野バラ

ポエトリー:

『野バラ』

 

透き通るようになって
自分をなだめることが
大人になる第一歩
道端にある野バラを一本抜き取って
胸ポケットに入れても胸ポケットに入れた気にならない
そんな大人になれたら嬉しいかも

見極めることを正しさと知った十代
お勉強はやがて未来を手繰り寄せる『』となり
水際でバシャバシャやるのはお年寄りのすることだと
分かったような口をして
あなたの股関節にキスをした

生ぬるいかい?

あまた溢れる制服の中からこれを選んだのは
パイロットになりたかったから
空腹になっても空爆はしないと約束できる
生まれ出てくる鬼をなだめるように
私も薄汚れた透明になって
あまた溢れる制服を着て
今日も行ってきます

パイロットなんかになりたくない
路面電車を一人で運転する
運転手になりたい

 

2020年3月

明るい空が閉まって

ポエトリー:

『明るい空が閉まって』

3月のよく晴れた空は閉じていた
時間という扉を開けると
影になった部分がある

駅ですれ違う子どもが母に言う
これゴミちゃうで、
まだ入ってんで、
の’で’に励まされる

あの日、母の元から出てきた時
それは開いたのではなく閉じたのだ
漂うものからの固定
私は母のものになった

それを最初に知ったのは
小学生の頃
ガンダムの映画が上映していると
学校で友達から聞いた情報を頼りに商店街の端っこにある日劇まで歩いた日
途中の絵看板で
そうではなくいかがわしい映画と知ってもなお
母は私の手を引いて歩いていった
最後まで

だから歩きました
美しく見守られて
開くのではなく閉じていく
変わらず私は母のもの

最後に
空はよく晴れていて
姉には内緒
商店街の不二家でホットケーキを食べました。

それからはずっと
なめらかな、すぅーっと息を吐いて
明るい家へ帰っています

 

2020年2月

人間の良さ

ポエトリー:

『人間の良さ』

家の軒先には滴が垂れて
外の様子を確認しようとする首筋をヒヤリとさせる
彼女は極暖を着込む僕とは対照的で
ふんわりとしたコート一枚
横から吹いては舞い上がる粉雪にもお構いなしに
だから
そんな涼しげな格好で玄関から顔を出し
今は冬だってば、もうちょっと着込みなよという僕の声にもゲラゲラ笑って
ちょっとそこはゲラゲラ笑うとこじゃないでしょって
応える声も粉雪同様お構いなしで
たくましく生きる人間の良さを見せつける

午後3時の
雨上がりは
残された生
まだあるよと
言える頃合い

手のひらに残る実感
希薄になりつつ
失われた時を思い返すように時間が果たす意味合いを
中途で仕舞い込む若気の至り陶器のように
僕もたくましく生きる人間の良さを見せつけたい

 

2020年2月

ポエトリー:

『月』

 

今宵、
蒸発した細かな雨粒がおぼろげな雲となって爪の先
みたいな月、
薄おっと浮かぶ

風呂上がりに切ったオレの爪
は、ふくよかな歌声を聴いて一目散
に空に伸びてゆき
お前か、そこにいるのは

間違ってはいない
湯上がりの
雫、ポタリと垂れて
戻ってこいよ
戻らないのか平成みたいに

分け隔てなく自由に
ウサギとなって跳び跳ねよ
だからコップに掬ってドボドボと
注ぎたいです栄養を

おぼろげな記憶が
明確な影になってしまうまで
ひとつの本当のことが
なくなってしまうまで

片膝を立て
ゆっくりと息を吸い
私の命が暴れぬよう
ふやけた爪を今日も切ります

詩行が覚めて
爪の先
みたいな月
薄おっと浮かぶ

 

2020年2月

上京

ポエトリー:

「上京」

 

上等の卵のような満月を
飲み込んだから君よ

ついて行くよ
見知らぬ街でも
上等の月を飲み込んだ今
消化不良を起こして
かえって心は落ち着かぬ
見知らぬ街でも乱されず歩く方法を
訪ねて歩く咆哮を

背伸びをするための
角張った厚底のスニーカー
ダッシュを決めて
ニヤリとしたまではいいが
足跡を見返して
戦慄するわたくし

媚びることすら
太陽の欠片と知った
罪悪感の渦の
上京物語

ペンライトでかざす足下の
光は濡れて
上等の卵のような満月を飲み込んだ君よ
今夜の雨
どうしてくれよう

 

