそうでクセがあるボーカルに好き嫌いが分かれるぐらいだろう。なんだそれ、ダッド・ロックじゃんって思わせながら、そういうのとは対極にある実はめっちゃ新しいロックじゃないかこれは。ビリー・アイリッシュやオリヴィア・ロドリゴと並べて聴いても違和感なし!

2021年 洋楽ベスト・アルバム

「2021年 洋楽ベスト・アルバム」
 
 
2020年がコロナに萎縮した年だったとすれば、2021年は様子見をしながら少しずつ動き始めた1年ということになるだろう。とはいえ、今年も海外からミュージシャンを呼ぶことは出来ず、洋楽ライブはほぼ無し。この状況に慣れたと言えばそうかもしれないが、それはそれで内向き思考が促進されるようで、やはり僕としては生きる上で「外に出る」気持ちは保ち続けたい。2022年は洋楽ライブが復活するのだろうか。
 
今年は国内のミュージシャンを聴こうキャンペーンを個人的に発動していたのだが、終わってみればたった5枚のみ。ただ、僕が20代の頃に聴いていたくるりやグレイプバインが今もめちゃくちゃカッコいいというのを知れたし、羊文学という新しい才能を知れたので、このプチキャンペーンも意味はあったのかもしれない。2022年も意識的に国内ミュージシャンを聴こう。
 
洋楽の方に目を向ければ、今年は初めて聴く人たちが多い年だった。つまり新しい才能が沢山いたということだが、中でもロックが多種多様で楽しかった。所謂UKサウス・ロンドンもそうだが、2021年はやはりマネスキン。最初はパロディかと思わせつつもアークティックっぽさもあれば高速ラップもふんだんに、完全に今の時代にこそ現れた新種のような輝き。外見はハデハデだが中身は柱なみの揺るぎなさで、まるで宇随天元のようだなと思いつつ、2022年は生マネスキンを体験したい。
 
さて2021年の個人的ベスト・アルバムはどうしようかなと、僕がアルバムを聴くたびに付けていた点数を振り返ってみると、10点満点はテイラーさんの『Evermore』(2020年末だったので2021年としてカウント)、くるり『天才の愛』、ウルフ・アリス『BlueWeekend』、リトル・シムズ『Sometimes I Might Be Introvert』、折坂悠太『心理』の5枚。ていうか5枚もある。ただ今振り返ってみると、ウルフ・アリス、折坂悠太、リトル・シムズがベスト3か。ていうかこの3枚から一つは選べねぇ。。。
 
というわけにもいかないので無理くり選択。1か月後には気持ちが変わっているかもしれないが、とりあえず個人的2021年のベスト・アルバムはこれでいきます。脳内評議会の結果は、、、
 
 ドゥルルルルル。。。。。、ドンッ!はいっ、ウルフ・アリスさんの『Blue Weekend』です!
 そして特別賞として折坂悠太さんの『心理』。
 ベスト・トラックはリトル・シムズさんの『Little Q, Pt. 2』になりました~。
 
ちゅうか、3枚とも選んでるや~ん!
 
ま、それぐらい甲乙つけがたいということで。ただウルフ・アリスは初期のピークとして、勿論これからキャリアを重ねる中でまた別のピークは迎えるとは思うのですが、20代でのこのピークを記録しておきたいと、この作品はそういう気持ちにさせる特別感があったと思います。あと折坂悠太はまだ底が知れないというか、まだまだピークは先にあるんじゃないかという気はしている。でまぁリトル・シムズはサウンド、ラップ、リリック、どれをとっても最高なんですが、やっぱ2021年はロックを選びたいなと。ま、そういうことで完全に今の気分で選びました。
 
中国で発生したウィルスがその後の1年をあんな風にするとは思ってもみなかったし、今の状況も去年の今頃からは想像できていない。オミクロンなどというアメコミに出てきそうなキャラクターの名前も1年後にはどう響いているのか全くもって分からない。相変わらずマッチョな価値観に引きずられがちな世の中ではあるが、やりたいこと、やりたくたいことにしっかり線引きし、図らずもコロナ禍で顧みられることになった個をこれからも大切に出来ればよい。窮屈な世界はまだまだ続くが、私はいいですと少しは開き直って言える世の中になってきたのかもしれない。
 
