片目でものが見えるのは

ポエトリー:

「片目でものが見えるのは」

 

片目でものが見えるのは
海が見える丘にいるからで
眼下に広がる白波の
向こうに富士が見えていた

わたしたちの住む街にゃ
俄に人が増え始め
通りを隔てたお向かいの
ひとに会うのもひと苦労

伝えに聞いたところでは
俄に増えた人たちの
口の端のぼる事柄は
向こうに富士など見えはせぬ

おかしなことを言うものだ
わたしたちの住む街にゃ
そんなひとなどひとりもおらぬ
向こうに富士がきちんと覗く

どれどれ様子をうかがうと
俄に増えた人たちは
両眼をしっかり見る癖を
長い旅路で付けたらしい

ほれほれ皆さん聞きなされ
向こうに富士を見たいなら
ここは海の見える丘
片目でものを見ることです

心配せずともこの街に
ひと月ばかりおりゃあええ
そしたら眼下に広がる白波の
向こうに富士が見えてくる

ここは海が見える丘
片目ぐらいがちょうどええ
片目が世界を映してくれる

 

2024年10月

アプローチ

ポエトリー:

「アプローチ」

 

ここには居たくないからと
おてんばな娘のように
紙のようなシュークリームの皮が破けて
クリームがどっと溢れ出す
順番を待てないのはわがままじゃない
そそっかしいだけだ
ありとあらゆる崩落から身を避けるため
ノートにことばを書き並べては
いちいち頷く
繰り返すがわがままじゃない
目指しているのは
姉弟のような優しさで
つまりそれは等間隔で
お土産のシュークリーム
でも幾種類も買って好きなのを選ぶ
あとは紙のようなシュークリームの皮が破けて
クリームがどっと溢れ出す
それが新しいやり方
わたしの世界を取りに行くわたしの正解

 

2024年11月

ゆがんだ言葉でも

ポエトリー:

「ゆがんだ言葉でも」

 

ゆがんだ言葉でも
お願いがあると
正しく聞こえる

みじん切りにした薬味が
空から
パラパラと降ってくる

上手にできたのか
わたしたちは
今ここにいるということは

無駄な言葉を削ぎ落とし
地面を通過し
空から降ってくる

それを祝祭と呼べるか
あるいは悪意
皮肉としてなら
呼んでもいいか

しかしそれを浴びるべきは
わたしたちであるべきか
気に入らないなら
自分自身で払うべきか

正しく聞こえる
お願いがあると
ゆがんだ言葉でも

 

2024年10月

普通の糸と赤い衣

ポエトリー:

「普通の糸と赤い衣」

 

朝起きて
夢の中でこさえた赤い糸が
じゅんぐりじゅんぐりに糸を吐く
赤い衣を脱ぎながら

まるで普通の糸になって
やがて束になって
やがて皮膚になり
ひとの身体を覆う

矛盾しているが
赤い衣が身体に残り
普通の糸が
身体を守る

わたしの赤い衣はいつもこうして
守られている
ふとそのやさしさに気づき
わたしは皮膚を撫でた

 

2024年10月

星よりもたかく

ポエトリー:

「星よりもたかく」

 

星よりもたかく
月よりもしずかに
今日も無色透明なものが
投下される

土は絶え間なく
海は揺らぎて
塩分を摂りすぎたから
今夜は軽いものにしませんか

変わらないものなど
ありはしない
そうやって大河がひとを飲み込んでしまった

祈ること。
明るい明日が待ちきれなくなるような
ひとが暮らす街となれ

 

2024年1月

 

 

波打ち際

ポエトリー:

 

「波打ち際」

 

 

波打ち際で剥がれた人生が

一歩、また一歩と後ずさりす

真剣に生きた心意気さえ簡単に儚い

小鳥のさえずりほどに

 

目頭が熱くなる瞬間がひとにはあって

後ろめたいことのひとつやふたつ

それでも隠すことのできない腹立ち苛立ち

もくもくと雲が茹で上がり

 

それでいてときとして晴れわたり

またはのこのこと雨がやみ

いやあれはそうではなかったのですという断りは過ぎ

ひとに長く愛されるサイダーの泡

そんなものに憧れる

 

ゆっくりと潮が引いていく間ほどには

ひとは穏やかではないと知りつつ

少しづつ重ねたときを折り返し

少しづつ剥がれていくときを経てもなお

若人のように寄せては高波

生の陽気さへ同期す

 

 

2024年8月

 

薄まってゆく

ポエトリー:

「薄まってゆく」

 

薄まってゆく
何処かで誰かがわたしの代わりに悪事を働く
相当近くの湖でそれが起きている
今朝もその脇を自転車で通過する

バッテリーの充電は何処から来るのか知らないが充電器は重い
バッテリーは薄まるとかではない無くなるだけ
でも重い
無くなればまた充電すればいい
何処から来るのか知らないが

湖の水嵩は日によって違う
がよほどの大雨でもないと気づかない
か晴れ続きか
今気づかないのはどちらでもない
怠惰なだけ
薄まってゆくのは知っている

薄まってゆく

わたしの中に埋まっている貝が蓋を開け二三泡を吐く
音は出さずに弾け無かったことにする
その程度で済むから今はそれでいい
それでいいが事実自転車がぐらつく

何処から来るのか知らないが
今日もバッテリーは満タンできちんと重い
そして薄まってゆく
何処かで誰かがわたしの代わりに悪事を働く

今朝も速やかに朝日を浴びて湖の脇を走り抜ける
思いなおせばほら
もうぐらつくことはない
気にやむことはない

 

2024年10月

 

表側と裏側と

ポエトリー:

「表側と裏側と」

 

裏側に種があり
過去が尻込みをする
人の鼓膜の破れ方には自在があり
知っていいことと知らなくていいことが
あったりなかったりして
啄んだり啄まなかったり

表現が多目的トイレ
手の届かない閉と開
助けを必要としている
外から開けてくれる誰かの

表側に鐘があり
寝ている人を呼び起こす
人が眺める仔細の上に
詩が上滑りすればいい
知っていてもいなくても

声が鐘の間を吹き抜ける風が
言い淀んだりして心地いい

 

2024年8月

グレイの空

ポエトリー:

「グレイの空」

 

在るはずの無い河を越えて夜通し歩く
食い違いのあること
準備の有る無しにかかわらず
空を切ったり
草を編んだりして
それでも
道行きの有る無しにこだわらず
一筆かかれば珠玉の名画
になりはしないかなどと
想いを巡らしてみたり

こんばんは皆さん
これがわたしの作品です

グレイの空は
残り湯でもかけたように
背たけが伸びた分だけ仄白く
まさかの呼びかけに応じることもなく
溢れるに任せる

 

2024年8月

祝日の電車

ポエトリー:

「祝日の電車」

 

行楽地へむかう電車の中で
楽しそうな声が三っつゆれていた
顔を窓の外へむけたちいさなL字が横いちれつ
足下にはかわいい靴がきれいにならんでいる
その横にも座席は空いているが
両親は座ろうとはせず子どもたちの行儀が悪くならないように気を配っていた

わたしたちは座りませんから
というメッセージ

 

2024年10月