2020年1月

美しい二人の友情

ポエトリー:

『美しい二人の友情』

 

美しい二人の友情
知っていることを思い出して
短い夏の思い出のように風は一瞬で気を紛らす
君は近くにいたからではないんだよねきっと
出会うべくして出会った
そう思っていいんだよね

折り畳み傘は頬にぶち当たるほど折れ曲がり
足元はずぶ濡れそれでも
君の声が少しでも聞こえたらいいと
見えない声を遠くに探して
新しい朝は迎えに来ないのか
水溜まりに破り捨てたため息

違うよ
物語は謝りに行く
無理な問題を持ち込む必要はない
これは世間一般に言われていること
最後は判決に持ち込むんだ
欲しかったものを
夢のような人
僕に進化論を

けれどそれが全てじゃない
目の前にあるものを信仰しよう
美しい友情よ
僕たちは共演する
僕たちはよい人ではないから
照れ隠しに小さな楽器を隠し持つ
祈ったよ
僕たちは個人であるようにと
それは何年も前から決まっていたこと

僕らは許されたことを記憶する装置
物語は近道をする
去ったものを追っていく
重力は重たい
手は重なると重たいこと
上昇する海面に
沈む僕たちの手は重たい

 

2019年10月

今年最後の手帳

ポエトリー:

『今年最後の手帳』

 

君は本気にするから
軽く手帳に納めた
問題は透き通るようにして
歯の裏側に溶けていった

正解を出して聞く
無造作な君は問題外
内側から逆に
転げ落ちる正解

順番を守らないと
いつかは怪我をする
辻辻に立つ見守り隊が
無造作なスケジュール管理を指導する

お気に入りの信念は紙切れ
薄く積み重ねられ今はピンク色

いつだったか
君の賑やかなお調子は
次第に行間を詰め
人は失敗を重ねて大きくなる

だけど
君が本気を出すといけないから
僕は朝靄で
今年最後のページの隅に×と書きました

 

2019年12月

旅する呼吸

ポエトリー:

『旅する呼吸』

 

私たちが呼吸をすると
その勢いで地球は自転をする
呼吸は西洋を旅し、
東洋へ向かい、
南方を巡り、
北極へ到達する

珍しく食卓に並んだ納豆の粘り気が
皮膚に食いつき
そのように思わせる思考の迷路を後押しする
にもかかわらず私たちはまだここにいる

私たち自身が描く環状線は瞬く間に脱線をして
夕暮れ山を背に片一方へずれている
軌道修正は自動修正
ありのままは地平線の彼方

旅をして
勢いで凌いで
精一杯戦ったんだなお前
その呼吸で分かるぞ
納豆の粘り気のある香り

 

2019年12月

金曜の夜は

ポエトリー:

『金曜の夜は』

 

夜の11時、駅のホームではみんな笑顔
今日は金曜日
懸命に働いた人も
ところどころ怠けた人も
上手くいった人も
何にも変わらない人も
今週もちゃんと生きました

満天の星空見上げ
ホーム全体にご機嫌な音楽が流れたらいい
イカしたギターリフとかさ
そしたらみんな思い思いに
千鳥足でステップ
好きなあの子と今日はあまり話せなかったけど
目を合わせて踊るんだ
手を叩いて笑うんだ

さあ、終電が来たよ
酔いが醒めてすっかり青くならないように
名残惜しく手を振って
おやすみなさい
また来週

 

2016年2月

応答してよ

ポエトリー:

『応答してよ』

 

はしからじゅんに君の声をたしかめて
(はこをあけて私の声をたしかめて)

いまだきこえず
(きこえたかなぁ)

 

むりをして
(せのびして)

せいいっぱいの仮名手本
(かたほうだけの仮名手本)

ぼくの声はとどいたのかなぁ
(ほんとのきもちいまだきこえず)

 

2019年4月