とは言いつつ、アートに対してはこれまで以上にオープンに。Life is short 、人に構わず好きなことに邁進していければ。逆に言えば、それが異なる視点を持った他者との交流に繋がるのだから。

Sometimes I Might Be Introvert / Little Simz 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Sometimes I Might Be Introvert』(2021)Little Simz
(サムタイムズ・アイ・マイト・ビー・イントロヴァート/リトル・シムズ)
 
 
このアルバムで度肝を抜かれた一人です。同じくInfloが手掛けたSAULT名義の幾つかのアルバムでその洗礼は受けていたはずなのに。つまりはリトル・シムズなる英国の若いラッパーにもやられたということ。ロック聴きの僕がラップをうなされる程に聴き続けたのはチャンス・ザ・ラッパー以来。よい音楽にラップもロックもないということだが、このキャッチーなラップには誰だってやられるでしょ。ってキャッチーなラップって何?
 
つまりリトル・シムズの織りなすフローには俺はこんなに偉いんだとか俺はこんなにデカいんだといった俺様自慢はなく、ただ淡々と私の物語を私小説のように、時には絵本のように読み聞かすのみ。まぁ絵本にしては大変な人生だけど、この絵本のようにが凄く大切で、そこには淡い色があって時にはどぎつい色があって、そうやって自分の側に引き寄せられるからこそ私のようなサラリーマンでも絵を感じられるのです。#5『I Love You, I Hate You』を聴くとあなたも映像が浮かぶはず。
 
とかなんとか言ってそれっぽく書いているが、#6『Little Q, Pt. 2』や#13『Protect My Energy』といった華やかなポップさにやられたのが事実。饒舌高速ラップにサビはキャッチーなメロディー、でもってオシャレなサウンド、っていうウケる要素は今までにも沢山あったろうけど、そこを狙ってやったのとやってるうちに壮大にこうなってしまったとでは大きく異なる。加えて、リトル・シムズとInfloは幼馴染という背景もあってか完璧なコラボ。どこまで登るんだいというぐらい登ってます。
 
全19曲。頭から順に聴いてたどりつく#18『How Did You Get Here』は感動的。ここでリトル・シムズが語るこれまで努力は、今現在、何かに向けて一心不乱に取り組んでいる人たちへの大いなる勇気となるだろう。それを受けての最終曲、誤解から逃れることの出来ない様を描く#19『Miss Understood』もまた心を打つ。

Valentine / Snail Mail 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Valentine』(2021)Snail Mail
(バレンタイン/スネイル・メイル)
 
 
自分で曲を書いておきながら、私の言いたいことはこんな事じゃないとでもいうような不満感を感じさせるのはロック以外の何ものでもない。シンプルな編成のギター女子として登場したけれど、2ndとなる今作ではそのエンジンにシンセという新しい加速装置が取り付けられその飛距離はグンと伸びた。初っ端の#1『Valentine』のコーラスで爆発する様はいきなりカッコいいぞ。おもいっきりロケットで飛ばされたぐらいの宇宙感はある。
 
スネイル・メイルというのは芸名で直訳すると ‘カタツムリ便’ 。カタツムリがギターとシンセの融合音でドカンと発射されるのも凄い絵だなと思いつつ、考えてみればすげぇカッコいい名前。ぱっと見、長澤まさみ似の美人のくせにコンプレックスだらけみたいな立ち居振る舞いで、うじうじして最後にゃグワーッとなってしまう(←まったくの想像です)彼女にはピッタリの名。うまいこと付けたもんだ。便と言うからにゃやっぱ届けたいんだな。
 
それにしてもビリー・アイリッシュといいスネイル・メイルといい、最近の若い娘はシンプルで優しいメロディーを書きやがる。#4『Light Blue』と#5『Forever(Sailing)』の低い地声のファルセットがかすれる高音部のなんと美しいこと。どうかこのままショービズの世界で潰されずにすくすくと育ってほしい。しかしまぁ、自分をふった相手の名前をアルバム・タイトルにするなんて、すげぇ業だな。。。